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第5回 闇に浮かぶ赤い月だった!!

 静かな街へと呻き声が何処からともなく響き渡った。

 その声に水路横の街道を歩んでいた一馬の足は自然と止まった。

 その様子に気付いたフェリアも足を止め、振り返る。


「どうかしましたの?」


 ウェーブの掛かった金色の髪を揺らし、振り返ったフェリアがそう尋ねる。

 不安そうで心配そうなフェリアに、一馬は微笑する。


「ごめん。何でも無いよ」


 何故、フェリアがあんな顔をしたのか一馬は分からなかった。しかし、フェリアにそんな表情をして欲しくなかった為、自然とそう口にしていた。

 淡い蒼のドレスのスカートが夜風に揺れ、フェリアは右手でそのスカートを押さえる。


「では、行きましょう。夜は冷えますわ。あなたも、濡れたままでは、風邪を引いてしまいますわよ」


 フェリアは絹の手袋をした右手を一馬へと差し出す。

 困った様に眉を曲げた一馬は、鼻から静かに息を吐きその差し出された手に右手を添える。そして、静かに頭を下げた。


「えぇ。では、ご案内よろしくお願いします。お姫様」


 一馬が顔を上げると、その顔にフェリアが呆れた眼差しを向けていた。それから、深く息を吐き左右に頭を振る。


「何がお姫様なんですの? 全く、頼りないナイトでしてよ」


 恥ずかしそうに頬を紅潮させ、フェリアはソッポを向いた。そんなフェリアに苦笑する一馬も、照れ臭そうに右手の人差し指で頬を掻いた。

 自分で言っておいて恥ずかしくなる一馬は、赤面すると視線を逸らした。

 二人して赤面し押し黙り、ぎこちない空気が漂っていた。



 そんな二人とは正反対の場所に位置する路地裏に、先ほどの男達の姿があった。

 リーダー格の男は不機嫌そうに革靴の先で壁を蹴り付ける。


「クソッ! クソッ! ふざけやがって!」

「おい……や、やめろよ」


 リーダー格の男に、彼の取り巻きの一人がそう声を掛ける。だが、怒りが収まらないのか、リーダー格の男は、その男を右腕で叩いた。


「黙れ! クソッ! ムシャクシャする!」


 握り締めた拳を壁へと叩きつける。鈍い音が響き、辺りを静寂が包む。

 リーダー格の男はギリギリと奥歯を噛み締める。鼻筋にシワを寄せる男は、もう一度壁を叩くと、「くっ」と声を漏らし歩き出した。

 そんな男に続き、取り巻き数人が続く。と、その時、背後からカツカツと静かな足音が響いた。その足音に気付いたのは最後尾に居た小太りの男。

 彼はその不気味な足音に、恐る恐る振り返る。しかし、そこには誰も居なかった。


「ほっ……」


 安堵したように息を吐いた小太りの男が正面へと向き直る。すると、そこに一つの影が浮かぶ。


「なっ! だ、だれ――むぐっ!」


 男が聞く前にその男の右腕が小太りの男へと伸びた。口元を右手が掴み、小太りの男の体は壁へと押し付けられる。


「んぐっ! ぐっ……」

(お、お前……)


 目を見張る小太りの男の瞳に映るのは、彼らがいじめていた弱々しい男の顔だった。赤く染まった瞳が真っ直ぐに小太りの男を見据え、そのか細い腕には太い血管が浮き上がっていた。

 か細い腕が徐々に小太りの男の体を持ち上げ、その足が宙へと浮き上がる。


「んぐっ! むぐっ!」


 足がジタバタと激しく動く。だが、その動きもやがて止まり、小太りの男の目が白目を向いた。完全に意識を失ったのを確認し、彼の手が小太りの男の口から離れる。

 ゴトリと音をたて、小太りの男は地面へと落ちた。死んだわけではなく、意識を失っただけ。そんな小太りの男を見下ろし、彼は不適な笑みを浮かべる。その口元に鋭い二本の牙をむき出しにして。



