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第3回 混ぜるな危険!? 周鈴と柚葉だった!!!

 少女は羽織の裾を揺らしながら、周囲を見回す。

 右手には刀よりも刃のやや短い脇差を握り、左手は腰に差した更に刃の短い小太刀の柄を握り締めていた。

 つり目がかったその目をゆっくりと動かし、少女は辺りを見回す。

 さらさらの金色の髪が僅かに揺れ、少女は怪訝そうに眉をひそめた。


「ここは……」


 小声で呟いた少女は、やがてその視線を丸太に括られ拘束された一馬へと向ける。

 彼女の綺麗な黒い瞳と一馬の視線が交錯した。

 その鋭い眼差しにドキッとすると同時に、記憶が蘇る。

 火の国で一度あった少女の顔が。


「あぁーっ! き、キミは……誰だっけ?」


 叫んだ後に冷静になった一馬は、彼女の名前を知らない事に気付き、小さく首を傾げた。

 その言葉に少女はふっと、静かに息を吐くと、呆れた様な眼差しを向け、


「私は、柚葉よ。覚えておきなさい」

「えっ、あっ……はい……」


 キツイ口調で言われた為、一馬は萎縮しながらそう返答した。

 妙に好戦的な柚葉は、左手で小太刀を抜くと、それを一馬の方へと投げた。

 トンと丸太に小太刀は突き刺さり、一馬の体は縄から解放され地上へと落ちる。


「うわわっ!」


 驚きの声をあげながらも、バランスを保ち、何とか足から着地した一馬は身を屈め、右手を地面へと着いた。

 そして、丸太に刺さった小太刀を見上げ、ゆっくりと柚葉へと目を向ける。

 相変わらず感情の読めない静かな面持ちの柚葉は、脱力すると静かなその眼差しを周鈴へと向けた。


「私はあの子を倒せばいいのかしら?」


 淡々とした口調でそう述べる柚葉に、一馬は我に返り声を上げる。


「な、な、何で、キミがここにいるんだよ!」


 一馬の声に柚葉は呆れた眼差しを一馬へと向ける。


「何で? それは、あなたが呼び出したからでしょ?」


 面倒臭そうに柚葉が返答する。

 視線が自分から逸れたこの時を周鈴は見逃さず、静かに地を蹴る。


「いや、俺が呼んだのは紅だ! キミを呼んだわけじゃないし、そもそも、キミの事は――あぶない!」


 一馬が叫ぶと同時に、周鈴が柚葉の死角から低い姿勢で突っ込む。

 足音も無く間合いへと飛び込んだ周鈴に対し、柚葉の対応は遅れるかに思えた。

 だが、まるで予期していたかの様に、柚葉は円を描く様に左足を引き、続けて右足も円を描く様に前へとすり足で出す。

 流れるような動きで反転し、周鈴の不意打ちを避けると同時に背後へと回りこんだ。


「――ッ!」


 前かがリになる周鈴は踏み込んだ右足へと体重を乗せ、強引に体を捻る。

 その力を利用し、遅れてくる左足を遠心力で外へと流し、体を柚葉の方へと向けた。

 勢いよく周鈴の左足は地面へと触れ、土煙が舞い上がる。

 低い姿勢を保ち、顔をあげた周鈴は、その眼差しを柚葉へと向けた。

 二人の視線が交錯し、静寂が辺りを包み込んだ。

 冷ややかな眼差しを向ける柚葉に対し、好戦的な眼差しの周鈴。

 お互いにお互いの動き出しを待つように武器を構える。

 対峙する二人の姿に息を呑む一馬は不意に我に返った。

 そして、思う。


(止めないと!)


