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第9回 清き巫女の歌 気高き高貴なる女子の血 器となる者だった!!

 程なくして一馬はフェアリスへと辿り着いた。

 腰に手を当て呼吸を乱す一馬は、裏口の扉へと静かに手を伸ばす。

 と、その瞬間だった。金具が軋む音が聞こえると同時に、扉は勢い良く開かれ、一馬の額を強打した。


「ふがっ!」

「ご、ごめんなさい――って、一馬!」


 扉の向こうから現れたのはフェリアだった。

 スカートが破れた淡い青色のドレスを身に纏ったフェリアは、額を押さえ蹲る一馬の姿に驚き目を丸くする。

 一方で、額を押さえて蹲る一馬は、涙目でフェリアの顔を見上げた。


「い、痛いよ……何するんだよ」

「まさか、裏口から来るなんて思いませんのよ」


 腕を組み自分は悪くないと言う様に、フェリアはソッポを向いた。

 しかし、あまりにも蹲り動かない一馬の姿に、フェリアは心配そうな眼差しを向ける。


「だ、大丈夫ですの?」

「あぁ……へ、平気だよ……とりあえず、血は出てない……」


 額を押さえていた手を見て、一馬はそう呟いた。

 案外一馬は冷静だった。フェリアの無事を確認出来た事が、一馬を冷静にさせたのだ。

 安堵する一馬に対し、フェリアは少々不安げな表情を向ける。恐らく、その原因はヴァンパイアだ。

 流石にフェリアもヴァンパイアと言う存在を見るのは初めてだった。そして、何より、朱雀の言った青龍の消滅が心に引っかかっていた。

 不安げなフェリアに対し、一馬はふっと息を吐くと、恐る恐るその手を伸ばし、頭を撫でる。金色のウェーブの掛かった髪は、流れる様に一馬の指と指の間を抜ける。

 不快そうな、恥ずかしそうな、そんな微妙な表情を浮かべるフェリアは、赤面すると慌てて一馬の手を払った。


「な、なな、な、な、な、な、何してますの!」


 距離を置くフェリアに、手を弾かれた一馬は申し訳なさそうに謝る。


「ご、ごめん。不安そうだったから……元気付けてあげようかと……」

「だ、だ、だからって、どうして頭を撫でるんですの! そ、それに、髪は女性の命ですのよ! そうやすやす殿方がさ、触っていいものじゃありませんのよ!」


 耳まで赤くしそう怒鳴るフェリアに、一馬は俯き肩を落とすと、「ホント、ごめん」と深く詫びを入れた。

 しかし、その行動がフェリアを元気付けたのは確かだった。先程まで不安に駆られていたのが嘘のように、フェリアは落ち着いていた。


「それで、あのヴァンパイアと言う奴はどうしましたの?」


 胸を持ち上げる様に腕を組んだフェリアがソッポをむいたまま尋ねる。

 別に怒っているわけではなく、恥ずかしいのだ。その証拠に耳は真っ赤だった。

 その事に一馬も気付いていた為、ただ背を見据え苦笑する。

 すると、フェリアは振り返り頬を膨らし怒鳴る。


「な、何ですの! ニヤニヤして! わ、わ、ワタクシ、別に――」

「わ、分かってるから。えっと、それより――」

(主よ。そろそろ、紅嬢からの連絡が入るぞ)


