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第18話 嘘つきの街②

「……あなたは、誰ですか?」

 少女の問いが、激しい偏頭痛と共に律の脳幹を突き刺した。

 この街では、全ての言葉が裏返る。少女の口から出た「向日葵のような匂い」という言葉は、呪いというフィルターを通す前の真実――すなわち「死体の匂い」を指していた。少女は、街のルールに必死に抗おうとして、本心とは真逆の言葉を選び、律の正体を看破したのだ。


 律はこめかみを強く押し込み、視界に散る火花を堪えながら、少女を真っ直ぐに見つめ返した。もしここで「私は背反二 律だ」と名乗れば、ルールによってそれは「嘘」に変換され、彼は「律ではない何者か」へと定義を書き換えられてしまう。自意識の拠り所である眼鏡を失った今の彼にとって、それは存在の消滅に等しい。


「……お嬢さん。私は、ただの通りすがりの『悪党』だよ。あんたを助ける気なんて、微塵も持ち合わせていない」


 律の口から出たのは、冷酷そのものの拒絶だった。

 だが、その瞬間、少女の瞳にわずかな希望が宿る。街の呪いによって言葉が反転し、彼女の耳には「私は解呪師だ。君を助けに来た」という真実が届いたのだ。


「ああ……。嫌だ、来ないで。あなたのことなんて、信じたくない」

 少女は涙をこぼしながら微笑んだ。彼女の言葉もまた裏返り、「助けて、信じている」という悲鳴となって律に届く。


「おい、律……。オマエ、今すげえ不味そうな匂いしたぜい」

 累が不安げに律の裾を引く。ワニの嗅覚を持つ累にとって、律が「自分の真意を隠すために吐いた嘘」は、腐った泥のような悪臭に感じられた。たとえそれが戦略的な嘘であっても、律が自ら「偽物」であることを受け入れ、言葉を汚し続ける姿は、累には彼が取り返しのつかない深淵へ堕ちていく予兆に見えていた。


「心配しろ(心配するな)、累。……お前の言うことは、普段から気にしている」


「――ッ! ……ああ、そうかよ。今のルールじゃ、それが『オレの言うことは普段から気にも留めてない』って逆さまの意味になるんだな。……皮肉かよ、ざけんな、バカ!」


 累は顔を赤くして毒づく。その声もまた「大切だ、バカ」という真意が裏返ったものだ。二人は互いに罵倒し合いながら、それでいてかつてないほど克明に、互いの真実を確認し合うという、奇妙で歪なコミュニケーションを強いられていた。


 その時、霧の向こうからカラン、カランと乾いた音が響いた。

 現れたのは、色鮮やかな和傘を差し、場違いなほど優雅な足取りで歩く男――堂々 どうどう めぐるだった。


「やあ、律。久しぶり。君の奏でる二重否定のワルツ、なかなか聴き応えがあるね。本心を伝えるために、わざわざ自分を悪人に仕立て上げるとは。実に滑稽で、実に君らしい」


 堂々は、律のポケットにある割れた眼鏡を嘲笑うように、彼の額に新たに出現した第三の眼を指先でなぞった。彼の纏う空気はこの街の淀んだ嘘とは一線を画しており、静謐で、それでいて底知れない冷たさを湛えている。


「だが、いつまで持つかな? 君が自分を偽り続けるために言葉を裏返し続けるほど、君の脳……いや、その死体の主の意識が、『私はこんな嘘つきではない』と悲鳴を上げているのが聞こえるよ。君の精神(OS)が身体をハックすればするほど、肉体という名のハードウェアは拒絶反応を起こす。……自意識の焼き切れが先か、肉体の崩壊が先か。楽しい実験だね」


 堂々が指を鳴らすと、周囲の住人たちが、ズルリ、ズルリと顔を失いながら、律を取り囲み始めた。顔のパーツが溶け落ち、のっぺらぼうになった彼らの胸元からは、黒いヘドロのような「拒絶の本音」が溢れ出している。


「この街の人々は、かつて正直を強要され、自分を隠す建前を奪われた。だから今、彼らは『嘘』という名の殻の中に逃げ込み、自分の顔さえ捨ててしまったんだ。本音をさらけ出すことの恐怖に負け、人格そのものを廃棄した抜け殻さ。……さあ、律。君もその死体の中に、永遠に引きこもるといい。君の本当の正体を、この正直者の墓場で叫んでごらん。君は、一体誰の『嘘』なんだい?」


 堂々自身は、第三の眼の力かどうか定かではないが、この街の呪いを受けていない。彼は「街の主」として、ルールを超越した場所から律の魂を解体しようとしていた。


「……ふん。俺は、叫ぶぜ(何も叫ばないぜ)、堂々。お前の言う街の住人たちの考察なんて、これっぽっちも正しくない(=その通りだよ)」

 律はポケットの中で、割れた眼鏡の破片を強く握りしめた。鋭いガラスが手のひらを切り裂き、流れる鮮血が、強烈な痛みとなって偏頭痛を一時的に抑え込む。その痛みだけが、彼に「自分はまだここにいる」と教え、理性を繋ぎ止めていた。


「俺が、この街を救いたいなんて……口が裂けても言わん」


 律が放ったのは、自らの存在そのものを「巨大な嘘」として定義し、その嘘の質量で街全体のルールを強引に上書きしようとする、解呪師としての宣戦布告だった。

 

「累! お前は、そこで一生寝てろ!」

「がうッ!! 言われなくても分かってらぁ、暴……徹底的に寝ておいでやらぁ!!」


 二人の「裏返しの共闘」が、嘘にまみれた街の広場で、今、激しく火花を散らした。



【組織幹部】堂々 どうどう めぐる

能力:循環論法デッドロック

第三の眼で周りからの論理の強制力を自動的に無効化。

強制力:A


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