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第10回 安堵と帰還だった!!

 どれ位の時が過ぎたのか、一馬は真っ白なベッドで目を覚ます。

 真っ白な天井に備え付けられた蛍光灯の明かりが、その目を射した。ボンヤリとする一馬は、その光に目を細め「うぅっ」と声を漏らす。体を動かそうとしたが、腹部に激痛が走ったのだ。

 表情を歪め、一馬は奥歯を噛み締めた。痛みの走った腹部へと右手を伸ばし、服の中へと手を入れ、腹部を擦る。ザラザラとした感触で、自分の体に包帯が巻かれているのだと分かった。

 それから、霞む視野を広げようと、目を細めては広げを繰り返す。徐々に霞んでいた視野は広がり、首をゆっくりと動かし、周囲を確認する。分厚い仕切り用のカーテンが閉じられ、小さなサイドテーブルには花瓶が乗せられていた。

 漂う薬品の匂いで、一馬はここが病院だと気付いた。そして、ここが元の自分の居た世界だと言う事にも、同時に気付いた。ベッドの感触とコンクリートの壁で、すぐに分かったのだ。火の国は木造建築で、ベッドなど無い世界だった。故に、もうろうとする頭でも、気付く事が出来たのだ。

 左腕を静かに額の上へと乗せた一馬は、安堵した様に笑みを浮かべる。そして、その目から静かに涙を零した。それ程嬉しかったのだ。

 それから、数分が過ぎた頃だった。ガラガラと戸が開く音が耳に届き、誰かが部屋に入ってくる足音が聞こえた。分厚いカーテンの向こうに影が映る。

 人影は二つ。一つはやけに体格の良いおそらく男。もう一つは小柄な細身、コチラは女性だと、一馬は判断した。誰か同室の人の見舞いだろうかと、訝しげな表情を浮かべた一馬は、体の力を抜き天を仰いだ。自分には関係ないと。

 そう思い瞼を閉じた時、カーテンが開かれた。


「一馬君?」


 不安そうな静かな少女の声が響き、開かれたカーテンから一人の女の子が顔を出す。幼さの残る可愛らしい顔の少女に、一馬は目を丸くした。


「ゆ、夕菜!」


 驚きの声を上げた一馬は、思わず体を飛び上がらせた。だが、すぐに激痛が腹部を襲い、「うぐっ」と呻き声を上げ蹲る。


「か、一馬君! だ、大丈夫!」


 蹲った一馬へと、慌ただしく駆け寄った夕菜がそう声をかけた。その声に、一馬は無理に笑みを浮かべる。


「だ、大丈夫……す、少し……い、痛むだけだから」

「ほ、ホントに?」


 顔を覗き込む夕菜の潤んだ瞳に、一馬はうろたえる。そんな間近でそんな目を向けられてうろたえない男は居ないだろう。

 僅かに頬を赤くする一馬が顔を上げる。すると、その視界へと雄一の姿が入った。カーテンを開いたまま呆れた表情を見せる雄一は、左手で頭を掻き深く息を吐く。

 しかし、夕菜は雄一などそこには居ないかの様に安堵した表情を一馬に向け、微笑し口を開く。


「もう、すっごく心配したんだから!」

「ご、ごめん……」


 一馬の左手を握り締め、顔を近づける夕菜の姿に、一馬は一層うろたえ、小声になった。その顔は赤く、夕菜の顔を見る事すら出来なかった。

 俯く一馬の額へと、そのか細く小さな手が添えられる。ひんやりとした手の平が額へと触れ数秒、一馬は飛び上がり慌てふためく。


「な、ななな、な――イッ……」


 慌てて体を仰け反らした一馬だったが、すぐ腹部の痛みに体を震わせる。


「あいでで……」

「だ、大丈夫? 無理に動いちゃダメだよ。通り魔に刺されて、重傷だったんだから」


 心配そうにそう言う夕菜に、一馬は眉をひそめ視線を雄一へと向けた。すると、雄一は右手の人差し指を唇へと当て、静かに頭を左右に振った。その行動で、一馬も理解する。雄一が機転を利かせ、嘘をついたのだと。

