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第1回 補習と用具入れと夏色だった!!

 無事に土の山、玄武岳から戻って大分日は過ぎ――

 元の世界に戻ってすぐ、一馬は入院を余儀なくされ、結局テストを受ける事が出来なかった。

 その為、一馬は補習を受ける羽目になっていた。

 一人教室にポツンと座る一馬は、補習用の数十枚にも渡るプリントと向き合っていた。

 窓を全開にした静かな教室に流れ込む生暖かな風。すでに六月も過ぎ、本格的に夏へと季節は変ろうとしていた。

 梅雨時と言う事もあり、ジメジメと湿った空気が室内温度を高めていた。

 あまりの蒸し暑さにシャーペンをプリントへと走らせる一馬の集中力はすぐに途切れ、そのまま机へと突っ伏した。


「んんーっ……」


 呻き声の様に声を上げる一馬は、顔を横へと向けプリントの山を見据える。

 納得行かない。確かにテストは受けられなかったが、どうしてこんな仕打ちを受けなければならないのか。

 異世界とは言え、世界を救ってきたのに……。

 きっとそんな事を口にしてしまえば、厨二病とか、頭のイカれた奴だと言われかねない為、絶対に口外する事は無いだろう。

 鼻から深く息を吐き出す一馬は、瞼を閉じる。

 聞こえてくるのは、グラウンドで部活動に励む運動部の声と、時を刻む秒針の音だけ。

 瞼を閉じていると深い眠りに誘われそうで、一馬はすぐに瞼を開き顔を上げた。


「うああああっ! 寝てる場合じゃない!」


 黒髪を両手で掻き毟った一馬は肩を落としうな垂れる。何をやっているんだろうと、不意に思ったのだ。

 深いため息を吐き一馬はもう一度プリントへと向き合った。

 暫くシャーペンを走らせていると、唐突に机の中から薄らとオレンジ色の光が漏れ、野太い玄武の声が静かに聞こえる。


『主よ。どうした? 何か、悩みでもあるように見受けられるが?』


 突然、響いた玄武の声に、一馬は慌て思わずシャーペンを投げ飛ばし、両手を机の中へと突っ込んだ。

 幸いにも、教室には一馬一人きりだが、いつ他の生徒が入ってくるかも分らない為、一馬はしきりに辺りを見回す。

 誰もいない事を入念に確認した後、一馬は机の中から十センチ程の巾着を取り出した。


「全く……お、驚かせないでよ……」


 巾着を開き、その中にあるピンポン玉サイズのオレンジ色の水晶を取り出した。

 その水晶は、玄武と契約を交わした際に渡された物で、これにより土の山へと行き来出来る様になり、玄武を召喚、会話する事も可能になった。

 丸く転がる為、一馬は普段巾着袋入れ持ち歩いている。朱雀の召喚札や青龍のイヤリングも現在は巾着袋に一緒に入れていた。


『すまない。しかし、主を心配するのは、契約した自分達聖霊の務めだ。何かあるなら、相談に乗るぞ?』


 妙に親しくそう言う玄武の声に、一馬は左手で頭を掻き鼻から息を吐き出した。

 別に悩んでいるわけではない為、どうして玄武がそんな風に思ったのか疑念を抱く。

 だが、すぐに思う。


(そんなに悩んでいる様に見えてるのかな?)


と。

 小さく首を傾げる一馬に、玄武は小さく息を吐いた。


『自分達、聖霊に気使う事は無い。自分達は、常に契約した主の味方なのだからな』


 穏やかな玄武の声に、一馬は微笑した。

 と、その時、突然、教室のドアが開かれる。


「誰か残ってるのか?」


 物音と共に響いた声に、一馬は驚き肩を跳ね上げる。その際、その手から水晶が飛び上がり、一馬は慌ててそれを両手でキャッチし、ドアの方へと顔を向けた。

 開かれたドアの向こうに、メガネを掛けた一人の男子生徒が立っていた。如何にも真面目そうなその男子生徒は教室を覗き込み、一馬の姿を見つけると眉をひそめる。


「一馬……。お前、何やってるんだ?」


 眉間に僅かなシワを寄せ、その男子生徒は静かにそう呟いた。

 一方、一馬も見知ったその男子生徒に対し、微笑する。


「や、やぁ、たける……」


 山村健。彼は、一馬と同じ中学の出身で、その際、二度程同じクラスになった事があった。それ程、親しいと言う間柄ではないが、ある程度の信頼関係は中学の三年間で築けてきたと一馬は思っている。

