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第9回 一馬の賭けと覚悟とリスクだった!!

 後方から轟く衝撃音。

 後を追う様に迫る土煙。

 それでも、一馬は立ち止まる事無く走り続ける。

 担がれた周鈴は大分大人しくなり、うな垂れたまま動かない。

 気を失ったのか、それとも、あまりの痛みに動けないのか一馬には分からない。分らないが、非力な一馬にとってそれは幸いな事だった。

 下手に暴れられて体力を消耗するのだけは避けたい所だったのだ。

 すでに肩で息をする一馬は、辺りを注意しながら足を進める。フェリアと柚葉の二人が何処にいるか分からないからだ。

 その際、横並びに建つ家の壁に穴が空いているのを一馬はチラッと見た。恐らく、その先には柚葉が居る。

 次に何処までも伸びる地面を抉った太い線を発見した。この先にフェリアが居る。

 どちらも同じ方向だった為、一馬は道に伸びる地面を抉った線を辿り、フェリアの下へと急いだ。


『まずいな……』


 走り続ける一馬の胸ポケットでフェリアから貰ったイヤリングが輝き、青龍の雄々しい声が響く。

 大きく口を開き、呼吸を乱す一馬は、眉間にシワを寄せ目を細めた。


「な、な、なに……んぐっ……が、まず……いんだ?」


 息を乱しながら一馬がそう尋ねる。

 本当は話をするのも辛いが、それでも青龍の言葉が気になったのだ。

 苦しげな一馬の声に、青龍は小さく『ああ』と、答えた後に少し間を空け、静かに告げる。


『朱雀がやられた』

「なっ!」


 青龍の言葉に、一馬は思わず足を止めた。

 疲労から膝が震え、今にも力が抜けそうになる。それでも、何とか力を込め、必死に倒れるのは耐えていた。

 肩を激しく上下に揺らす一馬は、思わず振り返る。今現在、朱雀の事などを気にしている場合ではないが、一馬は不安げな顔を向けていた。

 そんな不安げな一馬の顔に、青龍は深く息を吐き出した。


『不安そうな顔をするな』

「け、けど……」

『お前は、優し過ぎるな。召喚士には向かないタイプだ』


 青龍が厳しい口調でそう告げる。だが、すぐに『だが、俺はお前みたいな奴は好きだ』と、呟いた。

 それから、少し間を空け、話を本筋へと戻す。


『いいか、召喚士と聖霊の関係とは非情なものだ。聖霊は召喚されれば、たとえ主が間違った事をしようとしても、その命令を聞かねばならぬ。

 それが、召喚士と聖霊の主従関係と、言うモノだ。それに、多くの聖霊が使い捨てにされている』

「だからって、俺に他の召喚士と同じになれって言うのか? 悪いけど、俺はそんな風には考えられない」


 一馬が頭を左右に振りそう言うと、青龍は静かに息を吐き、


『そうなれとは言わない。だが、もう少し心を押し殺せ。非情になる事も、時には必要なんだ』


 青龍の言葉に、一馬は奥歯を噛み締め「くっ」と声を漏らし俯いた。

 朱雀にも同じ事を言われたが、どうして聖霊はこんなにも冷めているんだろうか、そう一馬は思う。

 長く生きているからなのか、それとも多くの召喚士に仕えてきたからなのか、一馬には理解出来ない事だった。

 拳を握り締める一馬は「くっ」ともう一度声を漏らすと反転し、走り出す。朱雀が稼いでくれた時間を無駄にするわけには行かないと、青龍に言われた通りに心を押し殺し、フェリアの下へと急いだ。

