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第10回 想定外 兄への想いと優しき心だった!!

 柚葉は先陣を駆ける。

 その手に握るのは鞘から抜かれた二本の刀、双龍刀。

 美しい薄い青色の刃は水の膜でも張っているかのように、輝きを放っていた。

 とても軽くただ手に持って走っているだけなのに、刃が空気を切る感触が柄を握る手に確りと伝わる。それだけで、その刃の切れ味の良さが分かった。

 柚葉から大分離れた場所に、一馬とフェリアが駆けていた。青龍の力により、フェリアと柚葉、周鈴の三人が受けたダメージをその身に引き受けた一馬はモウロウとしていた。

 腹部からは血が滲み、胸は息を吸う度に激痛が走り、頭はクラクラする。その為、フェリアに支えられ、足を進めていた。

 この場に居ないのは、周鈴と夕菜だけ。夕菜はついて行こうとしたが、それを一馬が許さなかった。いや、許さなかったと言うよりも、周鈴の傍についていて欲しいと、懇願したのだ。

 一人きりにすると何をするか分らない。それに、何故か夕菜はここに居るべきだと、一馬は直感したのだ。

 それ故に、この場には二人の姿がなかった。

 先陣を切る柚葉は、ついに褐色白髪の鬼人の姿を目視する。

 傷だらけの体を癒すかの如く、周囲に散乱する鬼人の残骸を喰らう。弾力のある肉にその歯を突き立て、ひきちぎり噛み締める。

 口の周りには血がベッタリと付着し、口を開く度に血が糸を引く。

 グロテスクなその光景に、柚葉は思わず表情を歪める。共食い――いや、それ以前に何故、鬼人を喰らっているのか、柚葉には分らなかった。

 だが、すぐにその理由を悟る。

 その体に深く刻まれた傷が、ジワリジワリと再生していたのだ。ねじれ砕けたその左足も筋が再生され、ねじれが徐々に戻っていく。


(なっ! 再生してる! くっ……そうか、鬼人を喰らう事で体を再生していくのか……)


 その光景に、駆ける足を緩める柚葉に対し、後方から一馬の声が響く。


「足を緩めるな! そのまま突っ込め!」


 一馬の苦しげな叫び声に、柚葉はその足に力を込め、緩めた足を動かしもう一度加速する。

 一方、褐色白髪の鬼人もその声が聞こえたのか、鬼人を喰らうのを止めその体を柚葉の方へと向けた。

 その褐色白髪の鬼人に対し、柚葉は腕を交差させ肩口に構えた二本の刀を外に払うように振り抜いた。

 交錯していた腕が擦れ合い、二つの鍔がぶつかり火花が散る。そして、青白い閃光を放ち、二本の刃は左右へと分かれる。

 褐色白髪の鬼人の胸に真一文字の傷が開き、鮮血が噴出した。


「ぐがあああっ!」


 悲鳴のような声をあげ、褐色白髪の鬼人は背を仰け反らせる。

 それを見据え、柚葉は深く息を吐くと、両手に握った刀についた血を払った。

 褐色白髪の鬼人は、呻き声のように声を吐きながら一歩、二歩と後退すると、仰け反った体を戻し、前のめりになった。

 胸の傷は浅かったのか、すでに出血は止まり、血走った目を柚葉へと向け、眉間に青筋を浮かび上がらせる。


「ぐごおおおおおっ!」


 拳を振り上げる褐色白髪の鬼人に対し、柚葉は即座にその場を飛び退く。

 遅れて、一馬が指示出す。


「フェリア!」

「アクアショット!」


 右手を褐色白髪の鬼人の進行方向へと向け、フェリアは水の弾丸を放つ。

 速度を重視した一撃は拳を振り上げる褐色白髪の鬼人の顔の前を通過する。それにより、褐色白髪の鬼人の動きはワンテンポ遅れ、振り下ろした拳は地面を叩く。

 激しい爆音が轟き、地面が砕け散る。砕石と土煙が舞い上がり、爆風が吹き荒れ後方に跳んだ柚葉の体を煽る。

 バランスを崩す柚葉は、左膝を地面へと落とし、その肩口では金色の髪が激しくはためいていた。


(あの体でなんて破壊力だ……)


