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第4回 奪われた石碑と新米メイドだった!!

 紅は後悔していた。

 何故、ここにきてしまったのか、と。

 その理由は――


「ほうほう! 紅さんは火の国の出身なんですかー。それでそれで、そこは一体、どんな世界なんですかー」


と、キャルが紅の横にピッタリと張り付き質問攻めにしていた。

 とりあえず、キャルから解放された一馬はそんな二人のやり取りを離れた場所から眺めていた。

 何度も助けを求めるような眼差しを紅が向けてくるが、一馬はあえてそれを無視する。ここで下手に止めに入ると、その矛先が間違い無く自分に向くと分かっていたからだ。

 紅には悪いと思うが、女性が若干苦手な一馬では荷が重いし、ここはあえて紅に犠牲になってもらうしかなかった。

 頬杖をつく一馬は、紅の視線から逃れる為に、部屋を暫く見回していた。

 改めて見回すと分かる。この世界の機器がとても自分の居る世界とは比にならない程高度なものだと。

 しかし、何がどう高度なのか、と聞かれると、答えられない。それ程、高度なものなのだ。



 それから、どれ程の時間が過ぎただろう。

 ようやく解放された紅は、ヨタヨタと一馬の下へと戻ってくると、床に倒れこみうな垂れる。


「お、お疲れ様」


 戻ってきた紅へと、一馬はそう言葉を掛け、苦笑した。

 うな垂れる紅に反応無く、終始無言だった。

 一方で、紅から火の国の情報を得たキャルは艶やかな肌で、嬉しそうにパネル式のコンピュータらしき物に向かってデータを打ち込んでいた。

 うな垂れる紅に、嬉しそうなキャル。場の空気は非常に混沌としていた。

 この中で、一馬が出来る事など何も無く、ただただ苦笑するしかなかった。

 そんな時、ふと思う。ここはフェリアを呼び出して紅茶でもご馳走になろうと。

 だが、ピアスを手に取りすぐに思いとどまる。ここで容易に呼び出していいのだろうか、と。

 今までの経験から、またこの世界でも何か起きるんじゃないか、と一馬は考えていた。

 また危険な目にあわせるんじゃないかと思うと、躊躇いが生まれる。

 考えに考えた末に、一馬は握っていたピアスを巾着へと戻し、静かに息を吐いた。

 もう二度とフェリアたちを危険な目にはあわせたくなかったのだ。

 一馬がそんな事を考えていると、紅がふっと息を吐きやつれた表情で呟く。


「あうぅ……もう帰りたいです……」


 涙目を向けられ、一馬は苦笑する。


「お、お疲れ……だ、大丈夫?」

「ダメです……何だか、疲れました……」


 紅は俯き頭を何度も左右に振り、そう答えた。

 慰めようと一馬は考えたが、どうすれば良いのか分からず、目を細め遠くの方を見据える。

 こんな時、どうしたら良いのかを、記憶の中から引き出そうとしていた。ドラマ・漫画・小説・アニメ様々なジャンルから、今の様な女の子を慰めるシーンを思い出す。

 しかし、正直どれも実践で使うには適さない――と、言うよりも一馬がやるにはとても難易度が高い。

 それに、ドラマや漫画、小説・アニメでの事を実際にやっていいのはイケメンだけで、一馬のような平々凡々な人間がやってはいけない事なのだ。

 と、一馬は自分に言い聞かせ、深く息を吐いた。


「一馬さん?」


 一馬のため息に、紅が心配そうに名前を呼ぶ。

 その声に一馬は我に返り、紅へとニコッと笑みを浮かべた。


「ど、どうかした?」

「いえ。ちょっと、深刻そうな表情をしていたので」


 胸の前で手を組む紅が、そう呟き視線を逸らす。心配で、不安で仕方なかったが、それを一馬には悟られたくないと、言う紅の気持ちがそうさせたのだ。