 突然、一馬の頭に朱雀の声が響いた。

 突然過ぎて話の流れの分からない一馬がキョトンとしていると、朱雀の言う通り召喚札が赤く輝き紅の声が響く。


『か、かか、か、かず、一馬様! たた、たた、た、た、大変ですぅ!』


 珍しく子供っぽい言葉遣いの紅の声が聞こえると、あからさまにフェリアの表情が不機嫌に変った。

 慌てて胸ポケットにしまった召喚札を取り出した一馬は、フェリアへと背を向け静かに答える。


「ど、どうかした? 今、コッチも大変なんだけど……」

『す、す、朱雀、朱雀様が!』

「えっ? 朱雀? 朱雀が……どうかした?」


 紅の慌てっぷりに何かあったのだと、一馬が真剣な声で尋ねる。しかし、そこで先程の朱雀の声を思い出す。

 特に何か起こったと言う様子はなく、一馬は首を傾げる。

 すると、召喚札の向こうで、今にも泣き出しそうな紅の声が告げる。


『朱雀様の像に亀裂が……それに、紅蓮の剣も消えて……』

「あ……あぁ……」


 紅の言葉に一馬は目を細めそう口にした。

 考えて見ればそうだった。

 朱雀は火の国にある巨像を媒介にしている。

 本来、聖霊がダメージを受けると召喚士もダメージを受ける。だが、朱雀の場合は、召喚士ではなく、媒介となるあの巨像がダメージを受けるのだ。

 故に、先程ヴァンパイアにやられた傷がその巨像についたのだ。

 何も知らない紅達からすれば、神聖な巨像に突如傷がついたのだ、驚いて当然だった。

 そして、紅蓮の剣もそうだ。

 雄一がそれを空間を裂き呼び出したと言う事は、火の国からは突如消滅した事になる。

 伝説の剣なわけだから、突如消滅すれば驚くだろう。

 呆れて空を見上げる一馬は、右肩を落とし苦笑した。

 様子のおかしい一馬にフェリアは首を傾げ、静かに近付き声を掛ける。


「どうしましたの? 一馬」

『はぃぃいっ! か、かか、か、かず、一馬様? も、も、もしかして、今、だ、だ、誰かじょ、じょ、じょせ、女性の方と……』

「あーぁ……うん。ちょっと、説明すると長くなるんだけど――」

『わわっ! す、す、す、すみません! わ、わ、わ、わた、私、お、お邪魔でしたねっ!』


 珍しく紅の口調が早口になり、何処か棘のなる声が返ってくる。

 何故、紅が急にそんな事を言い出したのか分からず、一馬は慌てて声をあげる。


「ちょ、ちょっと待って! 今、説明するから――」

『い、いえっ! だ、大丈夫です。だ、大体の事は把握しましたから!』

「いや、何を把握したんだよ! まだ、朱雀の事も、紅の剣の事も話してないだろ?」

『へっ? す、朱雀? ……紅の剣? はわっ! そ、そ、そうでした!』


 思い出した様にそう声をあげた紅に、向こうで聞きなれない女性の声が響く。


『もう、何やってんのよ。パッパッパッ! って、用件話なさいよ!』

『は、はいっ! す、すみません!』


 どうしてか、紅が深々と頭を下げているシーンが一馬は容易に想像出来、肩を僅かに揺らして笑う。

 笑う一馬の背中を見据え、フェリアは腕を組み不満そうな顔を向けていた。


「なんですの……あんなに楽しそうに……」


 小声でそう呟いたフェリアは、頬を膨らしソッポを向いた。

 それから、数分が過ぎ――、ようやく一馬は現在起こっている状況を、紅へと説明した。


『そうだったんですか……。朱雀様が一撃で……』

「うん。まぁ、朱雀が言うには、信仰が無いこの場所では、力が発揮出来ないんだって」


 一馬が小さく頷きながらそう言う。

 紅に伝えたのは、現在火の国とは別の世界にいる事と、ヴァンパイアと呼ばれる敵に襲われ、朱雀を召喚した事、そして、雄一が紅蓮の剣でそのヴァンパイアと戦っている事だった。

