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第4回 パーティーとダンスと変らないモノだった!!

 陽は沈み、赤い満月が空へと昇る。

 この日、水の都全域で盛大なパーティーが行われていた。街は眩い明かりに照らされ、街道を仮装をした人や、ドレスアップした者達で賑わっていた。

 街を流れる水路には多くの小船が行き交い、その船には酔っ払って川に落ちらと思われる者達が回収されていた。

 そんな街の中で、一際多くの人を集める魔法学園フェアリスの学園内に存在する三階建てのパーティー会場。ここが、メインの会場となっていた。

 一階は受付と一般客用の会場、二階は生徒専用の会場で、三階が貴族や成績優秀者専用の会場となっている。一馬がいるのは、三階の貴族、成績優秀者専用の会場だった。この学園の生徒で無く、貴族でも無い一馬がこの会場に入場する事が出来たのは、成績優秀者にしてこの学園の理事の孫であるフェリアの付き人だからと言う事だった。

 専用のワックスで髪をオールバックにした一馬は、正装である黒のスーツに身を包み、広い会場の隅で佇んでいた。まさか、こんなにも盛大なパーティーだと思っておらず、気軽にフェリアの願いを聞いた事をすでに後悔していた。

 肝心のフェリアは、背中の開いた淡い青色のドレスを纏い、足元まで覆うふわりとした長いスカートを揺らし、多くの人に囲まれていた。それだけ、彼女がこの街は有名な証拠だった。

 会場の隅からそんなフェリアの様子を一馬は窺っていた。愛想良く微笑するフェリアは、何処か無理をしている様に一馬には見えた。

 しかし、交流の場として設けられたであろうこのパーティー会場で、貴族を押しのけ、フェリアを連れ出すなどと言う大胆な行動を一馬が取れるわけがなかった。

 その為、一馬は何をするわけでも無く、その場に佇むだけだった。

 真新しいスーツのポケットへと右手を突っ込み深く息を吐き出す一馬は、目を細める。正直、一馬はこの様なパーティーが苦手だった。特に上流階級の集まりと言うのは、見ていて疲れる。何を話しているのかなど全く理解出来ないからだ。

 疲れた様な表情で会場内を見回す一馬は、もう一度深く息を吐くと肩を落とした。と、同時にカツカツと踵を鳴らす音が近付き、気品ある声が一馬へと向けられる。


「何をしていますの? その様な場所で?」


 少々不機嫌そうなフェリアの声に、一馬は顔を上げ疲れ切った笑顔を見せた。すると、胸を持ち上げる様に腕を組むフェリアは、呆れた表情で息を吐く。


「全く……何故、あなたが疲れていますの? 疲れているのはワタクシの方ですのよ?」

「あーぁ……やっぱり、あの視線は、助けを求めてた……のかな?」


 苦笑する一馬は、貴族に囲まれていたフェリアがチラチラと自分へと視線を送っていた事を思い出しそう呟いた。すると、フェリアはムッとした表情で一馬を睨んだ。


「気付いていたならどうして助けに来てくださらないの?」


 子供の様に頬を膨らせるフェリアに、一馬はあの状況でどうすればいいんだと、言いたげに目を細めた。しかし、フェリアの眼差しが不安げに揺らいでいるのに気付き、言葉を呑み込んだ。そして、安心させようと微笑し、ポケットに突っ込んでいた右手をフェリアへと差し出す。