 紅の僅かな変化に一馬は一応気がついた。だが、何も聞かずただ気付かないフリをし、そのまま話題を変える事にした。


「そう言えば、最近連絡なかったけど、火の国は大丈夫?」


 自分でも上手く話題を変える事が出来たと、思うほど自然な問いに、紅も自然と答える。


「はい。火の国は今の所……鬼も本当にあれ以来姿を見せてないですし、平和そのものです」


 満面の笑みに、大人びた紅の面影は無く、心の底から嬉しさが滲み出る無邪気な子供の様な笑顔だった。

 余程、今が充実しているのだろう、と、一馬は安堵する。

 初めて見た時はあれ程大人びて見えていたのに、何故か今は同じ歳――いや、自分よりも一つ二つ年下に見える時もあった。

 それは、あくまで一馬の主観であり、実際、他の人から見れば、やはり紅の方が一馬よりも年上だと言う風に見えているだろう。

 えへへ、と笑う紅は、僅かに頬を赤く染め、右手で長い黒髪を耳へと掛けた。

 子供の様な笑顔を見せながらも、大人びた仕草を見せる紅に、一馬は胸をドキッとさせる。

 相変わらずの巫女服姿の紅は、不意に思い出した様に左の袖口へと右手をいれた。


「そう言えば、一馬さんに渡したいモノがありまして……」

「えっ? 俺に渡したいモノ?」


 唐突にして意外な紅の言葉に、一馬は訝しげな表情を浮かべた。

 紅から何かを貰う理由など無く、一馬は不思議そうに小さく首をかしげる。

 袖口から右手を出した紅は、握った右手を開き一馬へと手を差し出した。

 ニコニコと笑みを浮かべる紅の右手にあったのは、一枚の紙切れ。何故、こんな紙切れを、と思う一馬だが、すぐにそれが何なのか、理解する。


「これって……」

「はい。召喚札です」


 一馬が言う前に、笑みを浮かべた紅がそう答えた。

 紅の手にあるのは一見するとただの紙切れだが、確かに召喚札だった。一馬が召喚札だと気付いたのは、不思議とその紙切れが薄らと光って見えたのだ。

 聖霊と契約をしているからなのか、自分が特別なのか、一馬には分からないが、確かにそれは光を放っていた。


「えっと……な、何で、今更?」


 思わず一馬はそう口にする。

 すでに一馬は召喚札を所有している為、今更もう一枚召喚札を渡される意味が分からなかったのだ。

 眉間にシワを寄せ、怪訝そうに一馬は紅を見据える。

 すると、紅は恥ずかしそうに視線を逸らし、頬を僅かに赤く染める。


「あ、あの……そんなに見られると……」

「あ、ああ……ご、ごめん……」


 紅の言葉に、一馬も恥ずかしそうに顔を赤くし、視線を逸らした。

 頬杖をつきそんな二人を眺めるキャルは、「初々しいなぁー」とニヤニヤと笑みを浮かべていた。



 一馬と紅はそれから、他愛もない話を続けた。

 その間、キャルは一馬と紅から得た情報をデータとして機械へとまとめていた。

 恐らくアレはパソコンの様なものなのだろう。ただ、液晶画面は無く空中に打ち込んだ文字の羅列が映っていた。

 邪魔してはいけないだろうと、一馬と紅はキャルを見据えながら会話を進めていた。

 静かな中に聞こえるのは二人のヒソヒソ声だけ。キーボードと言うのがないのだろうか、データを打ち込む音などは全く聞こえなかった。

 紅はあまりこの手の機器の事を知らない為、大して気にしてはいなかったが、パソコンなどの電子機器を知っている一馬にとってそれは聊か不思議な物だった。

 そんな些細な事を気にしながらも一馬は紅と話を続けていた。


「そう言えば、最近フェリアさんとはどうなんですか?」


 唐突に紅がそう話題を振る。

 突然のことにメンを食らう一馬は、目をパチクリさせると、困った様に右手の人差し指で耳の後ろを掻いた。

 紅にそう聞かれ、一馬は思う。


(そう言えば、ここ一週間程、フェリアに呼び出されてないなぁ……)


