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厨子の祝宴  作者: 武州青嵐(さくら青嵐)


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26/38

25話 あとは、七塚の家だけ

□□□□


「志摩」

 肩を揺すられ、慌てて顔を上げる。


 隣には奏斗がいて、自分の顔を下から覗き込んでいた。


 ぼんやりと周囲を見回す。

 寝室に使っている座敷だ。衝立の向こうからは、空調の低いモーター音が聞こえていた。


「眠いのなら寝ろ」


 言われて、ようやくスマホを持ったままぼんやりとしていたことに気づく。ちゃぶ台の上に置いてくれていたマグカップの紅茶はもう冷え切っていた。


「おっさんなら、なんとか息を吹き返したんだし……」


 奏斗に慰められ、志摩はゆるゆると頷いた。


 黒い女に用水路に引き込まれた誠也は。

 その後、奏斗が呼び集めた近所の人によって助けられた。


 当初、どこにいるのかわからず、コンクリの上蓋をやたらめったら引き上げ、皆、汗だくになって懐中電灯で用水路を覗き込んだ。名前を呼び、手を這わせ、必死に探した結果。


 誠也は無呼吸状態で泥水の中から引き揚げられた。


 用水路からアスファルトに放り出した途端、喉に詰まっていた水が吐き出されたらしい。湿った咳をいくつかした後、なんとか自発呼吸は戻ったものの、意識はまだ回復していない。


