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下校中、まぶしい光に全身が包まれた。

ついさっきまで通りがかる車の気配なんてなかったのに、そのライトを真っ正面から浴びたみたい。

見上げれば星が見えだしていた夕暮れに浴びるにしては唐突すぎる、白くて強い光。目ばかりでなく頭のなかにまで入りこみ、くらくらしだした。意識が途切れて、それで。


私は、赤い癖毛をもつ少女になっていた。


「…………つまり異世界転生的な?」

知らない間に突っ込んできた車にひかれて私、死んだ? そんな痛みはなかったのにな。そんなの感じるのも、嫌だけど。


窓ガラスにうつる少女を眺めながら、自分の頬をおそるおそる撫でてみる。

うつりこんだ少女が思った動きをなぞると同時に、指先にも、もちろん頬にも、つるりと柔らかな人肌の感触がした。

ちょっとだけそばかすが浮いてるけれど、手入れがいいんだな、この肌。良い生活してそう。


見回す部屋もなかなかに豪奢だ。

白い天井に吊り下がるシャンデリア、白い壁に飾られた緑豊かな風景画、敷き詰められたふかふかの赤いカーペット。

部屋の中央には少女が十人寝転がっても余裕がありそうな天蓋つきベット。

どこからか花の香りもするし、いかにもって感じの、裕福な寝室だった。


私は白くてすべすべした布で仕立てられたシンプルなワンピースを着ている。

部屋には時計がないけれど、窓の外は白々と明るいから、たぶん朝だ。

私、さっきまで寝ていたのかもしれない。

そうして状況をひとつひとつ確認しながら、だんだんと不安が込み上げてきた。


「こういうのって普通、私がどこの誰で、ここがどういう世界なのか当然に知ってるものじゃないの……?」


自分の口から発せられる怯えた声に、違和感しかない。これは私の体じゃないって、心が反発してるみたい。

なにより、私は私が誰かわからない。

いや、違う。

私は坂木弥生だ。日本の高校一年生。学校から徒歩で帰る途中で、もう家の近所まできてた。

あー、なんかカレーの匂いするー。うちの晩御飯なにかなーって、のんきに考えて、ふと顔を上げたら一番星を見つけて、なんかこのシチュエーションが「ランデリア物語」の冒頭ぽくて良いかも、なんて。

思ってたら、あの光を浴びたのだ。


「落ち着け、私。今まで読み漁ってきた異世界ファンタジーもののお約束を思い出すのよ」

幸い、すぐに身に迫る危機はなさそうなのだ。

私は腕を組みながら、寝室にしても広々とした室内をうろうろと歩きだす。

「夢にしては質感がリアルすぎる。それに、この子は日本人じゃない。異世界に転生したのに間違いはないはず……なにか、手がかりがあれば」

唇を噛みつつも、部屋は最低限の調度品しかない。本当に寝るだけの部屋って感じ。

この世界の文字ひとつ見当たらなかった。

飾られている風景画も、ただの森を切り取っただけみたいでなんの特徴もない。

もう一度、窓ガラスの前に立って少女を観察する。


エメラルドグリーンの大きなつり目。縁取る睫毛も癖があって、自然にカールを描いている。小さくて赤い唇は閉じていたら、むっとしてるようにも見えるかもしれない。前髪をあげると整えられた眉は凛々しく逆ハの字。

第一印象、勝ち気な子。


だけど全体を見ると、腰まであるのにまとまりなくあちこちに跳ねた赤毛のボリューム感に、小さな体が埋もれて見えた。

華奢なだけで同世代なのか、発育のいい小学生なのか、パッと見では判別つけられない。

ただ、意思の強そうな顔立ちの割に、迫力にはかけていて、なんとなく頼りなくは思った。


主人公では、なさそうだ。

でも悪役令嬢でもないかも。

たまにあるモブなのにってやつかな。あれもいいよね。


次に気になるのはやっぱり魔法の有無だ。

試しに手のひらを掲げて、いでよ!光! みたいに強く念じてみた。

しかし、なにもおこらなかった。

炎!とか水!に変えても結果は同じ。

若干の羞恥心だけが残る。


「魔法はなし、と。残念だけど、それはそれで平和そうでいいや。魔物とかもいないんでしょう、たぶん」


そんなことをしていたらお腹がきゅるきゅると鳴った。

転生する前もご飯前だったし、今も朝の起きたてだ。お腹くらい減る。

「結構たったのに誰も呼びに来ないし……貴族とかではないのかな」

こういう時って侍女が来てお嬢様、なんて言ってくれるイメージがあったけれど。

「とりあえず、ここで寝起きしてたのなら、この子の家に違いないわ。歩き回ってても問題ないはず」

扉はさっきから見えていた。

チョコレート色の戸が二つ並んだ両開きの扉。小柄な体とはいえ、ドアノブは十分に手が届く位置にある。

ひんやりとしたそれに手をかける。

体温が馴染むまで、ちょっと待った。


正直、怖かった。

異世界転生にしたって、夢にしたって、なにもかもがわからなさすぎるから。

ほんとうは、親切な誰かが来てくれるまで、ここでじっとしていたい。

でも、なにかしてないと、怖くて怖くてたまらなかった。


目を閉じて呼吸を整える。

思い出すのは、幼い頃から何度も読み返した一番だいすきな本。私が異世界ファンタジー好きになった始まりの話。

ランデリア物語。

あれは異世界召喚の話だったな。


私は主人公になりきったつもりで、自分を鼓舞した。


「さあ、物語の始まりよ。準備はいいね?」


目を開き、ドアノブを捻る。

ガチッと音がした。

さっと血の気が引く。

まさか。そんなわけない。

回す方向が逆の世界かな。違う、上には回らない。でも、下に回しても途中で止まる。


外から鍵がかかってるみたいに。


「閉じ込められてる?」


出だしから監禁?

もしかしてもうバッドエンド?

思い出そうにも、記憶がない。


…………これ、詰んだ?

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