第3回 有名人フェリアだった!!
一馬はフェリアに連れられ魔法学園フェアリス校内を歩き回っていた。
少々古びた外観と違い、内装はとても美しくどうにもギャップが激しく感じさせる。
広々とした綺麗な廊下を生徒達が往来する中、フェリアは優雅に歩みを進め一馬を先導する。後ろから続く一馬は興味津々に辺りを見回していた。
特別変った事など無いが、自分の通う学校とはちょっと違う内装に思わず視線は奪われてしまう。それに、所々で生徒達が使う魔法にも興味があったのだ。
すれ違う人、魔法を使う者を見るたびに声を上げる一馬に、先導するフェリアは不満そうに足を止める。その動きに一馬も足を止めると、不意に周囲を行き交う生徒達の視線が二人へと集まった。
元々、フェリアはこの学園では有名人と言う事もあったが、それ以上にその美しい容姿が周囲の生徒の目を奪うと言うのが、視線の集まった理由でもあった。
そして、そんな彼女に連れられる平々凡々の一馬に視線が集まるのも、それが理由だった。学園でもトップクラスの美しさを誇るフェリアが何故あんな凡人を引き連れているのかと言うそんな疑問から向けられた視線だ。
しかし、一馬は鈍感だった。と、言うよりそれを気にするよりも、好奇心の方が勝っていた為気付かなかったのだ。
その為、現在自分達が注目されていると言う自覚は無く、静かに口を開く。
「どうかした? フェリア」
不思議そうに首を傾げた一馬がそう言うと、突如周囲はざわめく。
「今、フェリア様を呼び捨てに!」
「何者だ! あのガキ!」
「もしかして、フェリア様の新しい下僕かしら?」
「でも、それにしては軟弱すぎじゃない?」
様々な言葉が飛ぶ中、一馬は苦笑する。一応、その声は耳に届いていた。まさか、ここまでフェリアが人気者だとは思わず、一馬は目を細めた。言いたい放題言われるのは慣れているし、軟弱なのも分かっている。だが、何故自分に殺意的な眼差しが向けられているのか分からなかった。
僅かに背を丸める一馬に対し、フェリアはゆっくりと歩みを進め近付く。そして、一馬の前で足を止めると顔を近付け不満そうに唇を尖らせる。
「先程から何ですの?」
「えっ? な、何が?」
突然のフェリアの言葉に、一馬は困惑する。何故、フェリアが怒っているのか全く持って理解出来なかった。
当然、頭の上にクエッションマークを点滅させる一馬に、フェリアは腰へと手をあて頬を膨らす。
「先程から、何故、あなたはワタクシの後方を進んでいますの?」
「えっ? い、いや……そ、それは、案内されてるわけだし……普通、後に続くもんじゃ……ない?」
苦笑し一馬がそう答えると、フェリアは不満そうに眉間にシワを寄せる。
「でしたら、どうして隣りを歩かないのですか? 普通はそう言うモノですのよ!」
「そ、そう……なの?」
困り顔で首を傾げると、フェリアは胸を張り鼻から息を吐く。
「当然ですわ。そもそも、殿方が女性の後ろを歩むなどありえません!」
「あ、ありえませんって……」
力強いフェリアの言葉に、一馬は目を細める。町の中もずっとフェリアの後に続いて歩いていたのだが、何故急にそんな事を言い出したのか疑問を抱く。ありえないと言うならその時に注意すればよかったはずなのにと。
少々理不尽な所があるが、恐らく自分に非があるのだと、一馬は頭を下げる。
「ご、ごめ――」
「いけませんわ! 殿方が、そんなペコペコと頭を下げるなんて!」
「えぇーっ……」
(じゃ、じゃあ、どうしろと……)
もうわけが分からず、そう心の中で呟いた一馬は、右肩を落とし更に目を細めた。
その後もフェリアは何が不満なのか、アレコレと一馬に対し口うるさく文句をつけていた。恐らく、この世界と、一馬の世界とではどうやら文化や習慣が違う。その為、フェリアは一馬に色々と注文をつけていたのだ。
さんざん文句を言われた後、一馬はフェリアの右隣に並び学園内を散策していた。相変わらず、視線が集まるがフェリアは何処か嬉しそうな表情を浮かべていた。
そんなフェリアと裏腹に、一馬はその場に居辛そうに表情を曇らせる。フェリアに向けられる眼差しと、一馬に向けられる眼差しは正反対のモノだったからだ。
「どうですの? ワタクシの通うこの学園は?」
「えっ? あぁ……う、うん。なんだか、色々と凄いね」
苦笑混じりに一馬が答える。すると、フェリアは一層嬉しそうに笑みを浮かべると、軽い足取りで足を進める。まだ出会ったばかりで、フェリアの事は良く知らない。だが、それでも、フェリアが妙に浮かれているのは、一馬にも分かった。
「フェリア様、どうしたんだ?」
「あんな眩しい笑顔初めて見るぞ!」
「私もフェリア様にあの様に微笑んでほしいです!」
などと、言う周囲の生徒の声があった為だ。そんな声を聞くと一馬は不思議に思う。どうしてフェリアがそんなに浮かれているのか、と。だが、一馬が一番気になったのは普段のフェリアは一体どんな感じなのか、と言うモノだった。
それから、どれ程歩いたか定かでは無いが、すでに空が夕焼けに染まり、廊下を往来していた生徒達の姿は殆ど無くなっていた。静まり返った廊下を進み、階段を上がる。フェリアが何処に向かっているのか、一馬には分からない。その為、少々不安になっていた。
(大分……上まで来たけど……屋上に向かってるのかな?)
