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止まれたのは、君たちがいたから

「破壊した壁、天井、床、訓練装置……合計七十二万だとぉ!?」

「払えるか! ボケがァ!!」


朝の職員室に響き渡った怒声に、隣の教師たちが一斉に肩をすくめた。


机をバンッと叩きつけ、ガク・ザラードは額に青筋を浮かべて書類を睨みつけている。

いつものだるそうな雰囲気はどこにもなく、顔は真っ赤、声は裏返り気味、目は血走っていた。


その手元には、一枚の書類。


──始末書と、請求書。


提出者:ガク・ザラード

宛先:アストレリウム学園・経理部

内容:施設損壊に関する費用請求


破壊箇所は十一カ所。訓練装置一基、補助解析装置一台、床材と壁材の交換……合計金額、七十二万リル。


「ちくしょう……俺の給料から天引きなんてされたら、来月からパンの耳生活だぞ……!」


机に突っ伏して絶望する。その耳には、つい昨夜の声が、重くよみがえっていた。



数時間前――


重厚なドアの先、学園長室。その奥に座るのは、白髪をオールバックにした老紳士。エルデ学園長。静かだが、底知れない威圧感が部屋を満たしている。


「彼の魔法は……もはや力というより災害だ」


学園長は窓の外を見つめたまま、静かに言葉を継いだ。


「だが、あれを正しく制御できるようになれば――戦力になる」


その一言で、ガクの表情が固まる。


「ガク。選抜戦までに、バク・ノヴァリスを制御可能な兵器に仕上げろ」


「成功すれば、破壊の請求はすべてなかったことにしよう」


……脅しだった。だが、それは教師としての賭けでもあった。


低く、乾いた声で返す。


「……脅迫かよ」


学園長の返答は、即座だった。


「指導、だ」




「……ったく、やるしかねえってか。とことん乗っかってやろうじゃねえか。地獄の特訓開始だクソガキ……!」


そのつぶやきと共に、立ち上がり、ドアを蹴り開ける。


目指すは、あのバカがいる教室だ。



放課後の教室。夕陽が斜めに差し込み、机の上に長く影を落としている。


教室の隅では、アキが机に突っ伏したまま爆睡中。窓際でぼんやりと外を眺めていた。


──その瞬間、教室のドアが勢いよく開かれた。


「てめぇ今日もまた請求書届いたんだよ!!魔法使うたびに備品ぶっ壊しやがって!!マナドーム来やがれこの野郎!!」


怒鳴り声と共に現れたのは、もちろんガクだった。


「は、えっ、ちょ、先生!?」


反応する暇もなく、腕を掴んでそのまま引きずるように教室を出ていく。


「え?え?ちょっと!?なになに!?」


帰り支度をしていたエマとユナの前で、振り返る。


「お前らも来い」


「え、私たちも?なんで?」


エマが不満げに眉をひそめる。


「感覚派の意見は必要だ。バカの魔力は感覚で測るしかねえ」


ユナが控えめに手を上げる。


「私は……回復、ですか?」


「ああ。ぶっ壊れた時に修理が間に合わねえ」


「修理……俺、物扱いっすか……?」


引きずられながらぼやく。


そのとき、教室の隅で寝ていたアキがむくっと起き上がり、寝ぼけ眼のまま笑顔を見せた。


「俺も行きます!ヒマなんで!」


「勝手にしやがれ。ついでにしごいてやる、問題児が」


廊下を一行が歩いていく。まるで騒がしい遠足のようだ。

その途中、前方から歩いてきたケイ・ノヴァードがふと足を止めた。


「みんなでどこ行くの?楽しそうだね」


「ガク先生の秘密のトレーニングだ!」


アキがテンション高く応える。


「へぇ、面白そうだね。俺もついていこうかな」


「ちょうどいい、お前は実演用の見本だ。身体強化の参考にさせてもらう」


「じゃあ張り切らないとですね」


自然に列に加わり、騒がしい一行はそのまま歩き出す。


その様子を、少し離れた廊下の角から見ていた少女がいた。

氷のように澄んだ眼差しで、リナが静かに彼らを見つめていた。


(また騒がしくして……)


