秘密結社三日月党
今宵の満月は特に忌々しい、丸い顔貌を空に浮かべ、密集したビル群を狂気の光で照らしている。
「まもなく奴が出没する地点ですね、長」
「うむ、気を引き締めておけ」
同行している女性党員――ルネは、これが初めての実践だと聞いている。できることなら穏便に済ませたい。
「いやあっ、誰かーっ!」
路地裏に響く悲鳴。眼前に現れたのは、恐怖の顔つきで逃げる人間の女性。それに続いて、我々が追っている標的が姿を現した。
「いいだろぉ。今夜は満月なんだからさぁ……」
思わず眉を顰める。
「どうやら状況は切迫しているようだ。ルネ、戦闘準備を」
「わ、わかりました」
私は姿勢を低くして、前方へと駆けだした。
標的は私の存在に気づき、ピクリと耳を動かす。
「誰だっ!」
薄黄色の牙を剝き出しにした咆哮にも、私は怯むことなく接近した。
「ヒーローのつもりか、スーツ姿の兄ちゃんよぉ!」
巨大な手から飛び出た、白く濁った爪が、私に襲いかかる。
私は袖から毛に覆われた腕を出し、攻撃を受け止めた。
「何っ!?」
標的に困惑の表情が浮かぶ。
「貴様、まさか『三日月党』か!」
「ルネ」
「あ?」
背後に回り込んでいたルネが、肩上へと駆け上がった。
そして、首筋に筒状の注射器を打ち込む。
「ぐあっ! な……仲間がいたのか」
注入された抑制剤により、標的は怪物の姿から、どんどん人へと戻っていく。
「お前らは満足なのか……満月の夜に『三日月』程度の力しか出せなくて、いいのか……」
「これが我々の生きる道だ。人間と共存するためのな」
標的は徐々に意識を失い、そのまま倒れこんだ。
「戦闘終了だ。ルネ、回収を」
私は指示を出したが、彼女は動かない。見ると、顔が毛で覆われ始めていた。目が爛々と輝き、荒い呼吸を繰り返しながら、半裸の状態で倒れている標的を見つめている。
「ルネ、自制せよ!」
彼女は我に返り、急いで小型の注射器を首元に刺した。
「う、ふう……申し訳ありません、長」
まだ若いゆえ仕方がないが……回収の途中で標的をつまみ食いしてもらったら困る。
彼女が落ち着いたのを確認してから、私は壁にもたれて呆然としている人間の女性の元へ駆け寄った。
「今宵のこと、どうか一夜の悪夢としてお忘れください」
私が財布から何枚かの万札を抜き取って手渡すと、彼女はどうにか頷いた。
「よし、撤収だ」
私とルネ、そして回収した標的は、我々の住処である街の闇へと溶け込んでいく。
我々は三日月党。現代に生きる人狼の末裔なり。
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