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第2回 召喚は失敗だった!!

 火の国、守護朱雀の門。

 一馬が呼び出されたのは、そう呼ばれる場所だった。

 広大な平野に火の国は存在する。数十の土地、町から成り立つこの世界でも大きな国で、人口は悠に五十万人を超える。近隣にも多く国は存在するが、これ程大きな国は存在しない。

 この国の中心、小さな丘の上にこの守護朱雀の門が存在する。火の国全てを守護する様にと言う願いを込められて造られたのだ。

 一馬を出迎えた巫女装束を着た少女の名は紅。姓が無いのは、紅に身寄りが無く、親を知らないからだった。

 紅はここ守護朱雀の門に仕える召喚士で、彼女が一馬をこの世界に呼び出した。

 召喚士とは聖霊を呼び出す事が出来る、この世界でも希少な存在。その才能を見出され、紅はこの朱雀の門に引き取られた。身寄りが無かった為、紅に選択肢は無く、ここで召喚士として修行するしかなかった。

 そんな紅が一馬をこの世界に呼び出したのは理由があった。その理由を一馬はまだ聞いていない。何度も聞こうと思ったが、紅の穏やかで優しい笑顔に何も聞けずにいた。


 一馬が呼び出された部屋は、朱雀の間と呼ばれる聖霊朱雀を祀る場所。召喚士が聖霊と契約する時に使われる神聖な場所で、本来、関係者以外は立ち入り禁止とされている。もちろん、紅も召喚の儀を行う時と精神統一をする時以外は立ち入らない場所だった。

 この部屋に祀ってあった巨像が、聖霊朱雀。この国に伝わる伝説の聖霊の姿だと、紅は誇らしげに一馬に教えてくれた。その像は木彫りだが、とても神々しく本当にそこに存在している、そう一馬は感じた。

 炎の様に燃え盛る翼と鋭利な爪、鋭く尖ったクチバシを持ち、宝石の様な赤い眼が二つ。煌びやかな尾を三つ揺らし、火の粉を降らせ、それは優雅に空を舞う美しい聖霊。だが、その姿も今や伝説。誰もその姿を見た者は居ない。


 朱雀の間を出て長い廊下を歩む。廊下は歩む度に軋んだ。

 左手に広い庭園が見える。大木が数本並び、大きな池が一つあった。その池の水は白濁し、気泡が水面で弾ける。僅かに漂う異臭に一馬は右手で口と鼻を覆う。


「すみません……。臭いましたか?」


 一馬の方へを顔を向け、紅は申し訳なさそうな顔をする。紅はこの臭いにすでに慣れており、嫌な顔一つ見せなかった。


「だ、大丈夫……です」


 鼻と口を覆ったまま一馬が答えると、紅は「そうですか」と微笑んだ。

 静かな風が流れ、木々の葉が擦れ合う。その風で、前を歩む紅の長い黒髪が揺らぎ、漂っていた異臭とは別の香りが一馬の鼻腔を刺激した。甘く良い香りで、一馬の表情は自然と緩む。だが、すぐに頭を左右に激しく振り、一馬は真剣な表情で紅の後を追った。

 どれ程歩いたのか分からないが、ここまで誰ともすれ違わない。一馬が紅から聞いた話では、ここ朱雀の門には三百人近い人が暮らしているらしいが、その割りに全く人の気配が無い。訝しげに思う一馬に対し、紅は微笑し答える。


「ここは、本殿で、一般の方は、別館の方で暮らしているんですよ」


 まるで、一馬の心を読み取った様に、紅はズバリと答える。

 驚いた表情で、一馬は顔を背け、眉間にシワを寄せた。


(マジですか……心を読んだ……)


 そんな事を思う一馬に対し、紅は右手で口を覆い笑う。


「ふふっ……。今、本当か、とか、心を読まれた、とか、思いませんでしたか?」

「えぇっ! な、何で――んぐっ!」


 思わず両手で口を押さえる一馬に、紅は右手の人差し指を唇へと当て答えた。


「一馬さんは正直者なんですね。思っている事が、顔に出過ぎですよ」


 大人びた仕草で紅はそう言い、また「ふふふっ」と静かに笑う。

 頬を紅潮させる一馬は、唇を尖らせ右手で頭を掻いた。少々不満げな表情の一馬に紅は楽しげに微笑する。これ程、分かりやすい人も珍しいと。

 それから暫く、無言で歩き進める。かれこれ、十分ほど歩いているが、未だに目的の場所には到着しない。


(一体、どんだけ広いんだよ……)


