7.初めまして
「主な契約内容は、アンジェラができない家事や身の回りの世話をすること。掃除や洗濯の補助、ご飯作りとか。
あと、アンジェラの介助かな。
だんだん不便になるだろうから。
契約期間は、アンジェラが息を引き取るその時まで。
その後マイケルは、アンジェラの死亡届を役所に提出して、あとのことは葬儀屋に任せる。
そこで契約は終了とする。」
私とマイケルの間に立ち、ガスパルが改めて契約内容を大きな声で読み上げた。
これだけの厄介な契約内容だったのに、意外にもリーズナブルな値段で契約することができた。
二人には本当に感謝しかない。
「あ〜…あと、一応時間売買のルールには契約中、お互いのプライベートには干渉しないってのもあるけど……
俺は、それはアンジェラやマイケル次第でいいんじゃないかって思ってるんだよな。」
「プライベート?」
私が思わず尋ね返すと、ガスパルはふああと欠伸をした。眠たそうに。
どうやら契約者を探すのに必死になってくれていたらしい。
「そ。お互いの家族の事や友人の事とかさ。
仲良くなったらそのうち、お互いに話してもいいんじゃないの?
せっかく一緒に生活するんだからさ。」
マイケルのプライベート。興味がない分けじゃないけれど、もうすぐ死ぬ私がそれを聞いてもいいんだろうか。曖昧な返事を返した。
「そう、ね。」
「分かりました。そのうち……ですね、アンジェラ。」
書類を確認し、ガスパルが「とりあえずこれで伝達事項は終わりだな」と呟いた。
「ガスパルもお疲れ様。色々と大変だったでしょう?」
「ん?何言ってんの、アンジェラ。
俺は俺の仕事をしただけさ。」
ガスパルは私に気を使わせないよう、あえてそう言ってくれているのだろう。
そのガスパルが私にこそっと耳打ちをした。
「アンジェラ。お前。
あれから左目も悪くなってるな?
ほとんど見えてないんじゃないのか?
耳も……………」
「うん、実はそうなの。」
さすがは魔法使い。何でも分かるのね。
私はなるべくガスパルが気に病まないように、気丈に笑って返事をした。
「アンジェラ。また気休めに過ぎないけど」
その瞬間私の体は、ガスパルに出会ったあの日のようにふわっと軽くなった。
「もしかして、ガスパル。また魔法を?」
「そうだよ。また今回も無料だ!」
「ふふ。ありがとう。ガスパル。あなたには感謝することばかりね。」
きっとガスパルは魔法をかける度に、そう言ってくれるような気がした。
本当に優しい魔法使い。
契約書を再確認したガスパルは、頼もしいお兄さんのように私達二人の肩を抱いた。
「お二人さん。もし契約期間中に何か困った事があったら、このガスパルに相談するんだぞ、いいな?」
「ふふ。分かったわ、ガスパル。」
「ありがとうございます。ガスパルさん。
その時はご相談させて頂きますね。」
「ああ。
とりあえず、俺もたまに様子を見に来る予定だけど、二人ともケンカせず仲良くな!」
玄関先で見送りをする私とマイケル。
ガスパルの元気な「またな!」という声が耳に届いた。
ぼんやりとしたガスパルの姿が、一瞬で見えなくなった。
単に私の目が悪いのか。もしくはあれも魔法なんだろうか。
◇
その日から、私とマイケルとの奇妙な共同生活が始まった。
これからマイケルとは、ほぼ毎日一緒に過ごすことになる。
マイケルは自分の荷物は、スーツケースに入れて持ってきたと言った。
彼には隣の部屋を使ってもらう。
夜はそこで眠るため、昼間のうちにガスパルと一緒にベッドやテーブルを運び入れるなどの準備をしていた。
何かあった時のために呼び鈴も取りつけた。
ガスパルが帰ったあとはすぐに夕飯の時間になり、マイケルは私のためにご飯を作ってくれた。ただ……
「ごめんね、アンジェラ。
実は僕、あまり料理を作ったことがなくて」
よく顔は見えないけれど、声のテンションから、マイケルが何処となく落ち込んでいるような気がした。
気にしないでと言いながら、私は手探りでテーブルに座った。
ぼんやりとしたテーブルの上に、ぼんやりとした白いものが二つ。
よく焼けた、すごく香ばしい匂いがする。
その脇には赤い丸いものに、形の曲がった棒状のもの、緑色の何かが乗っていた。
これは、きっとサラダに目玉焼きだ。
「気にしないで、マイケル。
これは目玉焼き?…それにこの匂いはウィンナー?」
「!分かるの?」
「ふふ。分かるわ。すごく美味しそう。
食べてみてもいい?」
「当然だよ、アンジェラ。君のために作ったんだから。」
初めは自分一人で食事をするつもりだった。
でもよく見えないから手元をもたつかせていると、マイケルが目玉焼きを一口サイズにカットして、私の口に運んでくれた。
「美味しい。」
「本当に!?良かった!」
「本当よ。本当に美味しい。
こんなに美味しいご飯は久しぶりだわ。
マイケルも食べてみて。」
ここで生活をする間、マイケルも一緒に食事することになっている。
彼が椅子を引いて、目の前の席についた音がした。
それはとても上品な座り方だった。
マイケルは平民だと聞いているが、教養のある人なのだろう。
ガスパルが言っていた通り、余計なトラブルを避けるため、本来時間売買業のルール上、契約者の個人情報は明かされないことになっている。
ただ売買の仲介者だけは別で、彼らはちゃんと契約者の身元を把握している。
だから万が一にも変な人を雇うことはない。
そうでなくともマイケルは、初対面からすごく優しい人だった。
「本当に美味しい。
ありがとう。マイケル。」
「良かった。アンジェラにそんな風に喜んでもらえて。作り甲斐があるよ。」
楽しそうな笑い声が聞こえる。
すでにマイケルはさっき、私が食べやすいように目玉焼きもウィンナーも一口サイズに切ってくれていた。
久しぶりに誰かが目の前にいる。
誰かと一緒に食事をしている。
誰かがこうして私のためにご飯を作ってくれて、向かい合って、一緒に食事をしてくれていることが嬉しかった。
「アンジェラ………?」
彼の気の毒そうな声が聞こえたけれど、私の視界はさらにぼやけていた。
その後喉に何かが詰まったようで私は思うように喋れなくなった。
食べた目玉焼は、涙の味がした。
「アンジェラ。
これからは僕が側にいるよ。毎日一緒に食事をしよう。」
そう言ってマイケルは席を立ち上がり、優しく私の涙をハンカチで拭いてくれた。
あまりに優しい人で。やっぱり申し訳なさが上回る。
看取り役という、嫌で重い役目をマイケルに引き受けさせると思うと、やはり胸が痛んだ。




