龍神さんと月俣くん
【龍神】
それは成功に導く力があるとされている、水の神である。
自然霊の中でも最強の力を持ち、姿かたちがなく、天地を自在に動き回り、風や雲を動かし、雨や雷を操ると言われている。
しかし、それはあくまで【万全のとき】の話。
神といえど、人間からの信仰を失ってしまえば力を失ってしまう。
そしたら、信仰を失い、力がなくなってしまった神はどうなるのか。
そんなもの、人間が知る由もない……はずなのだが。僕、月俣龍介は現在その一例に遭遇してしまっている。
どうやら信仰を失った神は、人間の家に転がり込んでくることがあるようだ。
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「何を言ってるんだお前は」と思う方がいると思う。僕も最初は混乱したものだ。
しかし、神というものは非常に気まぐれで、強引なのだ。特にこの龍神は。
うちに転がり込んできた龍神(わざわざ龍神と呼ぶのも面倒なので、ジンと呼んでいる)は、どうやらうちの家系と縁があるらしく。
(最初、コイツは最初の時に僕が高校生である事、そして、両親が海外に行っており、僕が家で一人で居ることを当ててきた。)
しかし、僕は得体の知れない奴を親達から隠しつつ、家に置いておくような人間では無い。
つまるところ、なにか、こちらにも利がほしい。
と、この龍神に零してみたところ、
「え?うーん……あ、じゃあさ」
「…なにか思いついたのかよ」
「ご利益、なんてどう?」
「ご利益……?」
「そうそう!ボク、堕ちたとは言え一応龍神だからさ!君にご利益を与えることができるよ!今なら家事もやってあげるサービス付き!」
まさにえっへん!とでも言いそうな顔で、コイツはそう言い放った
「ご利益…なぁ。どんなものかにもよる」
でもまぁ正直、加護の力が僕に必要なければ、コイツを居候にする理由はない。
「よくぞ聞いてくれました!!
ボク達龍神は、人を成功に導く力があるんだ」
「…ほう」
「んで、その詳しいご利益の内容は、『開運』」
別に現状でも問題は無い。まぁ、あったら嬉しい。
「そして、『健康長寿・病気平癒』」
これもあったら嬉しいけど…別にコイツを居候させてやるほどじゃない。普段の生活でどうとでもなる。
「『商売繁盛』『縁結び、恋愛運アップ』…あいや、ここら辺は君に関係ないか」
「んだと」
「じょ、冗談だよ!冗談!で、えーと…あとは『技芸向上』」
技芸関連はやってないからあまり意味はないな。
と、いうわけで。結果、僕はコイツを居候させる程じゃないと思ったので追い返そうとしたのだが。
「それだけか?なら僕はお前を追い返すが」
「いやいや!あと1つ残っておりますとも!」
「ほーう?なんだ、言ってみろよ」
「『金運』」
「金?」
「金て…金運の事『金』って言い換えるのやめなよ…」
そう。コイツは金の話を持ってきたのだ。
正直に言えば、僕は金が好きだ。
某イカがナワバリを争うゲームの祭りでは
「富、名声、愛のどれに投票する?」なんて聞かれたら真っ先に富に投票するしした。
そう、金が絡んでくるなら話は別だ。
「ついでにだけど……」
「ん?」
「成功した経営者ってのは、多くが龍神様の神社でお参りしているらしいねぇ…」
「言ってた通り家事はお前の担当な、僕は学校があるから」
「君みたいな欲望ダダ漏れな子、ボク嫌いじゃないよ」
