18.✴︎もしも許されるのなら
だけど僕の家の教育は徹底していて、ハーシェルに優しくした事がバレて母親に厳しく叱られた。
やがて成長すると共に僕もハーシェルと距離を置くようになり、極度の貴族至上主義の考えが浸透してくると、ハーシェルの存在を当然のように無視するようになる。
合理的で利己主義。
損得で人と付き合う。
持つ者と持たざる者。
それが社会だ。ハーシェルは後者だ。
僕とは生きる世界が違う。
とにかく冷たくした。それでもハーシェルは媚び諂らうのを、やめてくれなかった。
「えへへ。兄さま。今日は機嫌が悪かったのですね。」
相変わらずヘラヘラと笑い、僕に縋ろうとしていた。哀れなハーシェル。
けれどもう僕にはどうしてあげることもできないし、既に心も動かなかった。
いつか僕は父達と同じ様に、合理的で利己的な、心を持たぬ人間になるだろう。
外面的には、ハーシェルも同じロイベルクの人間として扱われ、時には社交界に出る必然性もあった。家では奴隷も同然に扱われているのに。
さすがはロイベルク家だ。我が実家ながら反吐が出そう。
だけどある日、僕とハーシェルが他貴族の交流会に呼ばれ、同じ馬車で移動中。
「ロイベルク家の人間だな……!この、極悪非道な一家め……!
死ね………!!」
冷酷無慈悲な父を逆恨みした一人の男が、僕達の馬車を襲撃。
ナイフを持っていて、僕にその刃先を向けた。
「兄さま………!」
「ハー……シェル……?」
勇敢に男の前に立ち塞がり、ハーシェルは身を挺して僕を庇ってくれた。
刃物は小さな体の胸部に突き刺さり、大量の血が溢れ出した。
外にいた護衛達が犯人を取り押さえ、場は騒然としていた。
気を動転させながら、僕はハーシェルの止血を試みて膝の上に引き上げた。
短く苦しそうな息を吐くハーシェルの顔は、あっという間に青白くなっていった。
「誰か————!!誰か医者を呼んで!!!
ハーシェルを……っ!!僕の弟を今すぐ助けて!!」
「えへへ。…う、ゴホッ。兄さま。
無事でよか、たです……」
「……っ!ハーシェルっ……どうして!?
僕はお前に冷たいことばかりしてきたのに……
どうして、こんな僕なんかを庇って……」
もう自分は血も涙もない人間になってしまったと思っていたが、それは間違いだった。
弟のこんな姿を見てとても平気ではいられなかった。
「ゴホっ、兄さん……
これで少しは……僕のことを、愛してくれるようになりますか?」
「……っ、勿論だよ……!
……僕はお前を愛しているよ……!
初めから、ずっと、愛して……いたよ!!」
それが僕の。
それが僕の本当の気持ちだった。
「よか……っ、たぁ、……」
最後まで媚びるように笑うハーシェルの頬の上に、僕の涙がぽたりと落ちた。
もう無邪気な笑い声は、聞こえなかった。
冷たくて痩せ細った亡骸が僕の膝上にいた。
「う、ううっ……ごめ、ごめんな、ハーシェル。
本当にごめん…っ!!今まで、ずっと……
ずっとお前に冷たくして、本当にごめんな……!ハーシェル………ッ、ごめん………」
ハーシェル。
お前が僕にしか頼れない事を知っていながら、僕はお前を助けてやらなかった。
なのにお前は、こんな僕を守ってくれたんだね。
本当にごめん———。ハーシェル。
お前のお陰で目が覚めたよ。
僕は損得だけを考えて人と付き合い、冷酷に搾取するだけの人間になりたい訳じゃないんだ。
本当は弱い人を守れるような、そんな優しい人間になりたかったんだ。
貴族にも、一人くらいそういう人間がいたっていいだろう?
ハーシェル。僕はもう二度と、僕の心を見失う事はないだろう。
そしてもしも許されるなら、僕がお前に与えてやれなかった沢山の愛を、これから出会う不幸な人々に分け与えたいと思う。
だからどうか、安らかに。僕の愛する弟よ。