 ほかにも伝える事はあるのだが、魔法などと言っても、紅には分からないだろうと思い、その事は伏せたのだ。

 何となく、穏やかな空気が流れるが、それを裂く様に遠くで爆音が轟いた。


「――ッ!」


 険しい表情を浮かべるフェリアがその爆発音の聞こえた方へと顔を向け、一馬も今、非常に危険な状況にいる事を思い出す。


『な、何ですか! 今の爆発は!』

「ご、ごめん! ちょっと、今、忙しいから――」


 一馬がそう言い通信を切ろうとした時、突如、その場に朱雀の声が響く。


『待て。主よ!』

「ど、どうしたんだよ? 朱雀」

『ふぇっ! す、朱雀……様? あわ、あわわっ! も、も、もしかして、今の、朱雀様なんですか!』


 驚きの声をあげる紅に、一馬は「えっ、あっ、うん」と答えた。

 すると、妙に興奮気味な声が返ってくる。


『ほ、本当に朱雀様なんですか! わ、わわっ! わ、わた、わた――』

「お、落ち着け! 紅! とりあえず、それ所じゃないから! 一旦切るぞ?」

『主よ! 待てと言っているだろ。重要な話だ!』

『わた、わたた――』


 一馬と紅と朱雀の声が入り混じる。

 そんな三人の声に、流石のフェリアがキレた。


「何をしてますの! 状況を理解していますの!」


 フェリアの怒声で、三人の声が止む。

 腰に手をあて、フッと息を吐き出すフェリアに、一馬は小さく頭を下げた。


「ご、ごめん……」

『す、すみません……』

『すまぬ……』


 一馬に釣られ、紅、朱雀も謝る。

 三人の声を聞き、ムフンと鼻から息を吐いたフェリアは、ピシッと召喚札を指出す。


「まずは、朱雀から話を聞くべきでしょ!」

「あ、あぁ……そ、そうだね……」


 あまりの迫力に苦笑する一馬は、小さく頷き、朱雀を呼んだ。


「す、朱雀……」

『ようやく、落ち着いたか? とりあえず、フェリア嬢の言う通り、我の話を聞け』

「えっと……手短にお願いします」


 一馬が深く頭を下げると、朱雀は呆れた様に息を吐いた。


『まず、この世界でやるべき事がある』

『やるべき事……ですか? それって、そこに居ない私に関係ありますか?』


 召喚札の向こうで、紅が不思議そうに尋ねる。

 すると、朱雀は「フムッ」と静かに息を吐き、答える。


『ああ。紅嬢。貴様にはまずこの世界に来てもらう』

「えっ? はぁ? 来てもらうってどうやって?」


 思わず声をあげる一馬に対し、朱雀は深く息を吐くと当然だと言わんばかりに答える。


『お前は知っているはずだ。その方法を』

「知ってるって……まさか……」

『召喚するんだ。お前が、紅嬢を』


 朱雀の力強い言葉に一馬は目を丸くする。

 表情を引きつらせる一馬は、激しく首を振った。


「無理無理! んなの無理だ!」

『無理じゃない。お前は我を召喚した。そして、雄一を召喚した。出来るはずだ。お前になら』


 朱雀の力強い声に一馬は肩を落とすと空を見上げた。

 偉大な聖霊である朱雀にここまで言われては、もう無理だなんて言えるわけが無く、一馬は深く息を吐いた。


「分かった……やるよ……やればいいんだろ……」


 諦めた様に投げやりにそう答えた一馬は、召喚札を握り締めると意識を集中する。

 静けさが漂い、風が優しく流れる。一馬の黒髪がその風で揺れ、召喚札は僅かな光を放つ。

 瞼を閉じ、ゆっくりと息を吐いた一馬の足元へと薄らと輝く魔法陣が浮き上がる。


「我、異界の扉を開く者なり。今、汝の力を求めん。我、呼び声に答え、異界より姿を見せろ!」


 一馬は頭の中へと刻まれる言葉を自然と口にした。

 すると、足元の光が柱の様に天へと登り、やがて目の前の空間が裂けた。

 その開かれた真っ暗な裂け目の向こうから紅の悲鳴が響く。


「キャァァァァァッ!」


 悲鳴が大きくなり、やがて空間の裂け目から投げ出される様に紅が飛び出す。

 投げ出された紅を受け止めようと、一馬は腕を広げるが、ここで気付く。自分が非力であると。


「きゃっ!」

「げふっ……」


 単発の紅の悲鳴と共に、一馬の呻き声が聞こえた。


「はぅぅぅっ……い、いきなり、び、ビックリしました……」


 子供っぽくそう呟いた紅が、お尻を擦り辺りを見回す。

 見慣れない巫女装束の袖口を揺らす紅に、フェリアは目を丸くする。

 一方で、紅もフェリアの服装に驚きを隠せなかった。それは、当然だ。ビリビリに破かれたスカートのドレスを纏っているのだから。

 呆然とフェリアの姿を見据える紅は思う。


(この世界では、あの様な服が……一般的なのかな?)


 と。

 そして、フェリアも思う。


(何ですの? あの変てこな洋服は?)


