そばにいる理由 番外編
拙作『そばにいる理由』の番外編になります。
未読の方は先にそちらをお読みください。
先日俺はずっと想っていた東上美晴と付き合えることになった。
俺のせいで顔に一生残る傷を負うことになった彼女は俺の罪を許し、俺の想いを受け入れてくれた。
あの時は本当に嬉しかった。
しかし、俺は美晴にいくつか嘘をついている。
美晴は、俺が蹴ったボールが原因で彼女が怪我をし、その償いでそばに居るうちに彼女を好きになったと思っている。
俺がそう言ったのだから。
しかし真実は違う。
まず、美晴が怪我をした原因となったボールを蹴ったのは俺ではない。同じクラスの桐島隆志だ。
桐島の蹴ったボールが窓を割った時、その中に人がいるとは思ってなかった俺たちは一斉に「しまった」という表情をし、とりあえず割れた窓へ近付いて行った。
そこで俺たちが見たのは散らばったガラスの破片と血を流して倒れている女子生徒。
一気に血の気が引いた。
何事かと集まってきた生徒たちの間で悲鳴が上がり、近くにいた先生が駆けつけてきた。
その辺りのことは詳しくは覚えていない。
頭がよく働いていなかった。だって――
倒れていた女子生徒は俺の好きな人だったから。
そう、俺が美晴を好きになったのは彼女が怪我した後ではなく、それ以前だ。正確には中学一年の夏。
自分で言うのもなんだが、俺は見た目も頭も運動神経も良くてそこそこモテた。何もしなくても女子たちが寄ってくる。それが少々面倒だった。女子たちが俺の周りでキャーキャー言ってうるさいし(角がたたない程度に追い払っていた)、それを羨む男子には嫌がらせを受けるし(俺が犯人だと分からないように倍返ししてやった)、とにかくその状況は鬱陶しいものでしかなかった。
皆俺のことを性格も良い人間だと思っているらしいが、それは違う。正直性格はかなりひねくれている。それを知っているのは家族と相当仲のいい友人だけだ。
レッテルだけで人を判断する者たちに囲まれて生活しているのだ、ひねくれて当然だと思う。
『俺の外見だけで判断するというのなら、絶対に中身は見せない』
いつその決心をしたのかは覚えていないが、その時から本当に心許した人以外には上辺だけの笑顔で接するようになった。
ある時、俺は放課後一人の女子に呼び出されて告白されていた。今週に入って四人目。特に話したこともない子。記憶にすら残っていない。
なのに俺のどこに惹かれたというのか。
『どうせ外見だろ』
冷めた気持ちで相手の話を聞き、丁重にお断りをした。しかしその子はめげずに食い下がってくる。
「私、藤崎君のことずっと好きで……! ずっと見てたんです!」
「……ごめん、俺、好きな人いるから」
本当はいないけど。でもこうでも言わないと諦めてくれなさそうだしな……。
「それでもいいです! 絶対、私のこと好きにならせてみせます。だから――」
……若干面倒くさくなってきた。
俺がどう断ろうか頭を悩ませている時、俺たちがいる教室のドアがガラッと開いた。
ドアを開けたのはこの教室のクラスの女子生徒だった。
『この人はたしか……東上って名前だったよな』
胸のあたりまで伸びたストレートの黒髪、病的にも見える白い肌を持った少女は俺たちを見て固まっている。
とりあえず助かった。
「君の気持には答えられない。ごめん」
第三者がいる中ではしぶとく言ってくることはないだろう。
案の定、俺がそう言うと俯いていた相手は涙をこぼして走り去っていった。
その場に微妙な空気が流れる。
それを払拭したのは彼女の方だった。
「お邪魔してしまいましたか?」
東上さんが躊躇いがちに教室に入ってきた。
「いや、あの子ちょっとしつこくてね。助かったよ」
「モテるのも大変なんですね」
普段はおとなしめで特定の人としか話していないらしい彼女がぎこちないながらも笑って話していることに少々驚いた。勿論、表にはその驚きは出していないが。
「東上さんもモテてるでしょ。お互い様だよ」
俺は知っている。東上美晴も告白できないタイプのへたれ男子にすこぶる人気なのだ。俺の友人の中にも彼女に惹かれている奴がいて、彼女の情報はいやでも入ってくる。
「そんなのありえないです。こんな暗い女子を好きになる人なんていませんよ」
『自分が暗いってことは自覚しているのか』
俺は上から目線でそんなことを思った。
「そんなに暗くないでしょ。現に今笑って俺に話しかけてくれてるじゃん」
俺がそう言うと東上さんが顔を赤くしたため、まさかこの子も俺のこと好きとか言い出すわけじゃないよな、と警戒したが、それは杞憂だったようだ。
「へ、変じゃないですか? 私の顔。今日友達に人ともっと愛想よく接しろって言われて、頑張ってみたんですけど……」
なかなか難しいんです、と俯く彼女。
「私、人と話すのが苦手でつい黙りこくってしまったり無表情になってしまったりして……相手に不愉快な思いをさせてしまうんです。それを改善したくて」
