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2.何も持たない私は



 「どうせ死ぬんでしょ?

 なら必要最低限のものだけ持って行きなさい。貴方に多くの物は必要ないわ。

 アンジェラ。」


 継母のミランダにそう言われ、私は少ない荷物だけを持って馬車の前に立っていた。

 子爵邸の立派な門構え。お父様の事業がうまくいっていることを物語っている。


 見送りをするのは冷酷なミランダと、その娘のジェシカだけ。

 当然ながらお父様の姿はない。

 私を目で威圧するミランダの後ろから、ジェシカが小馬鹿にしたように手を振っていた。


 少しクセのあるジェシカの髪は今日も綺麗な髪飾りで彩られ、着ているドレスも上品で華やかだ。質素な服を着た私とは違う。

 そんな私をジェシカは愉快そうに眺めて——

 

 「それでは、お姉さま。さようなら。

 邪魔者が消えてくれて本当に良かったわ。」


 私はあなたの代わりにミッシェル様と幸せになるわねと、心底嬉しそうに唇を動かした。

 

 ◇


 あの日ミッシェルとはそれっきりだった。


 夜になり、病気の事で迷惑をかけられないからと、家を出る許可を貰いにミランダの部屋を訪れた。

 相変わらずお父様は仕事で忙しく、この日も不在だった。

 いや…例え忙しくなくても私には一切興味のない人だった。

 私がもうすぐ死ぬから出て行くと知っても、顔色一つ変えないだろう。

 真っ赤なリップをひいた唇と、やはりクセのある茶髪、背が高いのが特徴のミランダは、明日あるお茶会の準備で忙しく過ごしていた。

 始めそれを引き止めた時はすごく嫌そうな顔をされたけれど。


 「継母おかあ様。できれば私は《あの家》で最後の時を過ごそうと思っているのですが。」


 「あら。あの場所《﹅﹅》なら貴方の死に場所にぴったりじゃない。」


 家を出て、私がどこへ向かうのかを知ったミランダは明らかに嬉しそうだった。

 

 「そう。それは、良かったわ。

 貴方がいなくなれば、ミッシェル様も安心してジェシカと上手くいくものね。

 治療費はもちろんのこと、我が家には、病人を看る余裕なんてないのよ。

 ついでに厄介な食い扶持が減ると思えば、本当に助かるわ。」」


 やはりミランダも…ミッシェルとジェシカの関係を知っていたのだ。

 知らなかったのは私だけ。


 しかし、食い扶持と言われても。


 私はこの家でろくに食事をした記憶がない。

 お母様が亡くなると、お父様は子爵家のメイドだったミランダを後妻に迎えた。

 お母様の喪が開けてすぐに。貴族社会では良くある話だと周囲から聞かされた。


 そしてお父様はその日から、ミランダとジェシカをとても大切にした。

 代わりに私の事は初めからいなかったかのように扱った。

 それもそのはず。

 だってお父様はお母様と夫婦であった時、すでにミランダと不倫していたのだから。

 ジェシカもその時に生まれたらしく、ミランダと一緒にこの屋敷に住むようになった。

 私よりたった3歳違いだった。


 それから私はミランダに使用人達と一緒に働くようにと命令された。お父様は知らんぷり。

 何よりミランダとジェシカにとても冷たくされた。

 時には意地悪されることも。

 そのうち、まともにご飯も貰えなくなり……


 あまりにお腹が空いた私は厨房にある残り物のパンを食べたが、運悪く料理長に見つかって頬を叩かれ、ひどく怒られてしまう。


 「このっ、泥棒が!」


 でも、食べなければ死んでしまう。


 そこで私はある日こっそり家を抜け出て、町の境目で隣接する侯爵邸を訪れた。

 空腹で死にそうだった。とにかく何かを食べたかった。


 「どうか……私を雇って頂けませんか?

 いっしょうけんめい働きますから。

 どうか……どうかっ、お願いします。」


 あの時私は8才だったが、生きるのになりふり構っていられず、懸命だったと思う。

 家庭教師はつけて貰えなかったので、家の仕事が終われば時間があったから。


 侯爵家の旦那様と奥様は始め凄く困惑していたが、幸いにも同情してくれたようで、それなら週1日だけ働きに来るようにと仰ってくれた。

 

 ただ侯爵邸までは当然徒歩で、我が家での仕事を全て終えてから家を抜け出しても、帰りは夜遅くになってしまうという難点があった。

 そんな状況を見かねた旦那様が、こっそり帰りの馬車を準備してくれた。

 高位貴族だったにも関わらず、本当に優しい方々だった。


 仕事に関しても、週1日だけでも働ければ十分だった。


 私は頼まれた仕事は何でもやった。

 床磨きにお風呂掃除。

 窓拭きに、階段の拭き掃除。

 庭履きに、花壇のお手入れ。いつも自分の家でしていた事だから苦痛ではなかった。


 「ほら、アンジェラ。

 君が一生懸命仕事して稼いだお金だよ。」


 旦那様はそう言って、私に3ペシリングの硬貨を手渡してくださった。

 3ペシリングもあればパンとミルク、干し肉一枚が買える。

 隣で奥様も私をとても憐れむように見おろしていた。

 きっと二人は私がどこの誰かをご存知だったのだろう。


 「ありがとうございます。旦那様、奥様。」



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