 マジマジとお互いの格好を見据える二人に対し、一馬の声が紅の下から聞こえる。


「ど、どいて……くれ……」

「はわっ! す、すみません!」


 紅は自分の下から聞こえた声に飛び上がると、深々と頭を下げた。

 非力ながら一馬は何とか紅を受け止めていた。もちろん、それはかっこよくは無く、とても無様な姿で。

 仰向けに倒れていた一馬はゆっくりと体を起こし、頭を揺さぶる。


「俺こそごめん……。もっとちゃんと受け止めてあげられなくて……」


 僅かに痛む腰を左手で叩き、一馬は「よいしょ」と声を上げ立ち上がった。

 年寄り臭い一馬のその行動に、フェリアは呆れた様な眼差しを向け、紅は心配そうな顔を向ける。

 胸の前で祈る様に手を組む紅は、一馬が立ち上がるとすぐに傍へと寄り、声を掛ける。


「だ、大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」

「だ、大丈夫だよ。流石に、アレくらいで怪我はしないよ」


 苦笑しながら一馬はお尻を叩いた。


「全くですわ。あれ位でしたら、殿方なら軽々と受け止めていただかないと!」

「め、面目ない……」


 腕を組み胸を張るフェリアに対し、一馬は右手で頭を掻き肩を落とした。

 厳しい口調のフェリアに対し、紅は僅かながら不満そうな目を向ける。しかし、すぐに紅の眼差しは緩んだ。

 フェリアが安堵した様に息を漏らしたのを目にしたからだ。

 あんな厳しい口調でも、一馬の事を本当は心配していたと、それだけで分かった。

 それと同時に、妙に胸の奥がモヤモヤする感覚を覚え、紅は胸に右手をあて小さく首を傾げる。


(何だろう? このモヤモヤ……)


 訝しげに眉間にシワを寄せる紅は、小さく首を傾げ長い黒髪を揺らした。そのモヤモヤが何なのか分からない。しかし、何処か落ち着かない感じがして、紅は複雑そうに目を伏せた。


 一馬は改めて紅をフェリアへと紹介した。

 こことは別の世界である火の国に住む、召喚士である事を簡潔に説明した。

 召喚士と言う存在にフェリアは多少なりに疑問を抱いた様だったが、すぐに理解する。それは、クロトが朱雀を呼び出した事、紅を呼び出した事を目の当たりにしているからだった。