 一馬は不満げに周囲を見回す。本殿だけで、普通に巨大モール程の大きさがあるんじゃないか、と一馬は考えていた。

 それから、視線は自然と紅の背中へと向いた。紅の背はほぼ一馬と同じ。と、言っても一馬はこれでも背は標準よりもやや低め。その為、紅もそれ程長身と言うわけではない。

 大人びた仕草の為、一馬は紅を年上だと思っていた。だが、実は一馬と紅は同じ歳だった。言われて思い返せば、紅のその屈託のない笑顔は、歳相応の愛らしい顔だったと、一馬は静かに思う。

 更に十分程足を進める。無言で歩いていると不安になり、一馬の口からは自然と吐息が漏れた。

 これから、どうなるのか。何故、こんな所に呼び出されたのか。元の世界に帰れるのだろうか。と、一馬の不安は尽きない。

 何度目かのため息を吐いたと同時に、紅の足が止まる。


「こちらです」


 にこやかに微笑む紅が、一馬へと振り返り、左手を閉じられたふすまへと向ける。


「は、はぁ……」


 思わず間の抜けた声を発する一馬は、訝しげに木で出来た襖を見据える。この奥が目的の場所なのだと、一馬は固唾を呑む。

 紅は微笑し、「さぁ、どうぞ」と一馬を促す。

 襖の方へと体を向け、一馬は瞼を閉じた。静かな深呼吸を三回し、震える手を襖へと掛ける。ゆっくりと瞼を開き、一馬は静かに襖を開く。

 音も無く、襖が開かれ、熱気が外へと溢れ出る。思わずたじろぐ一馬の視線に広がるのは異様な光景だった。

 百人もの人が入るであろうその部屋に、殺気だった数十人の人がいた。皆、左右の壁に分かれて坐し、開かれた襖へと顔を向ける。何処か好戦的で、威圧的なその空気に、一馬は気圧され半歩下がった。

 足元に数本のロウソクが置かれ、その炎が風で揺らぐ。


「さぁ、偉大なる戦士よ。入ってくるがよい」


 圧倒的な貫禄の声が部屋の奥から響く。目を凝らせば見える。薄暗い部屋の奥に坐する一人の老人の姿。

 白髪に長く蓄えた白いヒゲと眉。一目見ただけでその人物がこの朱雀の門の長だと、一馬は分かった。それ程、その老人のまとう空気は異質なモノだった。

 息を呑み、瞳孔を広げ、その老人の顔をただ見据える。自分の心音だけが体を巡り、他は何も聞こえない。

 微動だにしない一馬へと、老人は静かに右腕を持ち上げ差し出す。


「偉大なる戦士よ。どうした。遠慮はいらぬ。こちらへ」


 しゃがれた静かな声に、一馬は我に返り、震える膝で部屋へと一歩踏み出す。床が軋み、ロウソクの炎がまた揺らいだ。照らされた床に僅かに浮かぶ一馬の影が、ゆっくりと動く。

