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異世界転生だと思ってました。


でも実は異世界召喚された先の女の子に成り代わられていただけでした。


そしてその実態は、どうせ失敗するからとやってみたお試し召喚で間違って喚ばれただけの、正直なんできたのかもわからない異世界人だったのです!!


この異世界人、めちゃくちゃ要らないポジションだな。私なんだけど。


馬車の起こす揺れにがたがたと震えながら、心底思う。

私がこの世界側の偉い人だったら、なんで来ちゃうんだよ……って絶対思ってた。

今の私、来ないと思ったから喚んだのに、来たよこいつ……みたいになっているわけだから、それはそれは邪魔でしかないんだろう。

しかもこれでこの世界に益をもたらすならまだ救いようがあったけれども、別に有能なわけじゃないし。

この世界に新たな風とか送り込めないし、私。


「すこしお疲れになりましたか」

「……正直、だいぶキテます。でも謝らないでくださいね。ファルテさんたちに悪意があったわけじゃないって思うから、持て余しちゃいます」

「ですがそれ以上に、あなたの非ではありません。……慰めではないのですが、これを」


ファルテはズボンのポケットから包み紙を取り出した。受けとるとふわりと甘い香りがする。


「チョコレートであってます?」

「会えたらお渡しするつもりでした。お嫌いでなければいいのですが」

「好きです。ありがとう」


包み紙には魔方陣が描かれている。たぶん溶けるのを防いだりするための魔術なのだろう。なるべくそれを傷つけないように、包み紙ごと板状のチョコレートを割った。

一口ぶん、ファルテに差し出す。


「ファルテさんもお疲れでしょう。お嫌いでなければ、どうぞ」

彼は泣きそうな顔で笑って、それを受け取ってくれた。

「ありがとう。私も好きなのです」

「よくアンさんと分けあってたりとか?」

「いいえ、リックと分けてました。貴族になってからは、こうした嗜好品もちゃんと一人ずつ用意されますから、そのような機会はありませんでしたね」

ファルテは、私が渡したチョコレートを口に入れて、おいしい、と少年のように笑っている。

そして、服の下の古傷を見せるように、自分は養子なのだと言った。


「リックとは同じ救児院で育った仲です。後に私だけがメナード家に引き取られて……ほら、この容姿ですから」


燃えるような赤髪。人の良さが滲み出る垂れ目の色はエメラルドグリーン。アンと、そしてきっとアンのお父様かお母様と同じ色彩。

瞳を細めて、ファルテはすこし気まずそうに笑った。


「卑怯だとお思いですか。あなたを傷つける話をしてすぐに、こんな話を持ち出すなんて」

「…………いいえ。納得してました。史書室に、あなたの記録がなかったのが不思議だったから」

「ああ、そうですね。あそこはあくまでメナード家の史書室なので。……私はアンが立派な淑女になるまでに父になにかあった時用の予備です。次期当主にはアンかその婿がなり、私はその補佐になるでしょう」


なんでもないことのように言う。この事は、彼のなかですっかり片付いているのだろう。


「なので、私も、呼ばれたものといえばそうです。アンの母、メアリーが天国に旅立った後、後家を取らないで幼い一人娘を守ると決めた父にたまたま拾われました」

「一緒になんかしなくていいです。そのことは、ファルテさんのものでいいんです」


私はチョコレートをかじる。甘くておいしい。風味も、私の知るものとほぼ同じだ。

これは異世界からの恵みだろうか、この世界で生まれたのだろうか。そんな無粋なことを考えても余りあるくらいおいしい。


「チョコレート、もうすこし一緒に食べてくれますか?」

「……そうですね。いただきます」


口をつけていないほうを割って手渡す。

私は傷ついていたけれど、チョコレートを味わえもするくらいには落ち着いている。

取り乱したりはしない自分を、すこし変に思いながら、口のなかでゆっくりとチョコレートを溶かした。

ファルテも同じように、時間をかけてチョコレートを食べている。

その間は喋らずにいていい時間だ。


私は覗き窓にかかったカーテンの波を眺めて、自分のおかれた状況を改めて俯瞰した。


来るはずのない異世界人。

来てはいけなかった異世界人。


まず考えるのは、そっとお引き取り願えないか、ということだろうか。

私がここにいたら、ファルテたちランデリアの偉い人たちが好きな時に異世界人を召喚して、その技術を独占してたってほうの証拠になりかねない。とりあえずお帰り願い、本番をどうしようかを考えるのが、当然だろう。