 街道を二人並び一馬とフェリアは歩いていた。街の人達は皆パーティー会場に行っているのか、街道は静まり返っていた。

 街灯の淡い光に照らされ、足元には薄らと影が伸びていた。

 先程の事があり二人の間には気まずい空気が漂い、言葉は無く沈黙だけが続いていた。

 腕を組み空を見上げる一馬は、小さく首を傾げる。そんな一馬を横目で見据えるフェリアは、少々不満そうに眉間へとシワを寄せた。


「な、何を考えていますの?」

「えっ? あぁ……うん。ちょっと……」


 ぎこちなく答えた一馬は苦笑する。また何か小言を言われると思ったのだ。

 だが、意外にもフェリアは文句を言うわけでも無く、静かに息を吐き呟く。


「もしかして、先程の事ですの?」

「えっ?」

「別にあんな人達ばかりじゃないんですのよ」


 フェリアが困った様な表情でそう告げた。もちろん、一馬もそんな事分かっている為、苦笑し頷いた。


「分かってるよ。俺の住んでる世界でも、ああ言う事をする奴らとか居るし」

「本当ですの?」

「ああ。俺はどっちかって言うと、やられる側だったかな?」


 半笑いでそう答えた一馬は、遠い目で空を見上げた。

 元々、一馬は内向的な性格だった。その事もあり、小学生の頃はよく虐められていた。その当時は、雄一ともただ家が近いだけの同じクラスの生徒と言う関係だった。夕菜との面識はあったモノのその性格故に話す事などはなかった。だから、助けてくれる者など居らず、一人で耐えるしかなかった。

 その当時の事を思い出し、一馬は瞼をソッと閉じる。あの当時は苦しかったが、あの出来事がなければ、雄一とも夕菜とも出会えていなかったし、幼馴染として今、一緒に過ごせていなかったと思うと、それはそれでよかったのだと、自然と笑みがこぼれた。


「どうかなさいましたの?」


 瞼を閉じ微笑する一馬の様子にフェリアは首を傾げる。そして、続けざまに尋ねる。


「それに……本当ですの? やられる側だったって言うのは?」

「ああ。本当だよ。でも、俺には手を差し伸べてくれる人が居て……だから、俺は彼を助けてあげたいって思ったんだ」


 瞼を開き、真剣な顔でそう言うが、すぐにその顔に困った様に眉を曲げ笑みを浮かべる。


「まぁ、俺じゃ力不足で、助ける事……出来なかったけど……」


 肩を落とす一馬に、フェリアは小さく首を振った。


「そんな事ありませんわ。誰もが見て見ぬフリをする中で、あんな風に立ち向かっていけるなんて、そうそう出来る事じゃありませんわ」


 ウェーブの掛かった金色の髪をシルクの手袋をした右手で掻き揚げ、フェリアは優しく微笑んだ。その笑顔が妙に大人び美しく、一馬は思わず見とれてしまった。

 だが、すぐに我に返り、赤面し一馬は俯いた。

 そんな時だった。

 静まり返った街に爆音が轟き、激しい土煙が夜空へと噴き上がったのは。


「な、何だ!」


 思わず顔上げた一馬が叫び、辺りを見回す。僅かな地響きが足元に届き、その爆発の激しさを辺りへと広げる。

 フェリアも空を見上げ、その爆音の轟いた方角へと体を向ける。爆音の大きさから、その爆発が起きたのは近場と分かった。その為、フェリアはドレスのスカートの裾を裂くと、ヒールを脱ぎ駆け出す。


「ふぇ、フェリア!」


 フェリアの行動に一馬は叫び、後を追う様に駆け出した。


(何か、胸騒ぎがする……)


 唇を噛み締め、フェリアの背中を追う。だが、距離は徐々に離されていく。元々運動が不得手の一馬だが、それ以上にフェリアの足が速かった。とてもじゃないが、追いつけそうになかった。


