葛藤
「…であるからしてこの英文の訳は、……」
一時間目の英語の授業。
英語教師が教科書の例文の和訳について板書しながら説明している。
二限目の英語、その真っ只中である。がそんなことは今の松永奥道とっては全く関係ない。少なくとも奥道本人はそう思っている。
教科書とノートは開いているもののその手に筆記用具はなく机の上に拳をつくっておかれている。身体は微動だにしていない。
だが彼の頭の中では暴風、豪雨、竜巻、雹、雷とありとあらゆる自然災害が巻き起こっていた。
前崎明理が告白された。幼馴染みで片思い中の女の子である明理が。
これだけなら、明理が告白されただけならここまで心が乱れることはなかっただろう。
彼をある種のパニックに陥れている原因は明理が返事を保留したことだ。
今まで明理は全ての告白をその場で断ってきた。
なのに今回は違ったのだ。
告白してきたのはイケメンでバスケ部の二年生でモテるらしい。コミュ力、学力、運動能力、人柄全てが良いらしい。
くそ、完璧超人かよ。
多少の羨望が混じった悪態が心に充満していくのを感じてしまう奥道。
明理が普段と違う対応をとったことにも納得できてしまう。そんな気がする。
認めたくはないが。全くもって認めたくないが。
もし明理がOKを出したら……
最悪の考えに奥道は身体が震えた。
震えた足が机にぶつかり大きな音をたてる。
クラス中の視線が集まる。
教師もかすかに驚いて授業がとまる。
が奥道は全く気がつかない。そんな余裕はない。
「どうする……。どうする……」
小さな声でブツブツと独り言まで始まる。
奥道の答えのでる気配がない思考の堂々巡りは授業が終わるまで続いた。
そして休み時間。
「奥道、あんた授業中何やってるのよ。まじめに受けなさい」
悩みの種である明理が奥道の席に来て注意する。
「うるさいな、考え事してたんだよ」
「どうせ大したことじゃないんでしょ。授業中は授業に集中しなさいよ」
俺にとっては一大事なんだよ。
声にはせずに反論する奥道。
「なによその顔。そんなに大事なことなの?」
音にならなくても奥道の表情に出ていたのか明理も少しまじめになって聞いてくる。
「いや、別に大丈夫だよ」
「そう、ならいんだけど」
奥道にはそう答えるしか選択肢はない。まさか明理に悩みを打ち明けるわけにはいかない。
「とにかく次の授業からはちゃんと受けなさいよ、でないとテストでまた酷い目みるわよ」
「分かってるよ」
「ならよし」
言いたいことを言った明理は友達のほうに向かっていった。
その後ろ姿を見送りつつため息がでてしまう奥道。
奥道の目には普段通りの明理に見える。告白にどう答えるのかを悩んでいるとは思えない。
「告白、かあ……」
周りには聞こえないように小さな声で奥道はゆっくりと呟く。
今朝クラスメイトに、手遅れになるぞ、言われたことを思い出す。
まだ間に合うのだろうか。
明理がまだ答えを出していないなら、今告白すれば少なくても勝負すら出来ずに負けることはないかもしれない。
だが告白して振られてしまったら、そしてイケメン先輩と付き合ってしまったら今の幼馴染みとしての関係も終わってしまう。
奥道の頭の中で新しい天変地異が巻き起こり始める。
授業開始の鐘が鳴る。
だが奥道の意識が授業に向くことはなかった。
そして今日一日の授業中、奥道が教師の声を聴くこともノートをとることもなかった。
最後まで読んでくれてありがとうございました。