だけど、それは出来なかった、のだと思う。


サクラの残したランデリア物語でも、役目を終えて帰る時には、いつの間にか手に握られていた指輪を天に翳すことが条件になっていた。


「帰る時の方法は伝承されてるんですか」

念のため聞いておく。ファルテ、これまでの話にも色々とブラフはってたりしてそうだから。

けれど彼は素直に首を横にふる。

「儀式として残っているものはなにも。神より偉業を成し遂げた褒美を受け取り、元の世界に帰る、としか」

つまりその褒美が、サクラの指輪なのだ。

なにも成し遂げていない私には、褒美などない。

「帰る方法については、召喚の儀や体の入れ替わりに携わった魔術の大家たるラルケ殿に全霊をかけて探っていただいています。リックもそろそろ合流したかと」

「あ、そうか。リックさんが神殿に呼ばれた本当の理由、それだったんですね。……なんで記憶喪失を治すためだろうなんて嘘を……?」

「あそこで、帰る道を探るためにリックがアンのいる神殿に行くと聞いたら、あなたは是が非でもそちらについていきたいというだろうな、と」

「それは……言いますね」

あの時の私なら絶対、言う。


「アンとあなたは、別々の場所にいていただきたかったのです。せめて、あなたの身の安全を保証できるようになるまでは」

「それって、私を……亡きものにして終わらせようとしてる人もいるってことですか。アンさんを、囮にしてるの?」

「そうなります」


「そんなの、アンさんが危ないじゃない!」


叫ぶ私に、ファルテは静かに口を開く。

「彼女はメナード家の人間ですから」

動かしがたい重石に当たった気がした。全身でぶつかっても、びくともしない。

「身代わりをたてるなら少女がいい……進言してきたのも、アンです。事実として、その場で年頃の女性らしい仕草をとれるものが我が妹しかおりませんでした」


ああ、彼女なら、きっとそう言う。

私以外にこの場に適任がいるとお思いなの?

そんな風に、堂々とした顔で、私の身代わりになったんだ。


「私、アンさんがそんな大変な思いをしてるのに、考えなしなことばっかりして……」

「サカキ様。あの子を思うのならばどうか褒めてやってはいただけませんか。身代わりのことも、鈴のことも、アンはひとりで考え成したのです」

「鈴のこと、知らなかったんですか」

ファルテはほろ苦く笑った。

「なにも。リックと妹が繋がっていたことも、知りませんでした」

リックの名を口にする時、ファルテは一段と苦しそうにして、肩をすくめる。

「思えば、今回の召喚で最も真剣であったのはアンでしょう。誰もが演習と侮るなか、あの子だけが備えていた。なにかあれば私が必ず頼るだろう魔術師を押さえ、連絡手段を用意させ、いざというときは自分がすべきことを弁えていた」

「……すごいですね」

「ええ、すごいのです。私の妹は」

どうか褒めて、と言うファルテの眼差しは優しくて、春の日溜まりのようだった。

じんわりと熱を受けて、私も自然と微笑んでいる。

「そんな子に、友だちになりませんか、なんて」

ふふっと息がこぼれる。

なんだか妙に可笑しかった。

「変だな、私。浮かれてたんだ」

温かな気分からあふれでた自分の言葉に、ようやく合点がいった。


私、この事件の当事者だけど、物語の参加者じゃない。


私は、アンやファルテたちが乗り越えていく困難でしかなく、そこに、坂木弥生という人格は必要ない。


ある意味では、物語の持つ補正力とも言えるかもしれない。だって私は、この世界に必要とされていたわけではないのだから、私がいなくても話が進むわけだ。

ここは彼らの世界で、彼女たちの物語。

私はそれをたまたま知るだけの、お客様。


それがわかると、急に気楽になった。

あーあ、と、全部を放り出した自分が透けていって、あとに残るのただただ楽しかった記憶だった。

聡明なアンの勇気。優しいファルテの甘やかさ。優秀なリックの気まぐれに触れて、自由なアユパヤに魅了された。

シーツやカーテンを繋いで部屋を脱出してみたり、屋敷から飛び出して遠くまでひたすら走ってみたり、アンの体を借りて、いつもの自分ではしたことのないこともした。

パトリックの手記も読めた。ランデリア物語の裏側を知れたし、魔術だって体感した。


楽しかった。

十分、楽しめたよ。

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