と、一馬は走り出した。

 その動き出しにあわせたかの様に二人も動き出す。

 右手のトンファーを回し振り抜く周鈴に対し、柚葉は左足をすり足で前へと出し低い姿勢から横一線に脇差を振り抜いた。

 その刹那、二人の間に一馬が割り込み、叫ぶ。


「や、やめぇっ!」


 突然の一馬の乱入に二人は表情をしかめた。

 だが、動きを止めるのは容易ではなく、踏み込んだ足へと両者は力を込める。

 左足に力を込め、強引に体の動きを止めた柚葉はピタリと一馬の胸の前で刃を寸止めした。

 しかし、周鈴のトンファーの勢いは止められず、思いっきり一馬の後頭部を叩いた。

 鈍い音が響き、一馬の体が前方へと倒れる。それは、柚葉が寸止めした刃へと体を預ける形となり――刃が胸へと減り込む。


「グギャァァァァァッ!」


 一馬は悲鳴を上げ、後方へと飛び上がった。

 反射的に一馬の体がそう動いたのだ。

 服が僅かに裂け、胸に細く小さな真一文字の赤い線が走り、一馬が地面をのた打ち回っている間に血は衣服へと染み出していた。


「お、おい! だ、大丈夫か!」


 柚葉が脇差を鞘へと納め、慌てて一馬へと声を掛ける。


「…………すまん。止められなかった」


と、周鈴は申し訳なさそうに小さく頭を下げた。




 包帯を巻かれた一馬は、不服そうに椅子に座っていた。

 一馬達は周鈴の家に連れてこられていた。

 とりあえず、悪い奴ではなさそうだ、と周鈴が判断し、治療の為につれてこられたのだ。

 幸い、傷は浅かった。

 ちょっと皮膚が裂けた程度で、刃は肋骨に辺り止まっていた。

 骨にも異常は無く、ただちょっと大げさに血が出た程度の傷だった。

 何故、一馬が不服そうにしているかと言うと、たかがその程度の傷で喚きすぎだ、と柚葉と周鈴に呆れられたからだ。

 彼女達にとってはその程度でも、一馬にとっては大きな事だった。


「全く……いつまで不貞腐れてるんだ? 私もちゃんと謝っただろうに……」

「別に、不貞腐れてません」


 木造の不粋なテーブルへと左肘を置き、頬杖を着く一馬はソッポを向いていた。

 敬語なのは一馬のクセで、つい知らない女性と話す時にそうなってしまうのだ。

 ソッポを向く一馬に対し、呆れた様に吐息を漏らす柚葉は、薄暗い部屋を見渡す。

 殆ど物は無く、ただ広いだけの部屋。

 テーブルと椅子以外には空っぽの棚位しか見当たらない。

 落ち着かない様子の柚葉は、何度も腰をあげ据わる位置を変えていた。

 火の国には椅子などと言うモノは無く、床に直接座るのが主流の為、どうにも落ち着かないのだ。

 部屋の奥から姿を見せる周鈴は、その手にオボンを持っていた。上には不恰好な茶碗が乗せられ、濁った液体が湯気を上げていた。

 それを、周鈴は二人の前へと置き、対面に腰を下ろし、訝しげな表情を向ける。


「それで、お前らは何だ?」


 乱暴な口調で周鈴が尋ねる。

 その言葉に茶碗に入った湯気を上げる妙な液体を見据え柚葉が答える。


「私は火の国の守人、水仙柚葉。……それより、これは、飲めるの?」


 柚葉は明らかに疑いの眼差しを周鈴へと向けていた。

 だが、周鈴は何も答えない。

 その為、柚葉は茶碗から手を離し、表情をしかめ首を傾げた。

 飲んではいけないと、判断したのだ。

 その隣りに座る一馬も、同じく茶碗の中の妙な液体を睨んでいた。

 とても飲めるものとは思えず、ゆっくりと茶碗から手を離し、吐息を漏らした。

 二人の反応に、周鈴は眉間にシワを寄せ、茶碗の中を覗き込む。

 暫しの沈黙に、一馬は息を呑み、柚葉は眉間にシワを寄せる。


「やっぱ、飲まないか……この色だしな。飲めないだろうな……」

「ど、毒味っ!」


 周鈴の言葉に一馬が即座に驚きの声を上げる。

 しかし、意外にも柚葉は冷静で、殆ど無反応だった。

 一人だけ椅子から立ち上がっていた一馬は、シーンとなったその場の空気に耐え切れず、ゆっくりと椅子に腰掛けなおした。

 恥ずかしさに赤面する一馬だが、どっちかと言えば自分の反応の方が正しいはずだと、首を傾げていた。

 そんな一馬に目を向ける周鈴は、目を細め尋ねる。


「で、お前は?」

「えっ? いや、さっき、俺は自己紹介――」

「彼は、召喚士の一馬。見ての通り、頼りないけど召喚士としては相当の力を持ってるわ」


 一馬の声を遮り、柚葉がそう説明した。


「頼りないって……」


と、一馬は呟いたが、強くは否定できない。

 実際、一馬が一番分かっている。自分が頼りないと言う事は。

 その為、複雑そうに眉をひそめ渋い表情で天井を見上げる。

 また沈黙が場を支配し、やがて周鈴は息を吐く。


「まぁ、ソイツが召喚士だってのは分かった。で、何でお前達はここにいる? 大体、何処から来た? ここが何処だか知っているのか?」


 立て続けに質問をする周鈴に、柚葉は右手で前髪を掻き揚げると、不満そうに大きなため息を吐いた。

 柚葉のその行動に、周鈴は眉間にシワを寄せ、一馬はキョトンとした眼差しを向ける。

 肩を大きく落とした柚葉は、ゆっくりと右腕を持ち上げ、そのままテーブルの上へと肘を落とした。