 一馬のその行動にフェリアは聊か驚くが、すぐに笑みを浮かべると左手を差し出す。


「それじゃあ、エスコートお願いいたしますわよ?」

「無粋なワタクシめ、でよろしければ」


 軽く頭を下げ、それらしい口調でそう言う一馬に、フェリアは「ふふっ」と口元を右手で覆い笑った。よほど、一馬の口調がおかしかったのだろう。

 一方で、一馬も言いなれない言葉遣いをした為か、耳まで真っ赤にし俯いていた。

 フェリアにあわせようとできる限り紳士っぽく振舞ったつもりだったが、口にして改めて感じた。自分にはこんな言葉遣いは無理だと。

 みるみる赤くなる一馬の顔に、フェリアはもう一度笑うと、


「いつも通りのあなたでよろしくてよ」


と、耳元で囁いた。

 彼女の吐息が耳に掛かり、一馬は思わず身を仰け反らせる。しかし、フェリアは気にした様子は無く、一馬の右手を取り、歩き始めた。


「行きますわよ?」

「えっ? あっ、い、行くって……」


 突然歩き出したフェリアの歩幅に合わせ、戸惑いながら一馬も歩き出した。そんな一馬へとフェリアは横顔をむけ、ニコッと笑みを浮かべる。


「エスコートして下さるのでしょ?」

「えっ? あっ……うん」

「もう、そこは堂々とはいって、返事出来ませんの?」


 不満そうにそう言うが、フェリアの顔は何処か嬉しそうだった。何かそんなに嬉しいのか、一馬には少々理解出来なかったが、彼女が嬉しいならいいか、と納得し薄らと口元に笑みを浮かべた。

 会場の中央へと連れて来られ、一馬はようやく自分が置かれた状況を理解した。広々とした中央では、男女で手を取り合い踊っていたのだ。静かな曲にあわせて。

 そんな人達の中心で立ち尽くす一馬へとフェリアは左手を差し出した。


「さぁ、手をお取りになって」

「あーぁ……あの……さぁ」


 非常に申し訳なさそうに背を丸める一馬は、目を細めひたすら笑みを浮かべる。緊張からその笑みをぎこちなく、フェリアも一馬の様子がおかしいと一目で気付いた。

 周りの者達も、その様子に気付いたのか、何やらざわめく。


「あれ……フェリア様じゃないか?」

「じゃあ、あの男は……」

「まさか、フェリア様を誘ったのか?」

「あのナリで? いい度胸してるわね」


 様々なヒソヒソ話が、一馬の耳に届く。皆の注目を集めるのは、自分では無くフェリアなのだと最初から分かっていた。だが、まさかフェリアの相手をすると言う事で無謀な男として、皆に注目される事になるとは予想していなかった。

 多くの人々の視線を集める中で、一馬はとても言い辛そうに声を振り絞る。


「あ、あのさぁ……」

「えぇ、なんですの?」

「お、俺…………踊れないぞ?」


 想いを乗せ、告げた一馬の言葉にフェリアはキョトンとした表情を浮かべる。そんなフェリアへと一馬は畳み掛ける様に言葉を連ねる。


「俺、自分で言うのも何だけど、運動も並だし、リズム感なんて無いようなものだし……」


 戸惑い目を泳がす一馬に対し、フェリアは左手で口元を覆い、ふふっと笑う。そして、右手を差し出し小さく頭を下げる。


「そんな事分かっていますわ。あなたは、ただワタクシについてきてくださればいいのですよ」


 自信たっぷりのフェリアの言葉に、聊か不安を過ぎらせる一馬だが、静かにその手を握った。すると、フェリアはその手を腰へと導き、やがて静かにステップを踏む。慌てて一馬はそのステップに合わせ足を動かす。だが、自分でも無様に思えるほど不恰好なそのステップに、周囲からは失笑が聞こえた。

 しかし、フェリアは気にした様子も無く、体を密着させると耳元で囁く。


「いいですの? ワタクシの声にあわせてステップしてくださいませ」

「えっ、あっ……うん」

「いきますわよ? 一、二、三、四。一、二、三、四」


 フェリアの囁き声に、一馬はたどたどしくだがステップを踏む。それでも、さっきよりかは何十倍もましだった。

 聞こえていた失笑は無くなり、静かな曲だけが流れる様に音を紡ぐ。そして、いつしか、一馬とフェリアは周囲を魅了する。それ程、完璧に美しくリズムを刻んでいた。一馬自身、不思議でならないが、何故かフェリアの掛け声に自然と足は動く。まるで魔法に掛かったかの様に。

 ゆっくりと永遠と続くような時はやがて静かに終わりを迎える。曲が終わり、二人は動きを止めた。静寂が周囲を包む。何処からとも無く一つの拍手が静寂を破るように、ぎこちなく響く。だが、それはすぐに喝采へと変わり、拍手が会場を包み込んだ。