 それから程なくし、盛り上がった土に埋もれるフェリアを発見した。


「フェリア!」


 一馬が叫ぶと、フェリアは目の上に置いた右腕を激しく左右に動かし、ゆっくりと体を起こした。

 目の周りが僅かに赤く腫れ、目もやや充血していた。だが、フェリアは体を起こすと無理に作ったような笑みを向け、衣服に付いた土を払う。


「す、すみませんわ。ちょ、ちょっと油断してしまいましたのよ……」


 弱々しくそう言うフェリアは、胸の位置の土を払おうとして表情を僅かに歪めた。

 その表情の変化に一馬は気付く。


「も、もしかして、怪我してるのか?」

「い、いえ……だ、大丈夫ですのよ。ホント、全然……うぐっ!」


 強がるフェリアだったが、立ち上がろうとしたその瞬間に激痛が体を走り、思わずそう声を漏らした。

 そして、胸を押さえ表情をしかめ、蹲る。


「うっ……」

「ほら、痛むんじゃないか! 何でそんなに強がるんだよ!」

「べ、別に……強がってなんか……」


 蹲り肩を震わせるフェリアに、一馬は呆れた様に息を吐いた。

 それから、右手の平を額へとあて、前髪を握り締める。自分がフェリアにそんな事を言える立場ではない事は分っていた。

 戦い、体を張っているのは、自分では無く、召喚されたフェリアや柚葉なのだから。

 額を押さえたまま、下唇を噛み締め、一馬は必死に考える。

 朱雀は言った。お前なら出来ると。だが、何も考えは浮かばない。何も――。

 その為、一馬は堅く瞼を閉じ、前髪を握り締める手に力を込めた。


『落ち着け。主よ』


 静かな朱雀の声が一馬の耳に届いた。

 胸ポケットには、いつしか燃えた召喚札が戻っており、それが薄らと赤く光を放つ。

 目を見開く一馬は、召喚札を見据え声を上げる。


「す、朱雀! ぶ、無事だったのか!」

『あぁ……言っただろ。聖霊はそう容易くは死なない。人と違ってな』

『元々、聖“霊”と言う位だ。所詮は最初から死んでいるに過ぎんわけだしな』


 朱雀の言葉に、青龍がそう付け加え、静かに笑った。

 安堵する一馬はホッと胸を撫で下ろし、右手を下した。

 蹲っていたフェリアは、激痛に表情を歪めながらも立ち上がり、一馬を見据える。


「さ、先程の爆発音はもしかして、朱雀様が?」

「ああ。けど、やっぱり信仰が無い地だと……」

「そ、そうですの……」


 フェリアの声のトーンが僅かに沈む。聖霊である朱雀でもやられてしまう程の相手。そんな相手に自分が何が出来るだろうか、と考えたのだ。

 膝に置いた手が悔しさで震え、俯くフェリアは悔しげに表情を歪める。体の痛みよりも、心が激しく痛んでいた。

 重苦しい空気が漂う中、静かな足音が鳴り響く。


(足音!)

(まさか、もう追ってきたのか!)


 いち早く足音に気付いた青龍と朱雀が辺りを警戒する。

 引き摺るような足音に、一馬とフェリアは表情を強張らせた。目を見開き、息を呑み込む二人の間に、緊張感が漂う。

 額から汗を流す一馬。

 握った手の平に汗を滲ますフェリア。

 動悸が激しくなり、二人の緊張は最大限まで高まる。

 その時だった。


「こんな……所に、いたのか……」


 痛みに掠れる柚葉の声が届き、一馬とフェリアはその声の方へと顔を向けた。


「ゆ、柚葉!」

「無事……じゃなさそうですわね」


 足を引きずり、左手で腹部を押さえる柚葉の姿に、フェリアは目を細めた。

 左手は白の胴衣から染み出した血により、赤く染まり鮮血は雫となり足元へと零れ落ちる。

 柚葉の表情は険しく、顔色は悪い。傷は深く、呼吸をする度に血が溢れ出していた。

 苦しそうに呼吸をする柚葉は、瞼を閉じると噛み締めた歯の合間から熱の篭った息を吐き出す。


「大丈夫か!」


 腰を僅かに曲げ、前屈みになる柚葉に、思わず一馬がそう声を上げる。

 すると、柚葉は、右手を一馬の方へと挙げ、


「騒ぐな……傷が痛む……」


と、震えた声で告げた。話すだけでも激痛を伴う柚葉に、一馬は一層責任を感じる。


『しかし、酷い傷だな。折れた骨が肉を突き破ったのか?』


 訝しげに青龍が尋ねると、柚葉は面倒臭そうに表情を歪め、深く息を吐き出し答える。


「これは、折れた刃が刺さっただけだ……骨に異常はない」


 それだけでも十分大怪我だが、柚葉はそれを感じさせぬ様に微笑した。

 周りの人に心配掛けまいと、強がって見せたのだろう。

 状況は最悪だった。戦闘の出来るフェリア、周鈴、柚葉、三人共負傷。

 この中で唯一無傷なのは、全く持って戦力にならない一馬だけ。

 この状況で何が出来る。何故、朱雀はそこまで自分の事を信じる事が出来る。そんな疑念に一馬は拳を震わせる。

 そんな折、胸ポケットにしまわれた召喚札が僅かに赤い光を放ち、朱雀の静かな声が耳に届く。


『すまん。主よ。我は少々疲れた。少しばかり眠りに就くゆえ、何か用があれば呼ぶがいい』

「えっ、あぁ……ごめん。朱雀」

『謝るな。我、主よ』


 朱雀がそう告げると召喚札は光を失う。

 無言のまま一馬は小さく頷き、息を吐き出す。そして、静かに瞼を閉じると、自らに言い聞かせる。


(落ち着け。落ち着くんだ……)