 驚く柚葉はゆっくりと立ち上がり汗を拭う。

 土煙が晴れたその場所に佇む褐色白髪の鬼人はゆっくりとその拳を持ち上げる。

 クレーターの様に窪んだ地面の中心で肩を上下に揺らす褐色白髪の鬼人は、大きく開かれた口から荒々しい呼吸を繰り返す。

 やはり、朱雀との一戦が利いているのか、褐色白髪の鬼人の動きは鈍い。

 ねじれた左足の所為で速度も落ちているが、それでもこの破壊力と言うのは脅威的だった。恐らく、一撃でも貰えば一たまりもない。

 その為、柚葉は極度の緊張状態だった。



 残された周鈴と夕菜の間には長い沈黙が続いていた。

 静まり返ったその中で、胸の前で手を組む夕菜は不安そうに一馬達が向かった先を見据える。

 時折、爆音が轟き、地響きが起こる。その為、不安は募る一方だった。

 僅かに吹き抜ける風が夕菜の茶色の髪を肩口で揺らした。

 足元で舞い上がる微量の土煙が静かに消えていく。

 そんな中、うな垂れ灰色の髪を風に揺らしていた周鈴が、静かに顔を上げる。感情など無いとても冷め切った表情を浮かべる周鈴は、座り込んだまま夕菜へと告げる。


「気になるなら、行けばいい」

「えっ? で、でも、私は一馬に……」

「関係ないね。僕はもう疲れた……戦う事も……生きる事も……」


 うな垂れる周鈴の背を見据え、夕菜は俯いた。

 どうしたらいいのか考える夕菜は、自然と無言になった。

 辺りに漂う静寂に、周鈴は「ふっ」と笑う。何がおかしいのか、夕菜には分からず、訝しげに首を傾げた。

 すると、周鈴は虚ろな眼差しで地面を見据え唇を開いた。


「どうせ、何も出来ないさ。アイツらには……」

「そんな事――」

(主よ。我に周鈴と話させてくれぬか?)