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と、まぁ。こんな会話を交わしたあと、無事コイツは居候になって、僕は親達にコイツを隠し続けている訳だ。
「家事してもらってご利益もらってって…逆に僕が何もしてないみたいだな…」
と思った事もあるが、当の本人は
「家事って覚えること多いけど楽しいねぇ、暇つぶしになる」
と言っているので…まぁ、問題は無いだろう。
と、まぁ。過去話はここまでにして。
現在、ジンは何をしているかと言うと…
「ね、ね、龍ちゃん。龍ちゃんってチョコ好きだっけ?」
そうキッチンから声がする。
(僕は何故かコイツに「龍ちゃん」というあだ名を付けられ呼ばれている。正直嫌なのでやめて欲しい。)
何を作っているかは分からないが、美味しそうな甘い匂いがするってことは、不味いものでは無いだろう。
さっきも言った通り、コイツは家事を楽しんでいる。
その中でも料理がよっぽど楽しかったようで、作りまくってたら料理の腕が上達したようで。
彼の作る料理は現在、基本美味しいものばかりだ。
今もレシピ本片手に何か作っていたよう。
「好きも何も大好物だけど」
「あれ?そうなの?いや、チーズケーキとかクリームとか甘いものが平気なのは知ってたけどさ、最近しょっぱいものしか食べてないから普通なのかと思ってた」
最近はしょっぱい物の気分だったのと、家に常備してあるお菓子がそういう系統しかなかっただけで、僕は甘い物が好きだ。特にチョコレート関連の焼き菓子とか。
「んじゃ龍ちゃん、いつもの。目瞑って。はい、あーん」
「…あー」
コイツがこう言って来る時は、大体新しく作った物だ。そして、どんなお菓子を作ったかを当てるゲームが始まる。さて、今回は何を作ったんだろうか。
チョコを食べられるか聞いてきたからその系統だろうな、と予想しながら口を閉じる
「ん」
今回のお菓子は、少しザクッとした食感だった。
これは焼き菓子だろうか?チョコチップも入っているな。
「ん〜…?」
ザクザクしているのは表面で、中にはチョコチップが入った…ケーキみたいな…
「答えは決まった?龍ちゃん」
口に入ったものを飲み込んだ後に、僕は答える
「うーん…チョコチップ入りの…チョコケーキ?」
「うーん残念!不正解!でも惜しい!」
「ん、違ったのか」
どうやら違ったらしい。まぁそもそも、僕はお菓子の名前なぞよく知らない。
「でも美味しいな、これ。答えは?」
「これ!」
そう言いながらレシピ本のとあるページを見せてくる
「『ザクザクブラウニー』…へぇ、ブラウニーか」
「そうそう!レシピ本見てたら見つけてさ〜!
あ、これ置いとくけどさ、美味しいからって食べ尽くさないでね」
「さすがにこの量を食い尽くすとかしねぇよ」
コイツは僕の事をなんだと思っているのだ。子供じゃあるまいし。
「ったく…お前は僕のことをなんだと思ってるんだよ。食い尽くすわけないだろ。子供じゃあるまいし」
僕がそう言うと、ジンは「え〜?」と言い
「ボクから見たらまだまだ子供だよ、龍ちゃんは」
と、言ってきた。
「いや、まぁ、確かにそうかもしれないけど、一応人間世界で言ったら義務教育は終わっててだな…」
「はいはい、じゃあ龍ちゃんはお兄ちゃんでちゅね〜」
「…殴っていい?」
「えっ、ちょっ!暴力はんたーい!!!