 現在、自治会長が消防に連絡をしてドクターヘリを手配している最中だ。


「おばさんにLINEN送ったのか?」

 奏斗に言われ、ああ、そうだったと思いだす。


 のろのろとアプリを起動させ、未読件数を見てげんなりした。二十五件。


 ちゃぶ台の上にスマホを置いて、画面を開く。


 ほとんどが義妹の写真やスタンプだ。どうやら、帰宅の途上らしい。新幹線で仲良く恋人と並ぶ写真が最後に載っていた。


 その合間に、母から、『今日はどう? 道路、開通した?』『ごはん食べてる?』とメッセージが送られている。


『元気だよ。いろいろあって、まだ道は開通してない』『奏斗くんがいるから、心配しないで』


 送った途端、既読がつく。母はやはり心配してくれているのだ、とおもうと目頭が熱くなる。


「なんか食うか? 菓子がまだ残っていたろ」


 立ち上がろうとする奏斗のTシャツの裾を掴むと、嗚咽ともなんとも言えない声が漏れた。


「どうしたらいいんだろう。このまま、私もどうにかなっちゃうのかな」


 厨子の当番家六家のうち、とうとう田淵家まで被害者が出た。

 いずれも当主がなんらかの大けがを負っている。


 あとは、七塚家だけ。


「大丈夫だ」


 Tシャツを掴む志摩の手を、奏斗が握りしめる。大きくて、節くれだった右手。温かく、優しい手。


「もうすぐ道が開通する。そしたら、志摩は街に帰ればいい。大丈夫だ。なんだよ、泣くな」


 奏斗の左手が伸びて、志摩の頬に触れた。

 親指で涙を拭い、苦笑いを浮かべている。


「被害にあったのは、みんな村の人間じゃないか。志摩は違う。志摩は、この村の外の人間だ」


「でも、ずっと総領娘だって言われてて……」

 ひいっく、と語尾をしゃくりあげ、また奏斗に笑われた。


「それを言うなら、ばあちゃんが現在の総領娘だろう? あ。娘じゃねえか」

 わざとおどけて言いながらも、ふと、口を閉じる。


「……七塚は、ばあちゃんが被害にあったんじゃないか?」


 突然の脳梗塞。いまだに意識が戻らず、入院したままの祖母。

 思わず、頷きかけたが、首を横に振る。


「だって、そのときは、祝宴前だもん。おかしくなったのは、祝宴の後」


 となると、やはり自分になにか災いが降りかかるのではないだろうか。

 びくり、と肩を震わせると、奏斗がまた、「大丈夫だ」と声をかけてくれる。


「志摩はこの村の人間じゃない。大丈夫」


 奏斗は志摩の隣に座りなおし、肩をくっつける。

 右手をつないだまま、左手でちゃぶ台の上のマグカップを引き寄せた。


「お前が初めて村に来てさ。ばあちゃんが、『遊んでやって』って連れて来たとき、ああ、この村の子じゃねぇなあ、って、おれは思った。大丈夫だ」


 ぐずぐずと鼻をすすっていたら、もう冷めた紅茶を差し出される。


「着てる服とかくつとか、全然違っててさ」

「それは……。奏斗くんが男の子で、私が女の子だったからでしょう?」


「売ってる店が違うんだよ。もう、なんだこれ、って思った」

 奏斗は愉快そうに笑う。


「肌も真っ白で、髪の毛なんて、つやっつやでさ。なんていうか……。おれたちは野良犬で、お前は血統書付きのチワワみたいだった」


「チワワって」


 思わず吹き出して笑う。奏斗は指を伸ばし、まだ睫毛に残っている涙を拭ってくれた。


「とろ臭いし、小さな声で何言ってるかわかんねぇし、すぐ泣くし……。昇人たちは、あからさまにバカにするしさ。これ、とんでもねぇもん押し付けられた、って」


「……だよね。そう感じてた」

 やっぱりか、と、項垂れると、その頭を、ふわふわと撫でられる。


「だけどなあ。十数年ぶりにお前に会って、おれ、結構へこんだんだよなあ」

「ん?」


 目だけあげると、複雑そうな奏斗の顔があった。


「高校ぐらいから、いろんな女と付き合ったし、大学は都市部の方に出て……。それこそ、結婚考えた女もいたけどさ。なんとなく、気づいたんだよなぁ、おれの好み」


「胸の大きな子なんでしょ」

「胸も大事なんだけど。なんかこう……」


 むう、と口をへの字に曲げて奏斗は言った。


「今から考えたら、おれが付き合った女、みんな血統書付きチワワだわ」

「……なにそれ」


「なんか、お前っぽいんだよな」 


 しばらく無言で奏斗は志摩を見つめた。


「おれの初恋、お前だったんだろうか」


 まじめに問われて、ぽかんと彼を見る。

 ふたりでしばらく見つめあい、それから同時に吹き出した。


「そんなの私に聞かないでよ」

「おれ、もっとこう、ぼんっ、きゅっ、ぼんっ、の女が好みだと思ってたのに、実際はこんなのなんだもんなぁ」


「こんなのって、失礼な」

「ま。だからさ」


 頭を撫でていた左手が志摩の頬に移動し、柔らかく包み込んだ。


「どうやらおれは、お前に惚れてるらしい。惚れた女を守るのは男の役目だしな。安心しろ」


「いや、安心しろって言われても……。私、別に奏斗くんと付き合うとか……。そもそも、誰とも付き合えないと思うし」


「そういえば言ってたな。気持ち悪い、って」

「気持ち悪いし、嫌。生理的に無理。だから」


「まあ、でも。こうやって、手をつないでる分には、嫌じゃねぇんだろ?」

 つないだ手を、ぐい、と上に持ち上げられる。


「……まあ。うん。どちらかというと、安心できる」

「だったら、脈ありな気がする」


「なんの」

「別に今、がつがつしてねぇし。お前がその気になったときでいいや。おれは待てる、うん」


「その気って……」


 多分、そんな気は、一生来ない気がする。困惑しているのに、奏斗は一方的にすっきりして、にこにこしていた。


「やりたくなったら、いつでも言ってくれ。喜んで相手するから」

「言い方ぁ……」


 いや、そもそも、いつから奏斗と付き合うことになったのだ。自分は明確に返事をしたわけではなく、どちらかというと、やんわりと断ったつもりなのに。


 なんだか混乱してきたが、おかげでさっきまで深刻に怖がっていたのがウソのようだ。


 ちらりと奏斗を見る。目が合うと、問うように小首を傾げてくるから、笑いがこみ上げてきた。


「なんか。ちょっと気分が上がった」

「そりゃよかった。ほれ、飲め」


 ようやくつないでいた手を離してくれたので、志摩はカップを両手で持って口に含んだ。


 冷たくはなっているが、香りも味もしっかりとしている。おまけに、どうやらブランデーが入っているらしい。喉を通った時、じわりと熱を残した。



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