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12.知り得ない情報


 私、話しをしたかしら—————?

 マイケルに、そんな詳細まで。

 なぜ………あなたが、知っているの?



 ✁┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 


 あのケンカ以降、私たちはまた穏やかな日常を過ごしていた。

 マイケルに心を許した私は、どんな些細な悩みや不安も、なるべく伝えるようにした。

 日に日にあらゆる感覚を失っていく私に対して、マイケルは本当に何も変わらなかった。

 そう言えば、声が聞こえるうちに、二人でこんな会話を交わした。


 「マイケル。

 ちょっと暗い話をしてもいい?」


 「いいよ。何だってアンジェラの言うことは聞くよ。」


 「ふふ。あのね。————誰かが死ぬと、その人の周囲にいた誰かが一番初めに忘れてしまうのは、死んだ人の『声』なんだって。」


 「……声?」


 「人間は一番初めに、大切な人の声を忘れてしまうらしいの。

 悲しいわよね。何よりも始めに、好きな人の声を忘れてしまうなんて。」


 まさに死に向かっている当事者が、暗い話題を振るものだから、マイケルは当然困るんじゃないかと思ったけれど。


 「う〜ん……じゃあ、僕がアンジェラの声を忘れないように、録音機能の付いた蓄音機を買ってきてあげる」


 「え?」


 あの日以降、どことなくマイケルも強くなった気がする。

 お互いが、思っていることを伝え合う。

 聞こえなければ側に寄り添い合う。

 足りなければ、足りるまで紡ぎ合う。言葉を補い合う。分からなければ、手の感触で伝え合う。

 相手のことを、思い合う。

 本当に不思議なものだ。

 それだけで、暗い世界のはずが輝やかしく、愛おしく思えた。


 言った側からマイケルは、さっそく蓄音機を購入してきた。

 

 「これ、まだ発売されたばかりでは?

 高かったでしょう?」


 「…たまたま、安くで手に入れたんだよ。

 いいから、座って、アンジェラ。」


 手慣れた様子で蓄音機を動かし、マイケルは車椅子に座る私に寄り添い、声をかけた。


 「アンジェラ。ほら、何か言って。君の声をたくさん聞かせて。」


 「マイケル———あなたは本当に優しくて、親切な人だわ。

 努力家で、仕事熱心で、いつも私を気遣ってくれる。

 あなたみたいな善人が、世の中にどれだけいるかしら?

 本当に、いつもありがとう。心から、感謝してるわ。」


 言い終えると、マイケルが私の手のひらに文字を書いた。


 ———アンジェラの夢を話して。———

 

 「夢……?そうね。もしもこの先私が生きていたら……

 綺麗に咲いた、庭のチューリップが見たいわ。

 そのほかにも、春に芽吹く色とりどりの花を見たい。

 マイケルが作ってくれたサンドイッチを持って、庭にシートを敷いて、二人でお花見をするの。

 ゴロンと寝転がるのもいいわね。気持ち良さそう。

 春の暖かな陽射しと、温もりを感じながら、一日をゆっくりと過ごすの。きっと素敵ね。

 それから、夏には——————」

 

 子供のように蓄音機に向かって話し続けた私は、疲れていつの間にか眠ってしまっていた。




 ざわざわと誰かと誰かの話し声が聞こえる。


 「————気は確かか?——、——」


 いつの間にか私は、自分のベッドに寝ていたらしい。マイケルが運んでくれたのだろう。

 トリスタン様に頂いた杖を使って移動し、少し開いていた扉に近づいた。


 扉のすぐ側に人がいる。誰と誰が話しているんだろう?

 すっと耳を澄ます。もう少し。私の耳。もう少し、もう少しだけ頑張って。

 私は扉に蜥蜴とかげのように、ぴたりと張りついた。


 「————本当にいいのかよ?

 ————の、祖父母の代から引き継いだ事業じゃないのか?」


 あの声は、ガスパルと———


 「いいんだ。そもそも、僕たちが———したのは、全部彼女のためだったんだから。」


 相手は……マイケル?


 「恨まれるかもしれないぞ。ただでさえ———なのに。それでお前は平気なのか?」


 「そんなことは百も承知だ。それにあの子爵家は———酷いことをしてきたんだ。

 決して許されることじゃない。」


 「あの男《﹅》は知ってるのか?あの、情に熱い変わり者!」


 「———?もちろん。承諾済みだ。

 あいつほど、僕のことをよく分かっている人間はいない。」


 あまりに真摯な声量。所々よく聞き取れないけれど、子爵家がどうのこうのって、一体。

 

 「———今の子爵が経営する『オーロール』は、どのみち経営難に陥っていたんだ。

 あの店は元々、彼女の祖父母達が昔ながらの手法を守ってきたから、うまくいっていた店だった。

 なのにあの男が。元は平民出身で、何の知識もないくせに、次々と手を広げるから。

 どうせ潰れてしまうなら、今がその時だ。」


 「全く〜、本当にお前はあ。あの子が泣くぞ。何で正直に言わないんだよ!

 ったく!じれったい!」


 「いいんだ。————すでに僕は何度も——————を泣かせてきたんだから。」

 

 『オーロール』。その名前には聞き覚えがある。

 私の実家であるルフェーブル子爵家、つまりお父様が経営する店名だ。

 祖父母が善意で父に引き継がせた、服飾店。


 知らない。オーロールが経営難?そんな話は初耳よ。

 事業は上手くいっていたはずだわ。

 じゃなきゃ、ミランダやジェシカがあんな風に、毎日豪華なお茶会を開けるはず……


 「恩知らずな上に、恥知らずなあの一家を、僕は許す気はない。」


 マイケルの声が怒ってるのが分かる。恨みのこもったような低い声で……


 彼女って、以前マイケルが言っていた人のこと?想い人の。

 あの子爵家に、マイケルの想い人がいたの?

 誰?あの家で働く使用人?


 それに、なぜマイケルが、私の実家の事業のことまでそれほど詳しく知っているの?

 言ってないわ。マイケルにも。ガスパルにだって……

 そんな詳細、契約書にだって書いてない。

 私だって知らない情報よ。

 

 「それにロイベルク家を敵に回せばどうなるか、彼らは分かっていたはずだ。

 それなのに————あまりに愚かだ。」

 

 「………!?」


 驚きのあまりつい声を漏らしてしまうところだった。


 ロイベルク………!?

 それって————ミッシェルの実家?

 古くから続く高名な、ロイベルク伯爵家。

 ミッシェルはその家門の三男だった………


 しばらくして、ガスパルが帰ったのが分かった。

 マイケルは慌しく、キッチンの方に向かって行ったようだ。

 けれど私はまだ扉の前から動けず、ずるずるとその場に座り込んでしまった。

 ドクドクドク激しく心臓が鼓動を鳴らす。


 「ロイベルク家を、どうしてマイケルが?」


 彼は平民出身者だと————

 この既視感は一体何だろう。

 似たような経験をした事があるせい?

 まさかマイケルは平民ではないの?でも思えば彼はどことなく、雰囲気が似ていた。

 ずっと、どこかで違うと否定しながらも。


 マイケル————あなたは一体、誰?

 


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