 部屋の中心まで歩みを進め、一馬は足を止めた。それを見届け、紅も部屋へと入り、すぐに床に正座し、音も無く襖を閉じた。

 閉鎖された空間に漂う重苦しい空気に、一馬は押し潰されそうになる。しかも、一馬の肌を刺す視線はとても歓迎しているとは思えなかった。

 息苦しく一馬はシャツの第二ボタンまで開け、喉を鳴らす。

 足音を立てず一馬の横に並んだ紅は、そのまま正座し座布団を一馬の前へと置く。


「どうぞ、お座りください」


 柔らかな笑みを浮かべる紅に促され、一馬は静かに座布団の上に腰をすえる。

 場違いな所に来てしまったと、一馬は背を曲げ俯く。周囲から集まる冷めた視線に、一馬は内心穏やかではなかった。ただ、早く元の世界に帰りたい。そう願うだけだった。

 静けさ漂う中、上座に腰をすえた老人が、重い口を開く。


「ワシは、この朱雀の門の長。汝は?」


 顎に蓄えた白ヒゲを右手で撫でる老人へと、一馬は恐る恐る顔を上げる。


「お、俺は、大森一馬……」


 息を呑み、静かに一馬は返答した。長である老人と視線が交錯し、数秒の時が流れる。長老の放つ空気に、一馬は圧倒され僅かに体を震わせる。


「一馬殿」

「は、はいっ!」


 長老の声に、一馬は思わず背筋を伸ばし返答する。そうしなければならない理由は無いが、本能的にそうしてしまった。

 そんな一馬の姿に、隣りに座る紅は右手で口を覆いクスッと笑う。


「貴殿をお呼びしたのは他でも無い。そのお力を貸していただきたい」

「は、はぁ?」


 突然の長老の言葉に、一馬は間の抜けた声を上げ、あんぐりと口を開いた。目を丸くする一馬の姿に、壁際に坐していた者達が激昂し声を荒げる。


「貴様! 何だ! その態度は!」

「我らが長を馬鹿にするのか!」


 次々と怒号が轟き、坐していた者達が立ち上がる。脇に置かれていた刀を手にして。

 鯉口が刃と擦れ、金属の擦れる嫌な音が幾つも重なる。その音に一馬は両肩を跳ね上げ、身をちぢ込ませた。

 慌てて立ち上がる紅は、一馬の後ろに立ち刀を抜こうとする者達に叫ぶ。


「や、やめてください! この人は――」


 紅がそこまで言い掛けて言葉を呑む。周囲の反応が明らかに変ったからだ。

 どよめき、ざわめく。周囲の反応の変化に、紅は静かに顔を一馬の方へと向けた。その視界に入ったのは、座布団の上で身を縮め肩を震わせる一馬の姿だった。


「本当に、アレが、偉大な戦士なのか?」


 自然とそんな言葉が周囲の者達から漏れる。

 湧き上がる疑念は、次第に膨れ上がり部屋は一層ざわめく。

 こんなわけの分からない場所にいきなり連れて来られ、わけも分からず刀を抜かれそうになる。そんな恐怖に、一馬は堅く瞼を閉じ、組んだ手を額に押し当てる。

 そんな一馬の耳にも届く。周囲の人々の声。


「どう見てもただのガキじゃねぇーか!」

「アレで、紅蓮の剣が仕えるのか?」


 何処からともなく、そんな声が聞こえ、長老は「ふむっ」と静かに息を吐き長い白ヒゲを右手で撫でる。


「……静まれ」


 しゃがれた静かな声に、ざわめいていた者達の声が止む。

 そして、その内の一人へと長老は顔を向け、口を開く。


「アレをここに」


 その言葉に深く頭を下げ、その者は足早に部屋を後にする。

 戸惑う者達は、隣りの者と顔を見合わせ首を左右に振った。皆、一馬が偉大な戦士であるわけが無いと、疑っていた。紅を除く皆が、一馬の事を。

 不安そうに一馬の震える背中を見据える紅は、静かに彼の後ろで膝を着き、その肩を優しく抱き締めた。


「大丈夫です。もう、大丈夫ですから」


 紅の暖かな声が耳元で聞こえ、一馬の体の震えはゆっくりとおさまる。大きく脈打つ鼓動も、真っ白だった頭の中も、紅のその声に反応する様に落ち着きを取り戻す。

 肩から力が抜けたのを確認し、紅は一馬から手を離し、「落ち着きましたか?」と静かに尋ねた。一馬は耳まで赤く染め、小さく二度頷く。女の子に抱き締められる事など無かった為、それを思い出し今になり恥ずかしくなっていた。

 静まり返った一室に、廊下を叩く様な足音が響く。それが、部屋の前で止まり、音も無く襖が開く。


「長老。紅蓮の剣をお持ちしました」


 若者は足早に長老の前へと進み、静かに片膝を着く。そして、その手に持った剣を差し出す。静かにそれを受け取った長老は、その目を真っ直ぐに一馬の方へと向ける。


「一馬殿。貴殿にこの剣を抜いてもらいたいのじゃが」

「け、剣? そ、そんなの俺には――」


 そう言い掛けて、一馬は言葉を呑んだ。一馬のシャツを握る紅の右手がその視界に入ったから。彼女が自分を信じているのだと、一馬は分かった。だから、息を呑み、小さく頷く。