呆れたように息を吐く彼女に、ケイが気づく。


「先生、リナも呼んでみたらどうですか?」


「……あいつが素直に来るかねえ」


「きっと来ますよ。バク君に興味あるみたいだし」


「まぁでも、魔力制御に関しちゃ俺以上だ。付き合ってもらうか」


「めっちゃ素直に負け認めたー!」


アキが笑う。


「教師としてどうなんすか、それ……」


苦笑気味に言う。


「うるせぇ。実戦なら天と地がひっくり返っても負けねぇよ……今はまだな」


ケイが一歩前に出て、リナへと歩み寄る。


「リナ、ちょっとだけ付き合ってくれない?訓練の手伝いをしてほしいんだ」


「……暇じゃないの。付き合ってる時間はないわ」


その返答を聞いて、今度は周囲のメンバーが次々と口を挟む。


「ねぇ、リナちゃんの魔法、近くで見てみたいな〜。勉強にもなるし!」


エマが目を輝かせる。


「わ、私も……一緒の方が安心できるから……」


ユナも続く。


「ごめん。俺の魔法、まだ全然下手で……教えてくれないかな」


真正面から頭を下げる。


「よし!これでSランクも巻き込んだ最強メンバーだな!」


アキが盛り上げた。

ケイが静かに笑う。


「騒がしいのも、たまには悪くないよ?」


みんなに囲まれたリナは、少しだけ困ったように俯く。


(……また、こんな風に囲まれて。けど……)


そのとき、ガクが背後から大声を飛ばした。


「ごちゃごちゃ言ってねぇで来い、氷姫!!」


条件反射のように、リナの口が動く。


「……は、はい!」


一瞬の静寂。


「素直か!!」


アキのツッコミが響いた。

わずかに顔をそらしながら、静かに列に加わった。


訓練空間マナドームに到着した一行を、巨大な球状空間が迎えた。


「よし、まずは現状確認だ。バク、いつものやつを撃ってみろ」


ガクの指示に、頷いた。


(いつものやつって……黒炎か)


≪準備はいいか≫


(ああ)


