第6回 信仰と聖霊だった!!
夜空に舞う赤く美しい鳥、朱雀。
その眩い体は街を照らし、翼から零れ落ちる火の粉は、街へと降り注ぐ。
煌く二つの眼は地上を見下ろし、羽ばたく度に熱風が街路を駆け巡る。
水路の水面は激しく揺れ、朱雀の炎に照らされ赤く染まっていた。
赤い翼を羽ばたかせる朱雀は、その赤い眼を動かし、辺りを見回す。
やがて、その金色のクチバシを開くと、朱雀は声をあげる。
“キュピィィィィィィッ!”
声をあげると、翼を大きく広げる。それにより、翼の先から六つの火の玉が飛び出し、町の外壁の方へと着弾した。
爆音が轟き、衝撃が広がる。波動が地響きを起こし、六つの炎が街を囲う湖を照らす。
「す、朱雀! な、何してんだ!」
いきなりの朱雀の奇行に一馬は叫んだ。すると、朱雀は両翼で大きく風を掻くと、突風を巻き上げる。
何も答えず、朱雀は火の粉だけを降り注がせた。朱雀が何を考えているか分からず、一馬は眉間にシワを寄せる。
喉元を押さえるフェリアは、そんな朱雀を睨みつけ、唇を噛み締めた。
「一体、どう言うつもりですの! 一馬!」
その怒りの矛先は召喚した一馬へと向けられる。しかし、一馬もわけが分からず、ただ表情を険しくしていた。
朱雀の輝き、その翼から零れ落ちる火の粉に苦しむウィーバンは、両拳で石畳の地面を激しく叩き雄たけびを上げる。
「グオオオオオオッ!」
衝撃が広がり足元の地面が僅かに窪む。街路を挟む建物が倒壊し、瓦礫と土煙が舞う。そして、ウィーバンは跳躍する。上空へと舞う朱雀へと向かって。
「ウィーバン!」
フェリアは叫び、すぐにウィーバンへと視線を向ける。しかし、その直後、眩い光がフェリアの頭上を通過し、後方で激しい爆音と衝撃が広がった。
何が起こったのか分からず、ただ呆然と立ち尽くすフェリアは、瞳孔を広げたまま静かに振り返る。そこには燃え盛る炎が広がっていた。中に居るのは仰向けに倒れ、動かないウィーバンの姿。その姿に、フェリアは驚愕し、同時に、その手に魔力を込める。
だが、その刹那に、後方斜め上から続けざまに二発の炎の玉がウィーバンへと降り注ぎ、衝撃が広がる。
激しい土煙が舞い上がり、熱風がフェリアの金色の髪を揺らす。目の前で起きた光景に、フェリアは奥歯を噛み締める。
そして、一馬へと振り返り、怒声を響かせた。
「何ですの! アレは! 一体、何のマネなんですの!」
フェリアのその声で我に返った一馬は、慌ててその視線を上空で羽ばたく朱雀へと向け、声を張り上げた。
「す、朱雀! い、いきなり、何してるんだ! や、やめろ!」
一馬が慌てて声をあげる。その声がようやく朱雀に届いたのか、その赤い目が一馬へと向けられ、凛々しい声が広がる。
『安心しろ。我の炎は浄化の炎。人に害はない』
「害がないですって! なら、どうして燃えてるんですの!」
朱雀の言葉に、フェリアがウィーバンを指差し怒声を響かせる。しかし、朱雀は落ち着いた面持ちでフェリアを見据える。
破れたスカートの裾に、乱れた金色の髪をしたフェリアの姿を目にし、朱雀は鼻で笑う。
『よく見ろ。小娘よ』
「だ、誰が小娘なんですの!」
「お、落ち着け! フェリア!」
拳を振り上げ、魔力を集めるフェリアを、一馬は押さえた。だが、それでも、フェリアの怒りは治まらず、一馬の顔を睨みつける。
「どうして、あんなのを呼び出したんですの! 一体、どう言うつもりなんですの!」
「い、いや……お、俺は、フェリアを助けたくて……それに、朱雀は――」
『この力は……小娘よ――』
