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第1回 問題児と謎の美少女だった!!

 アレから一月が過ぎた。

 一馬の傷も完全に完治し、普段通りの学園生活を送っていた。

 クラスにも馴染み、友達も数人程出来た。相変わらず、朝は雄一を起こしに行き、夕菜との夢の登下校は実現していない。だが、それでも少しずつ夕菜との距離が縮まっていると、一馬は感じていた。

 お昼は大抵一緒(雄一も)だし、何だかんだと休み時間は会いに来てくれる。雄一がちゃんと来てるか心配だと言う理由だが。それでも、夕菜と会えると言う事が、一馬にとっては嬉しい事だった。

 アレ以来、紅が一馬を火の国に呼ぶ事はない。一応、連絡は取り合っており、何かあったらいつでも呼んでいいと一馬は伝えている。だが、紅は一馬を巻き込みたくないと、出来る限り頼らない様にすると、少しだけ寂しそうに一馬に言っていた。

 異世界に居る紅と交信出来るのは、一馬が紅から受け取った召喚札のお陰だった。召喚札と言うのは、契約した異界の聖霊を呼び出すだけではなく、交信する事も出来る様に作られているのだ。紅が偶然とは言え、火の国に召喚した事により、契約が完了されて互いの召喚札同士が繋がったのだと、言う推測を紅は一馬に語った。

 元々、人を召喚したのが初めてだった為、詳しい事は紅にも分からなかった。その為、一馬もその推測で納得したのだ。

 ほぼ、毎日の様に紅とは交信をしていた。大体十分から十五分の短い時間だが、紅は本当に楽しそうだった。あの場所にそれだけ楽しく会話が出来る相手が居ないのだ。

 そんな紅の話では、ここ一月鬼の襲撃は無い。そのお陰もあり、紅の傷も大分癒え、もう修練を再開しているとの事だった。召喚士が一体、どの様な修練を積むのか、一馬はあえて聞かなかった。聞いても自分にはさっぱり分からないだろうと、思ったからだ。

 そもそも、一馬は自分が朱雀を召喚した召喚士であると言う自覚が殆どなかった。


 平和な日常。

 いつもと変らぬ朝。

 一馬は今日も今日とて、雄一を起こしに行き、遅刻だった。


「何で、お前はいっつもそうなんだよ!」


 大堂学園前の緩く長い坂道の中腹で、一馬がそう怒鳴った。怒鳴られたのは、その遥か後方を眠そうな顔で歩く雄一だった。お決まりの様に寝癖でボサボサの金髪、シャツのボタンは全開で、眠気眼を右手で擦る。


「ふぁぁぁぁっ……。あのなぁ……。俺も、毎回毎回言ってるだろ?

