31✴︎危篤の恐怖
ーーアンジェラが、無事に目覚めた。
僕の払った『対価《﹅﹅》』と引き換えに。
僕は無事に儀式を終えて、部屋のドアの前に立っていた。
この雪の中を、アンジェラが危篤だと聞き、ラポルトさん夫妻にコリンヌさん、ジャノさん、ヨランドさん達も駆けつけた。
魔法について事情を知らない彼らは、これを奇跡と喜んでいた。
「本当に奇跡だわ…!」
「良かったな、ミッシェルくん!」
「アンジェラ〜うわああん!」
「良かった。アンジェラ。マイケル…いえ、ミッシェル。
あとはお互いの気持ちを聞くだけよ。」
「さあ、ミッシェルくん。今度こそ勇気を出して。」
ジャノさんに背中を押され、僕は深呼吸した。
部屋の中で、アンジェラの懐かしい声がした。
危篤のあの状況とは明らかな違う、活力があって、本当に滑らかな声が。
良かった。アンジェラ。本当に———
君は生きなくちゃいけない人だから。
「神」よ。
この奇跡に感謝いたします。
側にいるのはガスパルで、扉の前にいるのは俺に対して怒っているトリスタン。
———もうアンジェラは気づいている。
「マイケル」の正体について。
「だって声だって、違ったわ。」
一歩部屋に踏み込むと、ベッドに座るアンジェラの目が見開き、僕の方を真っ直ぐに見ていた。
一瞬でアンジェラの目が潤んで、僕にも伝染する。
誰と再会した時よりも、一番緊張する相手が目の前にいる。
僕はゆっくりと、一歩ずつ、アンジェラに近づいた。
「契約者として君の前に立った時。
すでに病気は進んでいて、君は僕を認識できなくなっていたんだ。」
アンバーの瞳の中に、僕の姿が映っている。
僕はベッドに辿り着き、驚愕しているアンジェラの顔を見おろした。
僕の愛おしい人———アンジェラ。
春の空の色のような銀髪。宝石の琥珀のような瞳。
慈悲深く、優しい眼差し。
痩せてしまった頬、首筋、血管の浮き出た手の甲。それでも君は美しい。
僕のアンジェラ。僕の天使。
そっと、自身の銀髪のウィッグに手をかける。
「まさか、…その髪、ウィッグ?」
もう君は全て分かっているんだね。
アンジェラの質問に、僕は素直に頷く。
「また君に逃げられるのが怖くて。」
情けない僕を曝け出し、「僕」という存在をこれでもかと明かしていく。
本来の僕の髪色は、金髪だった。
「だって瞳の色だって。」
「カラーコンタクトと、いうんだそうだ。
ガスパルさんに特別に作って貰った。」
運良く、ガスパルと出会えた事もまた奇跡。
「————あの日、ジェシカと抱き合っていたでしょう?
心変わりしたのではなかったの?」
アンジェラの声が震え、彼女は泣いていた。
なんて綺麗な涙だろう。
僕はこの世で、君以外に美しい人を知らない。
「家族としてのハグだったんだ。
———君の病気のことがショックだから、慰めてくれと、君の異母妹に頼まれたんだ。
確かにあの時は、君の病気の事を聞いた直後で。僕もひどくショックを受けていて……
悲しかったんだ。
でも、それだけだった。ジェシカに対するあの時の感情は、それ以外になかった。」
アンジェラが僕の前から消えたと知った時から僕は臆病になった。
————いや、僕はアンジェラの前ではずっと臆病だった。
だからこそ、ジェシカとは誤解だったんだと丁寧に告げる。
「でも、あれを見た君がショックを受けたのは分かったんだ。
あのあと君を探し回ったけど、見つからなくて……
アンジェラ————傷つけてごめん。」
もう一度会えるなんて思ってなかった。
顔を見れるなんて、声を聞けるなんて。
君の笑顔が見たかった。
君に僕よりも長く生きていて欲しかった。
「ミッシェル———————。」
アンジェラ。僕は僕の全てをかけて、君を守ると誓った。だからどうか———
「ミッシェル………!!?」
だんだん視界が暗くなっていく。トリスタンが、ふらついた僕の体を支え、ガスパルが唇を噛み締め、アンジェラがベッドから飛び起きてくる。
「ミッシェル…!?なんで、どうして!?」
どうかアンジェラが、この事実を重荷に感じませんように。
僕のことは忘れて。
この先も、君が幸せでありますように. . . . .