 右手でメガネを上げる健は、左手を腰に当てると深く息を吐き出し、冷ややかな眼差しを一馬へと向けた。


「補習か? 中学の時のキミからは想像出来ない光景だね」


 妙に棘のあるその言葉に、一馬は僅かに笑顔を引きつらせる。


「そ、そう……かな?」

「ああ。真面目だけが取りえのキミだったはずなのに……残念だよ」


 肩を竦め、健は頭を左右に振った。何となく、馬鹿にされていると一馬は気付いたが、それでも笑顔は崩さない。

 揉め事を起こしたくはないし、別に自分が馬鹿にされる分には我慢する事が出来た。

 ズボンのポケットに右手を突っ込んだ健は、やがて教室にまで足を踏み入れると暫く教室内を歩んだ後、一つの席の前で足を止めた。

 健の姿を目で追っていた一馬は、その行動の意図が読めず小さく首を傾げる。

 そんな中、ようやく健は口を開いた。


「キミも災難だね。こんな男に関わって」


 健は右手を机へと着くと、その机を人差し指でタンタンタンと三度叩いた。

 健の“こんな男”と言う発言で、一馬はその席の主を思い出した。そこは、雄一の席だった。

 そして、もう一つ思い出した。健が雄一の事を嫌っていた事を。

 中学の時、同じクラスになった際に、言われた事がある。


“あんな奴に関わるのは止めろ”


と。

 健の親切心だったのかも知れないと、当時は思っていた。だが、後々別の友人から健が雄一を嫌っていると聞かされたのだ。

 特に雄一と健の間に接点があったとは思えず、一馬は彼がどうして雄一をそこまで嫌っているのか分らなかった。


「けど、どうして、こんな奴がここに受かったのか……。僕には不思議でならないね」

「そ、そうだね……」


 適当に相槌を打っておくべきだろうと、一馬は引きつった笑顔を向けた。

 それに、一馬も常々思っていた。よく雄一がここに合格する事ができたな、と。

 雄一はよく愛する妹への思いだとか、実力だと誤魔化すが、実際相当勉強したのだろうと、思う。

 一馬は知っている。雄一が人知れず努力をする人間だと言う事を。

 元々、雄一も初めから強かったわけじゃない。初めから人に恐れられていたわけじゃない。

 喧嘩に負ける事があれば、大怪我を負う事もあった。でも、その度に雄一は人知れず努力し、体を鍛え、次にあった時、次に喧嘩になった時には必ず勝利をおさめてきた。

 そんな事を続けた結果、今の様に最強と恐れられるまでになったのだ。

 妹の為にならなんだって頑張れる。それが、雄一の強みなのだ。

 メガネを右手の人差し指で上げる健は、静かに鼻で笑うと、深く息を吐き出した。


「まぁ、彼女も可哀想だね」

「彼女?」


 一瞬、健が誰の事を言っているのか、一馬は分からなかった。

 だが、すぐにそれが夕菜の事を指しているのだと、話しの流れで理解する。と、同時に確かに雄一の妹と言うのは夕菜にとっては可哀想なのかも知れないと、思い思わず苦笑した。

