第十一章:杯に満たされる真実の重さと純粋な祈り
ネレイドは、何も入っていない、虚空をそのまま切り取ったかのような透明な水晶の杯を、二人の前に置いた。 「この杯を、あなたの『純粋な願い』だけで満たしてください。もしそこに、一欠片でも自己顕示、欺瞞、他者への優越感、あるいは何らかの報いを求める心といった不純物が混じれば、水は猛毒の鉛となり、あなたの存在を内側から消滅させるでしょう。あなたは、何のために、誰のために、この世界を救おうとしているのですか? あなた自身の魂に問いなさい」
アダパーは静かに杯を手に取り、自らの心の奥底、最も暗く、最も深い場所に眠る真意を覗き込んだ。 (私の願いとは何だ? 天帝に認められたいのか? 侍従長という地位を守りたいのか? 英雄として称賛され、自分の虚栄心を満たしたいのか? ……違う。そんなものは、この光の前では塵よりも軽い) 彼は思い出した。庭園で感じた、言葉にならない風の心地よさ。ミカエルと交わした、魂が震えるような対話の喜び。イナンナの騒がしくも温かな、太陽のような笑い声。そして、救えなかった少年との、魂に刻み込んだ約束。 (私はただ、この不完全で、残酷で、しかしこの上なく愛おしい『夢』を、明日も誰かが生きられるように繋いでいきたい。ただ、それだけだ。理由など、後から付いてくるものだ)
杯の中に、一点の濁りもない、ダイヤモンドの光をそのまま液体にしたような、まばゆい輝きを放つ水が満ちた。それは重く、しかし羽のように軽かった。
ミカエルもまた、迷いなく杯を掲げた。彼の瞳には、万物への見返りのない慈愛が宿っていた。「私の光は、私を飾るための装飾ではない。すべての迷える命、闇に怯える小さな魂を照らすための、捧げられた灯火だ。世界が私を忘れても、私が消えても構わない。ただ、光がそこにあればいい。それが私の存在意義だ」 彼の無私の祈りに呼応するように、杯からは太陽の爆発のような、力強い黄金の水が溢れ出し、周囲の闇を瞬時に浄化していった。
「合格です。あなた方の魂の波形――その純粋で迷いのない響きこそが、ユグドラシルが何億年もの間、沈黙の中で渇望していた『清浄な再起動キー』そのものなのです」 ネレイドは、聖母のような慈愛に満ちた表情で微笑み、湖の中央に、七色の光で編まれた、この世ならぬ美しい橋を架けた。




