第三章:黄金の旅立ちと仲間たちの祈り
翌朝、高天原はかつてないほどの輝きに満ちていた。それは、死を予感した生命が放つ最後の燦爛たる美しさのようであり、どこか痛々しくもあった。大気中には微かな振動が走り、ユグドラシルの葉が奏でる音階が、平時よりも半音だけ高く、焦燥を煽るように響いている。まるで、世界そのものが悲鳴を上げているかのようだった。
旅立ちの広場には、天界の主立った者たちが、別れを惜しむように集まっていた。大天使ガブリエル、ウリエル、さらには八本の足を器用に使い、奇怪な真鍮の計器を調整しているクトゥール神。
「アダパー、これを持って行け」クトゥールが、無数の小さな歯車が複雑に組み込まれた、異様な外観の方位磁針を差し出した。「これは『次元整合計』だ。周囲の現実の濃度が薄くなり、右も左も、天も地も分からなくなった時、お前の魂の座標を無理やり固定してくれる。迷子の神様にならないようにな。特に、深部では『自分』という概念すら蒸発しやすくなる。この針の震えを、自分の鼓動だと思って見つめろ」
「アダパーさん、ミカエル様、どうかご無事で。天界の音楽が途絶えぬよう、祈っております」ガブリエルは、振るたびに精神を鎮める清涼な音色を奏でる、彫刻が施された銀の鈴を手渡した。「この鈴の音は、魂の周波数を聖なる比率へと整える働きがあります。虚無の静寂に呑まれ、自分が誰か分からなくなった時、これを振ってください。我々がここに居るという事実を、共鳴によって思い出せるように」
ウリエルは沈黙を守りながら、二人の旅路を照らすための「消えない炎」を灯した、古びた燭台を渡した。その炎は酸素ではなく、持つ者の意思の強さを燃料にして燃え、闇の正体を暴き出すという。それぞれの神々や天使たちが、自分たちの存在の一部を分けるかのように、守護の品々を託していく。
ユグドラシルの巨大な幹の前に立った二人は、その圧倒的なスケールに改めて息を呑んだ。幹の周囲だけで一国を覆い尽くすほどの太さがあり、上を見れば雲の彼方まで続く光の垂直線、見下ろせば数多の次元が混沌として渦巻く奈落。二人は、光の粒子が螺旋を描いて舞い上がる、植物の血管とも、あるいは宇宙の階段ともつかない道へと、最初の一歩を踏み出した。それは、天界という完璧な揺り籠を離れ、宇宙の残酷な真実、あるいは新しい創世へと至る、険しき巡礼の始まりであった。




