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一国の王が私の存在を認めた。

中枢を担う貴族、明日の儀式の証人になるために集まってきていた有力者、それには参加しない大陸の権力者。みんなにその知らせがなされ、明日は予定されていた召喚の儀の代わりに、私の披露会が行われる。


結構な広さのあるホールの飾りつけが急ピッチで行われている。こっそりと見学させてもらった。体育館クラスかと思ったらコンサートホールクラスの広さ。

私、こんなところで紹介されるんだ。


もともと儀式の後には晩餐会をする予定だったらしく場は出来ていたのを、私の雰囲気に合わせて変えているのだそうだ。

花をふんだんにあしらわれたり、若草色や薄い黄色なんかの飾りをつけたり、柔らかな色彩に染まっていくのが、なんとなく気恥ずかしい。人格がというより、名前由来なのだろう。

ラルケが白ローブの一団を率いて、高いところの装飾なんかを魔術で担ってくれている。

リックはさすがいなかった。帰っちゃったかな。挨拶しときたかったな。


その後、私は城の一室でアンと合流した。

目の肥えた貴族たちに眉をひそめられない最低限の所作を覚えて、当日にする演説の内容を考えるためだ。

ちなみに、ファルテはメナード家の雑用係として、あちらこちらの根回しに向かっている。

「表面的には物腰柔らかくて穏やかそうでしょう。人好きするのよ。我が家にはない遺伝子だからこういう時は重宝するわ」

「アンさんもそのことは知ってるんですね」

「当然よ。私が救児院に足を運んで選んだの。自分よりいい身なりして大人を引き連れて自分達を品定めしてる年下の女の子を見て、お兄様がなんて言ったと思う?」

「え、なんだろう。私なら遠巻きにしちゃいそうです。絶対、新しく来た子でもないし、正体がわからなくて怖いし」

アンは頷き、鼻でなにかを笑いとばした。

「きみもミーニャ様に会いに来たの? そうだとしたらもう大丈夫だよ。ですって」

お母様に似てたの、と取りこぼしてしまいそうな小さな声で、アンが言った。

「ああ、それは選んじゃうな」

優しげな笑顔が目に浮かぶようだ。

「アンさんの決定でファルテさんはこの家に来たんですね」

「いいえ。決めたのはさすがにお父様ね。軽く質疑応答をして知力を確かめてらした。けれど決め手はリックよ。その頃からずっとファルテお兄様に引っ付いていたわ」

「リックさんが?」

「どうして育成機関ではなく救児院にいたのか不思議なくらい魔術の素質があった。彼がなにをしたと思う? ファルテお兄様を連れていこうとするお父様のお顔に魔術で傷をつけたのよ、まだ魔術を学んでもないのに」

「え、それって大問題なんじゃ」

振り返った私の頭から本が転げ落ちた。

話しながらでも姿勢よく歩く練習中だったのだ。

「姿勢を崩さないで。早く拾って頭にのせなさい」

「はい。……それで、どうなったんですか」

「お父様は思ったそうよ。ファルテお兄様を手に入れたら、これも付いてくるのなら、いい拾い物だって。私は褒められたわ」

何気ない言葉に、ぞっとした。

「足を止めないのよ。前を向いて。……魔術師に必要なのは素質と勤勉さ。才能のある怠惰な魔術師より、才能はないけれど血の滲むような努力をした魔術師のほうが優秀なの。あとは、お分かりかしら」

「ファルテさんを理由にして、リックさんに魔術を学ばせたんですね」

「才能のあるリックは他の追随を許さない死に物狂いの努力を重ねて、貴族にも神殿にも王にも属さない優秀な魔術師になった」

それはたぶん、幸か不幸かで仕分けられることではない。

ファルテをとられるかもしれないと警戒して私に味方じゃないと吹き込んだ彼は、大勢の人がいるところではファルテにくっついて離れなかった彼は、幼い頃に受けた生傷をずっと抱えて生きている。