一馬は踊り場の窓からチラリと外を眺める。町が一望出来る程高い所まできていた。
夕日が湖へと反射し、美しく煌いていた。その輝きに一馬は目を細め、左手で日差しを遮る。火の国は陽など差さない所だった為、分からなかったが、異世界でも自分の住む世界と同じ夕日があるのだとしみじみ思う。
立ち止まり目を凝らす一馬に、フェリアは階段の途中で足を止め振り返る。
「どうかしましたの?」
その声に、一馬は小さく頭を振り、フェリアを見上げる。
「ううん。何でもないよ」
微笑し、そう告げた一馬は階段を駆け上がり、フェリアの横に並んだ。
「じゃあ、行こうか?」
「ふふっ。そうですわね」
一馬の言葉に、フェリアが嬉しそうに微笑み、またゆったりとした足取りで階段を上がり始めた。
やはり、一馬の考え通り、辿り着いたのは屋上だった。強風が吹きつけ、フェリアの短いスカートが金色の髪と一緒にはためく。
スカートの下から覗く太股に一馬は思わず視線を逸らした。俯く一馬の顔は、夕日の所為もあり一層赤く染まっていた。
カツカツと靴の踵を鳴らし、フェリアは手すりの方へと歩み出す。そして、一馬へと振り返り、夕日を背にする。金色の髪が夕日に照らされ、美しく輝き、俯いてた一馬は思わずその姿に見とれていた。
そんな一馬に向かって、フェリアは右手を静かに差し出す。その行動に一馬は小さく首を傾げた。どうすればいいのか分からず、ただその姿を見据えていると、フェリアが不満そうに吐息を漏らす。
「何ですの? 女性が手を差し出したら、それを手に取るのが殿方としての勤めじゃありませんの?」
フェリアの少々怒気の篭った声に、一馬は慌てて駆け出し、その手を取った。
すると、フェリアは大人びた綺麗な顔で微笑し、静かに告げる。
「あなたにエスコートをお願いしますの」
「え、エスコート?」
突然の言葉に戸惑う一馬が声を上げると、フェリアは「えぇ」と小さく頷く。全く状況が理解出来ていない一馬は、アワアワとうろたえる。
情けない一馬の様子に、フェリアは左手を腰にあて、困り顔で吐息を漏らす。
「殿方が何を慌てていますの? 全く……」
「いやいやいや。そりゃ、慌てるよ! てか、何で俺が――」
一馬はそこで言葉を呑んだ。夕日を背にしている為、よく見えなかったが、フェリアの表情が一瞬曇った――そんな気がした。何故、そんな表情をしたのか、一馬には分からなかった。だが、あんな表情を見せられて、断れるわけがなかった。
「わ、分かったよ。俺じゃあ相応しくないかもしれないけど……」
困った様にそう言った一馬は、ふっと息を吐き肩を竦める。そんな一馬にフェリアは嬉しそうに微笑し、
「えぇ。そうかもしれませんわね。ですが、ワタクシはあなた以外に勤まる殿方はいないと、信じていますのよ」
頭を僅かに傾け笑みを向けるフェリアに、一馬も照れ臭そうに笑う。しかし、すぐに彼女の言葉に疑問を抱き、一馬は手に取っていたフェリアの手を離し、尋ねる。
「でも、初対面なのに、そんな信じていいの? 自分で言うのもなんだけど……頼りないし、どっちかと言えば怪しい存在だと思うし……」
右手で頭を触りながらそう言う一馬に、フェリアはふふっと笑う。
「そうですわね。確かに異世界から来たなどと言う人は怪しい存在かもしれませんわね」
「だろ? なら、何で?」
「ワタクシの直感ですわ」
フェリアの思わぬ答えに、一馬は思わず笑いを噴出す。
「な、何ですの! ワタクシ、笑われる様な事は言ってませんのよ!」
顔を赤くし、怒った様に唇を尖らせるフェリアに、一馬は笑いを堪え答える。
「ご、ごめ……くくっ……ま、まさか、ちょ、直感とか言われると……くくっ……お、思ってなかったから……ぷくっ……」
「むぅーっ! 失礼じゃありませんの! わ、わ、ワタクシ、その様に笑われるのは嫌いですのよ!」
腕を組み頬を膨らしたフェリアは、そう言い放つとそっぽを向いた。大人っぽい雰囲気だったフェリアが初めて見せる子供っぽく拗ねた様子に、一馬は何故かホッとした。それと同時に、紅の事を思い出す。
(もしかして、フェリアも……)
ふとそんな事を思うが、ここまで来る道のりでの生徒達の反応を見る限り、紅と同じ状況と言う風には思えなかった。どちらかと言えば、人気者で誰からも慕われている、そんな風に感じた。その為、一馬は怪訝そうな眼差しをフェリアの横顔へと向けた。