35.出会うべくして出会った
熱に侵されたミッシェルが、三日後に回復した。
その上、何ともないような澄ました顔をして、私達の心配は何だったのかと疑問に思うくらいの事を、言ったのだ。
「え?死なないよ?
あ、いや———今すぐには、という意味だけど。」
「何を言っているの…?
もう、誤魔化さないで!知ってるのよ、ミッシェル……!
あなたが神とやらに『寿命』を売ったという事は……!」
せっかく起きたミッシェルと、喧嘩なんかしたくなかった。だけど大事な事だ。譲れなかった。
久しぶりに顔を見る事のできたミッシェル。
こんなにも嬉しかったのに、私はずっと泣いていた。泣かされっぱなしだった。
オロオロとするミッシェルは、やはりいつもの優しいミッシェルだった。
「マイケル」の時はきっと完璧に演技していたのね。
「泣かないで、アンジェラ。
僕は君の涙に弱いんだ。ちゃんと説明するから。ね?」
ミッシェルは窓辺のベッド上で、神々しい金髪を揺らし、子供のように泣く私の頭を撫でた。
やはり、マイケルと全く同じ仕草で。
「なんて言っていいか……
儀式で「神」に会ったよ。僕達が想像していたものよりもっと…スケールが違ったと言うか。
禍々しい、神々しい…ふさわしい呼び名が分からないけれど。
とにかくその「神」が言ったんだ。
アンジェラの体を、病気になる前の健康な体に戻してやる、と。
ただし、その『戻すため』の対価に僕の『寿命』が必要だと。
僕の寿命が割り当てられた時間ーーつまり年数は、アンジェラは生きられるのだと。
それで「神」は……」
トリスタン様にガスパルも、皆、淡々と話すミッシェルを見つめていた。
「『30』年だ。
アンジェラが健康なままで生きられる時間を作るには、それだけの時間がいるのだと。」
「……!30年……!そんなに長い時間を……売ってしまったの…!?」
30年。それは決して短くはない貴重な時間。
この国での平均寿命は、約「66」だと聞いた事がある。
それなら今ミッシェルは22歳だから、「30」年を売ったとすると、「52」年。
「66」から「52」を引くと残りは……
「14」年。
つまりミッシェルは、「36」才でこの世を去る……あまりに若すぎる。
「駄目よ、ミッシェル。そんなの、駄目だわ!
あなたはまだ長生きするのよ。
お願いだから、戻して。
ガスパル、お願いよ、私にも「神」とやらに会わせて。戻すように言うわ。
ミッシェルの時間を……!」
混乱して、私はガスパルにしがみついた。
首を横に振るガスパルは、それはできないと言っているようだった。
だがその時、ミッシェルが私の腕を力強く掴んだ。
「待って、アンジェラ!落ち着いて。」
「落ち着けないわ、だってあなたが…」
久しぶりにミッシェルが、微笑した。
本当に眩しい笑顔だった。
出会った頃と変わらない、優しい眼差しで私を宥めるように見つめて、彼は言う。
「アンジェラ。聞いて。
「神」は言ったんだ。
僕の『寿命』は、平均寿命よりもかなり長いのだと。だから驚くなと。
「神」が言うには、僕の『寿命』は……
なんと『96』年もあったそうだ。」
——いつもそう。
ミッシェル、あなたはいつだって私を驚かせる、天才だ———。
「96年?それは…けっこう、長いわね。」
声が震える。背後でトリスタン様が愚痴をこぼした。「早く言え!全く。心配、かけるなよ。」
「それだけ生きれば上出来だ」とも、涙ながらに。
ミッシェルは私を抱きしめ、泣いている私の顎をが持ち上げて、優しく宥めた。
こんなのずるいわ。どうしてミッシェルはいつもこう、私の予想を上回るの。
「ほらね?だから、泣かないで。
とにかく僕の寿命は『96』年もあった。
で、今が22歳だから、売ってしまった『30』年を引いたとしても、あと『44』年も生きられる。
だとしたら、君が次に迎える寿命と大体同じじゃないかな?
この国での平均寿命は『66』歳だから、まあ一般的じゃないかな?」
いつだってあなたは私を驚かせる。
そうやって、私を無償の愛で満たしてくれる。
どこまでも。
「それなら…わりと、まだ長生き…ね?」
それでも失った時間は戻らないのだけれど。
怖がる私を、ミッシェルは優しくハグしてくれた。
まるで私の方が、拗ねた子供みたいだ。
「タイムイズマネーだよ。アンジェラ。
君が教えてくれたんだよ。
僕には君の生きる時間が必要だった。
そして、僕はそのために、価値のある取引をした。
その結果には、僕も驚きだけど…
とにかく僕は、君と同じくらいの時間まで生きられるんだ。」
喜んでいいのか。素直に泣いたらいいのか。
だってそれでも命は命だ。
その代償は計り知れない。
「だから笑って、アンジェラ。
これからは一緒に生きていこう。
君を心から愛してるんだ。…結婚しよう。」
優しくミッシェルが囁く。ずっと心が震えてる。
だってそれは、消え去ったはずの未来だったから。
もう手に入らないと諦めたものだったから。
「…私には、何もないわ。
知っているでしょう?ミッシェル。
あなたの浮気を疑ってしまうような…
ずっと側にいてくれた、あなたに気づかないような、そんな女よ。
家族にも…邪魔だと見捨てられた、そんな…」
「そんな事は絶対にないよ、アンジェラ。
君は強い。強い人だ。
君を邪魔だという家族にこそ、価値はない。
だって、考えてみてよ。
幼い頃、君は生きるために、侯爵家で働くと決めた。
まだ八歳の少女が、勇気ある行動だったはずだ。
そこで君が働いていなければ、僕は君を知らないままだった。
君が美しい心の持ち主だという事も、知らなかっただろう。
僕達は出会うべくして出会ったんだ。アンジェラ。
君の勇気ある行動が、僕達を引き寄せた。」
それはきっと「運命」よりも、私自身の勇気ある行動の結果なのだと。
「だから君は、幸せになっていい人だ。」
そう囁き、ミッシェルは春の太陽のように温かく微笑した。