 もう、俺を起こしに来るなって。いい迷惑だ。愛しの妹とのひと時を邪魔しやがって……」

「はいはい。夢の話だろ? 俺は、お前のその愛しの妹の夕菜に頼まれて起こしに来てるんじゃないか!」


 一馬が足を止め振り返り、呆れた眼差しを向けた。その眼差しに、雄一も静かに足を止め、ジト目を一馬に向ける。


「お前なぁ……それが、正夢になるって事も――」

「ないよ! 絶対に!」


 雄一の言葉を遮り、一馬がそう言い放つ。その言葉に雄一は表情をしかめ、口元に引きつった笑みを浮かべる。


「てめぇ……よくまぁ、断言してくれるな!」

「当然だろ? 大体、どれだけの付き合いだと思ってるんだ? それに、この前、夕菜が言ってたぞ?」

「お兄様はカッコよくて素敵ってか? いやー! 照れるなぁー!」


 モジモジを体をよじり、不気味な笑みを浮かべる雄一の姿に、一馬は唖然とする。そして、右手で額を押さえると、深くため息を吐いた。

 こんな奴が夕菜の兄だと思うと、夕菜が可哀想になる。同時に、こんな奴が幼馴染だと思うと情け無く思ってしまった。

 ガックリと肩を落とす一馬は、疲れ切った表情で雄一を見る。いつまでも妄想に浸り、モジモジする気持ち悪い雄一の姿に、深くため息を吐いた。


「はぁ……もういいよ……」


 何を言っても無駄だと諦め、一馬は体を反転させると、坂を登り始めた。

 唐突に我に返った雄一は、そんな一馬の背中へと声を上げる。


「お、おい! てめぇ! 俺を無視すんなよ!」

「無視、無視、無視……」


 小声でそう連呼する一馬は更に歩くスピードを上げた。

 自分を無視する一馬に対し、ムッとした表情を浮かべた雄一は駆け足でその背を追った。


「ちょっと待てって言ってるだろ! お前、それが、命の恩人に対する態度か!」


 雄一のその言葉で、一馬の動きが再び止まる。そして、肩をワナワナと震わせ、ゆっくりと振り返った。


「ああ……お前には感謝してる。一応、助けてもらったし……けどな! お前の所為で、俺まで問題児扱いされてんだぞ!」


 そう。雄一の中学時代の悪行は、大堂学園に知れ渡っていた。どうしてそんな不良が、この学園に居るんだと言う親の抗議もあった位だ。教師も生徒もそんな雄一を白い目で見ていた。もちろん、一馬も白い目で見られていた。入学式の無断欠席、雄一と共に何度も遅刻。入学して一ヶ月、これだけの事をしていれば、白い目で見られても当然だった。

 クラスの仲の良い者達と同じ中学だった者達は、事情を理解している。だが、他の生徒は違う。本当に冷めた目を、嫌なものを見る様な眼差しを向けてくるのだ。一馬も自分だけなら別に気にはしない。だが、その矛先は夕菜にも向けられている事を、一馬は知っていた。

 もちろん、あからさまに嫌な顔をする者は居ない。彼女自身は良い子で周囲からもそれは慕われている。だが、そんな彼女だからだろう。妬みから陰で色々と言われている。それを、一馬は耳にした事があったのだ。

 深く息を吐く一馬は、それを雄一に言うべきかで悩んだ末、一応報告するべきだと、その事を口にする。


「知ってるか? 夕菜が陰口たたかれてるの?」

「な……にっ?」


 一瞬だが空気が張り詰めた。明らかに雄一の顔付き、目付きが変った。愛する妹の陰口を叩く奴が居ると言う事が、よっぽど許せなかったのだろう。威圧的な雄一の眼差しに、一馬はたじろいだ。


「で、誰だ? その陰口を叩いた奴は? 俺がぶっ殺す」

「いやいやいや! お、落ち着け! その陰口も殆どお前絡みなんだぞ?」


 一馬が慌ててそう言うと、雄一はそれを鼻で笑う。


「ハンッ! んな事、知るか! 俺の愛しい妹の陰口を叩いた奴は――処刑だ!」

「はぁ……だから、お前には言いたくなかったんだ……」

「んだと! こらっ!」


 右手を額に当てる一馬に対し、怒鳴り散らす雄一が大またで歩み寄る。その迫力に一馬が一歩下がった時、雄一が叫ぶ。


「お、おい! 待て! 動く――」

「えっ?」


 一馬が思わず声を上げた時、足元から眩い光が吹き上がる。一瞬、何が起こったのか理解出来ない一馬へと、雄一が険しい表情で右手を伸ばす。だが、その手は空を切り、光は一馬の姿と一緒に消えた。

 呆然と立ち尽くす雄一の足元にはマンホール型の魔法陣が薄らと輝き、やがて消滅した。そこには初めから何もなかったかの様に――。



 一馬は落下していた。

 青白い光に包まれた筒状の中を。

 眩い輝きに一馬の瞼は強く閉じられ、やがて光は闇へと包まれた。意識を失ったわけではない。青白い光が消え、完全な闇の中へと突入したのだ。

 瞼を開いているのか、閉じているのか分からない程の闇の中を抜け、一馬の体は地面へと叩きつけられた。尻を打ちつけ、遅れて肘、背中と打ちつける。


「いてっ!」


 思わず声をあげた一馬は、ゆっくりと体を起こした。背中の痛みは僅かで、肘もお尻の痛みに比べればまだ軽いモノだった。その為、一馬はお尻を右手で擦り、腰を上げる。

 薄らと開かれた瞼の合間から薄暗い部屋の内装が窺えた。殺風景な部屋に火の灯っていないロウソク立てが円を描く様に一馬を中心に並んでいた。何かの儀式を行っていたのか、足元から妙な異臭が漂い、一馬は表情をしかめる。


