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夢と現実のりれいしょん  作者: そーゐ
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【第五章 彼女の正体】

 長い硬直が続いた。俺の目の前で、彼女はただ無表情に俺を見る。

 彼女と実際に会うのはこれで二度目になる、が……俺は彼女を可憐だと思ってしまった。なぜなら今の彼女は…………以前とは明らかに違う表情を浮かべていたのだから。


 初対面で感じたの彼女の特徴、『嘲笑うような口元』『見下ろすような目線』『どこか余裕そうな雰囲気』…………そんなものは全て無い。今はただ頬をむっとさせ、少し申し訳なさそうに俺を見つめている。


「えっと、あの! 俺、ずっとボックスちゃんに会いたくて!」


「………………」


 彼女から返事が返ってこない。かつて俺の話を遮ってまで話しかけてきた彼女が黙りこんでいる。それどころか、彼女は少しうつむいてしまう。


「お、俺いろいろ考えたんだ! どうすればまた現夢にいけるかな、とか!」


 うつむいていた彼女が、瞳を潤ませながら、ほんの少しだけ俺の目を見る。


「夢でありながら現実でもある現夢なら、夢を見る感覚で現実世界の核心もつけるんじゃないかって! 本来誰もわからない、調べようもない宇宙の果てとか! 俺、あのマニュアル頑張って覚えたんだよ!」


「……え、」


「だからこれからは、いつでも現夢に――――」 


「だめぇっ!!!!」


 口を塞ぐように突き刺さる彼女の応答(カッ)強制(トア)遮断(ウト)。そして、この場所にもう一人。濃霧があたりを包み、闇に溶けていく中で、そのシルエットは姿を現す。


「……なんぢ、ボルテックス殿」


「!?」


 見たことない人物が雲の上から現れて口を開く。そしてボックスちゃんの顔色は、瞬く間に青ざめていった。


「……ねぇボックスちゃん、この人誰――――――」


「逃げてぇっ!!」


「えっ? ううっ――――――」


 意識がくらんで……そして……


「――――はっ……」


 目を開けると、自室の天井が視界に入る。


 窓の外は薄暗く、蝉の音も聞こえてこない。どんよりとした空気が俺の周りを包み込み、ずっしりとした重さを身体に与える。


「ここは現実……またボックスちゃんが……?」


 ボックスちゃんが俺を現実に転移させたのか……? さっきの奴は一体誰だ……なんぢが、とか言ってたけど……


「古典苦手だからわかんねぇ……」


 考えていても仕方がない。俺はいつも通り身支度を済ませ、学校へ向かう。


「えー、昏藤。去勢の意味を説明しなさい」


 いつものように教室には糸尾先生の声が響く。受ける授業も変わらず、いつも通りの一日が過ぎ去る。

 チャイムが鳴り、友達との会話がかわされ、時間が経っていく。

 けれどこの現実世界で、彼女は話しかけてこない。


 今日の授業も終わり。俺は無心でチャリを転がし始める。鞄の中には教科書、ノート、そして―――― 『わかりやすい! 現夢の入り方マニュアル』


 道には街灯が灯り始め、夕闇が迫り来る。季節の割に気温は少し肌寒く、風が寂しさを運んでくる。


 タタンタタン…………タタンタタン…………


『間もなく~●✕駅~●✕駅~。お出口は――――』


 電車を降り、家までのチャリを転がし始める。路地の一角に小さな公園になんとなく立ち寄った俺は、ベンチに座り、ぼんやりと遠くを見つめている。人々が行き交う中、自分だけが少し腑抜けたなような気がした。

 西日が空に沈み、空が紅に染まってゆくその景色もどこか寂しく感じてしまう。小説で見る情景描写ってこういう状況を指すのだろうか。


 帰宅して一人静かな部屋に戻る。夜が更けるにつれて外からの細かい音が鮮明なつぶになって聞こえてくる。自分が感じていた寂しさと共鳴するかのように。

 机上に勉強用具を積んでみる。それを見ていてもどこか心ここにあらずといった感じで……


 どうやら俺の心には、ぽっかりと穴が開いているようだ。


「……決めた。俺はもう一度、あの世界に……」


 鞄の中から例のマニュアルを取り出す。


「大丈夫、しっかり覚えたはず」


 深呼吸をして、手は軽く握り、膝の上に置く。そしてゆっくりと目を閉じて――――――準備、完了。


「今、夢とうつつの間に入らんとする者ここにあり――――」


 俺は暗唱を始めた。


「――――かくてほどを歪め、我を現夢へ入り込ませたもう」


 全部言えた! と思った次の瞬間。


「さぁ、来るなら来い! あれ? 何も起こらn―――ああぁあああぁあああああ」


『特別召喚。昏藤湊太朗、現夢への入界を、許可します』


 機械音声みたいなのが聞こえた気がした。



 気がつくと辺りには真っ白な空間が広がっていた。ここは、雲の上か……?


「…………あなた、なんでここに……」


 そこには凍ったような表情の彼女がいた。

 

「えっと、ボックスちゃん! 俺マニュアルを読んで――――」


「なんで現夢(ここ)に来たの!! やめてって言ったでしょ!! なんで……約束守ってくれないの……」


「え……」


 そういえばこの前なんかダメって言われたっけ……でも、なんで……


「なんでかって? ……教えてあげるわよ。それは――――」


「ボルテックス殿。いい加減にせんか」


 そこに姿を現したのは、この前の謎の人物。


「お、お前はこの前の……!」


 謎の人物は口をひらいて語り始める。


「ボルテックス殿。なんぢ、守護神の分際に許せど、本来彼は最初の現夢入界時に死ぬべかりき存在なり」


 守護神……? 今こいつ、守護神とか言った……?


「されど、ここ、現夢はニンゲンの居るべき場所にあらず」


「なぁ……ボックスちゃん……」


「あんた、俺の……守護神だったのか?」


「……………………」


「それは……」


「ありがとう」


「……え?」


「助けてくれたんだろ?」


「…………そうよ。私はあの日、現夢に入り込んで本来死ぬはずだったあなたを助けたわ……。けど――」


「そちの行い、許さるるわざならず」


「お前もカットインしてくんのかよ! 神様って会話遮るの好きだね! って待て、ボックスちゃん、彼女は一体何者なの? さっきから彼女に怯えてるように見えるけど」


「あのお方は……アマテラス様よ……」


「アマテラス……ってあの天照大神?!」


 伊勢神宮を代表として全国に祀られ、神々で最高位に位置する、神界を治めたと言われる女神……それがコイツ?!


「名を昏藤湊太朗。なんぢ、幾度も現夢に入り来たり。ニンゲンが現夢を操りては、この世は末なり。よって、なんぢを生かしておくよしにいかんなり」


「…………!!」


「…………?」


 古典はめっぽう無理なんだよなぁ…………


「やめてっ!!」


 そこに響いたのはボックスちゃんの声だった。


「鈍感レベルがカンストしてるあなたは全く現状を理解してないみたいだから簡潔に話すとね! 私はアマテラス様からお叱りを受けたの。これ以上あのニンゲンを現夢に入れるなって。本来人間が来るべき場所じゃないし……」


 彼女の声は次第に震え始めた。


「……あなたの守護神である私は…………あなたと直接関わっていい関係じゃないの……」

 彼女の潤んだ瞳がうっすらと光っているのが見えた。

次回【第六章 終結】coming soon…

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