ファルテだってそうだ。優しい彼が、自分のためにそんな風になった友人をどう思うのか。

魂の片割れ。

幼少期に癒着したそれは、段階を踏んで大人になっていけば自然と離れたかもしれないのに、歪に分かたれた。

「反対に、お兄様にはこう言った。メナード家の理念に従順たれ、この国に有益であれ。そうでなければリックがどうなるかわかっているな」

「そんなの……見てたアンさんだって、辛かったんじゃないですか。自分に優しくしてくれたから選んだ人が、そんな目にあうの」

ファルテが来たのはアンのお母様が亡くなってすぐくらい。アンはまだ三歳かそこらだったはずだ。

アンは私に手本を見せるようにまっすぐに前を向き、姿勢よく歩いていく。

「良い勉強になったわ。私が因果の応報を受けるのは、必ずしも私ではない。私のした選択が他者の人生を一変させる。民の生活を預かる貴族として、常に念頭に置くべき考え方よ」

部屋の端までたどり着き、くるりとターンする。頭の先から足の先まで美しい、貴族の所作。

アンは私を見て、顔をむっとさせた。

「変な顔。言っておくけれど、貴族なんてこんな話ばかりなのだから、覚悟なさいね。……ここまで来なさい。そうしたら、休憩にしましょう」


お湯をもらって、アンに手ずから淹れてもらったのはオレンジの香りがする紅茶だった。


「私が公表されたら、噂もおさまるんでしょうか。一部の貴族が異世界人を囲っているっていうやつ」

ティーカップ片手に原稿の方向性を探る。

前のソファに腰かけたアンは首を横にふる。

「無理でしょうね。召喚の儀を試そうとする二日前に現れた異世界人なんて怪しいわ。すでに召喚していたのを露見する前に放逐した。もしくは、召喚の儀をうやむやにするために偽装してる。私なら、その考えを捨てたりしないわよ」

前者はあながち間違いでないので、なにも言えない。

「あなたはここにいる限り、疑われ続けるの。怖じ気づいたかしら」

「それがそんな気も全然ないんですよ」

あつあつで美味しい紅茶を口にする。

「なんだかんだ、皆さんのおかげで私を追い回していた人たちとは一度も会わずにすんでるからか、実感がなくって」

「残念ね。ちらりとでも見せてやれば良かった。もっと大人しくしていられたかもしれないのに」

澄ました顔のアンは憎まれ口を叩くけれど、冗談なのがすぐに伝わってきてしまう。

「命とか、狙われますかね」

「陛下と話した事実がすでにあるというのに、そこまでの強行に意味などあると思うの? 貴族たちはひとまず様子見に入るでしょうね」

アンはカップをソーサーに戻して、頭を悩ませる。

「懸念の残る御家はあるから、そこの家の名前は後で覚えてもらうわよ」

「近寄るなってことですね。わかりました。悪い噂のあるお家なんですか」

「様々ね。異世界人が好きで無作為に信仰してるようなのとかもいるわ。あなたが来たとき、とりあえず救世主として世にだそうと言ってたわよ。神の言葉まで偽ろうなんて、私でなくとも呆れる」

「そういうのもあったんだ。気を付けます」

うっかり救世主様ともてはやされても、自我を保てるようにしよう。

あと、これをしたら神様に認められるよ、とかその手のやつも気を付けないと。

「やっぱり、今回の演説に関しては、こいつちょっと変だな近寄らないようにしとこ、みたいな路線がいいんですかね。私の思う形とは違いますけど」

「それはそれで執着をもつものもいるから一概には言えない。逆張りというのかしら」

「うーん、難しい」

「策は弄せず、あなたの言葉でいいのよ。綻びもでにくいし、なにより混じりけのない言葉は、それだけで価値があると人に思わせるわ」

「疑惑の異世界人でも価値があるでしょうか」

「すこし違うわね。その言葉をかけられている人が、自分に、価値を見いだすの。自分はこの人にとって価値があるから、包み隠さず正直に話されている。大切にされている。そう思わせる……ファルテお兄様にも言ってやりたいわね」

「そうか……そうかもしれませんね」

ファルテには悪いけれど、アンの考えもわかる気がした。


「じゃあ、はじめましてから入ることにします。名前を名乗って、由来も話してみようかな。素敵な友人の真似なんですが、自分の名前の由来を話すと、意外と相手も教えてくれて、そこからの発見も多いんです」