「何だ?」


 視線を足元へと落とし、一馬は気付く。足元に妙な陣が描かれている事に。

 鼻を摘みながらその模様を見据える一馬が、膝を落とし床に触れる。妙な陣が描かれているだけで特に変った様子の無い。それから、一馬は顔を挙げ部屋を見回す。

 殺風景な部屋の壁にはいくつか本棚が並び、棚には本がビッシリと詰められていた。それでもおさまりきらない本が奥に見える机の上に山積みにされ、机の周りにも本が散乱していた。

 その机へと目を凝らす一馬は、不意に人影を見つける。一馬の存在に気付いていないのか、その人物は本棚の前で一冊の本を手にし、右手を口元に添えて真剣な顔で本を睨んでいた。 

 薄暗い中でも映える金色の髪を頭の後ろで留めたその人物に、一馬は目を奪われる。薄暗いはずなのに、彼女の横顔が一馬にはハッキリと見えた。いや、それだけ美しく、輝いている様に一馬には映ったのだ。

 ぼんやりと彼女の顔を見据えていると、その視線にその女性が気付き、棚に置かれたランプへと火を灯した。


「どなたですの?」


 お嬢様の様な口調で、彼女はランプを一馬へと向ける。漆黒のローブを纏った少女の胸には、リボンが付けられ、その中心には銀色のバッチが輝いていた。何か模様が描かれているが、その模様までは一馬は精確に捉える事は出来なかった。

 ローブの下に見える紺色のミニスカートから伸びる艶やかな白い美脚が一歩踏み出し、凛とした声がもう一度響く。


「そこで、何をしてますの?」


 明らかに自分に対し強い警戒心を向ける彼女に、一馬は両腕を挙げ苦笑する。

 陣の真ん中に佇む一馬の姿に、少女はカツと靴の踵を鳴らし、一歩踏み出す。その美しい顔の眉間にシワを寄せ、眉をひそめる少女は、サファイア色の瞳を一馬へと向け、更に問う。


「あなた、何処からこの部屋に入り込んだんですの? ここは、わたくしだけの秘密の部屋ですのよ?」

「えっ? あっ……いや、その――」

「何ですの! ハッキリ、言ったらどうですの!」


 少女がそう声をあげ、持っていた本を棚へと戻し、右腕を振り上げる。すると、その手の平に青白い光が収縮され、部屋を明るく包む。

 我が目を疑う一馬は、息を呑み彼女のその手を見据える。非科学的な現象に一馬は悟る。ここは自分の世界ではないと。そして、その光に照らされた部屋の造りからここが火の国で無い事も同時に悟る。

 忙しなく瞳を動かし、情報を得ようとする一馬を、彼女はキッと睨みつけると声を上げる。


「アクアショット!」


 振り上げた右腕を少女が振り下ろす。すると、青白く輝いていた光が、水の弾丸となりその手から放たれる。


「いっ!」


 一直線に向かってくる水の弾丸に、一馬は思わず声を漏らしその場を飛び退く。遅れて水の弾丸が一馬の横をすり抜け、爆音を立て壁を砕いた。砕石が飛び散り、埃と土煙が舞う。


「げほっ! げほっ!」


 咳き込む一馬は、呼吸を乱し崩れた壁へと目を向けた。威力を抑えていたのか、はたまた壁が分厚く造られていたのか、壁は僅かに崩れ亀裂が刻まれた程度で済んでいた。

 呆然とする一馬は、恐る恐る頭を捻り、彼女へと視線を向ける。すると、彼女はすでに右腕を再度振り上げ手の平に青白い光を収縮していた。


「今度は外しませんわよ!」


 キッと一馬を睨む少女。そんな彼女に、一馬は両腕を振り、叫ぶ。


「わわっ! や、や、やめて! お、俺は怪しい者じゃ――」

「十分怪しいですわ!」


 彼女の右腕が振り抜かれ、水の弾丸が一馬へと放たれた。そして、轟音が室内へと響き渡り、激しい土煙が室内を包み込んだ。

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