 土の山から戻ってきてから、フェリアが妙に大人しくなり、呼び出す回数が大きく減った。

 何か思う事があるのか、それとも何か他に理由があるのかそれは、一馬にも分からないが、何かフェリアの様子がおかしいというのは分かっていた。

 その為、一馬は困ったように目を細め、「うーん」と唸り声を上げる。

 歯切れの悪い一馬の様子に、訝しげな眼差しを向ける紅は、首を傾げると右手を頬へと添える。


「あ、あの……どうかしたんですか?」

「あぁー……うん。何て言うか……最近、あんまり……」

「喧嘩でも、したんですか?」


 歯切れの悪い一馬の答えに、不安そうに胸の前で手を組んだ紅が、潤んだ瞳を向ける。

 その不安げな紅の眼差しに、一馬は慌てて両手を振り早口で答える。


「い、いや、け、喧嘩とかしてないよ! ちょっと、フェリアの様子がおかしくて……」

「様子が? ……何か、嫌われるような事を――」

「してないよ! と、言うか、そんな嫌われるような覚えも……」


 紅の声を遮り、そう答えた一馬は俯き小さくため息を吐いた。

 ホント、嫌われる覚えなど全くない。何故、突然、フェリアの呼び出しが減ったのかは、謎だった。

 その謎を解明すべく為、先ほどまでデータを打ち込んでいたキャルが提案する。


「なら、呼んじゃえば? その娘。その方が手っ取り早いでしょ?」


 名案と言うべき提案なのかも知れないが、一馬はそんなキャルへとジト目を向ける。

 椅子に座りそわそわするキャルに、一馬は別の思惑があるのだとすぐに悟った。

 彼女の目的はただ一つ。次の異世界の情報を得る事だ。それを分かっているからこそ、一馬はキャルにジト目を向け黙りこんでいた。

 沈黙の中で、挙動不審に瞳を泳がせるキャルは、えへへと笑う。


「あ、アレ? 私、おかしな提案したかな?」

「い、いえ、そんな事……ないと思いますけど……」


 敬語で答える紅は、キャルの方へと体を向けた後に、チラッと一馬の顔を横目で見た。

 明らかに冷ややかな視線をキャルに向ける一馬のその顔に、紅は思わず笑いを噴出しそうになるが、それを右手で口を押さえ堪える。

 肩を僅かに震わせる紅を、一馬は視界の端に見ていたが、ここはあえて触れずに、キャルへと尋ねる。


「キャルは、ただ情報が欲しいだけじゃない?」

「えっ? い、いや、そんな事ないよ? うん。全然、そんな……」


 明らかに視線を外し、口ごもるキャルに、一馬は核心した。

 やはり、キャルはここにフェリアを呼んでもらい、水の都の情報が欲しかったのだと。

 そんな一馬の眼差しに、キャルは勢い良く立ち上がると、子供の様に頬を膨らせ声を上げる。


「い、いいじゃない! 情報くらい! だって、だって、こんな機会、もう二度とないかも知れないし、私だって異世界のこと知りたいの!」


 駄々を捏ねる子供のように胸の横で握った拳を何度も上下に振るキャルに、一馬は呆れた様に目を細めた。

 正直、本当にキャルが自分より年上なんだろうか、と疑念を抱く。

 そもそも、本人に年齢の確認をしていない為、年上なのか、年下なのか、はたまた同い年なのかも分かっていない。

 その為、一馬は一応、確認の為に呆れながら尋ねる。


「キャルって、歳の割り子供だって言われない?」

「ムーッ! だって、私、まだ十五なんだよ!」


 キャルのその発言に場の空気が凍りつく。

 驚愕する一馬に、キョトンとする紅。そんな二人に不満そうな表情を浮かべるキャル。

 それから、数秒の静寂の後、それをぶち破る。


「じゅ、じゅうごぉぉぉぉぉっ!」


 一馬の悲鳴のような声に、紅とキャルは両手で耳を塞いだ。

 驚いて当然だ。明らかに十五とは思えぬほど発育した胸に、大人びた風貌。性格こそ、少々子供っぽいが、それでも、仕草などは圧倒的に大人びていた。

 それが、自分よりも一つ下だと言う事に、驚かないわけがなかった。

 紅も正直信じられないと言った様にキャルへと目を向ける。そして、その眼差しがキャルの福与かな胸へと止まり、やがてその眼差しは自らの胸へと向く。