「小娘じゃないですわ! ワタクシにはフェリアと言う名前がありますのよ!」
フェリアを説得しようとする一馬の言葉を遮り、ワザワザ火に油を注ぐ発言をした朱雀に、フェリアが目尻を吊り上げそう怒鳴った。
そんなフェリアを押さえながら、一馬は一人涙を流す。
(朱雀さん……マジで、やめてくれ……。俺が説得するまでホント、黙ってて……)
一馬がそう思っていると、朱雀は静かに辺りを見回し、もう一度フェリアへと視線を向け尋ねる。
『高貴なる娘、フェリア。主に尋ねたい事がある』
突如として丁寧な口調へと変る朱雀に、フェリアは訝しげな表情を浮かべる。先程までとの対応の違いに何か、妙なモノを感じていた。
その為、腕に込めていた力を抜き、一歩下がると、一馬の顔をジッと見つめる。
「な、何ですの? 急に?」
「さ、さぁ? お、俺に聞かれても……」
戸惑い苦笑する一馬は、フェリアの腕から手を離すと、小さく首をかしげた。
朱雀の中で一体どの様な変化があったのかは定かではない。だが、明らかに朱雀の言葉遣いは変化していた。
翼を羽ばたかせ、火の粉を降り注げる朱雀は、静かに地上へと降り立つ。その巨体がギリギリ街道に入り、その足は水路に掛かった橋を掴んだ。
翼を折りたたみ、辺りを静かに見回した朱雀は、ゆっくりと赤い瞳をフェリアへと向ける。
『微弱だが、青龍の力を感じるのだが……まさか、この地に青龍が存在するのか?』
訝しげに朱雀は問う。だが、その表情は自信なさげだった。それもそのはずだ。あまりにも青龍の力が弱く、本当にこの地に存在しているのかと、疑いたくなる程だった。
その疑念から出た問いに対し、フェリアも訝しげな表情を朱雀へと向ける。
「ど、どうして……知ってますの? 青龍の事を……」
『やはり、居るのか? 青龍は』
驚きの声をあげる朱雀に、一馬は何を驚いているのか分からず首を傾げる。
一方で、その驚きの理由を知ってか、フェリアは眉間へとシワを寄せ俯く。その様子に朱雀も状況を悟ったのか、渋い表情を浮かべる。
『そうか……この地では、聖霊の存在は……』
「えぇ……。皆、もう青龍様など存在しないと、ただの伝説上の生き物だと……」
「えっ? それが……何か問題でも?」
二人の話に一馬が右手を軽く上げ、そう質問した。
すると、朱雀が僅かに首を折ると、呆れた様な眼差しを一馬へと向ける。
『良いか。我が主よ。我ら、聖霊と言うのは、人の想い、願い、そして、我らを信じる力により、存在する。
我が居た火の国は、我を敬い奉っていた。故に、我の器、いや、主の力に触れただけで、またこの様に姿を現す事が出来た』
静かに淡々と告げる朱雀に、フェリアは険しい表情を浮かべる。
だが、すぐにフェリアは顔をあげ、朱雀へと怒鳴った。
「そ、そんな事より、ウィーバンは――」
『後ろを見ろ』
フェリアの言葉を遮り、朱雀がそう告げる。
その言葉に、フェリアは恐る恐る振り返った。すると、そこには無傷のウィーバンが横たわっていた。口元に薄らと見えていた牙は無くなり、体に火傷の痕などは残っていなかった。
安堵した様に息を吐き、胸を撫で下ろすフェリアに対し、朱雀は落ち着いた口調で言い放つ。
『先も言ったが、我の炎は浄化の炎。悪しき者、悪しき力、のみを焼き払う炎だ。人を焼き殺す事などできぬ』
「そ、そう……なんですの……」
申し訳なさそうにフェリアはそう呟いた。今までの無礼を詫びようかと思ったが、どうしても謝罪を口にする事が出来ず、瞳だけを右往左往させていた。
しかし、朱雀はそんな事を気にした様子は無く、静かに呟く。
