【第一章 不運】
俺は自称進学校に通う自称普通の高校三年生――否、先日成績不振に見舞われ、追認考査と戦った校内底辺を争う残念高校生だ。
「さぁてと」
俺は英単語帳をパラパラとめくる。世間は夏休みに差しかかり、まわりの同級生は皆勉強に励んでいた。
そして自分も、今年から受験生だ。
いやいや当たり前だろ、と普通誰もがそう思うだろう。しかし俺の場合は本当の意味で『今年から』受験生なのであって……
*約二カ月前*
「うぇぇえええぇぇぇぇえええええええええええ!?!?!?」
《愛●工業大学附属〇〇専門学校、募集停止のお知らせ》概要ホームページにて
このたび、先月開催いたしました理事会におきまして、本校の令和6年度以降の学生募集を停止することを決定いたしました。
本校は開設して以来、専門的な知識と実践力のある有能な人材を育成し――――――――
進学を希望していた学校の閉校が決まった。
ちょうど俺が入学する年度から。
「募集……停止……」
終わった。文字通り、読んで字のごとく絶望した。
「まじかよ……進学先どうすりゃいいんだよ……俺、二年前から今の今まで勉強全くしてないんだぞ……」
というのも俺は二年前、病気を患っていた。
鼠径ヘルニア。足の付け根の筋膜が弱まり、そこから腸が押し出されて圧迫されてしまうという病状だった。
病院の先生との度重なる相談から、結論手術をすることになり、しばらくの間入院生活を送っていた。
そんなこんなで一年生の二学期あたりは、ろくに学校にも行けておらず、俺は勉強を挫折していた。勉強する習慣なんてもうとっくに消え失せ、気づけば校内底辺の順位に鎮座している自分がいた。
そこで見つけた進路が先程の専門学校だった。
「もう、ここでいいか……」
進学先を決めたと同時に、勉強に対するモチベーションは消失していった。
そして今に至る。
「どうすればいい……一体どうすれば……」
気づけばこんな状況に陥っていた。完全に錯乱している自分に気づいた。
しかし、なぜだろうか。
人間という生き物は時に、
「待てよ?」
明らかに平常とは思えないような思考を、
「これって神からの試練じゃね?」
巡らせてしまうモノなのだ。
「間違いない……‼ そうに決まっている‼」
アホだ。
「今置かれたこの危機的状況に、俺はどこまで立ち向かえるか。それを試されている‼ 多分‼」
そうして俺は、大学を受験することを決意した。俺は『三年生になってこのタイミングで』受験生になったのだ。
とは言うものの、今はもう三年生の六月。まわりの皆は既に英単語帳や教科書の総復習等々を進め始めていた。
俺はまだなんにもやっていない。
そうこうしている間に期末考査が近づいてきた。今回の考査に相対する気持ちは、かつての俺とは180度違う。
『卒業できればいっか』がかつての俺。『受験生として挑む』のが今回の俺!
俺は今までにないぐらい勉強に対するモチベを感じていた。目標があるから、頑張れる。身に染みてそう感じた。勉強することが今までより苦じゃなかった(そもそも今まではやってすらいない)。
残り二週間、残り一週間、残り五日、残り三日――――
着々と日付は過ぎていく中、モチベーションは下がることを知らなかった。
「よし、今回は勝った。全教科平均点ごちで~す」
勉強した分だけ自信にもつながる。
「ワンチャン今回の考査なら……ひょっとしたら過去最高順位を叩き出せるんじゃ……!?」
その時俺は、勉強に快感さえ覚えていた。最早無敵状態だった。いや流石にそれは盛った。
それでも世界史に関しては過去一の仕上がりで? 空所補充は無論全暗記、教科書の太字、プリントの内容まで細かくインプットしていた。英語も単語に語法、これも最善を尽くした。古典に関しては「なんで週末課題から出るとこすらやって来なかったんだよ!」と過去の自分にツッコんだりしていた。
そして、一学期期末考査まで残り三日。
「ん~~~なんか……。喉の調子が……んんっ……」
嫌な予感が、した。
「……まさか、な……」
そ、そうだ。その日は夜に軽くランニングをしていたんだ…。は、走った後だから……喉が……乾燥してたんだよ……! きっと……。
「ま、まぁ、こんなの寝れば治るモンだよな……寝れば……」
翌朝。昏藤邸のリビングにて。
『ピピピピ、ピピピピ……………………』
体温計の音が、悲痛な知らせを届ける。
『三九・一℃』
「え」
その日は勿論学校を休み、かかりつけ医で検査をした。
そこでいつもの優しい先生が口を開く。
「えー、昏藤さん、新型コ●ナウイルス……陽性です」
《厚生労働省》
新型コ●ナウイルスに感染したら、最低『五日間』は他者から離れ、自宅待機することを義務付けます。
「考査まであと三日、今日から最低五日間は外出できないってことかぁ」
遂にコロ●とご対面……って……ん……?
「……えーと、今日から五日間、外出不可能……ですよね?」
「…………はい」
考査が始まるのは今日から三日後……
「お、おい……それ……って――――――」
あまりの急展開に脳が追い付いていけず――――――
「…………………………」
「…………………………」
お互い何も言えない雰囲気に包まれた。
先生は気の毒そうな表情を浮かべていて、そんでまぁ、俺は…
「……っ……ぐ……く……ぅ…………ぅ……」
ことの重大さに気づき絶句していた。