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厨子の祝宴  作者: 武州青嵐(さくら青嵐)


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34話 解放されていく

□□□□


 瞼越しに光を感じて、志摩はゆっくりと目を開いた。


 奏斗に背負われて帰宅した直後に感じたような激しい痛みは、もう感じない。ほっとして、志摩は右手で目を擦り、やっぱり顔をしかめた。次第にはっきりとしてくる視界に、腫れこそひいたものの、まだ赤い自分の拳が見える。


 その向こうに見えるのは、奏斗の寝顔で、ぎょっとした。


 咄嗟に右足を動かし、呻く。

 こちらはまだ、じくじくと疼いた。


 左手で支えて身体を起こす。

 タオルケットをお腹にかけて、奏斗も志摩も並んで眠っていた。


 場所はあの、冷房が効く座敷だ。予約タイマーをせずに眠ったのか、まだエアコンは冷気を吐き出し続けている。


 伸ばした左足を見る。

 元高校球児だという奏斗が巻いてくれたテーピングで固定された足首と膝。

 ハーフパンツからのぞく患部は、まだ紫色になって腫れていた。


(あの痛みで眠れるかなと思ったけど……)


 帰宅直後は、布団の上で丸まったまま動けなかった。とにかく、激痛だった。


 奏斗が氷や保冷剤で冷やしてくれて、近所から貰ってきてくれた鎮痛剤を飲ませてくれたのは覚えている。


 そこからは、朧だ。

 鎮痛剤が効いたのか、そもそも痛みを超えた疲れが身体に蓄積していたのか。

それとも、『大丈夫、大丈夫』と奏斗に頭を撫でられていたからか。


 志摩はいつの間にか眠っていたらしい。


 窓を見る。

 数日前、女の影が覗き込んでいたそこからは、今、朝陽が溢れていた。


 ゆっくりと首を巡らせて室内を見る。

 衝立はあの日のままだが、今は布団を二つ並べて奏斗と眠っていた。


 特に自分も奏斗も衣服の乱れはない。


 あの晩、『どうして』と、女の影は言った。繰り返し、不思議そうだった。


 どうして、この男は女を襲わないのだろう、と。


 女性の意思など関係なく、暴力と脅しでねじ伏せる男ばかりを見てきた彼女たちには、奏斗の行動が理解できなかったのではないだろうか。


 それが、結果的に、自分の親兄弟を思い起こさせたのかもしれない。


 性的関係を強制する異性ではなく、ひたすら庇護し、保護してくれていた異性の家族を。


 ちらり、と彼を見る。

 左を下にして、すうすうと気持ちよさそうに眠っていた。


 さすがに頭を洗って着替えたようだ。血の跡はなく、こめかみには、大判の絆創膏が一枚張られていた。


 閉じた瞼。長いまつげ。すっと伸びた鼻筋。


 記憶の中の奏斗と、今の奏斗は重なる部分もあれば、まるで違う部分もあった。


 志摩はゆっくりとまた上半身を倒し、奏斗と向かい合うようにして横になる。


 ふと。

 触れてみたい、と思った。


 生まれて初めて、もっと近づいて誰かの体温を感じたいと衝動的に感じた。


 例えば、以前、村上に手をつながれたときや、肩を寄せて話をされても、嫌ではなかった。


 その時、彼のことを好意的に受け止めていたし、その距離感を疑問に感じることはなかった。

 だが、「自分から近づいたか」というと、これは、否、だ。触れたい、とか、近づきたいと自ら思ったことはないし、ましてや実行したこともなかった。


 しかし今、目の前で、無防備に眠っている奏斗がとてつもなくいとおしく見える。


(奏斗くんと、もし今後……)


 もし今後、キスをしたり身体を重ねたりするような展開が来たらどうだろう、とその顔を眺めて考えてみる。


 嫌悪感はあった。


 今は、屈託なく眠る彼が、村上のような表情や呼吸音で自分にのしかかってくるのだと思うと、恐怖を伴った気持ち悪さに、肩のあたりに力が入ってしまう。


 結局は、男など皆一緒なのだ、と心の底で、もうひとりの自分が嘲笑していることも知っている。何を語ろうと、きれいごとを見せられようとも、結局は、肉欲なのだ、と。


 だけど、同時に。

 ほんのわずかだが、心臓がわずかに跳ねる気持ちもあった。


 彼の手は温かいのだろうか、とか。唇は柔らかいのだろうか、とか。胸は広いのだろうから、とか。


 本当に彼は、自分が「嫌だ」と言えば、待ってくれるのか、と。


「………」


 ちょっとだけ、触れてみようか、と手を伸ばしたが、気づかれて怪しまれるのではないかと考えると、途端に身体が強張った。


 散々迷った末、志摩は人差し指で、そっと奏斗の掌に触れた。


 緩く丸めた奏斗の掌をつつくと、反射的に握り込まれて驚く。


「ひゃあっ」

「うおっ」


 互いに意味不明な声を発し、上体を浮かせる。その後、「あいたた」と志摩は顔をしかめ、奏斗はなぜ自分が彼女の人差し指を握っているのか、と首を傾げた。


「おはよ。脚、まだ痛いか」


 奏斗はあくびをかみ殺し、上半身を起こした。無造作に志摩のタオルケットをはぐから、びくりと震える。


「あー……。これ、明日まで様子見てまだ腫れあがるようなら、自治会長に頼んでドクヘリ読んでもらうか?」

 眉を寄せて奏斗が唸る。


「……道、もうすぐ通れるようになるんじゃないかな」


 さすがに、これで助けを呼ぶのは気が引ける。痛いのだが、薬でコントロールできている今、待つ方を選びたい。


「今日はゆっくり寝てろ」


 奏斗は手を伸ばし、志摩の頭を撫でた。そういえば、昨日の晩からずっとこうやって彼は志摩に触れている。


 髪だったり、足だったり、頬だったり。

 それでも、嫌ではない。


 頭や髪をすべる奏斗の指使いに、うっとりしていると、防災無線の音声が窓越しに聞こえてきた。


 サイレンではない。町歌だ。


「あ……。なんだろう」


 志摩は目を開き、耳を澄ます。奏斗が立ち上がり、壁際に移動して窓を開けた。


「町民の皆さまにお知らせいたします。長らく土砂のため不通になっていた谷合地区ですが、本日、朝八時より、通行再開の目途が立ちました」

 おもわず志摩と奏斗は顔を見合わせた。


「役場の保健師が順次訪問をいたしますので、体調等に不安のある方は、遠慮なくお申し出ください。繰り返します」

 防災無線は、淡々と道が復帰したことを繰り返す。


「良かった。とりあえず、軽トラに乗って、病院に行くぞ」

 奏斗が笑いかけ、志摩は大きく頷いた。


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