 深く息を吐き出し、一馬は瞼を開く。そして、右拳の親指を眉間へ押し当て、思考を張り巡らせる。


(今、ここに居るのは、負傷してる三人と無傷の俺。戦力的に言っても圧倒的に不利だ。けど、あの鬼人だって、朱雀とまともにやりあったんだ。あの爆音からして相当のダメージは負ったはず……。

 いや、はずじゃダメだ。根拠の無い事で三人を危険にさらすわけには行かない。それに、もしそうじゃないなら、今度こそ命を落とすかもしれない)


 長考する一馬。様々情報を頭の中で整理し、今、どんな状況かを詳細に導き出す。


(雄一が居れば、紅蓮の剣で何とか対抗出来るかもしれない。いや、待てよ? まだ、青龍の化身である双龍刀が――)


 一馬は不意にそんな事を思い出し、その視線を柚葉へと向ける。刀である事と、脇差と小太刀を扱う柚葉なら使えるかも知れない、そう考えたのだ。

 しかし、問題が一つだけ。使えるとしても、それは双龍刀を鞘から抜く事が出来れば――の話だった。

 必死に考え、ようやく見つけ出した一筋の光明。もう、これに賭けるしかない。

 傷を負っている柚葉には酷かもしれない。自分は非道な奴かも知れない。そんな事を思いながら、一馬は唇を噛み締め、決断を下す。


「青龍。頼みがある」


 真剣な一馬の声に、胸ポケットに召喚札と一緒に納められた青い水晶の埋め込まれたイヤリングが蒼い光を放つ。


『頼み? 主の願いならば、応えるのが俺達聖霊の務めだ』

「そうか……じゃあ、双龍刀を……」


 一馬のその声に青龍は訝しげな声をあげる。


『どうする気だ? 双龍刀など持ち出して? お前には抜けぬ代物だぞ?』


 疑念を抱く青龍の声。双龍刀などこの場に出した所で抜ける者は居ない。紅蓮の剣同様に、武器が持ち主を選ぶ特殊な代物だ。

 紅蓮の剣は、熱き心を持つ純粋な者を。

 そして、双龍刀は静かなる心を持つ清き者。そんな者が今、この場に存在しているとは思えなかった。

 しかし、一馬は至って冷静に、青龍へと言葉を続ける。


「俺に抜けなくても、今、この場に抜ける人が居るかも知れない」

『かもしれない? それだけの理由で双龍刀を呼び出すのか? 可能性は限りなくゼロに近いぞ? それに、もし抜ける者が居なかったらどうする? 僅かな光明でも、それを失った時の精神的なダメージは計りしれんぞ?』


 冷静にこの状況を分析した青龍は厳しい口調でそう言い放った。

 当然だ。今、この場に居るフェリア、周鈴、柚葉の三人に、双龍刀を抜くに値する資格があるとは思えなかった。

 フェリアは魔術師で、とても双剣である双龍刀を扱えないだろうし、周鈴はとてもじゃないが静かなる心の持ち主ではない。柚葉に至ってもそうだ。

 鬼人を目の前にした柚葉に、冷静さなどなかったように青龍には思えた。

 確立はかなり――いや、正直ゼロと言ってもいいだろう。

 この状況で何を根拠に、いや、何を期待して双龍刀を呼び出そうとしているのか、青龍には分らなかった。

 躊躇う青龍に対し、一馬は真剣な表情でもう一度頼む。


「青龍! 頼む。双龍刀を!」

『……分かった。だが、期待はするな。いいな』

「分かってる。これは、俺も賭けだ。もし、双龍刀を柚葉が抜けなければ――」

『待て! な、何故、あの小娘限定なんだ!』


 ハッキリと言い切った一馬に、青龍が思わず声を張る。その声が聞こえたのか、フェリアと柚葉は訝しげな眼差しを一馬へと向けていた。


『他にも二人居るだろ? 何故、あやつに限定する?』

「いや。恐らく、抜けるとしたら柚葉だけだ」


 何故、そこまで言い切るのか青龍にも分らない。だが、一馬には自分には見えない何かが見えているのだろうと、青龍は判断する。

 そして、静かに息を吐き出し、一馬へと告げた。


『いいだろう。俺の化身である双龍刀を貴様に託す。だが、お前は全てを背負わなければならない事を忘れるな。もし、アレを抜く事が出来ても、出来なくても。お前は、それだけの覚悟をしなければいけない事を――』