 突然、自分の頭に響いた声に、夕菜は「えっ? えっ?」と驚き辺りを見回す。だが、誰の姿も無く夕菜は目を丸くしていた。

 夕菜の様子に周鈴は肩を小刻みに揺らすと、せせら笑う。

 周鈴の態度に、夕菜は一瞬ムッとした表情を見せたが、すぐに瞼を閉じ頭を左右に振った。今、彼女は心が荒んでいる。だから、あんな態度なのだ、と。

 気持ちを落ち着ける為に薄らと開いた薄紅色のぷっくりとした唇から息を吐き出し、夕菜は先程頭の中に響いた声の指示に従う。


「汝、我の声に応え、姿を見せよ。汝の主、夕菜が許可する。いでよ! 犀石!」


 胸の前で握り締めた右拳を、声を張り上げると共に頭上へと掲げ、その手を開いた。

 手の平から溢れる眩い光が地中へと消えると、大地が揺らぎ地面に亀裂が走る。そして、地面を突き破り灰色の岩のような皮膚をした犀が姿を現した。

 重々しい体を支える太く強靭な四本の足が地面を踏み締め、その鼻頭から伸びる鋭い角が周鈴の方へと向けられる。

 鋭い眼差しを向ける犀石は、一歩その足を踏み出す。地面に僅かな亀裂が走り、土煙が舞う。

 重量感のある静かな足音に、周鈴は静かにその顔を向ける。冷ややかな鋭い眼差しに、犀石は動きを止めた。


「何だ。アイツはどうした?」


 静かな周鈴の問いに、犀石は鼻筋にシワを寄せる。

 犀石がそんな顔をしたのは、周鈴の冷めた態度に臆したと言うのもあるが、もう一つ大きな理由があった。

 それは、彼の前の主である周蓮の気配が消えた為だった。

 これは、まずい状況になりつつあると、犀石は考え、静かに野太い声を発する。


『主は――周蓮は、死んだ』


 伝えるべきか迷った末に、犀石はそう伝えた。ストレートすぎると思ったが、それでもそう言う以外に言葉が見つからなかった。

 犀石の言葉に夕菜は息を呑み、両手で口へと当てる。ショックだった。助けてくれた人が、守ってくれると言った人が、死んだときかされて。

 出会って間もない夕菜ですらショックが大きかったが、周鈴は全くの無反応だった。

 実の兄が死んだと聞かされても、全く表情一つ変えない。それどころか、肩を揺らし静かに笑い出す。


「ふっ……ふふっ……」


 周鈴のその様子に、夕菜は唇を噛み締める。実の兄が死んで笑うなんて信じられない事だった。

 自分も兄が居るからだろう。夕菜はその周鈴の態度に手を握り締めると、涙目で声を荒げる。


「ど、どうして! そんな風に笑えるの!」

「おかしいからに決まっているだろ」


 夕菜の問いに間髪居れずに周鈴は答えた。そして、夕菜の目を真っ直ぐに睨む。


「お前に分かるか? アイツが、この村の人達に何をしたのか、僕らに何をしたのか」

「そんなの分んないよ! 私は何にも知らない! けど、お兄さんの事をそんな風に言っちゃダメだよ!」


 強い口調でそう言う夕菜に、周鈴は奥歯を噛み締める。

 そんな周鈴に夕菜は畳み掛ける。


「あの人、言ってた。すまなかったって、きっと何か理由があるんだよ」

「理由? はっ、何の理由があって、村の人を殺す必要があった? 何故、村の大人を皆殺しにしなきゃいけない!」


 周鈴の言葉に、夕菜は息を呑む。まさか、そんな事があったとは、思わなかった。

 だが、その言葉に対し、犀石は目を伏せ、静かに口を開く。


『周蓮は、この町の子供達の為に汚名を被ったんだ』

「はぁ? 何だよ! この町の子供達の為にって?」


 周鈴が声をあげ、犀石を睨んだ。犀石はゆっくりと瞼を開くと、深々と息を吐き、低い声で告げる。


『あの時、すでにこの町の大人達は鬼人と化していた。周蓮がその事に気付いたのは、偶然だった。森の奥で人を喰らう、町の大人を見つけたのだ』

「じゃ、じゃあ、何で僕にその事を教えなかったんだ! どうして――」

「巻き込みたくなかったんじゃないかな? 兄として、妹を危険な目にあわせたくないって言うのは普通じゃない?」


 胸の前で手を組んだまま、夕菜はそう呟いた。思い出したのだ。幼い頃、よく兄である雄一がそうしていた事を。

 だからだろう。あの周蓮の行動が雄一とダブって見えたのは。

 複雑そうに表情を歪める周鈴は、奥歯を噛み締め拳を震わせる。そんな周鈴に犀石は更に続ける。


『アイツは、他の子供達に自分の親が鬼人になった事を知られない様に、自分の親が鬼人となって自分達を襲おうとしていたことを隠す為に、自ら汚名を被ったんだ』

「ふざけるな! じゃあ、僕はどうなんだ! アイツが汚名を被って、他の子供達は自分達の親の事を知らなくてすんだ。

 でも、僕は苦しんだ。何で、何故、お兄ちゃんがあんな事をしたんだって!

 僕は憎んだ! この町を、この世界をこんな風にしたのは、アイツだって!」


 今にも泣き出しそうな震えた声でそう怒鳴る周鈴に、犀石は静かに瞼を開き、穏やかな声で告げる。


『お前もよく知っているはずだ。兄であるアイツの性格を。それに、アイツは信じていた。お前なら大丈夫。お前は強いと』

「おうおう。麗しいねぇー」


 濁った薄気味悪い声が響き、夕菜は目を見開く。その声に聞き覚えがあり、体が自然と震えだす。

 一方、周鈴は初めて聞くその声の主の方へと顔を向け、声を上げる。


「だ、誰だ!」


 涙が浮かんでいたその目でキッと声の主を睨みつける。

 ほっそりとした顔立ちに、褐色の肌。そして、逆立った白髪を揺らし、不適に笑みを浮かべる。

 妙に寒気を感じる周鈴は、半歩下がりトンファーを構えた。

 そんな周鈴に、男はニヤニヤと笑みを浮かべ、背に回していた右腕を大きく振り上げた。

 瞬時に間合いを取り、周鈴は空を見上げる。男が腕を振り上げたその時に、何かを空へと放り投げたのだ。

 警戒する周鈴の表情は強張る。闇に包まれる空から、松明に照らされた地上へと落ちたのは――生首だった。


「お、お兄ちゃん!」


 思わず、そう叫ぶ周鈴の目から僅かに涙が弾ける。

 地上へと二度、三度とバウンドしたのは、周鈴の兄、周蓮の頭だった。無残にねじ切れた首からは未だに血がこぼれる。


「ううっ……おえっ……」


 その光景に夕菜は思わず嗚咽を漏らす。嘔吐しそうになるが、それを堪え、右手で口を押さえたまま、その目からは涙を零す。

 蹲り膝を震わせ、何度も、何度もえずく。それ程、気持ち悪くなる程、悲惨な光景だった。

 奥歯を噛み締める周鈴に、男は肩を揺らし笑い、静かに口を開く。


「くっくっくっ……愛しのお兄様は、あの世に旅立った。さぁ、次は貴様の番だ」


 大手を広げ胸を張るその男の姿に周鈴は怒りを滲ませる。

 そして、怒声を轟かせた。


「石象! 武装召喚!」


 周鈴の声と共にトンファーが薄らと光を放つ。みるみる内に灰色へと染まるトンファーはその先に丸い鉄球を形成する。


「ほぉーっ。俺とやりあうつもりか?」

「僕は貴様を許さない!」

「テメェじゃ俺には勝てねぇーよ」


 男はそう言うと拳を構えた。

 蹲り涙を流す夕菜へと、犀石は歩み寄る。戦いが始まる前の静寂の中、犀石は夕菜へと告げる。


『主よ。周鈴に力を貸して欲しい。今のままでは確実に殺される』

「うっ……うぷっ……ち、力を……貸してって……うぐっ……いわ、れても……」


 泣きながら、嗚咽を吐きながら夕菜が呟く。これ以上、人が死ぬのは見たくない、だからこそ、気分が悪くても吐き気をもようしていても、犀石の声に耳を貸す。

 優しさ溢れる彼女の声に、犀石は意を決し告げた。


『我を周鈴のトンファーへと武装召喚して欲しい』

「ぶ……そう……召喚?」

『うむ。我ら聖霊は武器に武装する事でその武器を強化、そして、使用者へと新たに力を与える。石象は粉砕。あのトンファーの先端に形成された鉄球は重く、一撃は全てを粉砕する。我の力は貫通。全てを貫く一撃を与える』


