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第2回 本当に異世界? だった!!

 眩い光に堅く瞼を閉じる一馬は、落ちる。

 相変わらずと言うか、またか、と言うべきなのか、毎度毎度お決まりの様に長く長く落下する。

 落ち続ける中で、一馬は考える。

 光の色合いから、火の国でも、水の都でも、土の山でもないと分っていた。

 火の国の場合は光が赤く、水の都の場合は青い。そして、土の山の時は黒い光なのだ。故に、今回のこの眩く何色にも染まっていない光に、一馬はまた別の世界に呼び出されたのだと悟った。


(い、一体……何処まで……)


 一馬が思わずそう思ってしまう程長く続くその時が、唐突に終わりを迎える。

 眩い光が途切れ、体は投げ出される。だが、体は地面ではなく、何か液体の様なものの中へと落ちた。

 激しい飛沫があがり、一馬の体は液体に包まれる。

 浮力の影響なのか、体は沈まず液体の中で浮かぶ。だが、何故だか水面まで浮かび上がる事は無く、一馬は息を止めたまま恐る恐る瞼を開いた。

 液体で視界が薄らとぼやける。しかし、妙に光が差し込み、ぼやけていた視界はすぐに鮮明になった。

 その瞬間、一馬を包む液体が弾け、一馬は水浸しの床に足から落ちた。


「うおっと……」


 右足で着地した一馬は転びそうになり、そう声を上げた。

 何とか、バランスを保った一馬は、ホッと胸を撫で下ろして顔を上げる。

 そこは見た事の無い機械が並べられた不思議な空間だった。壁はコンクリートだろうか、灰色の綺麗な壁だった。

 一馬がいるのは部屋の中心で、台座の様に他よりも僅かに床が高く、その縁をなぞる様に手すりが並ぶ。

 丁度、一馬の腰程の高さの手すりで、素材は鉄だろう。見た感じ、ガードレールのようだと、一馬は感じた。

 辺りを見回す一馬は人の気配が無い事と、やはり今まで来た世界とは違う空気感に目を細める。

 それと同時に、妙な違和感を感じていた。

 それは――


(おかしい……確か、水の中に居たはずなのに……髪も服も濡れてない?)


 そう、一馬の体は一切濡れていなかった。


(確かに、水に浸かった感じはしてたのに……それに、弾けて床も水びた――)