右手に意識を集中し、魔力を練り上げる。ネロの補助を得て、黒炎の術式を展開した。


「いけ――黒炎!」


放たれた漆黒の炎は、制御自体には成功していた。だが、術式そのものの負荷が異常だった。爆発的な威力で地面をえぐり、空間を焼き尽くす。


次の瞬間、膝をついた。口元から血を滴らせ、吐血する。目の焦点が定まらず、内臓を焼かれるような激痛に顔を歪めた。


呼吸が荒い。喉が焼ける。

口元から、赤い液体がぽたりと垂れた。


「……っ、くそ……また……」


焦点の合わない目で、床を見つめる。


胃が、肝臓が、心臓が、焼け付くように痛い。身体の奥にある臓器という臓器が、魔力の余波で軋みを上げている。


成功した。確かに制御はできた。暴走もしていない。だが──これは、撃てる魔法ではない。


「バクくん!!」


ユナが駆け寄り、小さな光の蝶を呼び出す。翅が触れた瞬間、苦痛が少し和らいだ。


「回復、間に合って……よかった……」


声が震えていた。


「……あれ……人に向けて撃ったら、本当に死ぬよ……」


そう呟いたのは、エマだった。いつもの快活な口調ではなく、ただの静かな事実。


ケイとリナも、何も言わなかった。表情だけが、すべてを物語っていた。


その時、ネロは静かに思考を巡らせていた。

声は発されず、ただ無音の中で、演算のように冷徹に──だが、わずかに困惑をにじませながら。


≪異常だ。術式は制御された……されているのに、この出力は……≫


≪内臓にまで響く魔力の衝撃。反動の処理が追いつかない≫


≪これほどの魔力量は、ラグナスの全盛期に匹敵……いや、超えている≫


≪……ラグナスの魔力ですら、私の制御は可能だった。だが……この”器”は、それを超えている≫


沈黙のあと、ガクが口を開いた。その声は、冷静すぎるほどに静かだった。


「──これじゃ、選抜戦には出せねえ。殺す気でやる魔法なんざ、使わせられるか」


「出した瞬間、試合終了。死人が出る」


一同に、凍りつくような空気が落ちた。


何も言えなかった。


ネロは誰にも──バクにすら聞かせないまま、思考の中だけで声を紡いでいた。


≪当然だ。かつての魔法は戦争の道具だった。滅ぼすための力。バクの魔力は、まさにその系譜≫


≪私にも責任があるな。この術式を、この時代に適合させねばならない≫


≪この世界の魔法体系を学習し、可能な限り簡略化・制御化を施す≫


≪……この時代の魔法に価値があるとは思っていなかった。だが──バク、お前と共にあるのなら、学ぶ価値は、あるのかもしれない≫


ガクが締めた。


「今は──まず身体強化に絞る。あの魔法の威力を活かす前に、お前の身体が先に死ぬ」


「内臓の強化まで視野に入れる。ケイやリナでもやってねえ高度な技術だ。だが、やるしかねえ。……やるか?」


ボロボロの体を引きずりながら、力なく笑う。


「分かって聞いてるでしょ、先生。やるしかないなら──やる。できるまで、ずっと」


熱意と覚悟が静かに宿った一言だった。


周囲の空気が変わる。

ケイは腕を組み、目を細めた。エマとユナは顔を見合わせ、静かに頷く。

アキは──いつになく真剣な表情で、バクを見ていた。


空気が張り詰めた。誰も口を開かないまま、バクは一歩、前に出た。


脚に力を込める。全身の筋が、黒炎の奔流を受け止めた。


こうして──地獄の訓練は始まった。


何度も、何度も、壁に叩きつけられた。


黒炎を纏って脚力を強化し、地面を蹴る。しかし止まれない。減速に失敗し、そのまま訓練空間の端まで吹っ飛ぶ。


──ドン、と重い音。


壁が震え、体が崩れ落ちる。口から血が滲む。だが、そのたびに立ち上がった。


足元はふらつき、吐く息は濁っている。それでも──立つ。


「もっとこう、ピタッと止まるイメージだよ! 空気をキュッて切って、足にグッと重み残す感じ!」


アキが感覚的にアドバイスする。


「バクの黒炎って、重いじゃん!だから体の芯、背骨の奥までドンって残る感じで止めてみたら?」


エマが身体感覚で補助した。


炎が暴れ、関節が鳴る。

魔力が四肢に暴力のように流れ込んだ。

止まれない。壁が揺れる。血が飛ぶ。


「魔力を一気に抜くのではなく、流れを抜かずに止める。魔力の反動は逆流ではなく収束として意識すると、衝撃は減るんじゃないかな」


ケイが理論で補完する。


呼吸が浅く、耳鳴りがひどい。

それでも、立つ。


脚が、震えている。

視界の端が、白く霞んでいく。


(──それでも)

「まだ……やれる」


少し離れたところで、その姿を見つめる少女がいた。


(なんで……そこまで……)


