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髪をどうするかは、最後まで悩んだ。
肩にふれるかふれないかの長さのこの髪は、女性は髪が長いことが常識のこの世界では、悪目立ちする。
アンには魔術で伸ばせと指示された。立場を自ら怪しくさせるなと。
ラルケも迷いに迷いながら、身を守る手段のひとつと思えばと、髪を伸ばすほうをすすめてきた。
ラファドはそのままであるほうが外連味があっていいだろうと判断した。存在を公表するのだから、悪目立ちするくらいでいいと。
リックは興味無さそうだった。
ファルテは、優しく微笑み言った。
「弥生様はどうなされたいですか」
私は、アユパヤの風を受け流す髪の美しさを思い出す。
「ありのままの私で行ってきます」
そう決めた。
だから早朝の市場に現れた私を、街の人はぎょっとした目でむかえた。ブレザーの制服姿よりも先に、髪のほうに視線が集まっている感覚がある。
髪が短いのは、そんな大事な髪まで売らなくてはいけないような貧民と思われる、らしくて、あからさまに万引きを警戒してか商品を私の目から隠そうとする人もいた。
それでも私は微笑みながら、朝日を受けて冴え渡るレンガ通りを歩いていく。
朝の楽しい散歩であるかのように。
オレンジ色のレンガをローファーの靴底で叩きながら、左右に展開するテントの露店を思うままに見ていった。
果物や野菜、吊るされたベーコン。朝市だけあって、スープやパンを売ってたりもする。いい匂い。あ、揚げパンみたいなのも売ってる。
私が来店すると、店主はいぶかしそうにしながら、金は?と聞いてきた。どきどきしながらもラファドにもらった硬貨を見せると、ぶっきらぼうに頷き注文を聞かれる。
「これ、甘いですか?」
店頭の棒状の揚げパンのようなものを指差す。
「ヨゥティアオ? まさか。味なんてないよ。ただ小麦を練って揚げたもんだから、スープとか味のあるもんに浸して食べるのさ」
ヨッティアオ。ちょっと発音が難しい。中国語とかっぽい響きも感じた。異世界伝来品かも。
「甘いのがいいの? ならあっちの店に行きな。あっちのパンを揚げたやつなら砂糖がまぶしてある」
「ありがとうございます。異世界から来たばかりでなにもわからなかったんです。助かりました」
「……異世界?」
そして店主は今さらのように私の格好を眺めた。
「確かに見たことない服だな。お嬢ちゃん、異世界から来たって……ほんとうに? 召喚されたのか?」
「召喚? は、よくわかりませんが、私の世界にある扉を開けてここに来ました。良いところですね。人は優しいし、市場は活気があるし、食べ物が美味しそう」
褒められて満更でもないのか、店主は腕を組み、笑顔を噛み潰したような顔をする。
「まあな。なにせランデリア王のお膝元だ。……お嬢ちゃん、王様や貴族なんかと会わなかったのか? 召喚は城の中でするもんだって聞いたんだが」
「王様も貴族もいるんだ! お会いしていません。私、自分でここに来てますから」
「自分で? そんなことが?」
演技が白々しくないか不安はあったものの、混乱した風の彼に手応えを感じる。
「私は日本人の坂木弥生です。佐倉富士子さんの物語でこの世界を知って、遊びに来ました。これから、よろしくお願いします」
「サクラフジコ……聞いたことある名前だな……たしか前の救世主が……あ、お嬢ちゃん!」
教えられたお店に向かう。揚げパンのいい匂いがした。
「いらっしゃい。なににすんの」
女将さんに、甘いものを、といったら、砂糖をまぶした奴をすすめられた。ありがたくもらって硬貨を出すと、そっと押し戻される。
ぼそりと囁かれた。
「そんな若さで髪まで売るなんて、辛かったろ。お代はいいよ、今回だけだけどね。もし何かあればミーニャ様に会いに行きな。神のご加護がありますように」
「ありがとうございます。優しいあなたにも神のご加護がありますように」
貰った揚げパンにその場でかぶりつく。
「美味しい!」
さっくさく、ふっわふわ! じんわり甘くて、牛乳と合いそう。だけど、すこし鼻に抜けるスパイシーな感じがある。なんの香りだろう。気になって、二口目も三口目もがぶりと歯をたててしまう。
「はは、良かった。落とさないようにね」
「異世界の食べ物は美味しいです。また来ますね! 今度はお金を払わせてください」
「しっかりやんな。……異世界?」
次から次に、興味あるものにはどんどんと声をかけていく。
なるべくひとつのところには止まりすぎないように、種を落としていく。
「異世界人が来たって?」
「でも召喚されたんじゃないっていうんだ。ありゃ嘘かね?」
「騙ってんだよ。新手の物乞いか物取りじゃないのか。なにか盗まれたものは? 陽動かもしれん」
「貴族とか護衛とかがつくだろう? 貴賓じゃないのか? あの娘、一人でふらふらと」
「じいちゃん、大丈夫だって。悪いことなんかなにも起こらないよ」
「遊びに来たんだって、なにを悠長な……異世界人なら俺たち救うのが使命だろ」
「感じのいい子だったよ。にこにこ笑って、あたしの作った揚げパンをぺろりと平らげてさ」
「背格好は? 性別は? 名前は?」
「聞いた奴がいるってよ。サカキヤヨイ、髪の短い女の子だってさ」
種は、噂話に長けた土壌で芽吹き、鮮やかな色彩を広げていく。根付く速度は恐ろしいまであり、その得たいのしれなさは肥えた好奇心を養分にあっという間に成長していった。
ますます勢い盛んに、生い茂る。