「くっ! はぁ……はぁ……」


 呼吸を乱す一馬は、足を止め膝に手を着いた。


「は、はやっ……」


 左目を閉じ、苦しそうな表情を浮かべる一馬は、呼吸を整えながら唾を呑み込んだ。



 月明かりも街灯の光も届かぬ薄暗い路地裏を、激しい土煙が覆う。

 路地を挟む家の壁は崩れ落ち、石畳の道は砕け窪んでいた。

 パラパラと降り注ぐ微量の砕石が、僅かな音を奏でる。

 土煙の中に片膝を着く人影が一つ。窪んだ地面の中心に右拳を叩きつけていた。

 その土煙の向こうには三つの人影。二人が腰を抜かし、金色の髪を揺らすリーダー格の男だけが仁王立ちしていた。だが、その膝は僅かに恐怖で震える。


「て、テメェ! いきなり何しやがる!」


 リーダー格の男がドスの利いた声を上げる。

 ゆっくりと晴れた土煙の向こうで、ゆっくりと立ち上がる人影は、赤い瞳を三人へと向け、牙をむき出しにする。


「ガァァァァッ!」


 彼らに虐められていたひ弱な男が、腹の底から声を上げる。すると、か細い腕に太い血管が浮き上がった。それに遅れ、膨大な魔力が彼の体を覆い、腕が僅かに膨張する。


「な、何だ……コイツ……。オイ! お前ら!」


 腰を抜かす二人に、リーダー格の男が声を上げる。その声に、二人は体を起こすと、魔力を練った両手を地面へと着け叫ぶ。


「チェーンロック!」


 鎖が擦れ合う音と共に地面から無数の鎖が飛ぶ。そして、赤い目の男の体をその鎖で拘束する。

 完全に身動きを封じられたその男に対し、リーダー格の男は不適に笑みを浮かべ、拳に魔力を込めた。


「確り、抑えて置けよ。お前も、後悔しろ。この上級魔導士に逆らった事を!」


 地を蹴り駆ける。だが、刹那、鎖に縛られたひ弱な男は、口から息を吐き出すと、その腕を男へと一気に振り抜く。

 金属が弾け飛ぶ破裂音が轟き、その拳がリーダー格の男の顔面へと減り込む。頭蓋骨が軋み、鼻骨が砕けた嫌な音が僅かに聞こえる。

 大きく弾かれた男の顔面。鼻から、口から、血を噴き激しく横転し、二人の男の間を通過した。


「ガハッ……ゲホッ……」


 仰向けに倒れ、血を吐くリーダー格の男に、二人の男は驚愕し体を震わせる。


「ま、待て! お、俺達は――」


 だが、男達が言い訳する間も無く、骨、肉が砕ける重々しく痛々しい打撃音だけが響き渡った。

 砕けた地面に減り込む二人の男の頭。頭蓋骨は完全に砕け、血が放射線状に広がる。

 そんな折、その場に辿り着いたのがフェリアだった。目の前の光景に驚愕するフェリアは、両拳から血を滴らせるひ弱な男の姿を目にし、表情を歪める。


「ウィーバン! 何をしてるんですの!」


 フェリアの言葉に、ウィーバンと呼ばれたひ弱な男が深い息を吐き出し、静かに振り返る。


「アァァァァァァッ……」


 むき出しになった二本の牙から滴れる唾液が、彼の異常さを物語っていた。

 息を呑むフェリアは眉間にシワを寄せると、僅かに足を退く。


(な、何……一体、彼に何があったって言うんですの……)


 表情を険しくするフェリアは息を呑む。これでも、学園の生徒の事はおおよそ知っている。ウィーバンは無能と呼ばれる一番下のクラスに所属する生徒で、魔工学を専門に学んでいる。魔導の才能がない自分が貢献できるのは、上級魔導士が安心して使える魔道具を作る事だと言っていたのを、フェリアは覚えていた。