 一馬はそう思い床に視線を向ける。

 しかし、その視線に映るのは乾いたタイル張りになった床だった。


「えっ!」


 思わず声を上げた一馬は片膝を着くと、右手でタイル張りの床へと触れた。

 水が滲みこんだと言うわけではないと、その感触で理解する。なら、床を水浸しにした水は何処に消えたのか、と言う疑問が頭を過ぎった。

 最初に考えたのは、蒸発した、と言う事だが、まずありえない。蒸発するにしても、こんな短時間で液体が気体になりえるわけがなかった。

 次に考えたのは、アレが揮発性の高い液体だと言う事だ。しかし、そんな液体があるだろうか、仮にあったとして、人体に影響は無いのか、と一馬は考える。

 考えた一馬だが、やはりそれはありえないと、頭を左右に振った。

 幾ら揮発性が高いと言っても蒸気も上げずにこんな短時間で消えるわけが無いと、考えたのだ。

 なら、一体どうして……タイル張りの床に右手を着いたまま、一馬は長考する。

 当然だが、答えなど出るわけが無く、一馬は諦めて静かに立ち上がった。

 それから、もう一度部屋を見回す。今まで来た三つの異世界とはまた大分印象の違う雰囲気だった。

 見慣れない機器が壁際には沢山並び、床には無数のコードが機器から機器へと繋がっている。

 台座のようになっていたその場所から降りた一馬は、手すりに右手を置いたまま右回りに部屋を一周する。


「見た事無い機械ばっかりだ……」


 驚き声を漏らす一馬は並ぶ機械を眺めていた。

 タッチパネル式の装置やら、レーダーの様なモノやら色々と並ぶが、一馬が唯一分かったのは、触れてはいけないモノと言う事だけだった。

 触れたら壊しかねない、そう思ったのだ。

 一通り部屋を見回った一馬は、目を細め深々と吐息を漏らす。本当にここが異世界なのか、と考える。

 火の国、水の都、土の山とは明らかに文化が違い、部屋に並ぶ機械を見ていると、自分のいた世界に近いモノを一馬は感じていた。

 複雑そうに首を傾げる一馬は、もう一度深く息を吐き出すと、右手で頭を抱える。


「うーん……どうなってるんだ? 一体……」


 困惑気味の一馬は右手で前髪を掴み天井を見上げた。

 本当に、他の三つの世界と違い、この世界は自分の住む世界と似通っており、天井には蛍光灯が備え付けられていた。

 目を細め、一馬は蛍光灯を見据える。今回は別の世界ではないのではないか、そんな事を思っていると、プシューッとガスの抜ける様な音が響いた。

 反射的に音の方へと体を向けると、二枚あわせになっていたドアが横にスライドする。左右に分かれる様に開かれたドアの向こうには、白衣をまとう一人の女性が佇んでいた。

 福与かな胸を隠すようにタッチパネル式のボードを両腕で抱き締め、部屋へと足を踏み入れた女性と一馬は視線が交錯する。左目の目尻の小さな黒子が印象的な女性で、長い瑠璃色の髪をポニーテールにしていた。

 しかし、その女性は何事も無いように、静かな足取りで机の前へと移動すると、ボードを置き椅子へと腰を据えた。


(アレ? 今、確かに目が合ったはずなのに……)


 一馬がそんな事を思っていると、女性は机の上を物色しながら、色っぽい薄紅色の唇を動かす。


「メガネ……アレ? メガネは……何処? おっかしいなぁ? 確かにここに置いておいたはずなのに……」


 困った様子で散らかった机の上を両手で探る女性は、目を凝らし机へと顔を近づける。

 どうやら視力が悪かったらしく、一馬と目が合ったが、その存在を認識できていなかったようだった。

 そこまで視力が悪いのに、メガネなしでよく出歩いていたなぁ、と一馬は苦笑する。呆れていたと言うか、少々驚いていた。

 そんなんじゃ、人の顔だって見えないだろうし、何より危ないだろうと、一馬は思ったのだ。


「うーん……メガネさーん。何処ですかぁ?」


 部屋に自分一人しか居ないと、思っているのだろう。女性は、まるで隠れている子供を探す様に優しく穏やかな声を発していた。

 見ている分には中々面白い光景だったが、流石にこれ以上盗み見ると言うのは心が痛むと、一馬は静かなため息を吐き、彼女の方へと歩み寄った。

 彼女の探す机の周りは何やら資料が沢山散らばり、結構な惨状だった。ファイルや本などの他に、パソコンの様な小型な機器が二台、三台と並んでいる。

 全く見た事の無い機種、と言うよりメーカーで、一馬は少々興味があったが、それよりも先にメガネを探す彼女に声を掛けた。


「あ、あの……これ……」


 一馬はその手に持ったメガネを彼女へと差し出す。

 メガネは、彼女の探す場所とは全くの正反対の場所に一目見れば分かるような形で置かれていた。

 その為、一馬は探すまでも無く、一目でメガネを発見する事が出来た。


「あっ、ありがとうございます」


 女性は一馬の方へと体を向けると、目を細めたまま小さく会釈しメガネを受け取った。


「ホント、助かりましたー。メガネが無いと、私、何も見えなくて……」


 メガネを掛けた女性は一馬の方へとにこやかな顔を向ける。

 大人びた穏やかな顔立ちの女性に、一馬も小さく会釈した。


「いえ。困った時はお互い様ですから」


 一馬がそう言うと、女性はメガネ越しに淡い橙色の瞳を向け、右頬に笑窪を作りながら微笑する。


「そうですね。人間、助け合いが必要ですよね」


 普通に会話が進む。

 だが、ここで、女性はハッと口を開け、右手でその口を覆う。驚いているのか、イマイチ読み取れない彼女の表情に、一馬は目を細め首を傾げる。


(お、驚いてる……のかな? ど、どうにか誤解を解くべきかな?)