『しかし……ここまで青龍の信仰が薄れているとは……』
「信仰が薄れると何かあるの?」
『最悪、その存在が消滅する。聖霊と言うのは寿命がない分、人の信仰、願いや想いが無くなれば消滅する』
「なっ! 何ですって! それは、本当ですの!」
朱雀の言葉に、フェリアが驚きの声をあげる。その言葉に朱雀の右目が僅かにピクッと動いた。
フェリアの様子から気付いたのだ。彼女が、青龍の存在を信じている事を。そして、彼女自身が青龍となんらかのかかわりがある事を。
真剣な眼差しを向けるフェリアは、拳を握り締めると、声をあげる。
「そんな事、させませんわ! 青龍様が消滅するなんて!」
『フェリア。お前と青龍の間にどの様な事があったのかは分からぬが、そなたが信じている限りは消滅はしないだろう』
「ほ、本当ですの!」
朱雀の言葉にその眼差しが緩み、瞳は輝く。だが、そんなフェリアに対し、朱雀は静かに「あぁ」と返答した後に、すぐに厳しい口調で告げる。
『だが、青龍の力は微弱。故に、この地を守るべき清き水の力が失われ、どうやら悪しき者が街へとイヤ……湖が汚されつつある……』
「湖が? どうしてそんな事分かるんだよ?」
訝しげな表情で一馬が尋ねる。すると、朱雀はフェリアの背後へと目を細めた。
『アレを見ろ』
「アレ?」
一馬が首を傾げ、フェリアの肩越しに後ろを見据える。そこには、一人の男が立っていた。漆黒のマントで身を包んだほっそりとした男の姿に、一馬が険しい表情を見せる。
その表情の変化に、フェリアも静かに振り返った。そして、佇む青白い顔色をした男の姿に、怪訝そうな表情を浮かべる。
「だ、誰ですの……。そこで……何をしていますの?」
フェリアが静かに尋ねる。すると、その男は肩を静かに揺らし笑い、その赤い瞳を二人へと向けた。その瞬間に、二人はその身に寒気を感じ身構えた。
明らかに人ならざる者の気配を、その身に感じたのだ。
不気味な空気をその身にまとう男は、その色あせた銀色の髪を揺らし口角を上げる。すると、その口の合間に見えた白い歯に、血の付いた二本の牙が二人の目に入った。
その瞬間に一馬の脳裏に一つの怪物の名前が浮かんだ。
「ヴァ、ヴァンパイア!」
一馬が声をあげると、フェリアも険しい表情を浮かべる。
「まさか、あなたがウィーバンを!」
「クフフフ……私は彼の望みを叶えてあげただけですよ」
不気味で静かな声が、丁寧にそう告げた。その言葉にフェリアは俯き、両拳を震わせる。堅く閉ざされた瞼が、静かに開かれサファイア色の瞳がゆっくりとヴァンパイアへと向けられた。
「いいですわ。あなたの相手はワタクシがしてさしあげますわ」
『よせ! 今の我らでは奴には敵わん!』
フェリアを制止する様に朱雀が声をあげた。弱気な朱雀のその発言に、一馬は聊か驚き瞬きをし朱雀へと目を向ける。
険しく厳しい表情を浮かべる朱雀は業火の如く燃え上げる翼を広げ、熱風を巻き上げ空へと舞い上がった。
その朱雀の行動に、ヴァンパイアは肩を揺らし静かに笑うと、赤い瞳を真っ直ぐに朱雀へと向けた。
「いい判断です」
「よくないですわ! ワタクシが、この様な者に負けるはずありませんわ!」
魔力を全身から湧き上がらせるフェリアがそう声を上げ、右腕を振り上げる。すると、水泡がフェリアの周りにポツポツと出現し、フワフワと空気中を漂い始めた。
突然、現れた水泡に一馬は思わず身を引き、息を呑む。魔力を帯びているのだろう。薄らと輝く水泡が、ポコポコと内部に泡を吹かせ、不規則な形で動き回る。