随分と不器用な子なんだな。
軽く同情してしまう。
無意識に彼女の頭をぽんぽんと撫でてしまい、自分でも驚いてすぐ手をおろす。
「今俺と話してるようにすれば大丈夫だよ」
さっきのことを誤魔化すように早口で言うと、東上さんは恥ずかしいような嬉しいような表情を隠そうとしているのか頬を両手ですりすりとこすっていた。
『なんだこの可愛い生き物』
胸に違和感を感じる。
「優しい人なんですね、藤崎君は」
言われ慣れてることなのに、東上さんに言われると照れくさい気持ちになる。
「そう? でもこの優しさは偽りで内心はかなり腹黒かったりするかもよ?」
なんか俺、変だ……。
いつもは本当の自分を醸しだすようなことはしないのに。
「それでも、私に優しくしてくれたのは藤崎君自身です。例え藤崎君が腹黒でもそれが藤崎君の内面の一部で、私に優しくしてくれたのも藤崎君の内面の一部です。どんな藤崎君でも藤崎君にはかわりありません」
そう言って東上さんはまたぎこちなく笑み、俺は固まってしまった。
そう、俺は……
そのぎこちない笑顔に、いとも簡単に――
おちてしまったんだ。
駆けつけた先生が女子生徒の状態を確認し、彼女は病院へ運ばれていった。俺たちは他の先生に指導室に連れて行かれ事情を聞かれた。誰が蹴ったボールかなんて関係ない。これは連帯責任だ。だから誰も桐島の名前を出して責めたりはしなかった。
先生も怒りはしたが、普通にグラウンドでサッカーをしていただけでボールを蹴った方向が悪かったという理由では俺たちを責めにくかったらしい。
処分は怪我をした女子生徒の状態が分かってから決定することになり、しばらく気まずい雰囲気の指導室で待機した。
病院について行った教師からの連絡によると、女子生徒は幸いにも目は傷ついていないが、服で覆われていない部分にいくつかの細かい傷、顔と左腕には数針を縫う深い傷を負っていた。倒れていたのは気絶していただけで今は目をさまし、駆けつけた母親とまだ病院にいるらしい。
俺たちは怪我をした女子生徒、東上美晴の荷物を病院に届けに行く先生と一緒に病院に謝りに行った。
彼女は顔と左腕に包帯を巻き、他にもあちこちにガーゼを付けていた。
元々おとなしめの子だったが、今は俯いているせいでその表情すら見えない。
『東上美晴さんの肌は傷が治っても跡が残りやすい肌質をしているようなので、顔と左腕の傷跡は残るかもしれません』
医師にはそう告げられたらしい。
男にとっては傷が残っても別に気にしないが、女の子にはかなりショックなことだろう。
「ボールを蹴ったのは俺です。申し訳ありませんでした」
「――っ!?」
「隼人!?」
一緒にサッカーをしていた仲間は唐突な俺の発言に目を丸くしている。それはそうだ、本当に蹴ったのは桐島で、俺が嘘をついているのだから。
何か言いたげな仲間に黙るよう視線を向け、東上親子に向き直る。
「責任をとります」
「責任?」
美晴の母親が気弱そうな表情で俺を見る。
「はい。東上さんに怪我させた責任です。これからは俺が東上さんのそばにいて彼女を護ります。ずっと、ずっと」
俺は最低の人間だ。
確かに彼女に対して申し訳ないと思っている。
あのボールを蹴ったのは俺ではないが、桐島にボールのコントロールができないようなパスを回したのは俺だから。
俺があんなパスを回さなかったら、桐島が無理な体勢でシュートをうたなかった。そのボールが変な方向へ飛ぶこともなかった。
そして彼女が怪我をすることもなかった。
傷が残ることもなかった。
しかし、その申し訳なさより思惑の方が強かった。
『――彼女の傷跡を理由に、ずっとそばにいられる』
俺がそばに居たいと思っても、東上さんが俺のことをどう思っているかわからない。
でも、傷を理由にしたらずっとそばにいられるんじゃないか。
責任を口実にして東上さんにずっとついていたら、東上さんは他の男と接する機会も減って、他の男を好きになることもないんじゃないか。
他の男より近くにいる俺のことを好きになってくれるんじゃないか。
そんな、最低なことを考えていたんだ。
俺が真実を言ったら、美晴はどう思うかな。
やっぱり、軽蔑するだろうか。それとも、あの時のようにぎこちない笑顔を見せてくれるだろうか。
……いや、後者はさすがにないだろう。
美晴に俺の心の中の黒い部分を伝えたら、軽蔑されるような気がして、嘘をついてしまった。
いつか、本当の事を伝えたら……
俺の黒い部分をさらけ出しても、君は俺のそばにいてくれるだろうか。
俺を受け入れてくれるだろうか。
俺はやっぱりへたれだからまだ君に本当の事を伝える勇気はないけど……
いつか、ちゃんと伝えるよ。
その時は――
隼人が予想外にひねくれたへたれキャラになってしまいました……
あれ?
こんなはずではなかったのですが……
文章を書くのは難しいですね
何はともあれ、読んでくださってありがとうございました。