 その為、彼の今の姿を目の当たりにし、奥歯を噛み締める。


「どうしてですの! あなたは、この様な事を――」

「ガアアアアアッ!」


 フェリアが全てを言い終える前に、ウィーバンが地を蹴る。その脚力により地面は砕け、爆音が轟く。


「くっ! 水牢壁!」


 魔力を練り込んだ右手をフェリアが振り下ろす。すると、ウィーバンの頭上から水の檻が落ち、その体を檻へと捕らえる。だが、ウィーバンはお構いなしにその拳を水の格子に叩きつけた。

 水飛沫が激しく飛び散る。しかし、水の格子はすぐに元に戻る。


「うがあああっ!」


 大きく開かれた口から唾液を飛び散らせながら何度もウィーバンは拳を叩きつける。そんなウィーバンの姿を、フェリアは真っ直ぐに見据える。

 悲しげな瞳を向けるフェリアは、拳を握り締め目を細めた。


「な、何で……ですの」


 眉間にシワを寄せフェリアだが、次の瞬間激しい水飛沫を上げ水の格子が弾け飛んだ。


「なっ!」

「うおおおおっ!」


 驚くフェリアに、雄たけびをあげウィーバンは突っ込む。

 まさか、水牢壁が破られるとは思っていなかったフェリアの反応が遅れる。


(しまっ――)


 そう思うよりも先に、ウィーバンの右手がフェリアの喉元を掴んだ。


「うぐっ!」


 力強い握力で首を絞められ、フェリアの顔が歪む。息が出来ず、意識を集中できない。それにより、魔力を練る事が出来ず、反撃する事が出来なかった。

 その時だった。一馬がそこに辿り着いたのは。


「ぜぇ……ぜぇ……」


 呼吸を乱し、ふら付く一馬は俯いたまま壁に手を着く。遅れて、左手で汗を拭い、顔を上げる。

 そこでようやく、フェリアの状態に気付いた。


「ふぇ、フェリア! このっ!」


 疲れから震える膝に力を込め、一馬は走り出す。だが、そんな一馬をウィーバンは左腕で払いのけた。


「がはっ!」


 軽々と弾かれた一馬は、壁に背中を打ちつけ、一瞬息が止まる。視界が揺らぎ、意識が途切れそうになる。だが、それをギリギリで堪えた。

 と、その時、胸ポケットに入れていた召喚札が赤く光を放ち、凛々しい声が響く。


『我を召喚するがいい。何か異様な者の力を感じる』

「い、異様な……者?」

『ああ。早くしろ』

「わ、わか……った……」


 胸ポケットから召喚札を取り出した一馬は、それを胸元で握り締め、ゆっくりと息を吐き出した。


「我が呼び声に応えよ。悪しき闇を払い、全てを照らせ! 燃え盛る火の鳥! 朱雀!」


 一馬が右手に握り締めた召喚札を空へと投げる。すると、召喚札は燃え上がり、灰となった。それと同時に、空には暗雲が渦巻き、その中央に赤い光が輝く。

 そして、その光から姿を見せる。美しく燃え上がる紅蓮の翼を羽ばたかせ、火の粉を降り注がせながら、その神々しい姿を。

 夜の街を照らす眩い光に、フェリアの首を絞めていたウィーバンは突如苦しみ出す。


「ぐがっ! ぐがががっ!」


 それにより、フェリアはウィーバンの手から解放され、地面へと膝を落とした。


「ゲホッ! ゲホッ!」


 喉を押さえ、咳き込むフェリアは、涙目で空を見上げる。浮かぶ神々しい姿の鳥獣の姿に、目を見開いた。


「な、何ですの……アレは……」


 驚き声をあげるフェリアの瞳に朱雀の姿が鮮明に映っていた。あんなにも美しい生物を見るのは初めてで、フェリアはただ見とれていた。



 夜空を彩るその美しき朱雀の姿を、街の中心である魔法学園フェアリスの最上階、屋根の上から眺める一つの影があった。

 漆黒のマントを揺らし、赤く不気味に輝く瞳を真っ直ぐに朱雀へ向ける。


「アレが……聖霊朱雀……」


 物静かな男の声が夜空へ消える。赤い瞳に映るのは燃え盛る朱雀。そして、そのバックに映る赤く大きな満月だけだった。

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