ominous〜不吉
玲渡 廻が森に迷い込んだ日から、3日後。
「どうぞこちらです。」
窓を黒く覆ったワゴン車のドアを黒服が開けると、14、5歳ぐらいの少女が降りてくる。
黒服がドアを開けているところや、黒髪で、長い髪を一つにまとめて、結っていて、その美しい姿はまるでお嬢様、といった印象を与えるが、違う。彼女は仕事をしにきたのだ。
「ここ?例の霧の森?」
「ハイ、車が入れるのはここまでです。ここから先はこの道を通ってもらい、1時間ほど移動していただくと頂上に着きます」
少女は車から降りると、すぐに辺りを見まわし、移動中に聞いた任務の内容を確認する。そして、ほかの仲間とともに、整備されていない山道に足を踏み入れる。
市街地と隣接、というより四方を住宅街や、商業施設で囲まれ、孤島のように存在している。それがこの森だ。しかしその大きさは街一つ分ぐらいあり、昔農村地帯だったのだから、全部と言わなくても、多少開拓されて小さくなっていてもおかしくはない。
そうならず、山頂まで続く道も整備されていないのには理由がある。それは”霧”だ。この森にかかっている霧は濃く、電波も届かず、方位磁針も役に立たない。
だが今日は違う。
いつもは霧が濃く、誰もが迷うことで有名なこの森。しかし、例の噂以降、痛快なほどに霧は晴れている。まるで仕事を、いや、使命を終えたかのように。
この森の霧の濃さを揶揄する、有名な言い伝えがある。それは[人は当たり前、野生動物すらも迷う]らしい。同じ所を何度も通る野良犬や鹿なんかが目撃されている。
しかし、この言い伝えには続きがある。「唯一迷わないのはカラスだけ」。なんでもカラスは”高い知能”と”野生のカン”両方を備えているからなんだと。
人には物事を面白くし、言い伝える習性がある。それはただの暇つぶしか、あるいはいつか未来で役に立つのを予言してのことなのか。この言い伝えは、今こうして私たちの役に立っている。
その自然に住む動物にとって、そこは彼らの庭であり、迷うことはない。という固定概念を逆手に取った言い伝えだ。
ふつうあり得ない、自然の摂理に反した事象。つまりそれ以上の大きな力が関係しているということ。そして唯一この場限りの摂理に反した”カラス”、私たちが探しているのも”鴉”。
霧が晴れ、行方不明を気にせずに堂々と探索できるようになった今、あの事件の後始末などそっちのけで、しかもSランクである私、一条 翠綺を駆り出してまで決行する以外の手はない。
そうこう歩いている内に、目的地に到達する。ご神木のような重圧感を放つ大木。それを中心にすこし開けた空間。山頂だ。
実は3日前、近隣住民が「1000羽近いカラスが一斉に飛びだっていて怖かった。何か悪いことの前触れではないか」と少し話題になった。
そしてその日以来、霧はなくなったし、ここに来るまで一度もカラスを見ることはなかった。
ある程度周辺を探索していたその時、「一条さん!」と同行した一人が声を上げた。
「どうしたの?」と駆け寄ると、そこ一面には赤黒い血が、地面を染めていた。
「しかもこの血」
膝をつき、ゴム手袋をした手で触り、何かを感じ取った顔をする。
「“魔力”を帯びています。この血は、魔物の血と見て間違いありません」
「良し。ちょっと待ってて、今温度と、血の中の酸素量を測る。そうしたら大体の死亡した日がわかるはず」
「お願いします」
私は血液に手を近づける。
(温度は低く、出血してからだいぶ経っているが、完全に乾燥しきってはていない。空気中の酸素と結合している量を加味すると…死亡したのは…)
「2、3日前だ。コイツが死んだの」
「そうなると…カラスが一斉に飛び立ったと目撃情報があった日と概ね一致しますね」