 青龍がそう言うと、青白い眩い光が胸ポケットから飛び出す。

 そして、青色の鞘を挟むように納まった双剣、双龍刀が姿を現した。美しい鱗模様が刻まれた鞘に、不思議な形で納まる二本の刀。

 それを目にし、柚葉は怪訝そうに呟く。


「何? あの変てこな剣は?」


 初めて目にすれば、恐らく十人中十人がそう言ってしまうであろう。それだけ、鞘の両端に柄がある事が不思議な刀だった。

 宙へと浮かぶ双龍刀は、青白く輝きながらゆっくりと地上へと降りる。しかも、導かれるように柚葉の足元へと。

 これは、一馬も想定外の事で、青龍もまさかの事態に聊か驚きを隠せなかった。


「せ、青龍……こ、これって……」

『あぁ……。信じがたい事だが、どうやら賭けに勝ったようだ。双龍刀があの小娘が主に相応しいと選びおった……』


 驚く一馬と青龍だが、一方の柚葉はわけが分らず、ただ足元に降りたった双龍刀を見据えていた。

 それから、柚葉は一馬へと目を向け、訝しげに尋ねる。


「何だ? これは?」


 決して双龍刀に手を伸ばそうとせず、警戒心を強める柚葉に一馬は深く息を吐き出す。


「それは、双龍刀。青龍の化身」

「青龍の化身? ……紅蓮の剣と同じと言う事か? なら、私に抜けるわけが無いだろ?」


 不信感を抱く柚葉に、一馬は首を振る。


「いや。多分、柚葉になら抜ける」

「何の根拠があるんだ?」

「そうですわ。どうして、彼女が?」


 不満げにフェリアが口を挟む。だが、一馬は真っ直ぐに柚葉を見据え、柚葉も一馬のその目を真っ直ぐに睨みつけていた。

 静寂が漂う中、唐突に重量感のある足音が轟き、森の方から土煙が巻き上がる。

 その音に思わず目を向ける一馬と柚葉。遅れて、フェリアも痛みに表情を歪めながら振り返る。


「と、と、止まって!」


 愛らしい夕菜の声が響き、巨体を揺らす大きな犀が三人の視界に飛び込む。

 緊迫した空気をぶち壊す登場に、三人は目を丸くし呆然としていた。一体何をしてるんだ、と言いたげな眼差しを向けていた一馬だったが、すぐに思い出し声を上げる。


「ゆ、夕菜! ぶ、無事だった――」


 巨大な犀は一馬の前を通過する。土煙だけが舞い上がり、一馬は「えぇーっ」と声をあげ目を細めた。

 しかし、犀は急ブレーキを掛けると、瞬時に一馬達の方へと体を向け、ゆっくりと足を進める。


『貴様らは、この娘の知り合いなのか?』


 野太い声でそう言う犀に対し、一馬は小さく頷いた。


「え、ええ……い、一応」

『そうか……ならば、ここでよいな……』


 犀石はそう言うと角に乗せていた夕菜を下ろし、その姿を消した。

 地面へと下された夕菜は目を回し、フラフラと体を前後に揺らしていた。


「だ、大丈夫……ですの?」


 苦笑するフェリアがそう尋ねる。すると、夕菜は小さく頷き、


「う、うん。へ、へーき……へーき……」


 えへへーと笑う夕菜に「そうですの……」とフェリアは苦笑し答えた。

 不安げな表情を夕菜へと向ける一馬だが、すぐに状況を思い出し柚葉の方へと顔を向ける。

 柚葉の手には双龍刀が握られていた。まだ抜かれてはいないが、柚葉はその両端の柄を握り締めていた。

 激痛に耐えながら深々と息を吐き出す柚葉は瞼を閉じる。そして、静かに瞼を開くと、真っ直ぐに一馬を見据えた。


「これを、抜けばいいのか?」

「ああ。大丈夫。柚葉なら抜ける」


 一馬がそう言うと、柚葉はもう一度息を深く吐き出し、両手に力を込める。

 そして、両端の柄を力いっぱいに引いた。しかし、刃はガンッと音をたて鞘から抜ける事はなかった。

 沈黙が漂う。驚愕する一馬に対し、柚葉は静かな眼差しで双龍刀を見据える。