 安堵し息を吐いた一馬に対し、不服そうに頬を膨らます夕菜は、腕を組みソッポを向く。


「もう! 本当に、心配したんだから! 入学式早々にこんな事件に巻き込まれて!」

「あは、あはは……ご、ごめん」

「こんな事なら、お兄ちゃんの事なんてほっとけばよかった」


 そう言い夕菜が雄一へと視線を向ける。大のシスコンである雄一は、その言葉にやや不機嫌そうに笑みを浮かべる。


「おい、夕菜」

「何よ? お兄ちゃん」


 不機嫌な雄一の声に、夕菜は邪魔者を見るような眼差しを向ける。そんな冷めた視線に、雄一は右手で頭を掻き深くため息を吐いた。


「とりあえず、コイツが目を覚ました事を、知らせるべきだろ?」


 小さく肩を落とし、珍しくまともな事を言う雄一の姿に、一馬も夕菜も言葉を失っていた。数秒ほどの沈黙に、雄一は怪訝そうに首を傾げる。

 やがて、夕菜が我に返り、頭を振ってからもう一度雄一へと目を向けた。


「お、お兄ちゃん……何か変なものでも食べた?」


 夕菜の失礼な一言に、雄一は目を細める。


「食ったとしたら昼間、夕菜の作ってくれた弁当だな。愛しい妹が、まさか兄である俺に毒を――うごっ!」


 雄一が言い終える前に、夕菜がその手に持っていたカバンで雄一の顔を叩いた。その音に一馬は目を丸くし、夕菜の顔はみるみる赤く染まる。

 最終的に耳まで真っ赤にした夕菜は俯くとカーテンの向こうへと駆け出す。


「わ、わ、私、一馬のご、ごりょ、ご両親に連絡してくるね」


 いつもは冷静な夕菜が慌てた様子で早口にそう言うと、足早に病室を飛び出した。わけが分からず小さく首を傾げた一馬は、鼻を両手で押さえ蹲る雄一へと目を向ける。

 打ち所が悪かったのか、蹲る雄一は肩を震わせ中々立ち上がらない。その為、一馬は不安になり、ゆっくりと口を開いた。


「だ、大丈夫か? 雄一……」


 一馬の声に、雄一は小さく頷く。そして、右手で鼻を摘んだまま、涙目を一馬へと向け口を開く。


「おばえごぞ、だいじょぶが? だいだい、あではなんだったんだ?」


 雄一の声は鼻声で少々聞き取り辛い。だが、一馬は何が言いたいのかおおよそ検討がついていた。その為、鼻から息を吹くと、肩を落とす。


「悪い……なんか、巻き込んだみたいで……」


 俯き、静かにそう告げた一馬の頭を、雄一は叩いた。パチンと妙に言い音が響く。

 頭を叩かれた一馬は、右手で頭を押さえ、左手で腹部を押さえた。頭を叩かれ、前屈みになった時に腹部の傷が痛んだのだ。


「うぐっ……」


 僅かな声を漏らし表情を歪める一馬に、雄一は呆れた様に息を吐く。


「謝んな。ボケ!」


 腕を組みそう言い放つ雄一に、一馬は涙目を向ける。雄一の言葉に感激したわけじゃない。傷が思った以上に痛んだのだ。

 苦悶に表情を歪める一馬は、ゆっくりと体を起こし、天井を見上げる。包帯が赤く滲み、腹部を押さえる手に血の感触を感じた。


「あぁーっ……」


 目を細め呻く様に一馬は声をあげる。

 しかし、雄一は全く持って気にした様子は無く、マイペースに言葉を続ける。


「まぁ、俺ら幼馴染だし、お前との付き合いも長い。困った事があれば――て、おい! 人が真面目に話してるだ! ちゃんと聞け!」


 天井を見上げる一馬の頭を、雄一がもう一度叩いた。その衝撃でまた体は前のめりになり、腹部の傷が痛んだ。

 両手で腹を押さえる一馬は、呻きながら言葉を発する。


「い、いた、い……」

「痛い? 俺の話がそんなに痛いって言いたいのか! コラッ!」


 雄一が一馬に掴み掛かる。涙目の一馬は、そんな雄一の目を真っ直ぐに見据え、呟く。


「傷口が……痛いんだよ!」


 一馬の言葉にキョトンとした表情を浮かべる雄一は、やがて半笑いを浮かべ手を離す。


「そ、そうか、そうか。わりぃーな」


 あはは、と頭を掻く雄一に対し、恨めしそうな目を向ける一馬は、静かに息を吐き壁に背を預けた。それから、肩の力を抜いた一馬は、虚ろな眼差しで雄一を見据える。

 静まり返った病室で、一馬は思い出した様に口を開く。


「それで……あの後、どうなったんだ? ちゃんと戻ってこれたって事は……皆無事……なんだよな?」