リナの瞳に映るのは、地獄を這い上がる少年の背だった。


黒炎を纏い、再び走る。


「……今度こそ──」


地を蹴った瞬間、空気が一変する。

焦げたような残光が残り、黒炎が空間を裂く。


壁が迫る。

加速の熱が、全身を貫く。


その中で──バクの身体が、沈んだ。


脚に、全魔力を集める。

暴れる衝動を押さえ込み、黒炎の流れを“止める”ために、ほんの一瞬だけ逆らう。


──その足が、地を掴んだ。


地面を削りながら、力を殺し、熱と速度が流れを失っていく。


滑るように、黒炎が消え──

バクの身体は、壁の目前で静止した。


静かだった。

音も叫びもなかった。

その静けさが、すべてを物語っていた。


一呼吸、遅れて──アキが叫んだ。


「止まったぁあああ!!」


空気が弾ける。

エマとユナが拍手し、ケイが頷き、リナは小さく目を見開く。


その視線の中心で、バクは息を整え、顔を上げた。


「……もう一回、いけるかも」


誰に言うでもなく、確かめるように呟いて──

バクは、再び跳んだ。


止まった足を軸に、逆方向へ反転。

爆発的な反動を、今度は推進力へと変える。


鋭く、しなやかに。

黒炎が軌道を描く。


「……っしゃあ!」


初めて見せた、満足そうな笑み。

ほんのわずかでも掴んだという感覚が、胸を熱くした。


「おいおい……ようやく、動きとして使えるもんになってきたな」


ガクが腕を組んで呟く。


「普通なら1週間で覚えることを、数ヶ月かかったのか……」


ケイが言う。


「でも……それだけ特別だということ」


リナが小さく付け加える。


ユナが静かに近寄り、光の蝶を呼び出して体を回復させながら、微笑む。


「ほんとに、がんばったね……バクくん」


距離が近く、可愛く微笑む姿に、どきっとした。


「今日はここまでだ」


ガクが静かにそう言った瞬間、マナドームの空気がふっと緩んだ。蒸し返すような熱気と、焦げた魔力の余韻の中で、仲間たちの拍手が響く。


「明日は……俺が相手してやる」

「実戦の怖さ、叩き込んでやるからなクソガキ」


「……手加減、してくれよ先生」


「するかバカ」


肩で息をしながら答えると、ガクはいつものようにぶっきらぼうに返す。だがその言葉の裏にある、信頼を誰もが感じていた。


「先生こそ壁壊さないようにしてくださいね〜」


アキが軽口を叩き、場の空気が一層明るくなる。ユナとエマが近づき、それぞれ光の蝶と回復魔法で癒しを施しながら、片付けを始めていた。


──その時だった。


リナがふと足を止め、視線を向ける。振り返る彼に、短く言葉を落とす。


「……少しは、止まれるようになったのね」


「本当に少しだけな……」


汗で濡れた前髪をかき上げながら、苦笑いを返す。


「でも──まだ無駄が多い。本番では勝てないわ」


「……わかってる。でも、“止まれた”。次は、もう一歩進む」


その言葉に、リナの口元がふっと緩む。


「……なら、また見に来る」


静かに背を向けようとするリナに、アキがすかさず声を上げた。


「お、ツンデレ?」


「……うるさい!!」


振り返りざまに鋭い一言を返すが、その頬にはわずかに紅が差している。


「Sランクのリナと訓練できるなんて、すっごい貴重だよ!? バクの相手だけじゃもったいない!私にも教えて!」


「私も……ぜひお願いします!」


エマとユナが一斉に詰め寄る。


「ちょ、ちょっと……! わかったから、近いっ!」


戸惑いながらも強く拒絶できないリナ。そんな様子を見て、ケイが静かに笑った。


──その少し後方。


ガクが、にぎやかにじゃれ合う若者たちの姿を見つめていた。その表情はどこか懐かしげで、少しだけ寂しそうでもある。


「……若いってのは、羨ましいねぇ」


誰にともなくそう呟き、マナドームの出口へと歩き出す。


生徒たちの楽しげな声が、背中に届いていた。それを聞きながら、背はどこか誇らしげだった。


──そして。


焦げ跡の残る訓練場の中央で、空を見上げる。


(“止まる”ことができた)


(なら次は──)


(“進む”番だ──)


仲間たちと歩く帰り道。今日という日が、確実に自分を前に進めてくれた。


一歩ずつ、共に。

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