 比べてみて紅は自分へと言い聞かせる。キャルは特別で、別段自分が小さいわけではない、と。

 二人の反応に、キャルは不思議そうに首を傾げると、右手で眼鏡をクイッと上げた。


「何を驚いてるんですか? 言いませんでしたか? 最初に?」

「き、聞いてないよ! と、言うか、絶対年上だと……」


 思わずそう口にした一馬はハッとし両手で口を押さえる。

 そんな一馬に、キャルは目を細めると、やがてわざとらしく、


「あぁー……傷ついたよぉー……まだ十五なのに、そんな年上に見られてたなんてー」


と、涙を拭う仕草をする。

 流石に少々うろたえる一馬だったが、それよりも、やはりキャルの見た目と年齢のギャップへの驚きが大きく、右手を顔の前で振った。


「いやいやいや! その風貌で年下って言う方が問題でしょ?」


 驚き目を丸くする一馬に、キャルはムーッと不服そうな表情を浮かべる。

 大人びた顔なのに、子供のように頬を膨らませるキャルに、一馬は少々呆れた。

 なんとも不自然な感じに見えたのだ。

 大きくため息を吐いた一馬は、右手で頭を抱えると、隣りに並ぶ紅へと目を向ける。

 だが、紅は放心状態だった。まさか、キャルが自分よりも年下で、それなのにこんなにも大人びていて、驚きが大きかったのだ。

 放心状態の紅に一馬は苦笑し、やがて大きなため息を吐いた。

 そんな時だった。突如として赤いランプが点滅し、警報が鳴り響く。

 甲高く大きなサイレンの音に、放心状態だった紅は我に返り、両手で耳を塞いだ。


「な、何ですか! こ、この音……」


 耳を塞いだ紅が声を上げ、一馬も表情を歪め部屋を見回し叫ぶ。


「きゃ、キャル! これって――」


 表情を歪め、一馬はキャルへと目を向ける。

 一方、キャルも突然の警報に驚き、耳を塞いだまま険しい表情を浮かべていた。

 眼鏡越しに見えるキャルの淡い橙色の瞳が右へ左へと往来しているのに気付いた一馬は、キャルも何が起きているのか分かっていないのだと悟った。

 警報後、部屋の扉がガスの抜けるような音を立て開かれ、オールドが慌てた様子で部屋へと飛び込んできた。


「姫!」

「オールド! 一体、何があったの?」


 部屋に飛び込んできたオールドへと、キャルはすぐさま声を上げる。

 黒髪の左半分を僅かに揺らすオールドは、肩を僅かに上下に揺らし険しい表情を浮かべ答える。


「そ、それが、びゃ、白虎の石碑が何者かに奪われました!」

「えっ! 白虎の石碑が! 何で? アレは、厳重に警備されていたはずでしょ?」


 キャルは驚き声を僅かに荒げた。

 白虎の石碑とは、守護聖霊白虎が眠る石碑とされ、この国の宝とされている。

 故に、最新式の警備システムで厳重に保管されているはずだった。ちょっとやそっとの事では、絶対に盗まれるわけがない、奪われるわけがないと言う、自負があるほどだった。

 その為、キャルは信じられなかった。あの石碑が奪われたという事を。

 困惑気味のキャルに、オールドは更に言葉を続ける。


「それから、町の外に奇妙な生き物が現れ、町の人を襲っています!」

「えっ! ま、町の人を!」


 更に驚くキャルに、オールドは小さく頷く。


「とにかく、姫は避難してください。俺は、保管庫へ行って来ます」

「なら、私も行く! 私はこの町を守らなきゃいけない使命があります!」

「いけません! 姫は――」

「いや! 私も行く! それに、相手は正体不明なんでしょ? なら、戦力は多い方がいいでしょ?」


 と、キャルは一馬と紅の方に眼差しを向けた。

 嫌な予感がしたが、人が襲われていると聞いて断るわけにも行かず、一馬は決断する。


「分かった。とりあえず、フェリアを呼ぼう」

「やった! ありがとう!」


 一馬の言葉に、キャルは嬉しそうに飛び上がり、両手で一馬の手を握り締めた。

 他の人を危険な目にあわせるのは正直心が痛い。だが、すでに紅も呼び出してしまったと言う事もあり、被害がなるべく少なくなる様にと、考えたのだ。