 顔を赤らめる一馬は、恥ずかしそうに俯くが、フェリアはその声に答える様にスカートを軽く持ち上げ、堂々と頭を下げた。



 それから三十分後、一馬はフェリアと一緒に街道を歩いていた。


「大丈夫ですの?」

「う……うん……」


 一馬は気持ち悪そうに手すりにもたれかかり、水路に身を乗り出していた。フェリアはそんな一馬の背中を擦り、呆れた様に吐息を漏らす。


「全く……だらしないですのよ。人に酔うなんて」

「ご、ごめん……」


 人の多い場所に慣れていない為、あの後気分が悪くなったのだ。その為、現在こうして夜の街に繰り出していた。冷たい風が水路から吹き上がり、街道を抜ける。

 その風がフェリアの長いスカートを僅かに浮かせた。


「ひゃっ!」


 思わず声を上げたフェリアは慌ててスカートを押さえる。その際、その腕が一馬の後頭部を捉え――


「うわわっ!」

「へっ? あっ! か、かず――」


 手すりの向こうへと身を乗り出していた一馬の体は、橋から投げ出され水路へと落下した。大きな水音が響き渡り、激しい水飛沫が上がる。呆然と立ち尽くすフェリアは、オズオズと橋の手すりに身を乗り出し水路を見据える。

 水面は激しく波打ち、泡が上がっていた。硬直し、引きつった笑みを浮かべるフェリアは、右手で頭を抱え、小さくため息を吐いた。



「くしゅん!」


 船で回収された一馬は、街道の隅に膝を抱え震えていた。青ざめた唇を震わせる一馬に、フェリアは両手を合わせる。


「ご、ごめんなさい」

「い、いい、い、い、い……」


 一馬は体が完全に冷え、歯がかち合い上手く言葉が発せられない。髪からシトシトと水滴が零れる。そんな一馬の様子に、フェリアは呆れた様に吐息を漏らし、腰に手を当てる。


「仕方ありませんわね。何か暖かいモノでも取ってきますわ。あなたは、ここで休んでいらっしゃって」

「ご、ご、ご……」

「無理に話さなくてもいいですわ。では、じっとしているのですよ」


 フェリアはそう言い、踵を返すとパーティー会場へと駆け足で戻っていた。一人残された一馬は身を震わせたまま空を見上げた。

 季節は秋、と言う所だろうか。昼間は結構暖かく感じたが、流石に夜は冷える。水路の水もとても冷たく、体は凍えていた。カタカタと震える一馬の目の前を何人もの人が通行する。皆、ドレスアップし、パーティーを楽しんでいる様だった。酔っ払った人も多く、妙に大声を張り上げる人がいた。そう言う所を見ると、どの世界も酔っ払いは変わらないのだと、一馬は思わず笑ってしまった。

 そんな折、目の前を複数の若い男が横切る。見た目からフェリアの通う魔法学園フェアリスの生徒だと思われる。皆、タキシードを着ている為、大人びて見えるが一馬にはどうしてかそう感じた。それは、自分の住む世界でもある光景を目の当たりにしたからだ。一人の弱々しい生徒を囲いニヤニヤとする集団の姿を。

 嫌な予感しかしない。その為、一馬は濡れた上着を脱ぎ、シャツを絞りはたいてから立ち上がり歩き出す。


「さてさて、何処の世界にも居るもんだ」


 ふっと息を吐き、一馬は彼らの後をつける。正直、こう言う事には巻き込まれたくない。だが、流石に見てみぬふりをするわけにはいかない。そう思ったのだ。

 明らかに彼らは人目に付かない場所へと向かっていた。それ故に、一馬の考えは確信へと変っていた。複雑そうな表情を浮かべ、一馬は目を細めた。彼らを止めるだけの力は無いし、ここからどうすればいいのかも分からない。その為、一馬は頭を抱えしゃがみこんだ。


「うぐぅ……こう言う時、雄一だったら……まぁ、問題なくボコボコにするんだろうな……」


 思わずその光景が脳裏に浮かび、一馬は表情を引きつらせた。そんな考えが頭に浮かぶ自分自身に呆れていた。

 だが、すぐに頭を左右に振り、静かに彼らの後を追いかける。

 水路の脇にある階段を降り、彼はは橋の下へと向かう。夜と言う事もあるが、パーティーの影響で誰も橋の下まで気にしないと、言う所を考慮しそこに移動したのだ。

 吐息を漏らす一馬はその後を続く様に水路脇の階段を下りた。


「ちゃんと押さえておけよ!」


 階段を下りてすぐ、そんな声が聞こえた。その声に遅れ、薄らと闇を照らす様な明かりが迸り、鈍い打撃音が呻き声と一緒に聞こえた。あの光は恐らく魔術の発動によるものだと、判断した一馬はそこで更に頭を抱える。

