表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

43/53

30 ✴︎雪の日の無礼な客達


 アンジェラは嗅覚、そして味覚をほぼ同時に失った。


 「せっかくマイケルが作ってくれたのに。

 匂いも味も無くなっちゃったわね。残念だわ。」


 それは完全な虚無だろう。僕には想像もできない地獄かもしれない。

 彼女に残されたのは「意思」「喉・声」「触覚」。

 その触覚さえ無くなれば、死が待っている。


 何度泣けば———嫌。そもそも僕が泣く資格なんてない。

 それでもアンジェラは起きている間、僕とは違う方向を見て、微笑みかける。


 「マイケル。いつも料理をありがとう。

 優しくしてくれて、ありがとう。」


 僕はそんな彼女を見て、暗い顔をするのはやめようと思った。

 

 「当然だよ。僕はアンジェラの“契約者”なんだから。」

 

 アンジェラを支えて、車椅子を押す。食卓に座らせ、食事を口に運ぶ。

 パクパクと僕の持つスプーンからご飯を食べるアンジェラは、可愛かった。

 排泄の世話。どうしても照れてしまうから、少し開いた扉の向こう側で待機。

 何か不便があった時だけアンジェラに呼んでもらった。


 「ごめんね、マイケル。嫌な思いさせて。」


 「どうして謝るんだ?アンジェラは、悪い事は何もしてないのに。」


 お風呂の介助でも。

 浴槽にアンジェラをバスタオルで浸からせ、僕は服を着たまま、彼女の髪や体を洗う。

 無心だ。余計な、邪な感情を抱いたら駄目だ。

 思った以上に綺麗なアンジェラを、欲しがったりしたら…


 「私だけあなたに裸を見られて…

 恥ずかしいわ。ずるいわ、マイケルだけ。」


 「ずるい?けど、うん。そうだね。

 正直言ってアンジェラ、君はとても綺麗だ。」


 「私だって、マイケルの裸が見たいわ!」


 「……ぷ。あははは、アンジェラ!

 いいよ、いつだって僕の裸を見せてあげる。」


 アンジェラは気丈に振る舞っていて、時々冗談か本気か分からないユーモラスなことを言って、僕を和ませくれた。

 歳をとった僕達はきっとこうだったのかな…

 

 ———ついにルフェーブル子爵が、家や使用人達を放置し、そのほか様々な責任から逃げたという報告が入った。

 最後は、家族で夜逃げか。あの三人らしい。

  

 そう思っていたら彼らはなんと、吹雪の夜にアンジェラを尋ねてきた!恥知らずにも。

 三人とも見窄らしい格好をし、頭や肩に雪を乗せっぱなしだった。

 誰かにアンジェラの居場所を無理やり聞き出したのだろう。

 

 「お帰りください。アンジェラは今、眠っています。」


 「誰だね、君は…!」


 髪や目の色で僕だと分からないみたいで、子爵は強引に家の中へ侵入してくる。


 「僕はアンジェラの介助人で…マイケルと言います。」


 「介助人だ〜?赤の他人の平民が、うちの娘の面倒を見てるだと?どうなってるんだ!」


 ピクっと僕はの左手が動く。その赤の他人よりもアンジェラにとって、他人のくせに!

 ミランダも僕を無視し、勝手に家を歩き回る。

 

 「勝手をしないでください!不法侵入で訴えますよ!」


 背後からジェシカが僕のシャツを掴み…


 「何だかあなた、ミッシェル様に似てない?

 ふ。まさかね。

 ミッシェル様がこんな場所にいるはずがないわ。」

 

 変装だけで僕だということすら、分かってない。人の顔を金でしか見てない良い証拠だ。

 

 それに無礼極まりない。

 土足で家に上がり込んだうえに、三人は部遠慮にアンジェラの名を叫び、勝手に部屋を探し回る。


 「アンジェラ!頼むよ、父さん達が悪かった!だから…」

 

 「聞こえませんよ。———アンジェラはもう何も聞こえません。」


 「なん、だと…!じゃあ!

 金をくれと言っても分からないのか!?

 アンジェラからミッシェル様に、お金を恵んで欲しいと、お願いすることも…!?」


 「……!帰れと言っているんですよ!

 ここはあんた達がきていい場所じゃないでしょう!忘れたんですか?

 自分がこの家と、アンジェラを捨てたことを!」

 

 僕は最低な子爵を睨み、怒鳴りつける。


 「はあ?なぜお前にそんな事を言われなきゃいけない?

 そもそもここは、ルフェーブル子爵家のものだ!赤の他人の平民が出しゃばるんじゃない!」


 「契約書があったはずです。——ここはすでにミッシェル様のものです。」


 「契約書…?まさか!あなたは、ミッシェル様のご親戚か何かか?通りでよく似ていると思ったのです!

 アンジェラ!アンジェラいるんだろう!

 これまでお前に冷たくして悪かったよ〜

 父さん達と一緒にここに住もう。な?」


 「アンジェラ、隠れてないで出てきなさい!

 また打たれたいの!?」


 ミランダにジェシカが、アンジェラを罵る。


 「異母姉さま〜、早く出てきて、私達のためにお風呂を沸かしてちょうだい。

 生きてるってことは、どうせ大した病じゃないんでーー」


 「その汚く、醜い口を閉じてください…!」


 ジェシカの口を片手で塞いだ。腹が立つ。心臓が燃えるようだ。このふざけた三人を今すぐ闇に葬り去りたい。


 「…マイケル?」


 その時、異変に気付いたのかアンジェラが起きて、壁伝いにリビングまで来てしまった。


 「マイケル?一体誰がきたの?」


 すぐにアンジェラを車椅子に座らせ、ブランケットを羽織る。

 膝つき、アンジェラの冷たい手のひらを温めながら文字を書いた。

 

 「吹雪の中、客が来たんだ。けれどあまりに無礼すぎるから、追い返そうと思うんだ。」

 

 「吹雪の中を?」


 確かに外は雪だが、こんな奴ら一秒だってアンジェラに近づけたくない。

 けれど彼らの正体を知らないアンジェラは、優しいから。

 

 「可哀想だから一晩くらい泊めてあげたら」


 「アンジェラ!ああ、やっぱりお前は私の娘だ!聞こえないなんて嘘だろう!?ここでこんな…良さそうな生活をしてるんだから、病気は治ったんじゃないのか?

 それにまだミッシェル様とも続いているのか!それなら!頼むよ、アンジェラ!」


 子爵はボロボロの靴で勢いよく近づき、車椅子に座るアンジェラの足にしがみついた。

 

 「え?え??誰———?何?」


 「アンジェラ!いい加減にしなさい!何ふざけてるの!どうせ聞こえてるんでしょ!

 見えてるのよね?さっさとミッシェル様に手紙を書くのよ!」


 「ねえ、そんな事より寒いわ!お腹も空いてるの!異母姉さま、何か食べさせて!」

 

 三人が群がるようにアンジェラの元へきて、彼女の車椅子を無遠慮に揺らし始めた。

 この、有毒のような人間達を殺すには、一体何が必要だろうか?

 僕は怒り、彼らの薄汚い手を払いのける。


 「アンジェラに触らないでください!」


 「マイケル!マイケル?そこに誰がいるの!?一体何がどうなって……!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