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第2回 魔法都市 水の都だった!!

 埃と土煙が晴れ、砕石の散る水浸しの床があらわとなる。

 亀裂の走った壁に背を預け腰を抜かす一馬の髪から水が滴れる。

 何が起こったのか、理解は出来なかった。ただ、気付いた時には体を激しい衝撃が襲い、水飛沫と共に壁に背を打ち付けていた。


「ガハッ!」


 ここで、一馬はようやく呼吸をする。僅かな時間だが、呼吸が出来なかった。その理由はその衝撃が胸を強打したからだ。

 何度も咳を繰り返し、一馬は水浸しの床に手を着く。金色の髪を頭の後ろで束ねた少女は、深く息を吐きキッと一馬を睨みつける。それでも、尚彼女の顔は美しく凛としていた。

 彼女のサファイア色の瞳が真っ直ぐに一馬へと向けられる。時折、嗚咽を交えながら咳き込む一馬は、顔を挙げ涙目を少女へと向けた。口から漏れる涎が、床へと零れ落ち、一馬はそれを右手の甲で拭う。それから、唇を噛み締め、目を細めた。

 意識が断ち切れそうになるのを堪え――、震える膝に力を込め――、一馬は俯き肩を大きく揺らし立ち上がる。奥歯を噛み締め、一馬は潤んだ瞳で彼女へと告げる。


「い、いきなり……何するんだよ!」


 震える声で一馬はそう言い放つ。すると、彼女は腕を組み訝しげな表情を浮かべる。


「あなた、本当に何者ですの? どうして、ワタクシの秘密の場所に突然現れたんですの?」

「そ、それは……その……」


 一馬は経緯を説明する。自分がこの世界の住人ではない事、マンホールと呼ばれる蓋の上を踏み締めた時に妙な光に包まれた事、気付いた時にはここに居た事。事細かに少女へと説明したが、彼女は納得出来なかったのか、不満そうに眉間にシワを寄せていた。


「本当に、別の世界があると言うんですの?」

「ほ、本当……です……」


 極度の緊張から一馬は敬語で返答し、表情を引きつらせる。訝しげな表情で腕を組む少女は、ふっと息を吐くと肩の力を抜いた。張り詰めていた空気が一瞬にして緩み、彼女は穏やかな表情で一馬を見据える。一馬の様子から彼が危険な存在ではないと判断したのだ。

 少々大人びた雰囲気を漂わせる少女は、ふっくらとした胸を持ち上げる様に腕を組んだまま、静かにドアの方へと歩き出した。

 彼女の背中を見据える一馬は、髪の先から雫を落とし静かに立ち上がる。両膝が僅かに震えるのは、未だ先程のダメージが抜けていないからだった。

 立ち上がった一馬はよろめき、近くの壁へと右手を着いた。


「あなた……軟弱なんですのね」


 ドアノブを握った少女が、壁に手を着く一馬へとジト目を向け、そう呟いた。その言葉に「あはは……」と乾いた声で笑った一馬は、ガックリとうな垂れる。あんなのをまともに受けてピンピンしている方が異常だと、胸の中で呟き一馬は静かに歩き出した。



「とりあえず、異世界から来たって事は信じてあげますわ。まぁ、そうでなければ突然、部屋に現れるなんて芸当出来るわけありませんもの」


 西洋文化のレンガを積み重ね作られた建物の合間を少女の後に続き一馬は進んでいた。石畳の綺麗な街道は道幅も広く、露店が多く並んでいた。行き交う人々の大半は少女と同じようなローブを纏い、少女と同じく胸元に小さなバッチをつけているのが分かった。