 ただでさえ喧嘩なれしていないのに、相手には魔術と言う強みがある。こんな所にノコノコ出て行ったらただやられに行くだけだ。


(そりゃ……当然だよな……フェリアと同じ学校なんだし……)


 今になり、そんな事を思う一馬は半べそを掻きながら小さくため息を吐いた。しかし、その間も僅かに聞こえる鈍い音と呻き声に、一馬は意を決する。自分がやらなければ、そう言い聞かせて。震える足に力を込め、一馬は一歩踏み出す。

 笑い声が聞こえた。高笑いだ。耳に届く嗚咽を吐く少年の声。囲まれ、蹲る弱々しい少年の腕を両脇に立つ男達が掴み、無理やり立ち上がらせる。

 この中のリーダー格の男の姿が、一馬の視界に入る。薄暗い中で、振り上げた拳が輝いているのが見えた。アレは間違いなく魔力によるモノだと判断した一馬は、憂鬱に思いながらも勇気を出し声を振り絞る。


「何してるんだ? こんな場所で?」


 僅かに震えた一馬の声に、少年の腕を掴む二人の男が肩を跳ね上げ、拳を振り上げていた男は驚き振り返る。


「誰だ! テメェ!」


 雄一の様に喧嘩慣れしていると言うわけじゃなく、その声が僅かに裏返る。

 だが、ドスが利いていた為、そんな些細な声の変化に一馬は気付く余裕などなかった。

 膝が小刻みに震える。喧嘩など経験が無い為、心臓は激しく脈打ち、血はこれでもかと早く体内を流動する。頭の中は真っ白だった。だが、それでも一馬は拳を握り締め、震える唇をゆっくりと動かす。


「こ、こ、こんな、こんな所で何をし、してるかと思えば……なっさけねぇーな!」


 雄一の様な口振りで一馬はそう言い放った。しかし、声が震えている事が災いしてか、男達はニヤニヤと笑みを浮かべ間合いを詰める。


「誰だかしんねぇーが、余計な口出しすると――」


 リーダー格の男が右拳を握り顔の横まで振りかぶる。薄らと拳が輝くのが一馬の視界に入った。それが一体どう言う魔法なのか一馬には分からない。ただ、直感していた。殴られたらヤバイと。その為、一馬の足は自然と下がった。

 だが、その時、一人の男が気付く。


「お、おい! ソイツ、あのフェリアと一緒に居た奴だぞ!」

「なっ! じゃあ、コイツ上級魔導士か!」


 驚く二人に対し、リーダー格の男だけは不適な笑みを浮かべる。


「上級魔導士……いいじゃねぇーか。そこの落ちこぼれと違って本気が出せるぜ!」

「ま、待てよ! 本気か? 相手は上級だぞ!」

「関係ねぇーよ。俺も同じ上級だ。テメェをぶっ殺して、アイツを俺の女にしてやるぜ!」


 リーダー格の男は振りかぶった右拳に更に魔力を集中させる。何処からともなく風が吹き荒れ、その男の拳へと渦を巻く。その瞬間、一馬は理解する。


(風を使用する魔法か……)


 一馬が目を細めると、リーダー格の男の右腕を手甲の様に風が覆う。そして、男は舌なめずりをし、一気に地を蹴った。大して足は速くない。その為、一馬はかわせると、判断する。だが、刹那後方の二人の男が地に膝を着き、両手を地面へと着け叫ぶ。


「チェーンロック!」


 声と同時に鎖がぶつかり合う音が一馬の耳へと届く。何処からともなく聞こえたその耳障りな音に、一馬は周囲を警戒する。だが、次の瞬間、その足を、その腕を地面から飛び出した鎖が縛りつける。