 続いて、フェリアを紅へと紹介する。

 ここが火の国とは別の水の都と言う世界で、彼女が魔導士である事を簡潔に説明した。

 初め、紅は魔導士と言う単語を理解出来ていなかった。その為、召喚士と似ていて、特殊な力を持つ存在だと、一馬は説明した。

 紅はその説明で納得したのか、


「そうなんですかー」


 と、微笑し頷いていた。

 伝わっているかどうかは微妙だったが、一馬は伝わっていると言う事にして、召喚札を取り出す。


「朱雀。紅を読んだぞ? 一体、どうするって言うんだ?」

『青龍を目覚めさせる』

「青龍を目覚めさせる? え、えっと――」

「そんな事、可能ですの!」


 食い気味にフェリアが声をあげる。

 一馬の手にある召喚札へと淡い蒼の瞳を向けるフェリアに、朱雀は『ふむっ』と静かに答えた。

 その答えにフェリアは僅かに目を輝かす。期待に満ち溢れたその眼差しに、一馬は苦笑する。

 フェリアでもこんな表情をするんだと、少々驚いていた。

 そんな折、申し訳なさそうに挙手する紅が、眉を八の字に曲げ口を開く。


「あの……その、青龍……様? を、目覚めさせるのに、どうして私の力が必要なんですか?」


 当然の疑問に、一馬とフェリアは顔を見合わせる。

 言われて見ればそうだと、思ったのか、輝いていたフェリアの眼差しが陰る。

 少々重苦しい空気が漂う中、朱雀は静かに告げた。


『我ら聖霊は本来、神として祀られる存在。神に仕える巫女の力が必要不可欠。その巫女が紅嬢、お前だ』

「えっ? わ、私ですか! で、でも、私、青龍様の事は何も知りませんし……大丈夫ですか?」


 不安げに胸の前で手を組む紅の自信なさげな声に、朱雀は『ああ』と穏やかに答えた。

 それでも、自信なさそうに俯いていると、見かねたフェリアが腰に手をあて胸を張る。


「何ですの? もっと、自分に自信を持ったらどうなんですの?」

「えっ、あっ……はい……」


 対照的な二人の態度、口調に、一馬は思わず苦笑する。

 恐らく、この二人は決して交わらない関係なんだろうな、などと考えていると、フェリアが少々キツイ眼差しを一馬へと向ける。

 その眼差しに気付いた一馬はゆっくりと視線を逸らした。

 一馬のその行動がフェリアは不快だったのか、腕を組み口を開く。


「何ですの? 言いたい事があるんでしたら、言ったらどうですの!」

「えっ、いや、別に……ただ、普通に過ごしてたら、紅とフェリアが出会う事なかっただろうなぁーって」


 一馬がそう言うと、不思議そうな表情をする二人が顔を見合わせ、首を傾げる。

 そして、訝しげに眉をひそめるフェリアが肩を竦め、答える。


「当然じゃないですの。元々、住んでいる世界が違うんですもの」

「そうですよ」


 フェリアの言葉に紅が小さく何度も頷く。

 そんな二人に「そう言う意味じゃ……」と、一馬は頭を掻いた。



 その後、三人は魔法学園フェアリスの中央広場へと向かって走っていた。

 目的は、フェアリスの中央広場にある泉だ。

 朱雀の考えでは、この国には青龍を祀る像があるとの事だった。

 その像があるのが、フェアリスの中央広場、噴水のある泉だったのだ。

 フェリアはよくその像を見に行く為、鮮明に覚えていた。


「でも、どうして像が必要なんですの?」


 肩で息をしながらフェリアが尋ねると、朱雀が静かに答える。


『我を含め、青龍、玄武、白虎は、聖霊でも最上位の聖霊だ。故に媒体が必要となる。でなければ、召喚士にも相当の負荷が掛かるからな』


 朱雀のその言葉に一馬は納得する。

 だが、フェリアは不満そうな表情だった。フェリアの中では像とは象徴で、力の表れ。故に、その様な考えが浮かばなかったのだ。

 そして、三人は辿り着く、中央に泉へと。

 蒼く透き通る龍の彫刻。それが、そこにはあった。

 その美しさに目を見張る一馬。朱雀の巨像を見た時と同じように、胸が高鳴る。

 紅も同じように何かを感じ取ったのか、その像を見つめ、瞳孔を広げていた。

 静まり返るその中で、轟く爆音。激しい戦いがまだ町では続いているのだと、一馬は思い出し召喚札を取り出す。


「朱雀! 急ごう。どうすればいい?」

『まずは、清き巫女の歌声。そして、気高き高貴なる女子の血。最後に、器となる者』

「えっと、清き巫女って事は、紅! 歌って!」


 一馬がそう指示を出すと、紅はキョトンとした表情で、「はいっ?」と答えた。

 その表情から困惑が見て取れ、朱雀は穏やかな口調で一馬を止める。


『落ち着け。主よ。焦っても何も始まらない』

「けど、雄一が……」

『大丈夫だ。それより、紅嬢。歌えるか?』

「え、えぇ……でも、本当に私でいいんですか?」


 やはり、自信なさげな紅は、胸に手をあてる。


『大丈夫だ。それから、フェリア嬢よ。汝の血も多少必要になる』

「ワタクシの血で青龍様が目覚めるのでしたら、幾らでも差し上げますわ!」

『そ、そうか……』


 紅と違い、自信満々にそう答え、胸を張るフェリアに朱雀も少々戸惑い気味だった。


『あと、一馬。準備をしておけ』

「えっ? ……何の準備?」

『お前が器だ。青龍を呼び出せるのは、恐らくお前だけだ。まぁ、我を召喚出来るわけだから、容易いだろうとは思うがな』


 朱雀の言葉に目を丸くする一馬の表情が引きつる。


「え、えっとー……今、なん――」

『では始めるぞ。紅嬢』

「ちょ、ちょっと――」

「はい。では……」


 一馬の声を無視し、儀式は始まった。

 腹部へと両手をあて、静かに息を吸い込んだ紅が、歌いだす。

 清らかな澄み渡るその歌声に、泉の水面に激しく波紋が広がる。


『フェリア嬢。今だ。泉に血を』

「えぇ。お任せあれ」


 フェリアはそう言うと泉へと歩み寄り、右手に持ったナイフで左手の人差し指を軽く刺した。

 鮮血がポツリ、ポツリと泉へと落ちる。

 すると、突如泉が眩い光を放った。そして、強い力の波動と共に、雄々しく大地を揺るがす声が轟く。


『汝、我を欲する者よ。器を示せ。我の力を汝に与えん』


 大地を揺るがすその声が響き、光を放つ泉から空へと柱が昇る。美しい光り輝く柱が。

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