21.✴︎捧げる
アンジェラがそれ程までに誰かに優しくなれる理由を知った時、僕は一心不乱に泣いた。
規模は小さいが、アンジェラの亡くなった祖父の代で築き上げた服飾事業を行う子爵家。
その娘のアンジェラが、なぜ殆どの時間をトリスタンの家で働き、日曜日は孤児院でボランティアをしているのかが気になり、従者に調査して貰った。
その結果————。
「アンジェラ様は子爵の前夫人のお子です。
ただ子爵には、前夫人がご存命の頃から、愛人がいました。
子爵はその方を後妻にして、浮気していた時にできた娘のジェシカ様も、屋敷に連れてきて、一緒に住まわせています。
アンジェラ様は、その継母と異母妹であるジェシカ様に、酷く虐められていると……
また、実の父親である子爵も、彼女に対して冷たく当たっているそうで……」
「そうか……。そこまで調べてくれて、ありがとう。ご苦労様。」
従者が部屋を去った後で、僕は普段のアンジェラの眩しい笑顔を思い浮かべた。
静まり返った部屋で、いつも無邪気に笑っている、アンジェラの声が聞こえた気がした。
煌びやかな装飾で彩られた天井を見上げると、頬に一筋の涙が伝った。
君が僕の弟ハーシェルにとても似ていると思ったのは、思い過ごしなんかじゃなかった。
アンジェラ。君は、自分が虐げられてきた分、弱い人達に迷わず手を差し伸べられる人だったんだね。
人の痛みを知る君は、人に仕返しの痛みを与えるのでなく、優しさを分け与える人だった。
老人にも、恵まれない子供達にも。
やっぱり。アンジェラ、君は、僕の知っている誰よりも気高くて、美しい人だった。
君のことを誇りに思う。
「ああ……好きだなあ。アンジェラ。
どうしようもなく君が好きだ。」
そんな君のことを、邪魔者扱いして酷いことをした、つまらなくて下らない子爵家なんていっそ潰れてしまえばいいのに。
君を救いたい。
助けたい。
力になりたい。
君のその笑顔をずっと側で守るには。
僕はトリスタンに許可を得て、子爵にとある提案を持ち掛けた。
正体がバレるといけないから、手紙は従者に届けさせた。
実は僕とトリスタンは、15歳の頃から、貴族向けのオーダーメイド服やネクタイ、帽子などの装飾品を販売する「belle」という商会を共同経営していた。
そのbelle商会と、事業を提携しようと。
このままいけば子爵家は、間違いなく破産するだろう。
平民出身で、たいした商才もない男がどれだけ貴族の好む服飾品を作ろうと努力した所で、できるはずがないのだ。
一方で今やブランド化し、莫大な収益を上げ続けている、belle商会。
こちらとしても、子爵家の事業と提携するメリットは一つもなかった。
だが、このままアンジェラの家が潰れてしまっては困る。
彼女にはこんな家でも、実家なのだから。
提案を済ますと、子爵は涙を流して喜んでいたらしい。
平民出身だと思っている僕が、実はbelle商会のオーナーの一人だと知ったら、どんな顔をするのだろうか。
さらに僕は、従者にとある伝言を付け足すように指示を出した。
それは、収益の半分を必ずアンジェラに与えるということ。
アンジェラに対する子爵達の横暴な振る舞いに、僕の怒りは限界に達しようとしていた。
だが、彼女の家族と揉める気はなかった。
そんな事をしてアンジェラに嫌われたくなかった。
そこで、考え方を変える事にした。
《必ず、収益の半分を長女のアンジェラに与えるように。
生活費、日用品、服や化粧品、必要経費を惜しみなく彼女に使って頂きたい。》
平民のふりをしている僕が、直接アンジェラに支援するわけにはいかなかった。
だから気づかれないように、こっそりアンジェラを支援していた。
……つもりだったんだ。
僕の家も相変わらずで、格下の子爵令嬢では婚約者として不釣り合いだと、アンジェラとの交際を激しく反対された。
だからこそ、僕はそんな家との決別をするためにトリスタンと事業を始めたんだ。
あの腐れたアンジェラの実家にも左右されないよう、自分だけの力でアンジェラを守っていけるよう。
そうして、僕はついにアンジェラに告白をした。
何も飾る事なく。ただ思っている事を、ありのままに、素直に告げた。
「アンジェラ。君が好きだ。
君さえよかったら僕と、結婚を前提に付き合って欲しいと思ってるんだけど。」
「ありがとう、ミッシェル。私も…
あなたが好きよ。」
「本当に……?嬉しいよ……アンジェラ!」
正直、玉砕も覚悟していたんだ。
けれど、アンジェラが涙を流して僕の告白を受け入れてくれて…しかも、「私も好きだった」と言ってくれて……
僕は心底、神ではなくて、天国のハーシェルに感謝した。
ハーシェルが自分の身を犠牲にして守ってくれたからこそ、今の僕がここにいる。
その僕が初めて、心から愛おしく、守りたいと思う人ができた。
これからどんな困難があろうとも、絶対にアンジェラを守り抜こうと決めた。
僕に素敵な出会いを。そして自分自身を誇れる生き方を与えてくれて、本当にありがとう。
愛しい僕の弟よ。
だけど————自分がロイベルク伯爵家の子息だとは、どうしても言えなかった。
本当に意気地なし…
アンジェラに、本当は冷たい人種だと軽蔑されて、やっぱり嫌われたくなかったんだ。