「なっ!」

「確り抑えてろよ!」


 拳を振りかぶる男がそう叫び、左足を踏み込む。それと同時に右腕に集まった風が一層強まる。


「くらえ! スマッシュ!」


 男がそう叫び、腰を回転させる。そして、右拳が一馬の顔面へと放たれた。衝撃音が轟き、水飛沫が舞い、吹き抜ける風が水路の水面に波紋を広げた。

 しかし、一馬は無傷だった。恐る恐る瞼を開くと、目の前には水の壁。その壁は男の拳を完全に押さえ込んでいた。何が起こったのか、その場の誰もが理解出来ていない。

 そんな折、静かな声が響く。


「何処に行ったかと思えば……こんな所で何をしていますの?」


 カツカツとヒールの踵が石畳の道を叩く音が響き、角の向こうからフェリアが姿を見せる。美しいウェーブの掛かった金色の髪を月明かりに輝かせ、淡い蒼のドレスを揺らす。凛とした姿でそこに降り立ったフェリアの強い眼差しが、一馬の体越しに男達へと向けられる。

 その威圧的な眼差しに一馬を拘束していた二人の男は悲鳴をあげ逃げ出す。リーダー格の男は、奥歯を噛み締め「くっ」と声を漏らすとキッと一馬を睨みはそのまま身を翻し逃げ出した。捨て台詞を吐かない所はその男のプライドだったのだろう。

 男の背を見送り、一馬はほっと息を吐き肩の力を抜いた。そんな一馬へとフェリアは早足で歩み寄ると、ぷくっと頬を膨らせ声を上げる。


「何をしていますの? ワタクシ、ずっと探していましたのよ!」

「あ、ああ……ごめん」


 苦笑し一馬がそう答えると、フェリアは腰に手をあて静かに息を吐く。


「まぁ、いいですわ。今回は人助けの為にやむなしと言う事にしておきますわ」


 フェリアが胸を張り困った様に眉を曲げた。それから、その視線は蹲る一人の少年へと向けられる。


「あら? あの方……」

「あっ! そうだ。だ、大丈夫か! キミ!」


 フェリアの言葉で一馬は思い出し、少年の方へと駆け出した。しかし、少年はゆっくりと体を起こすと、口角から流れる血を右手の甲で拭い静かに立ち上がる。


「だ、大丈夫です……ぼ、僕の事は放っておいてください!」


 迷惑だと言わんばかりにそう怒鳴った少年はお腹を押さえ走り出した。

 少年の態度にフェリアは不満そうな表情を浮かべ、腕を組む。


「何ですの? 助けてもらってあの態度は!」

「まぁまぁ。しょうがないよ。助けた事によって彼に対するイジメも激しくなるかもしれないし……。

 結局、まだ何も解決していないんだから」


 申し訳なさそうに少年の肩を持つ一馬に、やはり納得出来ないとフェリアは頬を膨らせる。そして、「ふんっ」と鼻を鳴らすと一馬に背を向け歩き出した。そんなフェリアに困った様に鼻から息を吐いた一馬は、少年の事を気にしながらフェリアの後を追う様に走り出した。



 月明かりも差し込まない裏路地を、少年は歩いていた。

 まだ腹に残る痛みに表情を歪め、その目から涙が自然と零れ落ちる。その涙を右手の甲で拭った少年は、足を止め唇を噛み締める。


「何が……上級魔導士だ……。くっそ……僕にもっと……力があれば……」


 握り締めた右手を見据え、少年は呟いた。視界が滲むのは涙の所為で、拳が震えるのは落ちこぼれである自分への悔しさからのモノだった。

 震える拳を壁へと打ちつける。皮膚が裂け滲み出た血が壁を伝う。そんな折、彼の背後で物音が僅かに聞こえた。布がはためく音と共に石畳の地面へと靴の裏がぶつかる様な静かな物音。

 瞳孔を広げる少年の心臓が激しく脈を打つ。冷気が足元へと漂い少年は振り返ってはいけないと悟る。そんな少年へと足音が近付き、薄気味悪い静かな声が耳元へと囁く。


「力が欲しいか? なら、私が力を与えよう。貴様の欲望を解放するがいい」


 赤い眼光が輝き、大きく口を開く。唾液が糸を引き二本の牙があらわとなる。そして、鈍い音が響き、「ぎゃああああっ!」と少年の叫び声が夜の街へと恐怖を広げる様にこだました。

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