6.変わった魔法使い
◇
「いらっしゃ〜い。「時間売買魔法店」へようこそぉ〜」
聞き間違いだろうか?
魔法《﹅﹅》店?……売買店じゃなくて?
薄暗い店内にいた店主らしき人物。
片目だけで見にくいが、その男の顔はまるで女性のように綺麗だった。
何故か深くフードをかぶってるし、店のカウンターでだらりと体制を崩しながら接客しているし、どこか怪しげで胡散臭かったけれど。
それに店の雰囲気も異様だ。
見える範囲で、目の前にある物の色や形を観察してみる。
蝋燭や、赤いランプ、タロットカードがずらっと並べられ、古い本が置いてある。
天井からはドリームキャッチャーや音の鳴る吊り飾りがたくさんぶら下がっていた。
片目で見えるだけでも、聞いた話とは随分とかけ離れていた。
「魔法店?」
「そぉ、魔法店。俺、魔法使いなんで」
「ま、間違えたみたいです……」
いくら何でも自分は魔法使いだ、なんて名乗る人を見た事がない。怪しすぎる。
————だってあれは御伽話でしょう?
「あれ?……あんた、右目があんまり見えてないみたいだね。」
驚くことにその男はカウンターからずいっと身を乗り出して、不躾に私の顔を覗き込んできた。
片目で、フードから見えたのは淡いベビーピンク色の髪と、ハニーブロンド色の瞳だった。
唇の隣にはセクシーな黒子。健康そうに程よく小麦色に焼けた肌。
容姿はこの国ではかなり珍しかった。
「分かるんですか?」
「う〜ん、どれどれ……あー……あんた、病気なんだね。それもかなり深刻。」
すごい。分かるんだ。本当に魔法使い…?
ちょっと信じ難いけれど……
「もう先は長くなさそうなのに、一体何を叶えて欲しくて来たんだ?」
自称魔法使いはわりと配慮に欠けた言い方をする。
だけど根は悪い人ではない気がした。
「あの。それがどうやら私、場所を間違えたみたいなんです。
どうしよう……私はてっきりここが時間売買店だとばかり……」
実は今日一日、ただでさえ目が悪いのに散々町を歩いたせいで、疲労がピークに達していた。
もちろんこの辺りに知り合いもいなければ、泊まる宿もない。そんなお金もないし…
これからまた馬車で家まで引き返す事を考えると、これ以上他の時間売買店を探すのは…
「間違い?あんた……誰かの「時間」を買いに来たんだろ?」
私を不思議そうに眺めながら、自称魔法使いはとてもハスキーな声で言う。
「え…?このお店でも、誰かの時間を売ってくれるのですか?」
「もちろんだ!
むしろこの店なら他店よりも断然、超優秀な人材を紹介できるぞ?
だからもう一度聞く。あんた一体、どんな人間の時間を買いに来たんだ?」
こんな風に誰かに興味を持たれるなんて、いつ以来だろうか。
「あ……私……。私は…………………」
堂々と質問責めをしてくる自称魔法使いに、私は思わず自分の境遇を打ち明けていた。
自称魔法使いの彼は名前を、ガスパルといった。
「そうか、そんな事情があったのか。
——くそ、子爵家の連中め! アンジェラを追い出しやがって!」
話を聞いて、ガスパルは苛立ちを露わにし、子爵家への怒りを吐き捨てた。
こんな短時間で、ここまで親身になってくれるなんて。
根は善良な人——いや、きっと魔法使いに違いない。
「大丈夫だ、アンジェラ。全てこのガスパルに任せておけって。
俺が見つける契約者は、どれもハズレがないからな!」
「あ………ありがとう。」
結局、ガスパルの話術にすっかり引き込まれた私は、この店で契約をすることにした。
よく考えてみれば、ガスパルは意外と商売上手だった。
そうして店を出る頃には、まるで長年友人だったみたいにガスパルと打ち解けていた。
こうなってみると、彼は魔法使いというより少し変わっている兄みたいな感じだった。
希望する人材と予定期間、それに支払いできる限度額までしっかり書かされた。
「それじゃあ、アンジェラ。
あんたの契約者が決まったらすぐに連絡するからな〜。たぶん二、三日のうちには!
だから、しっかり連絡用の通信具を身につけとくよーにな!」
「ありがとうございます。
ガスパル…さん?」
「ははっ。だから気軽にガスパルと呼んでいいって。ほら、敬語も使わない!」
爽快に笑いながら、ガスパルは私の背中を軽く数回ほど叩いた。
「あ!それとアンジェラ。
今日は疲れてるだろうから、特別に魔法をかけてやるよ。」
「魔法を……?」
「ああ。」
ガスパルは得意げにそう言うと、私に向かって何か呪文の様なものを唱え始めた。
視覚的に、自分の体が何か眩いものに包まれている感じがした。
しばらくすると、それまで感じていた肉体的な疲労が消え、ふわっと体が軽くなった気がした。
「よし!これでアンジェラの肉体疲労は回復したはずだ。
残念ながら病気を治してやることはできないけど……
どうだ?体が軽いだろう?」
「本当に軽くなったわ。今のが魔法なの?
すごいわ。初めて見た。」
「まあな〜。本当なら無料で魔法は使わないんだけど、アンジェラにだけ特別に、な!」
得意げにガスパルは笑う。
本当に変わった人……じゃなくて変わった魔法使い。
だけど私の話に真剣に耳を傾けてくれて、絶対に最高の契約者を見つけてくれると約束してくれた。
「ありがとう、ガスパル。」
「ああ。またな。」
パタンと、箒に乗った魔法使いの絵が描かれた扉が閉まった。
思えば、この看板をよく見ず、勢いで店に飛び込んでしまったようだ。
今起きた出来事が全て夢のようだったが、確かに体は軽くなっている。
まさか魔法使いが、本当にこの世に存在していたなんて。
それに。
魔法使いだとか関係なく、誰かに親身になって話を聞いて貰えることが、誰かに優しくされたことが、単純に嬉しかった。
病気になってからずっと必死だったから。
じわっと滲んだ左目の涙を抑えて、私は再び馬車に乗り込んだ。
ガスパルのかけてくれた魔法のお陰で体が軽いまま、家まで無事に帰ることができた。
だけどやはり、不安もつき纏う。
果たしてこんな重い役目を引き受ける契約者が、本当に現れるのだろうか?