しかし、ヴァンパイアの表情は変らず、不適な笑みを浮かべていた。その表情にフェリアはその綺麗な顔の眉間にシワを寄せ、声を張り上げる。
「アクアショット!」
魔力を帯びた右手を素早く振り下ろす。すると、フェリアの周りに浮いていた水泡が鋭く先端を尖らせ、ヴァンパイアへと向かって放たれる。
勢い良く次々と放たれる水の弾丸はヴァンパイアへと直撃し、激しい爆音と衝撃を広げる。地面が砕ける音と壁が砕け散る音が混ざり合い、激しい土煙が周囲を包む。
一帯に広がった衝撃は朱雀の羽ばたきで起きた熱風すらも吹き飛ばし、フェリアのウェーブの掛かった金色の髪を激しく揺らした。
フェリアの後ろに立っていた一馬は、その衝撃によろめき、一歩、二歩と後退し、両腕で顔を守る様にしていた。
「はぁ……はぁ……」
呼吸を乱し、大きく肩を上下させるフェリアの視線が、ゆっくりと土煙の向こうへと向けられる。
息を呑み込み、目を凝らすフェリア。その時だった。
「危ない!」
背後から一馬の声が響き、その体が押し倒される。
「キャッ!」
先程までよろめいていたはずの一馬が、フェリアの体を抱き締めその体の上へと覆いかぶさる。それは、直感と言うべきモノだったのかもしれない。一瞬だが、一馬はフェリアの身の危険を感じた。
その為に行った行動。そして、その行動は正しかった。
土煙の中から飛び出す赤黒い円錐型の塊。それが、一馬達の上を通過し、路地の向こう側の壁を貫いた。
「おや。どうやら、感覚の鋭い方がいる様ですね」
不適な声が土煙の向こうから響く。その声に、一馬は静かに体を起こすと、フェリアの腕を掴み立ち上がった。
普段の一馬ならこんな大胆な行動を取る事なんて出来ないだろう。だが、極限の状況にそんな事を考えている余裕など無く、一馬はその腕を引き走り出す。
「逃げるぞ!」
「な、何を言ってますの! 特Aクラスの魔導士が相手に背を向けるなんて――」
「状況を見ろ! キミなら分かるだろ!」
珍しく強い口調で怒鳴った一馬に、フェリアは息を呑む。初めてだった。こんな風に誰かに強い口調で怒られるなんて。その為、フェリアは悔しげに唇を噛み締め、何も言わず一馬に腕を退かれ走り出した。
「おや……逃げますか? けど、逃がすと――」
漆黒のマントを広げ、飛び立とうとしたヴァンパイアへと、上空から紅蓮の弾丸が降り注いだ。
しかし、ヴァンパイアはそれをマントで軽くあしらい、不適な笑みを浮かべ朱雀を見上げる。聖霊である朱雀を前にしても、ヴァンパイアは余裕を見せていた。
だが、それには理由があった。
「ふふっ……聖霊朱雀……確かに、その力は驚異的ですが……果たして、この地であなたの力が通用しますかね?」
『くっ……』
ヴァンパイアの言葉に、朱雀は悟る。この男は知っているのだと。この地で朱雀が思うように力を発揮できない事を。
「はぁ……はぁ……」
見慣れない道を、一馬はひたすら走り続ける。あの場所から遠ざかる事だけを考えて。
右手で確りとフェリアの腕を引き、時折後方を確認する。俯いている為、フェリアの表情は汲み取れない。落ち込んでいるのか、その肩が僅かに震えている。それでも、彼女は足を止めず、一馬についてきていた。
複雑に入り組んだ路地を抜け、ようやく大通りへと飛び出す。流れる水路の先には、魔法学園フェアリスが見え、一馬はホッと胸を撫で下ろした。
だが、直後だった。大きな爆音と共に、空を舞っていた紅蓮の翼を羽ばたかせる朱雀の体が弾け飛ぶ。火の粉が周囲へと飛び散り、花火の残り香の様に街へと降り注いだ。