27✴︎守るための選択
それでも、無事にアンジェラを見つけられて良かった。
彼女が生きていてくれて、本当に良かった。
僕にとって、こうして彼女に再会できたことは、神に感謝したいくらいの奇跡だった。
例え名乗れなくても、これなら彼女を傷つけずに側にいられる。
マイケルとして————彼女を支えながらも、絶対に希望を手放さない。
きっと…きっと、間に合うはずだ!!
契約初日の夜、僕は眠れずに、アンジェラの部屋にこっそり様子を見にいった。
どうしても、彼女が生きているという実感を噛み締めたくて。
ベッドに眠るアンジェラは、どこか苦しそうに表情を強張らせていた。
窶れた彼女の顔が、僕の胸を締め付ける。
見舞客用に置かれた椅子に座り、眠っているアンジェラの手をぎゅっと抱きしめて、静かに涙を流した。
こんなに、痩せ細ってしまって……。
どれだけ寂しく、辛い思いをさせてしまっただろう。
一緒にいてやれなかったこの二ヶ月間が、死ぬほど悔しい。
「アンジェラ……っ、アンジェラ……好きだよ。見つけるのが遅くなって、ごめんね。」
彼女の手を握りしめ、声を押し殺して泣く。
アンジェラ。僕は君がいなくなってから、ずっと不幸だったよ。
君がいないと、僕が幸せになれるわけがないのに。
それから夜明け近くまで、アンジェラの寝顔を眺めていた。
今の僕は、アンジェラに、一体何をしてあげられるだろう?
五感喪失病については死ぬほど調べ尽くした。だから戸惑いなど一つもなかった。
愛する人のためなら何だってできる。
契約の志望動機にも書いた通りだ。
アンジェラの力になりたい。彼女の世話がしたい。それが僕の、心からの愛だ。
あれからしばらく自室で眠ったあと、早くに目覚めた僕は、キッチンで朝食を作り始めた。
昨夜は即席で作ってしまったが…
こんな時のために、いっぱい勉強して良かった。
病気にいいのは、五大栄養素をバランスよく食事に取り入れること。
炭水化物、タンパク質、脂質、ビタミン、ミネラル。
レシピを片手に、時々包丁で手を切りながらも、アンジェラの喜ぶ顔を想像しながら料理を作った。
天気の良い午後、庭で一緒に洗濯物を干した。見えなくなりつつあるアンジェラを支えられるのは、僕にとっては喜びだった。
彼女の役に立てるだけで、幸せだった。
以前アンジェラと一緒に、トリスタンの家の花壇に植えたチューリップの事を思い出した。
「花が見れるかは分からないけれど。
できたら見たいなと願っているのよ。」
「そっか……大丈夫だ。アンジェラ。
きっと見れる。」
その未来は確実に訪れると約束しよう。アンジェラ。
嘘に塗れた僕だけど、それだけは嘘じゃない。
————実は近所に住んでいる、ラポルトさん夫妻、娘のコリンヌさん、コーヒーショップを経営するジャノさん、役者の卵のヨランドさん達とはマイケルとしてここに来る前から、顔見知りになっていた。
初めは僕が、アンジェラの家の前で右往左往しているのを不審に思ったジャノさんが、近所に住むラポルトさん夫妻を呼んだのだ。
皆それぞれ、手に大きめのシャベルと、フライパン、箒を持っていた。
「本当に伯爵令息の君が、アンジェラの婚約者だと?」
「ええ。だからそうだと言っているじゃないですか。」
初めはジャノさんも、ラポルトさん夫妻も、後からひょっこり現れたコリンヌさんも、僕のことを完全に犯罪者扱いしていた。
必死の説得の末、ようやく僕が伯爵令息だという事を理解して貰い、なぜアンジェラの家の様子を伺っていたのか経緯を話す事に。
夫妻の家のテーブル前に座らされて、一家全員と、ジャノさん、後からやってきたヨランドさん達と向き合う形に。
なんだか尋問を受ける気分だったが、話せる事は何だって話した。すると———
「アンジェラはすごく優しいのよ!
私がお外でころんでケガをしたところを、助けてくれたの!」
二人の娘、コリンヌさんはまだ幼かったが、彼女が怪我をして泣いているところを優しく介抱してくれた、それ以降アンジェラとは友達だと自慢げに話してくれた。
またラポルトさん夫妻や、ジャノさん達もみな口を揃えて言った。
「アンジェラは、僕にコーヒー豆の挽き方を聞いてきたよ。まるで子供みたいに目をキラキラと輝かせてね。
すごくいい子だよ。よく挨拶してくれるし、小さい子や老人にとっても親切だしね。」
「演劇の宣伝を手伝ってくれたわ。
私がまだ売れない役者だって分かってるのに、素晴らしい演技だって褒めてくれたの。」
「私達は昔、ここに住んでいた、アンジェラ一家を知っているんだよ。」
「あの時アンジェラはまだ一歳にも満たない子供だったから覚えてないかもしれないけれど、あの子の母親は、すごく親切な方だったわ。」
アンジェラの亡くなった母親は、今のアンジェラと同じくらい素敵で、思いやりの溢れた女性だったと語ってくれた。
「ただ、あの旦那は嫌いだったわ!」
「何というか、人を見下したあの感じが…
それに何の仕事も長続きしなかったみたい。
アンジェラの母親も、色々苦労していたようよ。」
二人の会話には僕もおおいに頷いた。それをきっかけにラポルトさん一家とは打ち解けていき。
子爵家を出たアンジェラが、これまでどんな風に暮らしてきたかを聞く事ができ、僕は少しだけホッとした。
良かった。アンジェラは一人ではなかったんだと。
彼女のあの優しさは母親似だったんだと知り、それもまた嬉しかった。
「え?正体を隠して彼女の世話をする?」
四人とコリンヌさんは、売買魔法店から戻ってきた僕を、呆れたような目で見つめていた。
「何で正体を隠す必要が?」
「そうだよ。ミッシェルくん。君はアンジェラを裏切ってなかったんだろう?
なのになぜ?」
「怖いんです。———またアンジェラに逃げられたらどうしようって。
あの日アンジェラが僕の前から消えてから、ずっと怖かった…
もしかしてアンジェラは、もう僕に会いたくないんだろうか?
僕が会いにきたと知って、拒絶されたら?
そう思うと、なかなか勇気が出なくて。」
臆病な僕はまたこんなとこでも弱音を吐く。
「拗れてるなあ。」
「私にはちょっと理解できないわ。」
「いや、でも僕は少しだけ、ミッシェルくんの気持ちがわかる気がする。」
一人だけ僕を庇ってくれたのが、ジャノさんだった。
「好きな人に拒絶されたらと、起こってもない出来事をあれこれ考えてしまうんだよね。
でもそれって、やっぱりミッシェルくんがアンジェラを心から愛しているから、なんだよね。」
「ジャノさん…!」
初めて理解者が現れたと、僕はジャノさんと熱く握手を交わしたけれど。隣で呆れ顔のヨランドさんが言った。
「何それ、本当にめんどう。
そんな事されたって、きっとアンジェラは嬉しくともなんともないわよ。
何でもっと早く教えてくれないんだって、怒ると思うわ。」