 犀石の説明に、夕菜は小さく頷く。ただ、何をどうすればいいのか分からず、眉間にシワを寄せ尋ねる。


「ど、どう……したらいいのかな?」

『ただ、念じればいい。そして、声を張れ。武装召喚と』

「わかった……」


 もう一度夕菜は頷き、ゆっくりと立ち上がる。気持ちが悪く、本当は声なんて張りたくない。

 だが、周鈴の為にと、夕菜は声を上げる。


「犀石! 武装召喚!」


 夕菜の声が響き、周鈴のトンファーが再び輝き、先端に形成された鉄球に無数の突起物が形成された。


「犀石……」


 思わず呟く周鈴の頭の中に、犀石の声が響く。


『周蓮の言葉を思い出せ』

「お兄ちゃんの言葉?」


 怪訝そうに周鈴は呟き、やがて思い出す。


“怒りに呑まれるな。自分を見失えば、敵の思う壺。だが、逆にそれを利用する事も出来る”


 幼い頃、稽古をつけてもらっている時によく周蓮が言った言葉だった。感情的な周鈴に、落ち着きを与える為の言葉だった。

 その言葉を思い出し、周鈴は深く息を吐き出す。心を静める為、兄の教えを守る為に――。



 轟音が鳴り響き、砕石と土煙が舞い上がる。

 激しく振り下ろされる褐色白髪の鬼人の拳が、次々と地面へと突き刺さっていた。

 地面には無数の亀裂が走り、度重なる打撃で数十センチ程陥没していた。褐色白髪の鬼人の両拳は皮膚が裂け、血が滲む。

 流石にその破壊力が自らの体を傷つけている様だが、痛みを感じないのか全くその力が緩む様子はなかった。

 一方、呼吸を乱す柚葉は、額から溢れる大粒の汗を拭い集中力が途切れぬ様、真っ直ぐに褐色白髪の鬼人を見据える。一瞬でも気を抜けば、一撃でやられると分っている為、柚葉は神経をすり減らし心身ともに辛い状況だった。

 それでも、一馬の作戦通り、ヒットアンドアウェーで距離を取りながら一発一発確実に褐色白髪の鬼人に浴びせていく。

 だが、皮膚が硬いのか、それとも柚葉の力が弱いのか、皮膚を僅かに削る程度のダメージしか与える事は出来なかった。


「一馬。どういたしますの? このままでしたら、柚葉の方が先に力尽きてしまいますのよ」

「分かってる。もう少し……もう少しだけ……」


 一馬は待っていた。時が来るのを――いや、周鈴が来るのを信じ待ち続けていた。

 柚葉には辛くキツイ時間稼ぎを課してしまったが、あの褐色白髪の鬼人が回復するのだけは避けたかった。

 朱雀が与えたダメージをなかった事にする事だけは、絶対に避けなければならなかったのだ。

 不安そうに柚葉を見据えるフェリアだが、それでも一馬の指示通り褐色白髪の鬼人の数歩前へと水の弾丸を撃ち込み動きを遅らせる。

 今、フェリアに出来るのは指示に従うだけだった。

 呼吸を乱す柚葉は、二本の刀を下段に構える。僅かに体が揺らぐ。心身ともに相当の疲労が溜まっていた。


(一馬。そろそろ、柚葉がまずい)


 頭の中へと響いた青龍の声に、一馬は唇を噛み締める。


(分かってる! 分かってるけど……)


 体を襲う激痛で視界は霞み、焦りは思考を鈍らせる。

 決断しなければいけないのに、迷いが生じていた。


「ぐおおおおっ!」


 褐色白髪の鬼人が雄たけびを上げ、柚葉へと迫る。フェリアは瞬時に「アクアショット!」と声をあげ、その手から水の弾丸を放つ。

 褐色白髪の鬼人の進行方向へと放った一撃だが、鬼人は気にせず直進する。水の弾丸はその横っ面に直撃し、破裂音を轟かせた。

 だが、褐色白髪の鬼人は、僅かに上半身を弾かれただけで、その勢いは止まらない。


「一馬! まずいですわ! 勢いが止まりませんの!」

「くっ!」


 奥歯を噛み締め一馬は柚葉へと視線を送る。

 一方、柚葉の動きは僅かに遅れた。疲労で体が重く、動き出しが遅れたのだ。


「――ッ!」


 目の前へと迫る褐色白髪の鬼人は、右拳を大きく振り上げる。その姿に柚葉の表情は歪む。


(ダメだ! 避けきれない!)

