34.誰も知らなかった結末
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数ヶ月後——。
その日私は、ピクニック用のランチボックスに、手作りのサンドイッチを詰め込んだ。
今日は朝から、ラポルトさん夫妻とコリンヌさんが我が家に訪問し、お互いに手作りした料理を交換をした。
私は床にしゃがんで、コリンヌさんにおすそ分けのサンドイッチを手渡し、彼女の髪を撫でる。
「コリンヌさん。今日は家族で、ボートに乗りに行くんだってね。楽しみだね。」
三人には、あの日以降もすっかりお世話になっている。優しい隣人に、常に感謝する日々。
「ええ!本当に楽しみよ。
ねえアンジェラ!ところで、ハムカツサンドは入ってる?」
「ふふ、もちろんよ、コリンヌさんの大好物だもの。」
「わーい、やったあ!アンジェラ大好き!」
大喜びで私に飛びついてくるコリンヌさん。
私にも娘が生まれたら、こんな感じなのかしら。
こんな風に可愛くて愛おしい、存在になるのね。きっと。
「ありがとう、アンジェラ。あ、そういえば、この前のリボン、補修ありがとう!
縫い目も丁寧で、どこが解れていたかも分からないくらい、完璧だったわ。
あれからコリンヌが、喜んでちっとも手放さないのよ。また何かあったら、お願いするわね。」
「こちらこそ。いつも店をご利用頂き、ありがとうございます。」
「あ、そうだ!アンジェラ。
今度、ヨランドさんの出演する、大きな舞台が決まったらしいんだ。
良かったらジャノさんも誘って皆で行こうよ。」
ラポルトさんが嬉しそうに言う。
「そうですね。ジャノさんが来れば、ヨランドさんも絶対に喜びますよね。」
「ねえ。あの人ってば、いつになったらヨランドさんの気持ちが分かるのかしら。」
ニナさんが冷やかすように言い、私は見守るしかないですね、と微笑んだ。
穏やかな春の午後———
澄んだ青空と、白く薄く、どこまでも続く雲。
渡り鳥が戻ってきて、春の喜びを告げるように鳴く。
新芽が芽吹く。視界に映る眩しい世界。
暖かな陽射し。ジャノさんの店から香る、コーヒーの匂い。彼の店のコーヒーは、本当に味も香りも美味だ。
肌に感じる、暖かさと少しの肌寒さ。
世界の美しさに私はいつも感動する。
見るもの、聞こえる音、香り、美味しいものを食べた時の食感や、匂い、味。
生きるということは、感動の連続だ。
私は今日も自分が生きていることに感謝している。
いつもより少しお洒落をして、馬車に乗り込んだ。
待ち合わせの時間までには、まだ早いくらい。
久しぶりに遠回りして、とある場所に足を運ぶ。
次第に、大きな看板のかかった店が見えてきた。
《オーロール》。ーー紳士服、帽子、リボン、釦などございます。
また、お洋服・小物の破れ、解れなど丁寧に修復、修繕いたします。
お値段もリーズナブル。ご用命は当店までー。
「あ、アンジェラさん、おはようございます!」
「おはよう。皆さん。サンドイッチを持ってきたの。良かったら食べてね。」
立ち寄った店。そこはかつて、私の父が経営していた店だ。
従業員達が私の訪問を喜び、店内は客で賑わっている。
一度は売却されてしまったが、再び買い戻し、改装した。
かつて、祖父達が大事にしていた経営方針で商売を始めたところ、大ヒット。
特に、服や装飾品の補修、修繕が喜ばれた。
皆、大事な服や小物は壊れても使いたいものなのだ。
愛着のあるものは、簡単には捨てられない。
あの家もそうだし、ここだって同じ。
「お時間ですよ。」
「ありがとう。」
私は御者に促され、再び馬車へと乗り込んだ。
サワサワと吹く風で、私の銀髪が揺れる。着ているのは淡いピンク色のワンピース。
あの後、初めて購入した思い出の一着。
ここは『彼』との思い出の場所。
また今年も見事な桜が咲いていた。
私は馬車から降りて、一人で公園の芝生の上にシートを敷いた。
持ってきたバケットを置き、腰を据えると。
『な〜!アンジェラ!聞いてくれよー!』
変な通信具がジリジリと鳴り、慌ててポケットから取り出し、耳元に寄せた。
「どうしたの?ガスパル、そんな声を出して。」
『それがさ、今、あいつが来てるんだよ。
魔法使いコスチュームとやらを、魔法の売買店を通して、魔法神聖国に売り出したいらしいんだけど!」
「あいつって、まさかトリスタン様?」
「よ!アンジェラ!元気か?」
通信具の向こう側は、二人の声で賑わっている。私は微笑し、どうしたのかを尋ねる。
「だから、アンジェラ。そのコスチュームが、ダサいんだ!物凄くダサいの!」
「だ〜か〜ら〜。マニアにはこれでいいんだよ。何度言ったら分かるんだよ、ガスパル。」
「駄目だ、駄目ダメ!魔法使いの俺がいうんだから間違いないって!」
この二人、あれ以降、本当に仲良しになった。
二人のやり取りを聞きながら、私は今日も自分が生きている事に感謝する。
魔法使いの、ガスパル。彼に出会わなければ今の私は、ここにはいない。
そのガスパルに、あの後言われた事がある。
昔私と、私の母に会った事があるとーーー。
『俺も、お前や、お前の母親に救われた事があるんだ。
だからこの出会いは、偶然ではなく必然。
こちらで言うところの「神」が用意した「奇跡」とやらなんだろう。」
今もまだ、あの日の夢を見る。
「マイケル」だ。マイケルが私を献身的に支えてくれた、あの時の夢を。
死にゆくはずだった私が、あんな風に幸せに過ごせたのも、幸せだったのも。
全部懐かしい記憶。
こんなにも全てを覚えてる。鮮明に。
「ありがとう。マイケル。いえ、ミッシェル。」
ポツリと呟いた言葉が風に乗って、春の空へと消えていく。
人を愛するという事が、今もまだこんなにも切なく、胸を締め付ける。
あの人は今———。
「アンジェラ。お待たせ。」
不意に現れた人物に、私は胸の鼓動を早めた。
いつ見ても彼は本当に素敵だ。
誰よりも輝く私の——————
「————ミッシェル……!」
その名前を口にし、私は彼の腕の中へと飛び込んだ。
あの時起きた奇跡を、何と言えばいいのだろう?
神様の気まぐれ?
それともミッシェルの幸運?
私達が二人とも生き残るようにと、うまく采配してくれたに違いない。
今だにそう、私は思っている。
私を診た医者は興奮気味に言った。
『信じられない…!五感喪失病が、完治しています!』と。
一方で、ミッシェルは疲労による発熱だったとも。




