第九章:時の宝珠と守護者の餞別
クロノスの領域を抜けた瞬間、全感覚が飽和するような、色彩の爆発が二人を襲った。 そこは、もはや「場所」という言葉では形容できない、純粋なエネルギーと情報の原野であった。巨大な根が金の神経回路のように、あるいは流動する銀の河のように入り乱れ、その間を「意味」を帯びた、数式と感情の混ざり合った光のコードが、超高速で走り抜けている。こここそがユグドラシルの心臓部であり、すべての現実、すべての運命、すべての夢を出力する中心演算ユニット、オリジンであった。
だが、その壮麗な光の回路のあちこちに、どす黒い、粘着質なタールのような霧が絡みついていた。 霧が触れた場所から、美しかった情報の幾何学模様は無残に崩れ、色のない砂のような「虚無」へと変わっていく。それは、プログラムが崩壊し、意味を喪失したデータの残骸、世界の死そのものであった。霧からは、何もかもを諦めさせるような冷たい風が吹いていた。
「あれが……世界の終わりを司る闇。いや、『無関心』と『無意味』という名の不治の病だ」
二人が慎重に、光り輝く根を足場にして進むと、その行く手に、物理的な法則を完全に無視して垂直に存在する、あり得ないほど透明な湖が現れた。湖水はH2Oではなく、超高密度の「純粋意識」が液状化したものであり、覗き込めば、自分の前世の最期から、来世の産声、さらには自分が存在しなかった場合の歴史までもが、同時進行で映し出される。 霧の中から、真珠のような肌を持ち、月光を編んだような銀髪を持つ女性――湖の守護者ネレイドが、音もなく現れた。
「立ち止まりなさい、魂の旅人よ。これより先は、ユグドラシルの生体情報を司る、最も神聖で最も危険な禁域。己の『エゴ』という名の重荷を、この清浄な湖底に捨て去った者しか、その門を潜ることは許されません。執着を持つ者は、自らの心の重みでこの湖に沈み、永遠に自分自身という檻の中で反芻し続けることになるでしょう」