「一馬!」

「――くっ! 青龍!」


 フェリアが叫び、一馬は胸ポケットからイヤリングを取り出し叫んだ。

 その直後、轟音が鳴り響き、褐色白髪の鬼人が後方へと弾き飛ばされた。


「うがぁぁぁっ!」


 凄まじい衝撃が周囲へと広がり、舞い上がった土煙を一瞬にしてかき消した。

 空より降り注ぐ微量の砕石。そして、柚葉の前に倒れるのは、額から血を流す周鈴だった。


「うぐっ……」

「しゅ、周鈴!」


 思わず、声を上げる柚葉は、すぐに空を見上げる。そして、倒れる周鈴を右手で引き、その場を飛び退いた。

 遅れて、再び衝撃が地面へと落ちた。地面が砕ける音が地響きの様に広がり、土煙は次から次へと舞い上がる。

 重い足に力を込めなんとか後退した柚葉は、その手に抱えた周鈴を地面へと下ろし、ついに片膝を地面へと落とした。


「はぁ……はぁ……」


 呼吸を乱す柚葉は、目を凝らす。何かが居る、そう感じていた。

 一方、一馬とフェリアは、驚き目を丸くしていた。想定外だ。まさか、こんな形で周鈴がここに現れるとは、思っていなかった。


「一馬! 一体、これからどうするつもりですの!」

「ま、待って! い、今、か、考える!」


 想定外の出来事に、一馬は完全にテンパっていた。頭の中はグチャグチャで考えなんて纏らない。

 そんな中に、静かで不気味な笑い声が響く。


「くっくっくっ……悪いな。兄弟。折角、良い所だったのに……」

「うがぁぁぁ……」


 弾かれた褐色白髪の鬼人は、その声に答える様に声をあげ、ゆっくりと体を上げる。先程の衝撃で、右肩が脱臼したのか、うな垂れ揺らいでいた。

 痛々しいその姿に、土煙の中から姿を見せた細身の男は、両手を広げ声を上げる。


「おおう。愛しき兄弟よ。なんと言う姿に……大分、手ひどくやられてしまったようだな」


 褐色白髪の鬼人と同じように、褐色の肌に逆立てた白髪の男に一馬はソイツが鬼人だと理解した。そして、奥歯を噛み締める。

 まさか、もう一人居るとは思わなかった。これ程強い鬼人が――。

 完全に窮地に立たされていた。ダメージを負った鬼人だけなら何とかなっていたかも知れないが、疲弊した状態で、もう一体の鬼人を相手にするのは不可能だ。

 絶体絶命だと、目を伏せる一馬は、俯き息を呑んだ。


「うぐっ……はぁ……」


 薄らと瞼を開いた周鈴は、ゆっくりと体を起こす。そして、目を凝らし二体の鬼人を見据える。

 深く息を吐き、呼吸を整える周鈴は隣りに並ぶ柚葉へと静かに尋ねた。


「アイツの作戦って……どうなってる?」

「作戦? あぁ……私が聞かされているのは時間を稼ぐ事。後は分らない」

「そう……か。なら、直接聞きに行くべきか……」


 苦しげに表情を歪める周鈴はゆっくりと立ち上がり、一馬の方へと足を進める。

 二体の鬼人はその事に気付かず、話をしていた。いや、話をしていたと言うよりも、髪を逆立てた方の鬼人が一方的に話を進めていた。


「全く、お前と言う奴は、遊びが過ぎるぞ」

「うがぁぁぁ……」

「はっはっはっ。まぁいいさ。すぐに終わらせて帰るぞ」


 そう言い、男はゆっくりと振り返り、一馬達の方へと顔を向けた。おびただしいほどの殺気に、一馬は一歩後退りする。

 どうするか、考える。今、何をすればいいのかを考える。状況は最悪だが、何か出来る事があるはずだと、一馬は思考をフル回転させる。

 そんな時、一馬へと周鈴が叫んだ。


「お前は、一体、何をしようとしてるんだ! 僕は何をすればいい!」


 よろめきながらもそう声を上げる周鈴に、一馬は慌てて顔を向け、声を張る。


「玄武を呼び覚ます! けど、それには、この一帯の子供達を逃がさないと……」


 険しい表情を浮かべる一馬。

 一馬の考えでは、この町全てを巻き込む事になる。その為、周鈴が来たら子供達を避難させ、その後に玄武を呼び覚ますアプローチを仕掛ける予定だった。

 しかし、今、目の前にいる二体の鬼人を相手に時間を稼げる程、この場に居る皆に余力は無い。

 故に一馬の考えた策を実行する事は不可能となったのだ。

 一馬の考えを聞いていた白髪を逆立てた鬼人は、不適に笑い肩を竦める。


「玄武を呼び覚ます? 笑わせてくれるな」

「大丈夫だ! このままお前の作戦を実行に移せる!」


 鬼人を無視し、周鈴がそう叫んだ。そして、更に言葉を続ける。


「もうこの町に人は居ない! すでに、皆、別の集落へと避難が済んでいる!」

「ほ、本当に?」

「ああ。あの松明は町を照らすだけじゃなく、避難しろと言う合図でもある」

「でも、誰一人避難する人を見ていませんわ!」


 周鈴の言葉に、フェリアがそう声を上げると、周鈴は地面を指差し答えた。


「地下を進んで避難したんだよ! この辺りの町は入り組んだ地下通路で繋がっている。だから、安心して、テメェの作戦を実行しろ!」


 周鈴のその言葉に、一馬は俯く。そして、その口元に薄らと笑みを浮かべた。

