14.契約を超えた愛情
✁┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
冬は容赦なく過酷に、生き物の生命を奪っていく。
自然の摂理がそうであるように、私もまたやがて燃え尽きていく命なのだ。
死に逆らうことはできない。死神とケンカでもしない限り。
あの後私は嗅覚を失い、味覚を失った。
今ではミッシェルの作ってくれる美味しい料理の匂いも、味もしない。
次第に、私が日中活動している時間は減っていき、眠っていることの方が増えた。
脳と体が、活動することをやめてしまうのだろう。
今、自分が生きているのかさえ分からなくなる。
だけどそんな時は、必ずマイケルが私の手に触れてくれた。文字を描いて、言葉を繋ぐ。
四六時中。どんな時も。
片時も離れない、まるで双子のように。
『アンジェラ、今日は雪が降ってるよ。』
『アンジェラ、まだスープは熱いから気をつけて。』
『アンジェラ、やっぱり君の銀髪は綺麗だ。
春を告げる、淡い空の色に似てる。
優しくて、落ち着く色だ。』
そう言えば————マイケルも、空色に近い銀髪をしていたわね。
『アンジェラの、アンバーの瞳も好きだよ。
美しい宝石の、琥珀と同じ色だ。』
そう言って、浴槽に浸かる私の髪を丁寧に洗ってくれた。体も。全部。
もう何もかも見られて、隠す部分なんてないくらい。マイケルには全て曝け出した。
情けない部分も、惨めで臆病な部分も、泣き虫なのも全部知られた。
「私だけあなたに裸を見られて…
恥ずかしいわ。ずるいわ、マイケルだけ。」
『ずるい?けど、うん。そうだね。
正直言ってアンジェラ、君はとても綺麗だ。』
「私だって、マイケルの裸が見たいわ!」
『……ぷ。あははは、アンジェラ!
いいよ、いつだって僕の裸を見せてあげる。』
顔が溶けるほど情熱的な台詞まで、躊躇いもなく言う。まるで新婚の夫婦みたいだ。
時々ワガママを言って困らせたのに、マイケルは、一度も私の世話を放棄することはなかった。
『おやすみ、アンジェラ。良い夢を。』
今ではマイケルは、私の部屋の床に布団を敷いて眠るのよ?
もしも私に何かあったらと思うと、怖くて眠れないと。
時々マイケルは子供あやすように————
寝る前の私の額にキスまでする。
まるで愛してるよ、と言われているみたいで。本当にくすぐったい。
でもこれって本当にどういうことだと思う?
あの日の真相だってまだ分かってないのに。
『子爵のその後だけど。
負債が相当あったらしく、完全に何もかも立ち行かなくなって、事実上家門は破滅したらしいよ。』
再びトリスタン様が尋ねてきて、子爵家が破滅したことを告げられた。
『アンジェラの実家のことだし、悪くは言いたくないけど。
俺的には『ざまーみろ!』と思ってる。
長年アンジェラを虐めた罰が当たったんだ!
弱いものを虐めて、幸せになれるわけがない!』
よほど私の実家のことを嫌っていたようで、トリスタン様は延々と愚痴を吐いていらっしゃると。
でも貴族というものは大半が、そういう者たちですよ?
トリスタン様達が、やはり相当変わっていたのだろう。
『しかも、あの三人、責任も取らずに夜逃げしたみたいだ。やっぱり最後まで最低な奴らだったみたいだな!』
トリスタン様が帰られてから、ひどく寒い、吹雪の夜——————
夜中に誰かが尋ねてきたという。
「マイケル?一体誰がきたの?」
けれどマイケルは、具体的に誰とは言わず、客を追い返すという。
「吹雪の中を?」
可哀想だから一晩くらい泊めてあげたらと言ったとたん、誰かの冷たい手が私の足にしがみついた。
「え?え??誰———?何?」
何も見えないし、何も聞こえないのに、その手はやがて数を増していった。
車椅子が揺れ、同時に私の体も激しく揺らされる。怖い!!
誰!?一体誰が私の体にしがみついて、車椅子を揺らしているの?
恐怖に駆られ思わず車椅子を後退させると、複数人の手は自ずと引き剥がれていった。
「マイケル!マイケル?そこに誰がいるの!?一体何がどうなって……!」
パニックになり、マイケルを大声で呼ぶと、彼の手が私の腕にしっかりと触れた。
そして、私を安心させるように、手のひらに文字を描いてくれた。
『もう大丈夫だよ、アンジェラ。怖かったね。無礼な客は皆、追い出した。
心配しなくていい。もう————君を脅かす者は二度とここには現れない。』
「……誰だったの?少なくとも三人はいたでしょう?」
『……泥棒、だよ。』
「泥棒………?」
あの感じは泥棒とは程遠い気がした。
物乞い、もしくは何か私に、必死に助けを求めているような。
以前私も同じように、侯爵家の旦那様や奥様に、しがみついた経験があったから分かる。
あの行動は、困っている人がするものだ。