お兄さん良くないと思うな!そういうの!」
「何が『お兄さん』だよ。爺だろお前は」
「見た目年齢はお兄さん通るでしょ!!!」
コイツを殴ろうと思うのは仕方なのない事だと思う。
例えこいつが千歳を超えていようが、僕を揶揄っていい理由にはならない。
「んも〜、ちょっと揶揄うくらいいいじゃん…」
「良くないから言ってるんだわ」
「…まぁ、とにかく!このブラウニー食べすぎないでね!この前のチーズケーキだって1人で食べ尽くしたでしょ!」
「お前も食べてただろ」
「たった1切れだけね!それ以外全部龍ちゃんが食べたでしょ!」
「そんな食ってない」
「食べてました〜!!!」
なんて言い合いをしながらもう1切れ、ブラウニーを口に入れる
「ちょ、サラッと口に持ってかないの!太るよ!」
「家から学校まで遠いからそこで痩せれる」
「龍ちゃんバスと電車使いまくってるから歩く距離そんなにないでしょ!」
「歩く歩く」
「どれくらい歩くのさ」
「……バスから家までくらい?」
「全っ然歩いてないからソレ!あーもうダメだね、こりゃ太るコース一直線だわ龍ちゃん」
「うっさ、ほっとけ。」
そう言うと、ジンが付いていたテレビに目を向ける。
「…あ、そうだ、龍ちゃん」
「ん」
何かを思いついたように話し出して来た。
正直嫌な予感がする…面倒な事を言われそうな…
「海行こうよ、近いでしょ?ここから」
「は?」
ほら言わんこっちゃない。
正直、僕は家から出たくない。テレビで何かやっていたのだろうか?と思い、テレビに目を移してみると
「…あ〜…天気のニュースで海が…」
「そうそう。この近くにもあるんでしょ?海」
「いや、まぁ、あるけど……」
確かに、家の近くに海はある。
だが、ここに映っている海ほど、近くの海は綺麗じゃない。
「ここに映ってる海程綺麗じゃないぞ」
「いいよ別に。ボクは龍ちゃんと海行きたいだけだし」
「…じゃあ自転車を」
「ダメ。歩きに決まってんじゃん」
まぁ、何となく予想はしていたが。
どうやらコイツは僕を歩かせたいらしい。あんな2切れ食べただけじゃ太らないのに。
「はいはい!とりあえず行くよ!龍ちゃん!」
「っちょ!待てよ!こら!引っ張るなって!」
――――――――――――――――――――――――
「っはぁ、おい、まてって…」
「んも〜、体力ないなぁ、龍ちゃんは」
結局。あの後、外に引っ張り出されて、僕は海まで連れてこられた。僕が「近い」と言ったのは「自転車で行ったら近い」だけで、歩きだと普通に時間がかかる。
「いやぁ、いいねぇ!海の匂いは!」
「っ、た、楽しそうで、なにより……」
少し休んだあと。
ジンが「もう少し見てから帰ろう」とか言い出したので、現在僕はぼーっと海を眺めている。ジンはさっき貝殻を見つけて来たとか何とかで騒いでた。子供かよ……と思っていたら、ふと、ジンが口を開いた。
「そういえば、龍ちゃんってさ」
「ん?」
「意外と、寂しがり屋なんだねぇ、と思って」
「は?」
コイツは急に何を言い出すのだ。
僕は基本、1人でも大丈夫な人間だ。
別に寂しがり屋な訳じゃない。
「でもさぁ、ご両親は海外にずっと居て、親戚なんかも最近は顔見てないんでしょ?」
「……まぁ」
「この前さ、チーズケーキ作ったでしょ」
「…作ってたな」
急に何を言い始めたのかと思えば、また話が変わった。結局何を言いたいんだ?コイツは
「チーズケーキ食べた時さ。変な顔をしてたから。」
「え」
「実はあのチーズケーキのレシピってね。龍ちゃんの家のキッチンの棚にあったレシピなんだよ。
ねぇ、チーズケーキってさ。もしかしたらご両親のどちらかが作ってくれたものなんじゃないの?」
「……よくわかったな。まぁ、確かに…誕生日の時に作ってもらってたやつだけど…最近は帰ってこないからなぁ」
「え、帰ってこないの?」
そう。僕の両親は基本海外で仕事をしている。
ここ数年はずっと忙しいらしく、ずっと家に帰ってきていない。
「まぁ、電話で話すくらいはしてるけど…」
「でもさ、電話と実際に会って話すのだと…色々違うんじゃないかなぁ、ってボクは思うんだけど」
「…でも仕方ないだろ。忙しいんだから。」
「うん。仕方ないけどさ。その寂しさって両親が帰ってこない寂しさじゃない気がするんだよねぇ、ボク」
「…と、言うと」
「龍ちゃんさ、親戚の人達ともあんまり関われてないんじゃない?」
…どうしてコイツはこんなにも言い当てる事が出来るんだ?