 ここに来て、運が回ってきた。そう一馬は思い、思わず笑いがこぼれたのだ。笑う一馬に、フェリアは首をかしげ、髪を逆立てた鬼人は訝しげな表情を浮かべる。


「何をする気か知らないが、兄弟、アイツを始末しろ!」

「うがああああっ!」


 褐色白髪の鬼人が声を上げ、左足を引き摺り一馬とフェリアの方へと足を進める。


「ど、どうするつもりですの? このままじゃ――」

「フェリア、この一帯を水没させる事は可能か?」

「えっ? あっ……可能ですのよ? でも、今はそんな事――」

「柚葉! 後少し、時間を稼げるか!」


 フェリアの答えを聞いた後、一馬は片膝を着く柚葉へと叫んだ。

 俯き呼吸を乱す柚葉は、右手の刀を地面へと突き立てると、それを支えに静かに立ち上がる。


「無論だ……。やらねばならぬなら、やるしかないだろ……」


 ふら付く柚葉の姿に、周鈴は目を細める。そして、一馬へと顔を向けた。


「おい。アレは、青龍の化身なのだろ? 何故、青龍を武装させない?」

「せ、青龍を……」

「武装……ですの?」


 周鈴の言葉に一馬とフェリアは顔を見合わせる。

 周鈴が何を言っているのか、二人にはさっぱり分らない。もちろん、柚葉も何を言っているのか分らず、訝しげに眉をひそめていた。

 沈黙する三人に対し、周鈴は不満げに眉間にシワを寄せ、深く息を吐き出し怒鳴った。


「何も知らないのか? 聖霊は、纏う――武装する事が可能なんだぞ? それでも、召喚士なのか?」


 不満げな周鈴の言葉に、一馬は申し訳なさそうに俯いた。一応、召喚士なのだが、知識は殆どないし、そんな事が出来るなどと、紅から聞いていなかった。

 完全に自分を無視する四人に対し、髪を逆立てた鬼人は額に青筋を浮かべ、その間も足を進めていた褐色白髪の鬼人は、すでに一馬達の目の前で拳を振り上げていた。


「いいから、やれ!」


 周鈴の言葉に、一馬は意を決し、声を上げる。


「我の呼び声に応え、汝の化身に力を与えたまえ!」


 一馬の声に、その手に握られたイヤリングが輝きを放ち、拳を振り上げていた褐色白髪の鬼人を衝撃が弾く。


「うぐがっ!」


 よろめき、後退する褐色白髪の鬼人。そして、眩い輝きに髪を逆立てた鬼人は驚く。


「な、何だ!」

「武装召喚! 青龍!」


 一馬が拳を振り上げると、蒼い光が天へと昇り、分厚い雲を突き破った。雲の切れ間に夜空が広がり、やがて空より柚葉へと勢いよく青い光が降りる。

 何が起こったのか分からず、一馬は目を細め、フェリアも眩い光に目を伏せる。

 一方で、柚葉も何が起きているのか分らない。ただ、疲れがとれていき、体が軽くなる。そして、その両手に握る二本の刀は神々しく輝きを放つと、柄頭から美しい下げ緒が姿を見せ、龍の尾の様に揺らぎ、刃は青白い輝きを放っていた。

 更に、柚葉の着ている羽織も淡い青色へと変化し、龍の顔をした手甲が両手を包み込んでいた。


「な、何?」


 思わずそう呟く柚葉は自らの体に起きた変化に戸惑いを感じていた。

 これが、“纏”と言われる聖霊を武装する召喚方法だった。初めての感覚に柚葉は目をパチクリさせ、青龍も初めて行う武装召喚に感嘆の声を上げる。


『これが、武装召喚と言うモノか……』

「は、はぁ? な、何、この声?」


 思わず、柚葉が声を上げるが、一馬達はきょとんとした表情を浮かべていた。

 現在、青龍の声が聞こえているのは、青龍を纏う柚葉だけ。故に、現在柚葉は一人で呟く頭のおかしい存在だった。


「どうやら、武装召喚は成功したようだな……」

「えっ? あ、アレで成功?」

「姿が変った程度にしか見せませんのよ?」


 戸惑う一馬とフェリアは、疑いの眼差しを向けていた。

 一方、髪を逆立てた鬼人は怒り、怒鳴り声を轟かせる。


「テメェーら! いい加減にしやがれ! 俺達兄弟を無視するとは舐めるのも大概にしろよ!」


 髪を逆立てた鬼人が一馬とフェリアへと向かって一気に間合いを詰める。一瞬の出来事に、息を呑む一馬だったが、その直後、その鬼人を横から柚葉がいきなり切りつけた。


「うぐっ!」


 脇腹を斬られ、地面へと転がる鬼人。そして、堅実にすぐその場を離れた柚葉は、自らの動きに驚きながらも、一馬へと告げる。


「私が時間は稼ぐ、早く準備を!」

「えっ、あっ! うん。分かった。ふぇ、フェリア!」

「分かっていますわ」


 フェリアはそう言うと両手を胸の前へと広げる。魔力を手の平へと集め、ゆっくりと大気中の水をその手の中へと圧縮していく。

 少しずつ、少しずつだが、圧縮した水は大きく膨れ上がっていく。


「邪魔をするな!」


 髪を逆立てた鬼人が、柚葉へと間合いを詰める。だが、柚葉もそんな鬼人に臆す事無く、刀を振るった。鬼人の振り抜いた右拳を、柚葉は右手に握った刀で迎え撃つ。

 衝撃が広がり、二人の体が後方へと弾かれる。凄まじい衝撃だったにも関わらず、柚葉の手に握られた刀の刃は全く振動しておらず、刃こぼれ一つなかった。これが、青龍を纏った双龍刀の力だった。

