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馬車は私を乗せてから一度も立ち止まらず、私をどこかに運び続けている。そこに私の意思はない。


うつむくと、手の甲に描いてもらった魔方陣が見えた。ベリーピンク色の可愛らしい紋様を、私はもう片方の手で隠した。


アンが私を屋敷から逃がして、それを変装したファルテが迎えに来た。なんとなく事態が深刻になっていったのだと察せられる。

侍女やメイドは大丈夫だろうか。血気盛んな人たちが押し寄せてきて、困らされていないといいな。さすがに、あの塀までは乗り越えないか。


そこではたっと立ち止まる。


慌ててファルテを見た。顎に手を添え、なにか考え込んでいる風の彼の思索を破る。

「ファルテさん、大変です。私、鍵を壊してきちゃってる」

「え、はい。鍵……そういえば壊したと仰ってましたね」

きょとんとした顔の彼がもどかしい。

「お屋敷の使用人のかたが使う扉の内鍵です。屋敷から出るときに壊しちゃって……どうしよう、屋敷に狙いをつけた人がそこから入ってきたりとかしたら、侍女さんやメイドさんたちが危ない!」

震える私に目を丸くして、ファルテはぽかんと口を開けた。


それから、体を揺らして笑いだす。


「ファルテさん!?」

エメラルドグリーンの目に浮かべた涙を彼は優雅に拭っていた。


「こ、壊したのですか? 鍵を?」

「だって、普通に鍵で開けてでたら、管理不行き届きとかで怒られる人がでるかもしれないし……私、あの時ファルテさんから逃げるつもりで動いてたところがありまして……」

「私から? ……そこまで思い詰めておられたのですか。後学のために教えていただけるとありがたいのですが、私のどこら辺が怪しかったのでしょう」

「いえ、その……優しすぎると逆に不安というか……その……」

ファルテは私の味方ではない。と言ったリックのことは勝手に言えずにもごつく。

「リックさんにまた会いたいと言ったらやんわり遠ざけられたりしたところとか……?」

「あれは……」


ファルテは、気まずそうに視線を反らした。


「……あなたは優しくて人の良い方です。そんなあなたが、リックや魔術のことをとても気に入っていたようだから、つい」

その頬が赤く染まっているのに、私は思わずどきりとした。

ファルテは軽く咳払いする。

「リックをとられたらどうしよう、と」

「そっちかぁ」

それはそうだ。出会って過ごした年数が違う。

自分の一番仲の良い友だちに、どこの馬の骨かもわからないぽっと出が近寄ろうとしていたら、それは警戒する。

「子どもじみた嫉妬で、申し訳ありませんでした」

「いえいえそんな……リックさんのこと、大切なんですね」

「幼い頃から、ひとつの人生を分けあう片割れのように身を寄せあってきましたから。立場が変わっても、魂のなりたちは変えられません」

なんだろう、想定よりちょっと重いな。湿気の分かな。

「じゃないや、問題はお屋敷です。今、どんな状態なんですか」

「無事ですよ。父が向かいました。到着までに時間がかかりそうでしたので、外に出てもらうことにはなりましたが。あと、鍵は、屋敷内にそうしたものの修理修繕を行うものもおりますので安心なさってよろしいかと」

ということは、メイヤー公爵家当主がいるのか。それなら、並大抵の人は大人しくなるだろう。

私はほっとして、背もたれに体を預ける。馬車の振動に揺られた。


「私たちは、どこに向かっているんですか」


「今はまだ、どこにも。この馬車は撹乱のために、似た形のものを複数用意させて町をただ歩かせています。状況を見て、屋敷に戻るか、郊外にある別荘に身を寄せるか。どちらかになるでしょう」


そうですか、と呟き、まぶたを下ろす。

ラルケやリックたち魔術師たちが元の世界に私を帰す手段を見つけるまでは、私はファルテの指示に従いアンの体を借りて大人しくする。


それでいいのだろう。


「ですが、私たちは、あなたとなら第三の道を選べるかもしれません」


ほのかな熱を感じて、暗闇を弾くようにして目を開く。

エメラルドグリーンから放たれる光が真っ直ぐ私に注がれている。戸惑うほどに真剣な、期待の眼差し。

ぞわぞわと落ち着かなくなる。


「私に、できることがあるんですか」


私が、この状況を変えるような行動を起こせるのだろうか。


「うまくいく保証はありません。事態がより混乱する恐れがあります。それでも」

それでもと、ファルテは唱える。

「私は、サカキ様に賭けてみたくなりました。もちろん、あなたはこの提案を拒んでも良いし、怒っても良い。愛想をつかされても仕方のないことを、私たちはあなたにしています。だから、ほんとうに、サカキ様がよければでいのですが」

親しみのなかに、どこか緊張を忍ばせ微笑まれる。そっと、手が差し出された。


「まずは私と友だちになってくれませんか?」


その言葉を耳で聞いて頭のなかで吟味して、私は正直、すこし困ってしまった。


「そんなことでいいんですか?」


簡単すぎるように思える。

だって、私、ファルテが好きだ。態度に不安を抱きもしたけれど、それでもこの人は真面目ないい人なんだという印象を、今も持ち続いている。


私は迷わずその手を取り、握りかえした。

アンの手よりふた回り以上も大きなその手は想像以上に汗ばんでいて、やっぱりファルテは真面目な人だと思う。

そんな人と友だちになれるのが嬉しくて、私は笑った。

「こんな私で良かったら、よろしくお願いします」


乾いた土に水が染むように、私のなかが満ちていく。


「私、サカキヤヨイです。サカキが家の名前で、私の世界では坂の上の木と書きます。ヤヨイは、草木が勢いをましてどんどんと繁っていく様のことです」

「坂木、弥生様。繁栄への祈りですね。……ファルテは救児院の院長につけてもらった名です。名付けの意図を聞いたことはないけれど、シワや折り目という意味を持つので」

顎に片手を添えて、彼は首をかしげる。

「あとに残るもの。主張するもの。そうとらえたら、受け身がちな幼い私を鼓舞してくれていたのかもしれません」

「ファルテさん。響きの良い名前ですよね」

「ありがとうございます」


連帯感を残してほろりと手を離す。

ファルテは続けてこう言った。


「こうやって、アンを始めとする多くの人とも友人になってほしいのです。この世界に根付く人やモノを、親しく思っていただけたら嬉しい」

「もうかなり好きですよ。なにせ、来る前から親しんだ世界なので。ランデリアに行けるなら行ってみたいなって思うくらいでした。帰れるかどうかは不安だけど、今ここにいることを、不幸だとは思ってません」


その時、ふと閃いた。


「そうですよ。私、この世界の神様に呼ばれたんじゃない。私が、この世界に来てみたかったんです」

ファルテを見る。彼もまた、同じ考えにたどり着いているようだった。

「おそらくは、救世主として在るよりも難しい道を歩ませることになりますが」

「任せてください」

やる気が胸で火花みたいに弾けている。

世界の救世主でなくとも、私は今ここにいる。憧れの国、ランデリア。ここにいるからには、ずっとなにかをしてみたかった。

「私が、あなたたちのためになにかできることがあるのなら、私はなんだって頑張れるんです」


体が震える。

左右に、上下に。激しさを増す。

馬車が走る速度を早めていた。

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