「な、何で!」

「言っただろ。私には無理だと」

『いや、違うな。お前は、抜く直前に、思ったんだ。絶対に抜く事など出来ないと。初めから諦めている者に与えられる力など無い』


 柚葉の声に、一馬の胸ポケットから青白い光が溢れ、青龍の声が響いた。

 その言葉に柚葉の表情が僅かに歪む。恐らく、青龍の言った通り柚葉は諦めていたのだろう。抜けるわけ無い、と。

 眉間にシワを寄せる柚葉は脱力すると、瞼を閉じた。

 すると、その後ろから、


「ふっ……今更、どんな力を手に入れても無駄だ。なら、最初から諦めている方がよっぽど楽さ……」


と、意識を取り戻した周鈴が告げた。

 そんな周鈴へと目を向ける柚葉は、また息を吐いた。心のどこかで周鈴に言われた事を思っていた。だから、何も言わず柚葉は俯いた。

 しかし、一馬は不満そうに眉をひそめ、周鈴を睨む。そんな一馬へと、膝を立て座る周鈴は目を向ける。


「何だ? 言いたい事でもあるのか?」


 不快そうにそう尋ねる周鈴に対し、一馬は静かに口を開いた。


「無駄かどうかはやってみないと分らないだろ。確かに、確立は低いし、無駄になるかも知れない。でも、少しでも可能性があるなら、挑戦するべきだ」

「挑戦? そのリスクを負うのは誰だ? お前じゃないだろ? それなのに、挑戦とか言ってんじゃねぇよ!」


 一馬の言葉に不快感をあらわにし、周鈴はそう口にした。

 確かに周鈴の言う通り、リスクを負うのは双龍刀を抜く柚葉で、一馬には何のリスクも無い。その為、周鈴に言い返す事が出来なかった。

 長く続くかと思われたその沈黙を、青龍が破る。


『リスクならあるさ。一馬には、ここに居る皆の傷を背負って貰う。恐らく、耐え難い苦痛を味わうだろう。だが、全快のお前達でなければあの化物に対応出来まい。一馬、お前も覚悟は出来ていると言ったな』

「ああ。覚悟は出来てる。俺に出来る事があるなら何でもするさ」


 一馬は静かにそう吐き捨て、拳を握り締める。この状況を作り出したのは自分で、フェリアや柚葉、夕菜を無事に元の世界に帰す事が出来るなら、何でもやるつもりだった。

 たとえ、自分の身がどうなろうと。

 そんな一馬の真剣な言葉に、苦痛に表情を歪めるフェリアが反論する。


「待ってくださいませんの! わ、わたくしは、回復してもらっても、何の役にもたてませんのよ? 直接戦えるわけでも無いですし、援護するなら今のままでも――」

「いや。俺の考える作戦には、フェリアの全力の力も必要だ。それに、俺がこんな場所に呼ばなきゃ、フェリアだって怪我をする事なんてなかったんだ。償わせてくれ」


 申し訳なさそうに頭を下げる一馬に、フェリアは「……一馬」と呟き、儚げな目を向ける。

 ただ、一馬の力になりたい、そう思っていただけなのに、そんな風に言われると心が痛んだ。

 それは、柚葉も同じだったのか、複雑そうに眉間にシワを寄せ、もう一度胸の前で双龍刀の柄を握り締め告げる。


「償わせろ? 馬鹿を言うな。誰も、お前の所為だとは思っていない。この戦いに参加したのは自分の意思だ。誰の所為でも無い」


 瞼を閉じ、そう述べた柚葉は、深く長く息を吐き出すと、心を静めゆっくりと瞼を開いた。

 強い意志を宿した眼差しには覚悟が――。

 その静まりかえった心には強い思いが――。

 そして、柚葉は引く。力を込めたその柄を握り締めた手を。

 ゆっくりと願いながら。


(私に力を――。鬼を倒す為の力を――!)


 刃は軽く鯉口に擦れる。そして、鞘から姿を見せる。

 薄く淡い青色の輝きを放つ美しい二本の刃が――。

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