 一馬が不安そうにそう尋ねると、雄一は呆れた様にため息を吐き肩をすくめた。


「一番の重傷者が何言ってんだ? 大体、あの子、すげー泣いてたぞ?」

「あの子? ……あぁー。紅の事か……」


 思い出した様にそう呟いた一馬は、何となくその光景が想像出来た。紅は人一倍責任感が強い。きっと、今頃――。

 そんな事を考えていると、雄一がふと思い出した様にポケットから一枚の紙切れを取り出した。


「なぁ、これ、その子がお前に渡してくれって」


 雄一がそう言い、紙切れを手渡す。その紙切れが召喚札だと一馬はすぐに理解する。それを受け取った一馬は、俯き「そっか」と呟いた。

 聊か不思議そうな表情の雄一は、ジト目を向け呟く。


「なぁ、それって、何なんだ? 第一、それをお前に渡して――」

『一馬さん!』


 突然、召喚札が輝き、紅の声が響いた。驚いた一馬は、思わずそれを布団へと押し付け、周囲を見回す。あまりの大音量に雄一も苦笑し、耳を両手で押さえていた。

 それから暫くして、一馬はゆっくりと召喚札を布団から離す。そして、恐る恐る召喚札に向かって声を発する。


「く、くれ、ないか?」

『か、一馬さん! 無事だったんですね!』

「こ、声大きいから!」


 慌ててそう言う一馬は、もう一度布団へと召喚札を押し込んだ。呆れた様子の雄一は、小さく吐息を零し、紅も状況を悟ったのか声のボリュームを下げ謝る。


『す、すみません……やっと繋がったので、つい……』

「いや、いいよ。それより、紅は無事なのか?」


 一馬は紅の肩の傷を思い出し、尋ねる。すると、僅かに鼻を啜る音が聞こえ、やがて鼻声の紅の声が返ってきた。


『わ、わだじは……だ、だいじょうぶ……です……』

「な、泣くなよ! お、お互い、無事だったんだし……」


 一馬が苦笑すると、召喚札の向こうから紅の声が響く。


『は、はい……す、すみません……』

「いや、謝らなくていいから……」

「それで、一体、あそこは何だったんだ?」


 一馬と紅の会話に割り込む様に雄一がそう口にした。呆れた様なジト目を向ける雄一に、一馬は表情を引きつらせた。


「あー……まぁ、その事については追々……」

『それにしても、良かったです。朱雀様を召喚出来る召喚士様と、伝説の戦士様が同時に現れるなんて……』

「へぇーっ。お前、伝説の戦士とか言われてんのか? 思いっきりやられてたけど」


 頭の後ろで手を組んだ雄一があはは、と笑った。そんな雄一へとジト目を向ける一馬は、呆れた様に呟く。


「伝説の戦士ってのはたぶんお前だよ」

「…………はぁ?」


 妙な間を空け、雄一は変な顔で一馬を見据える。言っている意味が全くもって分かっていない。その為、一馬は小さく吐息を漏らし、右手で頭を掻いた。


「うーん……なんて説明したらいいかなぁ……」

『え、えっと、ぐ、紅蓮の剣を抜いたんです! その方!』


 説明出来ない一馬に代わり、紅が説明する。その答えに一馬は雄一の方に顔を向け「だ、そうだ」と告げた。その答えに雄一は納得していないのか、腕を組むと不満そうな表情を向ける。


「あんなの誰にでも抜けるだろ? たかが剣なんだから」


 自分が簡単に抜く事が出来た為、当然誰にでも抜けるものだと思い込んでいる雄一に、一馬は呆れた眼差しを向ける。

 そして、紅も召喚札の向こうで呆れているのか、一馬とほぼ同時に声を漏らす。


「あぁーっ」

『あーぁ……』


 ぴったりと揃った二人の声に、雄一は目を細め不満そうな顔をする。


「何だよ? その声? 助けてやったんだぞ? 俺、命の恩人じゃねーのか?」

「いやいや。命の恩人はそんな風に恩着せがましくはしないんじゃない?」

「お前なぁ……助けてもらってその態度はよくないんじゃねぇか?」


 雄一はそう言いジト目を向け、一馬は肩をすくめた。そんな二人のやり取りに、紅は静かに笑った。と、同時に安心した。一馬が何事も無く元気だと言う事が、その声で分かって。心の底から安心した。

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