だんだんとパズルにピースがハマっていく気がする。
「ただの怪我では、ここまで広範囲に出血はしないでしょう。どこかデカい血管を掻っ切られたのでしょう」
「コイツが死んだ時はまだ霧が立ち込めていた。そんな中コイツがエンカウントする可能性が1番高い生物は、“カラス”だ」
私は地面に落ちている物を拾い上げた。
黒くて見つけづらかったが、逆に黒を探すと、その色だけに焦点を合わせればすぐ見つかった。
私が拾ったもの、それは「カラスの羽根」だ。
「これにも少量ながらに魔力が含まれている」
「決まり…ですね」
「あぁ、ここで“鴉”の威能を手にしたんだ」
1つのパズルを完成させた気分だ。全てが繋がった。
しかし、このパズルはとても難しい。今私たちが取り組んでいるこのパズルは、とても巨大なパズルで、1つのピースをはめるのに、それすらもパズルで、一から組み立てなければいけないからだ。
「一つのパズルを完成させて、やっと一つピースが出来上がる」それほどまでに強大な謎。
しかし、改めて鴉の羽根を見て思ったことがある。
「この“鴉”、威能で出したというよりも、ただ魔力をカラスの形に固めて出した。という方が正しいのかな?まだ4、5歳程度の子供が出したんだろう。魔力操作が荒い」
(まだまだ未熟だし、すぐさま脅威になる危険性はないし、緊急性もないと見て間違いないだろう)
私はみんなの方を向き、「よしっ!撤収!」と声をかけ、帰ろうとする。
それを慌てて止めにくる他の仲間たち。
「ちょっと、まだ能力者が明確に判明してないじゃないですか!」
「そうですよ!それに何歳だろうが関係ない!危険なことには違いありません」
「いいの。それに面倒くさくなったし」
「そんなテキトーなー」と声が聞こえるがキコエナイキコエナイ。
それにこのチカラを受け継いでしまったという事は、残酷な運命を背負っているということなのだから、もう少しぐらい、普通の生活の幸せを噛み締めて生きて欲しい、それくらいは許されるだろう。
帰る準備を始めると、そこには、小さな足跡があり、私たちが来た道とは違う方向へと続いている。
「ねぇ、足跡の方から帰ってみようよ」
その足跡に沿って森を歩くと、なんと行きよりも30分もはやく森を抜けてしまった。
今はまだ、この小さな足跡の持ち主特定するべきではない。ただ少し、そう思っただけだ。
*
コンコン、と何かが窓ガラスをつつく音で目を覚ました。カラスか。
窓枠から臨む、いつもどおりの街並み。
今日はとうとう高校の入学式。もしかしたら彼女とかできちゃったりしてなグゥへッへッ
しかし、一つ問題がある。配られたプリントには[入学式9:00開始]と書かれている。
そして偶然にも、卒業式の日以降、一回も鳴らしていない目覚まし時計に表示されている時間も [9:00]だ。
そう、これはさすがの僕でもググらなくても分かる。遅刻だ。高校初日から。
「ヤベーーー!!!」
起こしに来る親もいない。気づいたら一人で暮らしている。ゆえに「なんで起こしてくれなかったの?!」「何度も起こしたでしょ」の会話は発生しない。
(バスで何分だろうな)
そんなことを考えながら支度をし、僕は電車通学であることを思い出す。
この春休みは友達の家で麻雀打って、あとはTVゲームと漫画を延々と繰り返していた。牌とコントローラー以外のものが手の中にあったのは…ああそうだ、昨日はペンとワークとその答えが体の一部になるほど触っていた。
中学の制服と、胸の刺繍しか違わない制服を羽織って、カロリーメ〇トと昨日死ぬ気で終わらせた宿題をカバンに放り込み、栄養ゼリーを咥えてドアを開ける。