 そんな事を考え、一馬はどう言葉を切り出すか考える。

 しかし、そんな一馬の考えとは裏腹に、女性はその目を見開くと瞳を無垢な子供の様に煌かせ、一馬の右手を両手で握り、その顔を覗きこんだ。


「わ、わわ、わっ! も、もも、も、も、もし、もしかして! 異世界から来た人ですか!」


 興奮気味の女性は、その頬を赤らめる。

 顔を近づけられ、うろたえる一馬は耳まで赤くし目を回していた。


「あ、あの、あ、あの、ち、ち、ちか、ちか――」

「ちか? ……あっ、もしかして、違いましたか?」


 一馬の言葉に急に意気消沈する女性は、その手を離し落胆する。

 気持ちの浮き沈みが激しい性格なのか、落ち込む彼女の表情はこれでもかと言う程暗い。その為、一馬は慌てて訂正する。


「いや、その! い、一応、い、異世界から……来た、と、思います」


 最後は自信なさ気の一馬の言葉だったが、その言葉を聞くなり落ち込んでいた女性の顔がパッと明るくなり、また無垢な笑みをその顔に浮かべる。

 大人っぽいはずなのに、そう感じさせない彼女に、一馬は困惑していた。

 見た感じ、恐らく一馬よりも年上に見える。だが、確実に年上だと言う保障はない。

 何故なら、一馬に人の見る目がない――と、言うより、女性と言うのは見た目と年齢が比例しないと、一馬は学習したのだ。

 紅の時は年上だと思って同じ歳で、周鈴の時は年下だと思ったら年上だった。

 そう言う経験をしてきたからだろう。一馬は女性の歳を見た目で判断しないように心がけていた。

 一馬へと煌く眼差しを向ける女性は、メガネを右手で上げると、慌てて先程机に置いたタッチパネル式のボードを手に取った。

 彼女がボードに手を触れると、真っ黒だったモニターに電源が入る。

 電源の入ったモニターを器用に右手で操作する女性は、上目遣いで一馬を見据える。

 その表情には明らかな好奇心が見て取れ、一馬は困った様に眉を曲げた。

 一馬がそんな顔をしたのは、彼女の好奇心に対する眼差しと、言うよりも、自分より背が幾分か低い彼女が、前のめりになれば、見えてしまうのだ。

 福与かなその胸の谷間が。

 その為、一馬は赤面し視線を逸らす。

 だが、女性の方はそんな事気にしておらず、小首を傾げると真っ直ぐに一馬の顔を見つめていた。


「どうかました? あの、ちょっと?」


 視線を逸らし静々と距離を取る一馬へと、女性は不安そうな表情を浮かべ、身を寄せる。


「あの、話を聞きたいだけなんですよ?」

「あっ、いや、その……」


 女性へと背を向ける一馬は、耳まで赤くし天井を見上げる。

 本来なら俯きたい所だが、そうすると彼女のその胸元が目に入ってしまう為、仕方なく天を仰いだのだ。

 しかし、女性の方は一馬の行動の意味など分からず、背を向けた一馬の前へと回り込む。


「いきなり、どうしてソッポを向いちゃうんですか? ちゃんと話を聞いてください!」

「は、話はき、聞くから、と、と、とりあえず、は、離れてもらえると……」

「何ですか? 人と話す時は、目と目を見て話せって、教わりませんでしたか?」


 不満げに持っていたタッチパネル式のボードを胸に抱き、腕を組む女性は右頬を膨らせる。

 全く持って正論を述べる女性だが、今の一馬にとってそれはなんとも難しい事だった。

 と、言うより、普段から女性へ対し若干の苦手意識のある一馬にとって、女性の目を見て話すなど高難易度の行動だった。