 息を吐いた一馬は巾着袋からピアスを取り出し、それを握り締めた。


「我、異界の扉を開く者なり。今、汝の力を求めん。我、呼び声に応え、異界より姿を見せろ!」


 一馬がそう口にすると、その手に握り締めたピアスが眩く蒼い輝きを放つ。

 強い空間の歪が生まれ、やがて空間が裂ける。

 二度目となる異界の扉の出現に、キャルは僅かに目を輝かせる。


「何度見ても凄い……」


 思わずそう口にしてしまうほど、美しく空間は裂けていた。

 やがて、裂け目から声が聞こえる。


「キャァァァァッ!」


 裂け目から聞こえた声に、一馬は一瞬表情をしかめた。

 そして、紅も同じく首を捻る。

 その理由は、すぐに明らかとなった。


「キャッ!」


 裂け目から飛び出した少女は、床へとお尻から落ちる。

 ふわりと舞うパラソル型の黒いスカートが遅れて床へと落ち、フリルの着いたエプロンが揺れる。

 瞬きを繰り返す一馬は、目を細めやがて肩を落とした。


「ま、また……」


 思わずそう呟いてしまう程の衝撃だった。

 一方、キャルは新たな異世界から呼び出された人物へと、目を輝かせる。

 しかし、床にペタリと座り込む少女は、「お尻を打ちましたぁ……」と間延びした可愛らしい声で呟いた。

 サイドアップにした茶色の髪がピョコピョコと揺れ、少女は辺りの様子を窺う様に顔を動かす。

 童顔とは打って変わり、今にもブラウスのボタンがはじけそうな程の福与かな胸を弾ませ、少女は立ち上がった。


「ここは……何処でしょうかぁ?」


 右手を頬にあて困り顔で首を捻る。

 明らかにフェリアではない。服装からして、恐らくメイドだと言う事を、一馬は理解し右手で頭を抱えた。

 何故、こうなったのかを、考える。その結果、一馬が導き出したのは、先の土の山、玄武岳での出来事を思い出す。

 柚葉は紅の召喚札を拾い、その瞬間に呼び出されてしまった。恐らく、今回も同じく、彼女がフェリアのピアスを拾い、間違って呼び出されてしまったのだと、一馬は答えを導き出した。


「嘘だろ……」


 頭を抱える一馬がそう口にすると、少女はようやく一馬達の存在に気付いた。


「あっ、すみません。ここは、一体、何処なのでしょうかぁ?」

「ここは、風の谷、白虎の渓谷です!」


 少女の問い掛けに即座に答えたのはキャルだった。


「白虎の渓谷? えっとぉ……何処ですかぁ?」


 長々と考えた後に困った様に笑みを浮かべ、少女はそう尋ねた。

 そんな彼女へと一歩踏み出そうとしたキャルよりも早く、一馬が前へと出た。


「はうっ!」

「あ、あの、キミは?」


 一馬の背中に顔をぶつけたキャルが声をあげるが、一馬は構わず少女にそう尋ねる。

 すると、少女は丁寧にお辞儀をすると、ゆっくりと顔をあげ答えた。


「私は、魔法学園フェアリスで新米メイドをさせていただいていますぅ。リューナと、申しますぅ」


 丁寧なリューナに一馬も丁寧に頭を下げた。

 それから、更に尋ねる。


「そ、それで、どうしてキミがフェリアのピアスを? 拾ったの?」

「いえ。預からせていただいていますぅ」

「あ、預からせていただいてる?」


 訝しげに一馬がそう繰り返すと、リューナは落ち着いた笑みを浮かべ、「はい」とハッキリと答えた。


「実は、先日からフェリア様は風邪をひかれまして、高熱に浮かされているにも関わらず、ピアスで連絡を取るんだ、と仰られましたので、そんな事をしては、熱も下がりません、と、預かった次第でございますぅ」


 丁寧に説明するリューナに、一馬は「そ、そうですか」と少々呆れ顔で答えた。



 一方、その頃――水の都、魔法学園フェアリスの寮の一室では……


「あぅ……リューナぁ……み、水……まだぁ……」


と、ベッドでうなされる様にフェリアが弱々しく呟いていた。

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