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29✴︎『私達が間違っていました』


 恥知らずな親子が、僕の前に現れた。


 薄っすらと雪雲がかかった、灰色の空。

 その日僕は、トリスタンに呼び出され、数時間の間、belle商会の本社に戻っていた。

 どうしても必要な手続きがあったためだ。

 アンジェラが眠ったのを確認し、ガスパルにあとを頼んで慌てて出てきた。

 アンジェラが目を覚ます前に、早く帰らないと。

 だがそれを、タイミングよく聞きつけたらしく。


 相変わらずアンジェラの父、ルフェーブル子爵は嫌な苦笑いを浮かべて、僕に擦り寄ってきた。

 トリスタンは不愉快そうに席を外し、部屋には僕と子爵、ミランダ、ジェシカの四人に。


 「ミッシェル様……!どうかお願いします!

 事業提携の破棄を取り下げて下さい!

 あなたに見捨てられたら、家はもうお終いです…!確かに、アンジェラの事は申し訳ありませんでした!

 ですからもう一度チャンスを…!」


 「いやです。僕はすでにあなた方に、二度もチャンスをあげたんです。

 それを踏み躙ったのは、あなた方だ。

 提携時に交わした契約書には、正式な署名がありましたよね?アンジェラに収益の半分を譲ると。

 それなのに履行しない、もしくは不適切な使用が発覚した場合、提携を破棄すると。

 正当な破棄の理由ですから、文句を言われる筋合いもありません。」


 久しぶりにウィッグを脱ぎ、コンタクトを外し、紳士服に着替えた僕は必死に許しを乞う子爵の前で、冷淡に足を組んだ。


 「ミッシェル様、私達は家族でしょう!?

 あんなに親切にしてあげたじゃないですか!

 そもそもアンジェラは、我が家の娘ですよ!?」


 ミランダ夫人が、よれたドレス姿で僕に食い下がる。


 「家族?僕があなた方と家族になるのは、アンジェラがいたからですよね。

 アンジェラがいなければ、あなた方は僕に近寄ることすらできないほど、身分が違ったというのに。思い上がるのもいい加減にして下さい。

 親切?———あなたの言う親切とは、身分が高いと分かったとたんに手の平を返す行為のことでしょうか?

 それにアンジェラが、娘だって?

 その娘を虐げて、見捨てたのは誰でしたか。

 よくそれで、娘だなんて言えますね。」


 「ミッシェル様!どうか、お願いします!

 いま、子爵家は、毎日のように借金の取り立てに迫られ、家は差し押さえに!

 ドレスや宝石を売っても、負債には遠く及びませんわ!!

 どうか、助けてください!!アンジェラ…

 異母姉の実家を見捨てる気ですか!!」


 ジェシカまで、訳の分からないことをほざいた。

 いつもは綺麗に整えていた髪も乱れ、質素な髪飾りに、燻んだ地味なドレスを着ている。

 それでも、アンジェラが普段着ていた物よりはマシだった。彼女は家族に、宝石の一つでさえ、買ってもらったことがなかったのだ。

 ジェシカの声を聞いていると、胃のあたりが不快で堪らない。


 「————さっきから聞いていれば、あなた方はアンジェラ、アンジェラと言いながら…

 そのアンジェラが今どうしているのか、病状についてなど、誰一人として尋ねてこないんですね。

 それなのに家族?都合よくアンジェラの名前を使わないでください。

 結局、あなた方はアンジェラのことなんか、誰一人として考えてもいない…!

 誰も彼女を心配などしていない…!

 それでよく家族だとか言えますね。」

 

 「ええ!そうです、その通りです、ミッシェル様、私達が間違ってました!

 これからはアンジェラを大切に……」


 ヘラヘラと薄っぺらい笑いを浮かべ、僕の足元に跪く子爵。


 一体何が分かったというのか。

 初めから全て間違えていたというのに。

 そもそも自分の娘であるアンジェラを大切にしていれば、こんな事にはならなかったはずだ。


 運良くアンジェラの母と結婚できたくせに、自分が子爵になったという錯覚した愚者。

 卑しいメイドに入れ上げて、子供まで作り、結婚。

 それを愛だと言われればそうかもしれないが、果たして、ミランダとジェシカが、金のない父親をいつまで愛することができるだろうか?

 これからが見ものだ。


 だが許せないのは、実の娘が余命宣告を受けたにも関わらず、金を無心するこの無神経さ。

 ありえない。死んだらいい。

 こんな男に、アンジェラと同じ血が流れているなんて。

 

 「…いいでしょう。提携破棄は撤回しませんが、子爵。———

 一筆書いてくだされば、お金をお渡しします。」


 「本当ですか?やはりミッシェル様は、天使だ!大天使ミカエルの名を持つ、高貴なお方!

 書きます!何を書けばいいのですか?」

 

 本当に馬鹿な男だ。内容も確認せずに?

 しかも渡すのは、たかが旅費程度。

 家族三人、すぐに路頭に迷う金額だろう。

 

 「これは……!」


 一瞬子爵は手を止めたが、目先の金には変えられないと、腹を括ったようだった。


 「こ、これは…ちょっと少な過ぎなのでは。

 そうなると、さっきの契約書は…」


 いざ、小切手にサインした金貨をみて子爵は青ざめる。

 それを横からミランダが取り上げ、僕に抗議。

 

 「ちょっと見せて!…こんな!こんな金額、端金じゃない!

 もう少しどうにかなりませんか!?これじゃあ、何もできないわ!」


 頭を抱えたミランダをジェシカが宥めて、的外れに吠える。


 「ミッシェル様。こんなのあんまりです。

 まさか私達に死ねとおっしゃるのですか?」


 ブチィっと、僕の血管が千切れた音が聞こえてきそうだった。

 

 「“死ね”と、アンジェラには言ったでしょう。

 あなた方は、病気の彼女を見捨てた。

 それと同じことです。さあ、取り引きは成立したんですから、早急にお引き取りください。」


 立ち上がって、商会の部下を呼び、帰るように誘導するよう促す。

 しかし子爵はしぶとくしがみついた。床をズルズルと引きづられながら、僕に助けを乞う。


 「待ってください、ミッシェル様!ミッシェル様あ〜!どうか御慈悲を…!」


 僕を天使だとでも思ってるなら、勘違いもいいところだな。


 「今すぐ僕の目の前から、消えてください。」


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