 しかし、健はそんな一馬の表情に哀れみの眼差しを向け、肩を竦めた。


「まぁ、キミも大概可哀想な奴だけどな」


 健のその言葉に一馬は眉をひそめる。

 確かに、雄一と一緒に居る事は、一馬にとっても夕菜にとってもマイナスなイメージにしかならないだろう。

 傍から見れば、雄一は素行が悪く不真面目な奴だ。もちろん、一馬もその点は皆と同感だが、それでも、雄一といる事が可哀想とまでは思わなかった。

 そりゃ、嫌な事だってあるし、正直一緒にいたくない時の方が多い。でも、雄一は頼りになるし、いざと言う時は必ずどうにかしてくれる、そんな安心感もあった。

 だからだろう。一馬は健の言葉に安易に頷く事は出来なかった。

 苦笑し、右手で頭を掻く一馬は、体を健の方へと向け、左肘を背もたれについた。


「そうかな? 別に俺は雄一と一緒だから不幸になったとは思ってないけど?」

「じゃあ、今の状態はなんだ? 噂じゃ、喧嘩に巻き込まれて大怪我して、テストを受けられなかったのだろ?」


 健が背を伸ばし訝しげな眼差しを一馬へと向ける。

 まさか、そんな話になっているとは思わず、一馬はただただ苦笑していた。恐らく、この噂の出所は雄一だろう。そう考え一馬は内心呆れていた。

 幾ら何でも噂を大きくしすぎなんじゃないだろうか、そう考えたのだ。そこまで、大きく噂を流さなくてもいいのに、と一馬は大きく肩を落とした。

 それから、一馬は静かに笑った。雄一がそこまで自分の事を考えているとは思わなかったのだ。


「僕が何かおかしな事でも言ったかな?」


 笑みを浮かべる一馬に、不満そうに健がそう声を上げる。

 そんな健に一馬は右手で頭を掻き、困った様な笑みを浮かべた。


「いや。そんな事無いよ。でもさ、君が言うほど、雄一は悪い奴じゃないよ?」

「ふっ……分らんな。君がどうしてそうやって彼の肩を持つのか」


 呆れた様子で肩を竦めた健は、首を振り鼻から息を吐き出した。

 そして、メガネを右手で掛けなおし、ゆっくりと歩き出す。


「まぁ、忠告はしておくよ」

「忠告?」

「ああ。彼みたいな奴と一緒に居ると、何れキミも不幸になる。彼女も同じだ」


 健はそう告げると教室を後にし、ピシャッと戸が閉じられた。

 一人残された一馬は、疲れたように息を吐き出すと脱力する。

 それから、天井を見上げ、もう一度深々と息を吐き出すと、一馬は机へと向き直った。だが、すぐに机に置かれたプリントの山を目にし、一馬はうな垂れる。

 そんな時だった。


「ふっふっふー」


と、何処からとも無く笑い声が聞こえたのは。

 その笑い声に目を細める一馬は教室を見回し、やがて目を止めた。

 その先に映るのは――掃除用具入れだった。ゆっくりと立ち上がった一馬は、静かに掃除用具入れへと歩み寄る。一馬が用具入れの前で立ち止まると、そのドアが軋みながら開かれた。

 開かれたドアの向こうには両手にホウキを持った夕菜が恥ずかしそうに笑みを浮かべていた。足元にはチリトリの入ったバケツが置かれ、夕菜の肩口で揺れる茶髪には僅かに埃が付着していた。