(まあ、行こう。式本番、全校生徒の前で糞漏らすより恥ずかしいことはない)と、半ば強引に自分を納得させて、全力ダッシュする。
これで咥えているのがトーストだったら遅刻遅刻~ができるのだが、この時間帯で学校に向かっている人間などまずいない。
そしてついに、9:15に家を出発し、16分間本気で走った結果————
[〇〇(高校がある方向)方面行 9:30発]
1分遅かったせいで、[乗りたかった電車が出発するのを見送る]というかなり屈辱的な景色をおがむことができた。
「ふぅ~…はぁー…あぁぁ…」
ホームのベンチに腰掛け、冷静になると、やはり自分の状況は相当まずいのでは?と気が付く。
教師からは遅刻魔のレッテルを貼られ、他の生徒からはからかわれ役になる未来しか見えない。彼女なんてもってのほか。すれ違うだけで「あ、遅刻のww」なんて笑われるんだろう。
(いや、本当は最初から気づいていたが…その、なんだ、理解をしたくなかった。逃げたかったんだ、と犯人は供述しており…)と自分で自分を報道して暇をつぶしていた。
ここみたいな中途半端な田舎は、通勤の時間帯は2、30分に一本電車が来るが、それを過ぎると、1時間に一本しか電車は来ない。
(はぁ、っまいっか。どうせ高校もそんな面白くなさそうだし)
その時、空から「カァ!」と鳴き声がして、1、2、3、と続々とカラスが降りてくる。
「ああ、ごめんごめん、エサやってなかったな」
あの日、カラスが僕を霧の森まで誘導して、あの化け物と遭遇したあの不思議な出来事以来、カラスは僕の友達になった。
おかげで今日も9時に起きることができた。カラスが起こしに来なければ、まだ寝ていたかもしれない。
リュックに放り込んだカロリーメ◯トを取り出し、小さくしてから周りに投げる。そうすると各々が黒い嘴で拾い上げて食べてくれる。
パンとか米粒の残りとかをあげると、喜んで食べてくれる。首のあたりを軽く擦ってやると、それはそれは気持ちよさそうにする。
逆にカラスは、僕が家の鍵とかハンカチとか、大事な物を落とすと必ず持ってきてくれる。点数が悪くて、捨てたテストを持ってきた時は流石に困ったが、まあよくよく見ると案外可愛い生き物なのだ。
食べ終わったゴミをゴミ箱に投げると、狙いが外れてしまい、地面に落ちてしまった。
これじゃあポイ捨てになっちゃう、と腰をあげようとすると、カラスが近くまで飛んで、つまみ上げて、ゴミ箱に入れてくれた。
(本当、頭いいなコイツら)
僕に分けて欲しいくらいだ。
「さっ、散れ散れ、他の人はお前たちのこと嫌がるかもしれないからな」
そう言いながら手で追い払うそぶりをすると、おとなしくこの場を去って行った。
その後はスマホをいじったりして、時間を潰し、やっと電車に乗ることができた。
*
車窓から覗く景色は雲一つなく、とても清々しいほど晴れている。が、今それを素直に素晴らしく思えるほど心に余裕はない。
これから何百回も見るであろう街並みも、その第一回は非常にホロ苦い思い出となるだろう。
高校の最寄駅で下車して、高校に向けて歩く。幸いなことに、駅から高校までは徒歩で10分もかからない。いや、もうこの際10分だろうが20分掛かろうが、大遅刻は確定している。
どのくらい怒られるのだろう?いや、呆れられるのか?
そんなことを考えているうちに高校に着いた、着いてしまった。
だがそこで初めて、僕は違和感を覚えた"人の気配を感じない“。
入学式だから午前終わりで、生徒は帰ったとしても、教師はまだ学校にいるはずだ。車もあるし。 でも窓からは何も見えない。
「カッカッ」とカラスが鳴く。この声は[不吉なことが起きる]時の鳴き声だ。
そしてまた何か、僕を面白いことに誘ってくれる。そんな予感がする。