「わ、分かりました……」


 真剣な顔で、ゆっくりと立ち上がり、長老の方へと足を進める。

 長老の前で足を止め、一馬はその剣を受け取った。重量のある重みに思わず前のめりになってしまいそうになったが、それを堪え左手で鞘を握り、右手で柄を握り締める。

 赤黒い鞘に納まったその剣は、何処か物々しい雰囲気を漂わせていた。鞘には翼の様な模様が刻まれ、鯉口とその先端は金で作らている。まるで飾り物の様な印象だった。

 皆の視線が一馬へと集まる。

 静まり返るその中で、一馬は静かに息を吸い、やがてゆっくりと深く吐き出す。意識を集中し、その手に力が入る。

 緊張の中、一馬は大きく鼻から息を吸う。そして、柄を握る手を一気に引く。息を吐き出すと同時に。

 だが、異変は起きる。静まり返る一室に、ガンッと言う甲高い音だけが響き、反響する。一馬が力いっぱい引いた剣は、微動だにせず、鞘に納まったままだった。

 驚く周囲の者達のざわめく声だけが響く。


「抜けないぞ?」

「どうなってる?」

「じゃあ、アイツは何なんだ?」


 口々に出る言葉の数々に、一馬の肩は落ち、紅の表情は曇る。

 周囲のざわめきは次第に大きくなり、やがてそれは怒りへと変った。


「お前! 誰なんだ!」

「一体、何の為に来たんだ!」

「所詮、伝説は伝説だ! 俺達は、自分たちの力で戦わなきゃいけねんだ!」


 口々に飛び交う怒声と罵声が、一馬の胸を締め付ける。そして、同時に紅の心も傷つけていた。

 胸の前で強く両手を握る紅は、俯き唇を噛み締める。

 落胆する長老は深く息を吐き、やがて静かに口を開く。


「やめんか。皆の者!」


 腹から吐き出された長老の一喝に、周囲の者達の声が止む。

 その声に一馬はゆっくりと顔をあげ、長老の目を真っ直ぐに見据える。明らかに落胆の色を隠せない長老の姿に、一馬は申し訳なく思い、唇を噛み締め俯く。

 だが、そんな一馬に対しても、長老は穏やかに優しく告げる。


「すまぬな。この者達が、失礼な事を言って……。ここの長として深くお詫びする」


 坐したままゆっくりと深く頭を下げる長老の姿に、一馬は慌てて声を上げる。


「お、俺の方こそ、す、すみません! き、期待を……裏切ってしまい……」


 徐々に声をは小さくなり、一馬の視線は落ちる。一馬が悪いわけではないが、責任を感じていた。変に期待させ、それを裏切ってしまったと言う事に。

 落ち込む一馬の姿に、長老は静かに笑う。


「ほっほっほっ。貴殿は、誠にお優しい方じゃ。コチラの不手際、貴殿が落ち込む必要は無いんじゃよ」


 長老の言葉に幾分か一馬の心は軽くなった。それでも、紅の気持ちを考えると気分は重い。


「では、その剣を……」


 長老は静かにそう告げ、右手を差し出す。慌てて一馬はその手に持っていた剣を両手で長老へと渡し、静かに頭を下げる。

 力になれなくて、すみません。と、言う気持ちを込めて。

 静かに剣を受け取った長老は、思わずその口から吐息を零す。長老も期待していたのだと、一馬は感じ拳を硬く握った。


「……紅。一馬殿を、安全な場所へ」


 しかし、長老はその感情を押し殺し、穏やかな口調でそう告げた。俯いていた紅も、その声に顔を挙げ「はいっ!」と明るく声を上げる。

 振り返った一馬に向けれる紅の無理やり作った笑顔。儚げで、今にも泣き出してしまいそうなその笑顔に、一馬は何も言えずただ彼女の前へと、静かに足を進めた。

 僅かにざわめく中、紅は部屋の外へと歩き出す。


「また、失敗かよ」

「召喚士のくせに――」

「何の為の召喚士だ」


 ひそひそと囁く陰口が、一馬の耳に届いた。当然、前を歩く紅にも、その声は届いているはずだが、彼女は何も言わず、ただ静かに部屋を後にした。

 後ろを歩く一馬に、紅がどんな表情をしているのかは分からない。だが、気持ちは分かる。だからこそ、一馬は責任を感じていた。紅のあの優しかった笑顔を、こんな悲しみに変えてしまった事に対して。

 どうも、崎浜秀です。


 長い間待たせてすみません。

 更新再開です。

 内容が前回と大分異なりますが、皆さんに楽しんでいただける様、一層努力していきたいと思います。

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