「ちょっと不公平過ぎないかしら?」


 右肘をテーブルへと乗せたまま、その手を口元へと持っていき柚葉がそう口にした。

 冷静な口調、落ち着いた眼差しの柚葉に、周鈴の右の眉がビクッと僅かに動く。


「不公平? 何の事だよ」

「あなたは私達の質問には答えていない。なのに、私達には答えろって言うのか?」


 少々声を荒げる柚葉がキッと周鈴を睨んだ。

 すると、周鈴は不快そうな表情を一瞬見せた。

 しかし、すぐに感情を押し殺し、大きく息を吐き肩の力を抜く。


「そう言う事か。何も、僕は答えろと強制していない」

「そうかしら? 私には答えろと強制している様に聞こえたけれど?」

「それは、そちらが勝手にそう解釈しただけ。答えたくないなら答えなければ良いだけの話だ」


 どちらとも全く引かず互いの考えをぶつけ合う。

 どちらの言い分も確かだ。

 周鈴は強制的に答えろ、と言っているわけじゃない。質問を口にし、勝手に一馬達が答えた。ただそれだけの事なのだ。

 険悪なムードが漂い、非常に重苦しい空気が漂っていた。

 ここは傍観者になろうと、一馬は気配を出来るだけ消し、風景へと溶け込む努力をする。

 しかし、それは無駄な努力で終わる。


「おい! あんたも何とか言いなさいよ!」


と、柚葉がテーブルを叩き立ち上がり、一馬へと顔を向けたのだ。

 それにより、周鈴の眼差しも一馬へと向き、風景に溶け込む所か二人の視線を集める形となった。

 目を細め表情を引きつらせる一馬は、「え、えっと……」と額から汗を流した。

 どうするべきかを考え、やがて一馬は静かに口を開く。


「お、落ち着こう! うん。一旦、落ち着こうか? こう言う時はお茶だよな!」

「はぁ? あんたは、こんな得体の知れないものを飲んで落ち着けって言うわけ!」


 柚葉が不恰好な茶碗を左手で握り、ゴンッとテーブルへと叩き付けた。

 その瞬間、周鈴が音も無く立ち上がると、その身から殺気を迸らせる。

 何が周鈴の怒りに触れたのか柚葉には理解出来ない。

 その為、すぐにその場を飛び退くと、腰に携えた脇差へと手を伸ばした。

 直後、一馬は二人の間へと割ってはいり、両手の平を二人へと向ける。


「やめやめ! 話が進まなくなる! と、言うか、今のは柚葉が悪い!」

「はぁ? 何故、私だ! 私は正論を言っただけだろ!」


 脇差から手を離した柚葉は、一馬へと迫り右手の人差し指を額へと押し付ける。


「いい。私は間違った事は言っていない! 何故、私が悪いって言うの!」

「えっ、いや……言ってる事はた、正しい……けど――」


 言葉を呑み一馬は柚葉から視線を逸らした。

 そんな一馬にムッとした表情を浮かべる柚葉は、額に青筋を浮かべる。


「けど、何? 何かあるなら言ってみなさいよ!」

「今のは失礼だろ? ちゃんと謝れ」


 低く力強い一馬の声に、柚葉は一瞬怯んだ。

 しかし、それは一瞬ですぐ平常に戻る。

 そして、呆れた様に肩を揺らし笑うと、小さく首を振った。


「何? 私は一体、何に対して謝ればいいの? 大体、何であんたにそんな指図されなきゃいけないのよ!」


 苛立ちから声が大きくなる柚葉に対し、一馬はテーブルの上に転がる不恰好な茶碗を指差す。

 一馬の意味不明な行動に、柚葉は眉間にシワを寄せた。


「アレが何よ?」

「アレは、手作りだ……」

「当たり前でしょ? 誰かが作らなきゃあんなのあるわけないじゃない」

「そうじゃない。アレは、一生懸命想いを込めて作られたモノ。元々、客用に出す様なモノじゃない大切なモノなんだよ!」


 一馬が真剣な顔で柚葉を見据え、力強くそう言い放った。

 その言葉に周鈴は僅かながら驚き、柚葉は顔をしかめた。

 しかし、納得がいかないのか、下唇を噛み締めると、左腕を外に払うように振り声を上げる。


「何であんたがそんな事言えんのよ! ここに来るのも初めて、アイツとも初対面。なのに、何でそんな事――」

「あんな不恰好なのに、大分使い込まれてた」


 一馬が静かにそう告げると、柚葉は拳を握り肩を震わせる。

 その意味を理解したのだ。

 不恰好なのに使い込む程の愛着のある大切な茶碗。すなわち、周鈴の身内の作ったモノ、もしくは周鈴自身が家族へと作ったモノだと言う事だった。

 一馬が何処をどう見て使い込まれていると気付いたのか、柚葉には分からなかった。だが、そう考えると自分がした行動はとても周鈴には失礼な事だったのだと、反省し、深く頭を下げる。


「悪かった……。そんな大切なモノとは知らず……」


 柚葉の謝罪に、周鈴は肩の力を抜き、静かに椅子へと座った。


「……いや。僕の方こそ、失礼した。ちょっと神経質になりすぎたのかもしれない……」


 周鈴が小さく頭を下げ、灰色の髪を僅かに揺らめかせた。

 何とか事を収拾した一馬はホッと胸を撫で下ろし、脱力した。

 そして、思う。


(この二人は、混ぜるな危険……だな)


 と。

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