まさか、全部知ってて話してきてるのか?とも思ったが、それは違うだろう。
なぜなら、僕はコイツに家の事情の話なんかしたことがない。だからコイツも知らない筈だ。となると。
「…お前の推理力どうなってんだよ」
「あ、当たり?やったね」
「当たりって…お前」
「まぁまぁ。結局ボクが言いたいのはね」
「…なんだよ」
「龍ちゃん、僕と出会えて良かったねぇ。1人じゃなくなったよ」
とニコニコしながらジンが言ってきた
「はぁ?」
「ちょ!そんな反応しなくたっていいじゃん!」
「いやいや、何調子乗ってんだよお前。居候のクセに」
「いやいや、家事やってるんですけど〜?なんならお菓子だって作ってあげてるんですけど〜?なんならご利益まであげてるんですけど〜??割と優秀じゃない?ボク」
「はっ、何を……別に僕は1人でも…」
「でもさぁ、龍ちゃん。
1人ぼっちな生活よりさ、帰ってきたら「おかえり」って言葉があって、ご飯だって喋りながら食べれて、また学校に行く時は「行ってらっしゃい」があって、休みの日はたま〜にこうやって海とか来る生活の方がさ」
――楽しくない?
そう、笑いながらジンは言ってくる。
「実際さ。龍ちゃん、ボクが来てからちょっと楽しくなったんじゃないの?」
うりうり、と笑いながらジンが言ってくる。
「…まぁ」
「え」
「確かに。お前の言う通り、確かに楽しくなったよ」
「えっえっ」
「意外と、「おかえり」とか「行ってらっしゃい」がある生活って悪くないのな」
「え、ちょ、なに」
そう。
意外と。意外とコイツとの生活は悪くないのだ。
「じゃ、そろそろ帰るか」
「え、ちょ、まっ待って!龍ちゃん待って!」
「ほら帰るぞ〜」
「ちょっと待ってよ龍ちゃん!!急にデレられても困るって!!」
後ろで何か騒いでるが特に気にせず進む。
コイツが転がり込んできてから4.5ヶ月。
急に龍神とやらが転がり込んできてどうなる事かと思ったが…まぁ、中々に悪くない生活が続いている。
「っと!追いついた!も〜!急にデレるからびっくりした!」
「デレるってなんだよ。別にデレてねぇよ」
「も〜ほんっと素直じゃないんだからこの子〜…
ねぇ、龍ちゃん、誕生日いつ?」
「…12月の15」
「あと……2ヶ月くらいか。じゃ、その日はリクエストされたケーキでも作ろうか〜。何がいい?」
「……チョコレートケーキ」
「じゃ、頑張って豪華なチョコレートケーキにしちゃおっかな〜!」
「別になんでもいいよ…」
「なんでも良くないよ!大切な日なんだから!」
「……そう」
少なくとも。コイツはあと2ヶ月は居候するつもりらしい。
「今年だけじゃなくて、来年も、再来年も作ってあげるよ!龍ちゃんはボクの料理が大好きみたいだからねぇ」
「…まぁ、否定はしない」
「お、なんだ、素直じゃん」
訂正しよう。
コイツは、いつまで居るかの予定がないらしい。
全く。何年先まで居候されることやら……
まぁ、それでも。
コイツの美味い菓子が食えるなら悪くないな。
そう思いながら、僕らは家路についた。
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「疲れたからそろそろ寝るわ」
「じゃあ何か読んであげるよ龍ちゃん」
「は?」
「えーと…じゃあ…あ、これだ」
「…(まぁ普通に聞いてやるか。途中で寝てやれば)」
「【クソデカ人間失格】」
「なんでそれで寝かしつけられると思ったんだよお前は!!!!!」
「えダメなの?!」
「無理に決まってんだろ!!!!」
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最後まで見て頂きありがとうございます。
とある場所にて出させて頂いた、1年程前の作品をふと
「せや、出してみよう」
と思い出した所存です。
この2人、かなり気に入ってるので続きを…いつか…書きたい…