永遠を祈られ、でも本人の解釈は点在する放蕩ものになってしまった名前。産みの親からはぐれて育った先で、後に残るもの、主張するものと呼びかけられた名前。本人も変だし呼びにくいと言っていた、人々に伝わってきた守護のまじないからとられた名前。

「そういえば、アンさんの名前も呼びやすいし覚えやすいし、響きも可愛いし。素敵な名前ですよね」

「…………まあ、そうね」

アンはソーサーごと紅茶を机に戻すと、自分の可愛い癖毛にちょんと触れた。夕焼け空みたいな赤毛。


「赤毛のアンよ」


エメラルドグリーンの瞳が私を見た。

反応を伺うみたいに。

「私の名前の由来。赤毛のアン。異世界では有名な物語なのでしょう」

「そうですけど、なんで?」

「いつかの異世界人から伝わったのでしょうね。メナード家は王に近い分、異世界人と関わることも多かったから」


そういえば、パトリックもそうだし、史書室にもそんな記述のある本があった。


「赤毛の女の子が産まれたとわかった時に、お父様が名付けたのよ。いつか私が生きてる時にまた異世界人がやってきたなら、親近感を持たせられるようにって。うまく取り込めと言われたわ」

「人の親御さんなので黙ってたんですが、アンさんたちのお父様に人の心はおありなんでしょうか」

「よく聞かれるけれど、私たちにもわからないわ。お父様はお父様よ。……優秀な人であるのは確か。ベストオブメナードととも呼ばれてる。まあ、いいのよ。そのうち会うわ。嫌でもね」

正直にいうと嫌だな、メナード家当主に会うの。貴族としては立派なのかもしれないなと思うけれども、なんか嫌だ。

私がうんざりしてる間に、アンは腕を組み、背を正した。すこし不機嫌そうにするのは、彼女なりの照れ隠しなのかもしれない。


「だから私、あなたを待ってたのよ」


十三歳の女の子が、待ち合わせにちょっと遅れてやってきた友だちを叱りつけるような声音で、アンは言った。

「別にお父様に言われたからじゃないわ。いくら異世界人だからって、さすがに誰彼構わず親しくする気になんてなれないわよ。でも、魔方陣の中央で倒れてるあなたを見たら、年の近そうな女の子だったから」

くるりと可愛らしくカールした睫をすこしだけ震わせている。


思えば、今回の召喚で最も真剣であったのはアンでしょう。

そう教えてくれたファルテの言葉がよみがえってくる。

アンは、試しで召喚する前にリックに連絡をとって、遠くからでも話ができる鈴を作らせた。


万が一といいながら、自分の名前の由来がわかる人が召喚されて、たとえその人がどんな使命で世界中を飛び回ることになっても、家族に内緒で自分とは話ができるように、彼女は備えててくれていた。


誰もが失敗を望んでたわけじゃなかった。

私が来るのを待ってくれてる人がいた。


目玉がじゅわりとあつくなる。

笑うと細くなる視界が滲んだ。


「アンさん、私と友だちになってください」

だから言ってるでしょ、とアンは唇を尖らせた。

「弥生が目覚める前から、私はずっとそのつもりだった」

可愛いつり目で私を睨む。

「もういいかしら。手を動かしなさい。原稿が編めたら私が添削して、声に出して読む練習をしなくてはならないの。時間がないのだから、すぐに動きなさい。……なにを笑ってるのよ、坂木弥生。やりたいことがあるのなら、まずやるべきことをすませなさい」

「やるべきこと……アンさんを抱き締めることでしょうか。してみてもいいですか?」

「後になさい」


ハグはしてくれるんだ。


アン、もしかしてだけど友人に対する密度の基準がファルテとリックになってないよね。あとで慎重に確かめてみよう。あの二人は特殊すぎるから。

幸い、なんの使命も持たない私には、友だちと過ごせる時間が十分にある。


赤毛の友人に急かされながら、ペンを手に取る。つけペンではなく充填式の万年筆のような筆記具だった。

白い紙の前に、覆い被さるようにして、私はこの世界の人たちにする最初の挨拶を書き始めた。

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