「何してるの?」


 思わずそう口にする一馬は、呆れた様に目を細める。

 すると、夕菜は右手で埃を払いながら外へと出て来ると「えへへ」と愛らしく笑う。無邪気な夕菜の笑顔に、一馬は静かに息を吐くと、頭をうな垂らせる。

 半ば呆れ気味の一馬だが、それよりも何故夕菜が掃除用具入れに入っていたのか、いつからそこに居たのか、気になった。

 その為、肩を脱力させながらも一馬はもう一度尋ねる。


「で、何で用具入れに? てか、一体いつから?」

「うーん……えっとねぇー。うわああああっ、寝てる場合じゃない! の辺りから?」

「それって、ほぼほぼ最初からって事じゃないかな?」


 苦笑する一馬が両肩を僅かに揺らすと、夕菜はふっくらとした胸を持ち上げるように腕を組んだ。


「けど、いきなり、玄武ちゃんと話しだした時はビックリしたよ? 学校では極力控えた方がいいと思うよ?」

「あ、あぁ……うん。そ、そうだね……」

「あの所為で、私は出るタイミングを失ったんだから!」


 組んでいた腕を解き、僅かに揺れる胸の横で両拳を握り、夕菜は力強くそう言う。そんな夕菜に、一馬は一瞬申し訳ないと言う表情を浮かべたが、すぐに目を細める。

 まるでコッチが悪いみたいな方向へと話しが進んでいるようだが、決して一馬が悪いわけじゃない。

 そもそも、まだ用具入れに居た理由が分からず、一馬は右手で頭を抱える。


「え、えっと……出るタイミング云々よりも、ど、どうして用具入れに?」

「えっ? あぁー……うん。驚かせようかな? とか、思って?」

「何で、疑問形? てか、驚かせる必要はないんじゃないかな?」


 苦笑いしながら一馬がそう言うと、夕菜は「そっかな?」と小首を傾げた。

 愛らしいその行動に一馬は胸をときめかせるが、それを必死に押し殺し冷静を装う。

 そんな一馬へと微笑する夕菜はステップを踏むように二歩、三歩と足を進め、


「それじゃあ、一緒に帰ろっか?」


と、後ろ手に手を組み一馬の顔を覗き込む。

 とても嬉しい申し出だったが、一馬の表情は浮かない。


「うーん……ごめん。まだ課題が終わってないから……」


 苦笑する一馬は自らの机に山積みになっているプリントへと目を向けた。

 まだ手付かずのプリントが多く残っているが、夕菜は、


「じゃあ、終わるまで待ってる」


と、即答した。

 全く予期していなかった答えに、一馬は驚いた。


「えっ? でも……」

「大丈夫! 玄武ちゃんと話したいし、色々と知っておきたい事もあるから。一馬君とお兄ちゃんが私に隠してた事、ちゃんと知らなきゃね」


 ニコニコと微笑む夕菜に、一馬は苦笑する。

 まぁ、そんな事だろうとは思った。何もないのに、時間が掛かる課題が終わるまで待っててくれるわけがない。

 それから、一馬は課題のプリントへと向き直り、夕菜は窓際の席で玄武と話をしていた。

 異世界の事、聖霊の事に、夕菜は色々と興味があったのだ。あった、と言うのは語弊だろう。正確には興味が湧いたのだ。

 自身も犀石と言う聖霊をその身に宿す形となった為だった。他の世界がどんな場所なのか、聖霊とは何なのか、など、色々と質問し、玄武達聖霊と談笑していた。

 そんな中で夕菜が興味を惹いたのは、聖霊達の口調の変化だった。朱雀や青龍については、分らないが、初めて会った時の玄武の話し方と今とでは、違っていた為気にはなっていた。

 夕菜のその疑問に対し、玄武は「それは、契約者が変った為だろう」と即答した。基本的に聖霊は契約した者に影響され、口調も契約者の時代にあったものに変るものだと説明していた。

 課題のプリントにシャーペンを走らせながら、その話を聞いていた一馬はなるほどと、納得する。

 朱雀も青龍も契約する前は妙に威圧的で、何処か貫禄があるような口調だったが、今では大分崩れた口調になっていた。まさか、聖霊が契約者にそこまで影響されるなどとは、思ってもいなかった。

 そんな他愛も無い話に聞き耳を立てながら、課題のプリントを終わらせられるわけも無く、下校の時刻を迎えた。


「はぁ……」


 大きなため息と共に肩を落とす一馬はうな垂れていた。

 結局、半分以上もプリントを残し、一馬の気分は落ち込んでいた。


「だ、大丈夫だよ! まだまだ、期限はあるんだし……頑張ろう!」


 落ち込む一馬の隣りに並ぶ夕菜は、顔を覗きこみ明るくそう声を上げる。

 眩しすぎる夕菜の笑顔に、一馬は目も当てられない。まさか、話を盗み聞きしていたから課題が進められなかったとは、口が裂けてもいえなかった。

 夕陽色に染まっていた空は、大分暗くなっていた。もう七時を回っているが、この明るさ、そして、蒸し暑さに、一馬はもう夏だなーと不意に思う。


「もう、すっかり夏色だよね」


 隣りに並ぶ夕菜がそんな事を呟き、空を見上げた。それに釣られ、落ち込み俯いていた一馬も、自然と空を見上げる。


「そうだね……」

「今年も暑くなりそうだね」

「うん……そうだね」


 満面の笑みを浮かべる夕菜に、一馬は静かにそう答える。

 何故だか、不安が脳裏を過ぎり、一馬は表情を曇らせた。別に何か嫌な思い出があるわけでも、何か嫌な事があるわけでもない。

 夏は楽しい事ばかりのはずなのに、一馬の胸はざわめいていた。

 そんな不安げな一馬の顔を、夕菜は覗き込む。


「大丈夫? 何だか、顔色悪いよ?」

「えっ? そ、そう……かな?」

「うん」

「そ、そんな事ないよ! 夏、楽しみだよね。海に祭りに、夏休み」


 誤魔化すように一馬は足を早め、笑いながらそう声を張る。

 一馬の背中を見据える夕菜は小さく小首を傾げた。


(何か、隠してる?)


 そう思った夕菜だが、それを問いただす前に、その視界に飛び込む。

 一馬の踏み出した足元に薄らと現れたマンホール型の魔法陣が。


「か、一馬――」


 呼び止めようと声をあげ、右手を伸ばす。だが、早足になっていた事と下り坂になっていた事もあり、一馬の足は止まらず、その足は薄らと白く輝く奇妙な文様の刻まれたマンホール型の魔法陣を踏み締める。

 それから、時が止まった様に全てが静止し、時が動き出した時、夕菜の視界から一馬の姿も、薄らと輝いていたその魔法陣もすでに消え去っていた。

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