 一方、刃を受けた鬼人の右拳は僅かに切れ目が入り、血が滲んでいた。


「くっ! 兄弟! お前も手を貸せ!」


 髪を逆立てた鬼人がそう言うと、「うがああっ」と声をあげ、褐色白髪の鬼人が柚葉へと襲い掛かる。

 すでに体がボロボロのその鬼人は、動きも遅く隙だらけ。故に、柚葉は息を静かに吸い込み、体勢を低くする。


『一撃で決めろ』

「えぇ。終わらせる」


 青龍の声にそう呟いた柚葉は、左手の刀を逆手に持ち、二つの刀を体の左に構える。

 そして、褐色白髪の鬼人が間合いに入ると同時に右足を踏み込み、両方の刀を一気に右斜め上へと振り抜いた。


「龍爪斬!」


 閃光が瞬き、蒼い飛沫が褐色白髪の鬼人の体を駆ける。

 一瞬の静寂――の後、褐色白髪の鬼人の体が血を噴き、その体が三つに裂け地面へと崩れ落ちた。


「兄弟!」


 声を上げる髪を逆立てた鬼人は、その表情を豹変させる。弟を殺された憎しみを爆発させ、低く響くような唸り声を発する。


「うおおおおおっ!」


 地響きが起き、風が吹き荒れる。何か嫌な力を一馬は感じ取り、フェリアへと顔を向けた。


「フェリア!」

「いけますわ!」


 一馬の声にそう返答したフェリアは、胸の前で圧縮した水の玉を空へと放った。


「アクア――スプラッシュ!」


 声と共に、圧縮された水の玉が弾け、大量の水が無数の滝の様に地面へと降り注ぐ。一撃一撃が確実に地面を陥没させ、広がる水はひび割れたその隙間から地中へと一気に流れ込む。


「グッ! な、何をする気だ!」


 大量の水に呑まれる鬼人は、目を凝らし、辺りを見回す。

 ひび割れから地中へと流れ込んだ水は、次に無数に広がる地下通路へと流れ込み、更に褐色白髪の鬼人が何発も何発も地面に拳を打ち込んだ為に生じた奥深くに出来た僅かな亀裂へと、浸透しやがて崩れる。

 地面が、大きな音を立てて陥没し始める。

 だが、それでも、まだ玄武の下までは届いていないのか、何の変化も起きない。起きた事と言えば、地面を覆う水に渦が生まれただけ。

 その為、一馬は表情を険しくし、水を放つフェリアは呼吸を乱していた。


「こうなったら……」


 額から血を流す周鈴が跳躍する。その手に握られたトンファーを構え、僅かに渦の出来たその先へと突っ込む。


「石象! 犀石! 力を貸して!」


 声を上げ、振り上げた両手のトンファーをその渦へと叩き込む。地面に突起物の着いた鉄球が直撃する。そして、大きな風穴を開けた。

 だが、それは同時に大きな渦を生む結果となり、小柄な周鈴は一気に渦へと呑まれた。


「しゅ、周鈴!」


 一馬は叫ぶ。しかし、一瞬にして周鈴の姿は渦へと消える。

 それでも、玄武には届かなかったのか、何もおきない。


「くっ――」

「私が行く!」


 次に、柚葉が跳躍する。狙うはやはり渦の中心だった。


「青龍。いけるか?」

『ああ。奴の――玄武を我が目覚めさせてやろう』


 柚葉の声にそう青龍が答えると、二本の刃が更に青白く輝いた。


「柚葉! 危険だ!」

「大丈夫だ。信じろ!」


 一馬の言葉に、柚葉はそう言い、渦へと着水。そのまま渦の中へと呑み込まれる。

 息が持つのか分らない。渦に呑まれ、上も下も分らない柚葉。それでも、何とか地面を目視し、二本の刀を地中へとぶっ刺した。


(いけっ! 青龍!)


