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5.看取ってくれる人を求めて


 タイムイズマネーという言葉がある。


 この国には不思議な商売があって、人が人に時間を売るという仕事がある。


 例えば子供がいる、あまり裕福ではない男爵夫人がいるとする。

 彼女は買い物に行きたいけれど、シッターを雇う金がなく、その僅かな時間に小さい子供の面倒を見てくれる人がいない。

 そこで夫人は良い人材がいないか、売買店に依頼をする。


 派遣されたのは準貴族の、子沢山の男だ。

 彼は自分の仕事の合間にも、子供達の為にお金を稼ぎたいと思っている。

 そこでこの商売に登録した。

 男爵夫人に紹介された男は、僅かな時間、夫人の子の子守をする。

 売買店を通した契約なので身元は確かだし、犯罪の心配もない。

 こうして夫人は安心して、わずかな時間、男に子供を預ける事ができる。

 

 お金は両者にとって良い値で決める事も可能だ。

 売買店は仲介料を差し引きし、男は時間に見合った報酬を得る。

 またこれは、平民同士でも成り立つし、平民と貴族という垣根を越えて成り立つ場合もある。

 

 ……大体「時間売買業」はそんな風にして成り立っている。

 

 時間を売る人とそれを買う人。

 誰かにとっての時間とは確かに貴重なものだ。

 とてもにかなっていた。


 ◇


 あの家に引っ越してから、これまで自分でコツコツと貯めたお金で美味しい物を食べたり、家を修繕したりと少し贅沢をしてしまったので、お金が乏しくなってしまった。


 この日私は、ミッシェルに貰った思い出のペンダントを売る事にした。

 しっかりしたチェーンに、中にハート型の飾りが吊るされている。

 とても大切にしていたので、一度も首からかけた事はなかったが……

 もう持っていても意味のない物だ。


 もしこれを私が売ったとミッシェルが知ったとしても、その時まで生きてるか分からないし、仮に生きている間に知られたとしても、きっと彼なら、そんな状況なら仕方ないねと言って笑って許してくれるだろう。


 右目が見えにくくなってから、すぐに私はペンダント売りに行った。

 それが驚くほど高額で売れた。

 こればかりは、ミッシェルに感謝せずにはいられなかった。

 そのお金を握りしめ、隣町にあるという『時間売買店』を目指した。


 実は右目の視力が落ちてから、思っていた以上に生活の質が下がってしまったのだ。

 灯かりがついていても、半分の視界はもうぼんやりとしか見えなかった。

 歩くのも不便になり、これまでできていた刺繍や家事が明らかにしにくくなった。

 まるで死のカウントダウンが、加速したかのようだった。

 この調子で左目の視力まで失えば、きっと生活そのものが困難になるだろう。


 この病気で厄介なのは、初めに何も見えなくなってしまう事にある。

 見えなくなるリスクはあまりに大きい。

 そのうち患者は歩く事もできなくなくなる。

 買い物にも行けず、食事すらろくに準備できなくなるだろう。

 自力でトイレに行く事すら困難に。


 最後は誰からも気づかれずに、動く事もできずに一人虚しく餓死したら?


 初めて死というものが怖いと思った。

 子爵家を出る時は何も考えられなかったけれど、いざ右目の視力が低下すると、やがてその恐怖が現実味を帯びてきた。


 最期は誰にも迷惑をかけないように、静かに息を引き取ろうだなんて。

 

 そんなの。

 一人でいいなんて、ただの強がりだった。

 やっぱり最期は誰か一人くらい、側にいてほしい。

 私は感情のない人形じゃない……………。


 せめて寿命が尽きるその時まで。ただその時まででいい。

 死んだ後は綺麗に忘れ去って構わないから。


 だから私は決心した。そこにならきっと『私を看取ってくれる人』がいる。

 お金で成り立つ関係だから、お互い気まずくなる必要もないのだから。



 半日以上を馬車に揺られ、やがて大きな隣町に着いた。

 そこは私が住んでるあの町とは違い、商業や医療、経済が発展した大きな町だった。

 多彩な店がいくつも立ち並ぶメインストリートには、多くの貴族がいて、買い物などをしていた。


 「おい、どけ、危ないだろう!」

 

 目の悪い私がフラフラと歩いていると、町中にいた貴族風の男が怒鳴る。

 あまりよく見えないけれど。

 私の服や身につけている物を見て、平民だと思ったのだろう。

 確かに私は子爵家にいた時から平民が着ているような服を着ていたし、そう思われても仕方なかった。


 貴族は平民を見下す人が圧倒的に多い。

 この世界はそれが当たり前だ。

 だからミッシェルやトリスタン様が……

 あまりに変わっていたんだろう。


 もう私は子爵令嬢でもないし、ミッシェルの婚約者でもないけれど。あの頃を思い出して、見える方の目に涙が滲んだ。


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