 その事から、一馬は彼女の服装な何処かの学校の制服だと判断した。そして、恐らくその学校は――。


「そうですわ。自己紹介がまだでしたわね。

 ワタクシは学園都市魔法学部特Aクラス、フェリア=ルーベリアですわ。以後お見知りおきを」


 足を止め、振り返ったフェリアと名乗った少女は、スカートの裾を両手で摘み、軽く持ち上げ頭を下げた。

 そして、同じく足を止めた一馬は、自分の考えが正しい事に気付き、ただただ笑った。こんな事は非科学的だと。


「ここは、ワタクシの祖父が理事を務める魔法学園が治める都市で、水の都と呼ばれていますの」


 初対面の時の警戒心は何処へ行ったのか、フェリアは楽しげに一馬へとそう説明する。十年来の友と話すかの様に、また初対面の時の凛とした表情からは想像出来ない無垢な子供の様な笑顔に、気を張っていた一馬は安堵した様に吐息を吐いた。自分だけこんなにも気を張っていたのか、と呆れていた。

 そんな一馬の様子にフェリアは足を止め振り返る。そして、腰に手をあて不満そうな表情を一馬へと向けた。


「ワタクシが説明して差し上げてますのに、何ですの?」

「あっ! い、いや……ご、ごめん……」


 思わず謝る一馬に対し、フェリアは呆れた様に息を吐いた。


「ちゃんとお聞きになりませんと、二度の説明はいたしませんのよ?」

「あぁ……ご、ごめん。そ、それで……な、何だっけ?」


 一馬が苦笑混じりにそう言うと、フェリアはムッと頬を膨らす。


「ワタクシ、言いましたわよね? 二度の説明はいたしませんと」

「あぁーっ……ごめん。そうだった……ね。じゃあ、話を進めてくれて――」

「いいですわ。特別ですのよ。先程の話をしてあげますわ」


 腕を組み背を向けたフェリアは照れ臭そうにそう言い放った。ウェーブの掛かった金色の髪がゆらりと背中で揺れるのを見据え、一馬は思う。


(どっちなんだよ……)


 と。

 しかし、話を聞いていなかった自分に非があると分かっている為、口答えなどせず微笑しお願いする。


「あ、ありがとう。じゃあ、お願いしてもいいかな?」

「ふんっ。仕方ありませんわね。ではっ、ワタクシがあなたに教えて差し上げますわ」


 ふわりとスカートを揺らし、振り返ったフェリアがふっくらとした胸をこれでもかと張った。

 お嬢様と言う雰囲気だが、彼女は喜怒哀楽が激しく少々子供っぽく、お嬢様と言う風には思えなかった。

 苦笑する一馬に対し、ふふんと、鼻を鳴らしたフェリアは、顔の横で右手の人差し指を立て、堂々と説明を開始する。


「ここは水の都と呼ばれる場所で、ワタクシの祖父が理事を務める魔法学園を中心とした都市ですのよ」

「ま、魔法……学園……」

「そうですの! ワタクシはその魔法学園の最上位クラスである特Aクラスですのよ!」

「へ、へぇー……」


 自信満々のフェリアに、一馬は苦笑しそう返答する。ハッキリ言って何を言っているのか半分以上理解出来ていなかった。

 魔法学園?

 特Aクラス?