 うろたえる一馬に、女性は机へとボードを置く。そして、一馬の顔を両手で掴み、強引に自分の方へと向ける。それから、爪先立ちをして一馬の額へと自らの額を当て囁く。


「いいですか? 人と話す時は、ちゃんと目と目を見て話すんですよ?」


 ニコッと大人びた笑みを浮かべ、彼女はスッと一馬の顔から手を離す。

 自然と顔が離れ、距離が出来る。今にも頭から湯気が出そうな程顔を真っ赤にする一馬は、目を回しフラフラと後退した。

 女性に対し免疫のない一馬にとって、その一撃は凄まじく、すでに意識はモウロウとしていた。

 右手で額を押さえよろめく一馬を、女性は不思議そうに見据える。


「何してるんですか?」

「い、いえ……と、とり、とりあえず、も、もう少し距離を置いてもらえると、助かります……」


 右手で頭を抱えたまま、左手を女性の方へと伸ばし一馬はそう懇願する。

 これ以上、近づかれると完全に意識を失う、そう一馬は思ったのだ。

 しかし、女性の方はその行動の意味が分からず、小首を傾げると机に置いたボードを手に取り、一馬へと一歩踏み出す。

 その動きに一馬の両肩がビクッと跳ね、半歩後退する。

 明らかな挙動不審なその行動に女性は訝しげな表情を浮かべるが、すぐにパッと明るい笑みを一馬へと向けた。


「ではでは、聞きたい事があるのですが、いいですか?」


 一馬の動きの疑問よりも、異世界から来たと言う事に対する興味の方が勝ったようだった。

 目を煌かせる彼女へと伸ばしていた左手を引いた一馬は、その手を胸へとあて、深呼吸を二度、三度と繰り返し心を落ち着ける。


(だ、大丈夫……大丈夫。お、おち、落ち着け……落ち着け……)


 と、何度も自分に言い聞かせながら。

 一馬が心を落ち着けるまで、約一、二分。その間、タッチパネル式のボードを操作する女性は、その画面を次々と指で右へと弾き、ページを捲る。


「はうぅーっ……。ま、まさか、こんな早くお目にかかれるなんて思っていなかったので、情報量がまだまだ少ないよぉー」


 独り言のようにそう言う彼女の口元は緩み、とても嬉しそうな表情だった。

 そんな時だった。

 先程のようにプシューッとガスが抜ける音が響き、ドアが左右に分かれ開かれる。


「姫。先程の件なんですが、ちょっと確認したい事が――」


 男性の声が響き、開かれたドアから背丈の高い男が部屋へと入ってきた。

 黒髪を右半分だけ編みこんだ不思議な髪型をした男は、右耳の銀色のピアスを右手で触れながら俯いていた。

 彼もまた女性と同じようにその手にタッチパネル式のボードを持っていた為、それに目を向けているのだと思われる。

 その男の登場に一馬の心臓は飛び出そうな程跳ね、鼓動が速まる。

 状況的にまずいだろうと、考える。目の前にいる女性は、まるで異世界があると言う認識があり、一馬に対し好意的だが、普通の人ならまず思うはずだからだ。


「お前、誰だ!」


 ボードを見ていた男が、顔を上げたと同時に一馬の存在に気付きそう声を上げた。

 それが、普通の反応。そして、当然――


「姫! そいつから離れてください!」


と、男は声をあげ、何処から取り出したのか、その右手に変った形の銃が握られ、その銃口が一馬へと向けられる。

 突然の事に、体を男の方に向けた一馬は、両手をこれでもかと上へと伸ばす。

 自分に敵意はありません、武器なんて持っていません、と、必死のアピールだった。

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