12.知り得ない情報
私、話しをしたかしら—————?
マイケルに、そんな詳細まで。
なぜ………あなたが、知っているの?
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あのケンカ以降、私たちはまた穏やかな日常を過ごしていた。
マイケルに心を許した私は、どんな些細な悩みや不安も、なるべく伝えるようにした。
日に日にあらゆる感覚を失っていく私に対して、マイケルは本当に何も変わらなかった。
そう言えば、声が聞こえるうちに、二人でこんな会話を交わした。
「マイケル。
ちょっと暗い話をしてもいい?」
「いいよ。何だってアンジェラの言うことは聞くよ。」
「ふふ。あのね。————誰かが死ぬと、その人の周囲にいた誰かが一番初めに忘れてしまうのは、死んだ人の『声』なんだって。」
「……声?」
「人間は一番初めに、大切な人の声を忘れてしまうらしいの。
悲しいわよね。何よりも始めに、好きな人の声を忘れてしまうなんて。」
まさに死に向かっている当事者が、暗い話題を振るものだから、マイケルは当然困るんじゃないかと思ったけれど。
「う〜ん……じゃあ、僕がアンジェラの声を忘れないように、録音機能の付いた蓄音機を買ってきてあげる」
「え?」
あの日以降、どことなくマイケルも強くなった気がする。
お互いが、思っていることを伝え合う。
聞こえなければ側に寄り添い合う。
足りなければ、足りるまで紡ぎ合う。言葉を補い合う。分からなければ、手の感触で伝え合う。
相手のことを、思い合う。
本当に不思議なものだ。
それだけで、暗い世界のはずが輝やかしく、愛おしく思えた。
言った側からマイケルは、さっそく蓄音機を購入してきた。
「これ、まだ発売されたばかりでは?
高かったでしょう?」
「…たまたま、安くで手に入れたんだよ。
いいから、座って、アンジェラ。」
手慣れた様子で蓄音機を動かし、マイケルは車椅子に座る私に寄り添い、声をかけた。
「アンジェラ。ほら、何か言って。君の声をたくさん聞かせて。」
「マイケル———あなたは本当に優しくて、親切な人だわ。
努力家で、仕事熱心で、いつも私を気遣ってくれる。
あなたみたいな善人が、世の中にどれだけいるかしら?
本当に、いつもありがとう。心から、感謝してるわ。」
言い終えると、マイケルが私の手のひらに文字を書いた。
———アンジェラの夢を話して。———
「夢……?そうね。もしもこの先私が生きていたら……
綺麗に咲いた、庭のチューリップが見たいわ。
そのほかにも、春に芽吹く色とりどりの花を見たい。
マイケルが作ってくれたサンドイッチを持って、庭にシートを敷いて、二人でお花見をするの。
ゴロンと寝転がるのもいいわね。気持ち良さそう。
春の暖かな陽射しと、温もりを感じながら、一日をゆっくりと過ごすの。きっと素敵ね。
それから、夏には——————」
子供のように蓄音機に向かって話し続けた私は、疲れていつの間にか眠ってしまっていた。
ざわざわと誰かと誰かの話し声が聞こえる。
「————気は確かか?——、——」
いつの間にか私は、自分のベッドに寝ていたらしい。マイケルが運んでくれたのだろう。
トリスタン様に頂いた杖を使って移動し、少し開いていた扉に近づいた。
扉のすぐ側に人がいる。誰と誰が話しているんだろう?
すっと耳を澄ます。もう少し。私の耳。もう少し、もう少しだけ頑張って。
私は扉に蜥蜴のように、ぴたりと張りついた。
「————本当にいいのかよ?
————の、祖父母の代から引き継いだ事業じゃないのか?」
あの声は、ガスパルと———
「いいんだ。そもそも、僕たちが———したのは、全部彼女のためだったんだから。」
相手は……マイケル?
「恨まれるかもしれないぞ。ただでさえ———なのに。それでお前は平気なのか?」
「そんなことは百も承知だ。それにあの子爵家は———酷いことをしてきたんだ。
決して許されることじゃない。」
「あの男《﹅》は知ってるのか?あの、情に熱い変わり者!」
「———?もちろん。承諾済みだ。
あいつほど、僕のことをよく分かっている人間はいない。」
あまりに真摯な声量。所々よく聞き取れないけれど、子爵家がどうのこうのって、一体。
「———今の子爵が経営する『オーロール』は、どのみち経営難に陥っていたんだ。
あの店は元々、彼女の祖父母達が昔ながらの手法を守ってきたから、うまくいっていた店だった。
なのにあの男が。元は平民出身で、何の知識もないくせに、次々と手を広げるから。
どうせ潰れてしまうなら、今がその時だ。」
「全く〜、本当にお前はあ。あの子が泣くぞ。何で正直に言わないんだよ!
ったく!じれったい!」
「いいんだ。————すでに僕は何度も——————を泣かせてきたんだから。」
『オーロール』。その名前には聞き覚えがある。
私の実家であるルフェーブル子爵家、つまりお父様が経営する店名だ。
祖父母が善意で父に引き継がせた、服飾店。
知らない。オーロールが経営難?そんな話は初耳よ。
事業は上手くいっていたはずだわ。
じゃなきゃ、ミランダやジェシカがあんな風に、毎日豪華なお茶会を開けるはず……
「恩知らずな上に、恥知らずなあの一家を、僕は許す気はない。」
マイケルの声が怒ってるのが分かる。恨みのこもったような低い声で……
彼女って、以前マイケルが言っていた人のこと?想い人の。
あの子爵家に、マイケルの想い人がいたの?
誰?あの家で働く使用人?
それに、なぜマイケルが、私の実家の事業のことまでそれほど詳しく知っているの?
言ってないわ。マイケルにも。ガスパルにだって……
そんな詳細、契約書にだって書いてない。
私だって知らない情報よ。
「それにロイベルク家を敵に回せばどうなるか、彼らは分かっていたはずだ。
それなのに————あまりに愚かだ。」
「………!?」
驚きのあまりつい声を漏らしてしまうところだった。
ロイベルク………!?
それって————ミッシェルの実家?
古くから続く高名な、ロイベルク伯爵家。
ミッシェルはその家門の三男だった………
しばらくして、ガスパルが帰ったのが分かった。
マイケルは慌しく、キッチンの方に向かって行ったようだ。
けれど私はまだ扉の前から動けず、ずるずるとその場に座り込んでしまった。
ドクドクドク激しく心臓が鼓動を鳴らす。
「ロイベルク家を、どうしてマイケルが?」
彼は平民出身者だと————
この既視感は一体何だろう。
似たような経験をした事があるせい?
まさかマイケルは平民ではないの?でも思えば彼はどことなく、雰囲気が似ていた。
ずっと、どこかで違うと否定しながらも。
マイケル————あなたは一体、誰?