 地面に突き刺さった刃から放たれる水の龍。それはまさしく青龍そのもので、次々と地面を流れる水の吸収し、膨張しながら地面の奥底まで一気に直進する。

 その最中、水の体に柚葉と周鈴を取り込み、やがて地面を突き破り空洞部分へとついに辿り着いた。

 水の龍は地面に衝突し弾け飛び、周鈴と柚葉はようやく空気を肺へと送り込んだ。


「かはっ!」

「げほっ……げほっ……」


 二人の武装召喚は解除され、元の姿に戻っていた。

 もうろうとする二人は、その視界に巨大な影を見た。大きな穏やかな眼に、大きな甲羅。これこそ、玄武の石像だった。



 その頃、地上に残された一馬とフェリアの下へ、夕菜がようやく辿り着いた。


「はぁ……はぁ……か、一馬君! ど、どうなってるの?」


 地面に空いた大きな穴に、目を丸くする夕菜に、一馬は小さく頭を左右に振った。


「俺にも分からない……」

『どうやら、玄武の下まで辿り着いた様だな』


 唐突に朱雀の声が響く。玄武の気配を感じ目が覚めたのだ。


「それじゃあ――」

『ああ。後は、目覚めさせる儀式。優しき者の祈りと願い』

「優しき者?」


 一馬がそう聞き返すと、朱雀は『ああ』と静かに述べた後、言い放つ。


『夕菜が、その優しき者だ』

「えっ? わ、私? そ、そんな、私、優しくなんて――」

『早くしろ! あの鬼人も今地下に居る! 周鈴と柚葉は戦える状態じゃない!』


 唐突に今度は青龍の声。その声に、夕菜は「わ、分かった!」と返答し、胸の前に手を組んだ。

 何を願えばいいのか、どうしたらいいのか分からない。だから、夕菜は今、自分が一番願う事を、その願いに込めた。


(お願い。玄武さん。皆を、助けて――。皆を、守ってあげて……)



 ――地下。そこには鬼人の姿があった。水に濡れた為、逆立っていた髪は垂れていた。

 そして、その鬼人の足の下に周鈴と柚葉は潰されていた。


「くっくっくっ……よくも、俺の弟を……ジワジワなぶり殺しにしてやる……」

「うっ……ぐあっ!」


 骨が軋み周鈴は呻き声を上げる。一方、柚葉は声を出せぬ程の激痛が体を襲っていた。

 二人の苦痛に歪む顔に、鬼人は恍惚の表情を浮かべ、両手を広げる。


「さぁ、我、兄弟に届く様にテメェらの苦しむ声を――」


 鬼人の動きが止まった。

 突然、地震が起き、大地が激しく揺らいだのだ。


「な、何だ?」


 怪訝そうな表情を浮かべる鬼人がゆっくりと振り返る。そこには巨大な石像が存在し、それを見上げ鬼人は表情を引きつらせる。


「こ、これが、玄武か? おいおい……まさかの収か――」


 その時、玄武の穏やかな大きな眼が黄色く輝きを放つと、その石像に亀裂が走った。


『慈愛溢れん、優しき者よ。母なる大地の恵みの下生まれ育った全ても者達を思うその優しき心。我の長き眠りを呼び覚ます優しき声よ。汝の願いを、叶えよう』


 野太い声がこだまし、天井が崩れ出す。揺れは激しさを増し、流石に鬼人も危険を感じたのか天井に空いた穴へと跳躍した。

 それと同時に、その空間が崩れ落ちる。



 地上でも、激しい揺れがおき、地面がそれにより陥没していく。空洞に土が流れ込んでるのだ。

 流石にこの場に居ると危険だと、一馬はフェリアの肩を借りその場を離れ、様子を窺う。玄武は目を覚ましたのか、周鈴と柚葉は無事なのか、鬼人はどうなったのか、そんな事を考えていると、地面から一つの影が飛び出した。

 その影は地面へと転がると、やがて口を開く。


「危うく、生き埋めにされる所だった……」


 鬼人だった。その姿に絶望する一馬とフェリア。だが、すぐに異変が起きる。

 陥没していた地面が突如隆起し、一層激しい揺れと共に地面を突き破り、凹凸の激しい巨大な岩石の様な甲羅が姿を見せたのだ。


「なっ……」


 驚く一馬が目を丸くし、


「何ですの……」


と、フェリアは目を白黒させる。


「こ、これって……」


 両手で口元を覆う夕菜は、その目に涙を浮かべる。凹凸の激しいその甲羅に周鈴と柚葉の姿があったのだ。

 そして、この甲羅の持ち主こそが、玄武であると分かったのだ。


『我を呼び覚まし者よ』


 甲羅の中からゆっくりと猛々しい顔を見せる玄武が、野太い声を発する。

 穏やかで優しみのあるその声に、一馬もフェリアも言葉を失っていた。


「くっ……分かった! 撤退する!」


 突如、独り言の様にそう呟いた鬼人は、不快そうに眉間にシワを寄せ、その場から消え去った。

 まるで、誰かと話している様に一馬に思えた。だが、今は鬼人よりも周鈴と柚葉の事が気になり、玄武へと尋ねる。


「ふ、二人は?」

『案ずるな。意識を失っているだけだ』

『そうか……助かったぞ。玄武』


 玄武へと雄々しい声で青龍がそう述べると、玄武は静かに口を開く。


『青龍よ。汝は少々手洗いな』


と。

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