 全く持って意味不明だった。その為、曖昧な返答しか出来なかった。

 しかし、フェリアは気にした様子も無く嬉しそうに語りだす。


「ここが水の都と言われているのは、この水路を見てもらえばお分かりになりますでしょ?」


 フェリアがそう言い、街道を二つに割る様に流れる水路を指し示す。確かに一馬もずっと気になっていた。何故、町中に水路が流れているのかと。

 しかし、その疑問は更に深いモノへと変る。何故、この水路を見たらここが水の都と言われているのか分かると言うのだろうかと。

 疑問を抱き頭にハテナマークを点滅させる一馬に、フェリアは呆れた様に笑みを浮かべる。


「何ですの? その顔は、お分かりになりませんの?」

「あはは……ごめん」

「全く、あなたと言う方は……仕方ありませんのね」


 何処か嬉しそうなフェリアに、一馬は少々不満があった。しかし、ここでフェリアを怒らせるのは都合が悪いと、一馬は彼女へと微笑し続けた。

 一馬の態度に気を良くしたのか、ふふんと鼻を鳴らしフェリアは子供の様な笑みを浮かべる。


「じゃあ、教えてあげますわ。ここは、青龍湖と呼ばれる湖の上に造られた町ですのよ。だから、この町は湖の中心にあるんですのよ」

「へ、へぇー……そ、そうなんだ」

「そうですの。それで、それで――」


 と、そこでフェリアはハッとし言葉を呑むと、腕を組み顔を逸らした。興奮していた事がよっぽど恥ずかしかったのか、フェリアは耳まで真っ赤にしていた。

 何を興奮していたのか、一馬には分からなかったが、とりあえずフェリアが今恥ずかしい思いをしているのは分かった。その為、何とかこの場をどうにかしようと、考えを張り巡らせ静かに告げる。


「あ、あのさぁ……フェリア。どうして、青龍湖にこの町は造られたんだ?」

「き、聞きたいですの?」


 ビクッと肩を跳ね上げたフェリアが静かにそう尋ねる。その言葉に一馬は半笑いで答える。


「き、聞きたいなぁ。色々と、教えて欲しい……かな」


 一馬のその答えに、フェリアは軽く跳ねながら振り返り、サファイア色の瞳を輝かせた。


「あなたが教えて欲しいと仰るのでしたら、ワタクシが教えて差し上げますわ!」

(よっぽど、教えたいんだろうなぁ……)


 一馬は微笑し小さく頷いた。それから、フェリアの独演会が続けられた。

 この町が青龍の湖に作られた理由。それは、この地に訪れた魔術師が、この青龍と呼ばれる聖霊をこの地に封じ、それを守る為に町を造り、有能な魔術師を集めたからだと言われている。そして、その魔術師は優秀な魔術師を育てる機関、魔術学校を開校した。その魔術師と言うのが、フェリアの先祖だった。

 故に、フェリアは魔術の才能があり、現在通う魔術学校でもトップクラスの成績を誇っていると、自慢げに一馬に語っていた。本人の言う事の為、多少脚色があるのかも知れないが、フェリアの場合全く脚色などない、そんな気がしてならない。それは、出会ってすぐに喰らった一撃の影響が大きかった。

 流石にあれ程の魔術を受ければ、誰だってそう思うだろう。

 自慢話をするフェリアは、胸を張ると一馬へと振り返り鼻を鳴らす。


「ふふーん。どうですの? ワタクシの凄さ、分かっていただけましたの?」

「えっ? あぁ……うん。わ、分かったよ」


 苦笑し一馬はそう答える。


(うーん……確か、この町の歴史を聞いていたはずなんだけど……なんで、フェリアの自慢話に?)


 少々腑に落ちないが、フェリアの自慢話は特に不快でもなかった為、一馬は何も言わなかった。

 そんな一馬の様子に、自信満々だったフェリアの表情が曇る。そして、不安げな眼差しを向け尋ねた。


「ワタクシの話……いかがでしたの?」

「えっ? うん。凄くためになったよ? どうして?」


 フェリアの突然の質問に、一馬は首を傾げる。その質問の意図が分からなかった。その為、一馬の眉間には自然とシワが寄る。一馬の表情にフェリアの眼差しが揺らぎ、胸の前で両手を組み親指同士をイジイジと弄っていた。

 妙にしおらしいフェリアに、一馬は眉を八の字に曲げる。


「な、何? どうしたの?」

「え、えぇ……そ、その……ワタクシの話、鼻につきませんでした?」

「うーん……そんな事……無いと思うけど?」


 一馬が小首を傾げ呟く。すると、フェリアの表情がパッと明るくなり、ふふっと口元を右手で覆い笑った。そして、背にした巨大な建造物の前で両腕を広げたフェリアは、満面の笑みで声を上げる。


「ここが、ワタクシの通う魔法学園、フェアリスですわ」


 巨大建造物、魔法学園フェアリスの後方から差し込む陽の光が、その建造物を一層美しく照らし、一馬の目を釘付けにした。

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