11.初めてのケンカ
彼が真正面に、しゃがんだ気配がした。
やがて肘掛けに置いていた手に、ぽつりと何かが滴り落ちた。
「マイケル。もしかして、泣いてるの?」
「————アンジェラ。僕が、言ったじゃないか。
一人で悩まないでって。何でも頼っていいよって。
例え君がどんな姿を見せたって、それを僕が惨めだなんて思う瞬間は、永遠にないよ。
頑張って生きてる君は……それだけで奇跡なんだから。
お願いだから自分を、そんな風に貶めたりしないで欲しい。君は充分、素敵な人だ。」
「なぜあなたが泣くの、マイケル。」
いいえ……私のために泣いてくれるのね。
あなたは、驚くほど優しい人だから。
彼が泣くと私も喉の奥がヒリヒリとした。
私のために泣いてくれる、マイケルのことがどうしようもなく————愛おしくて。
聞こえないから、今度は自分から近づいた。
彼と直接やり取りできる距離に。すぐ近くにマイケルの吐息を感じた。
頬にそっと、私の頬が触れた。
「これから、私の病気はもっと悪くなるわ。
それでも嫌になったりしない?」
「当たり前じゃないか。
君のお世話をする事が僕の喜びなんだから。
嫌になったりするはずがない。
何があったって、僕は君を見捨てたりしない。」
「今以上にあなたに負担をかけるのよ?」
「何も問題ないよ。これまでと、何も変わらない。」
「最期はあなたの作ってくれる料理の味も、あなたの手のひらの温もりすらも、感じることができなくなるわ。」
「……、君が分からない分、僕が感じ取るから大丈夫。それで何が変わるの?
君は君で、何も変わらない。
アンジェラ。君はずっと、君のままだ。」
「それならお願い。私を————最期まで、看取ってね。」
「当然だろう?そういう———
契約《﹅﹅》なんだから。」
「ありがとう。マイケル。本当に。」
私は温もりを頼りに、マイケルの手のひらを自分の頬にぎゅっと当てた。
安心する。この温もり。どこか懐かしく、温かく———愛おしく感じた。
親愛と呼ぶものだろうか。
死の間際にマイケルと出逢えたことは、少しでも私のことを哀れに思ってくれた神様の、プレゼントなのかもしれない。




