プロローグ-3『因縁が描く先』
ひとつ、夢をみた。
オレの大事な———かけがえのない友人の夢だ。その友人との関係は、ママ友同士の繋がりという関係から始まった。ママ友同士の集まりがあれば、その時に言葉を交わす……その程度の浅い関係。第一、その子どもとは通っている幼稚園が違っていた。小学生になれば、ママ友の関係も変わる。そうすれば、彼との関係も自然と薄れる。卒園式が、彼との関係の終着点だと思っていた。
だけど、彼との会話がつまらなかった、といえばそれは嘘になる。事実、気は合った。好きなヒーロー。好きなおもちゃ。好きな音楽———その友人の母親とオレの母さんの趣味が合うからだろうか……と幼いながらに考えたものだ。
幼稚園に通っている間、その友達との思い出は積み上がった。遊園地。プール。お化け屋敷。色んなところに、一緒に遊びに行った。今でもその記憶は、鮮明に焼きついている。
そうして、良い思い出を重ねていって、迎えた卒園式。
オレは大泣きした。そのとき初めて思い知った。友人との別れの辛さを。何が軽薄な関係だ。これまでの積み重ねが薄っぺらいものか!———って。
その友人との関係は、なんだかんだ言って大学生まで続いた。中学での再会は必然だった。その友人はアーチェリーに興味を持っていたけど、元々進学するつもりだった中学校にはそれがなかったという。高校での別れも当然だった。それぞれ、目指す未来へ向けて、歩みを進めていく。大学での再会は偶然だった。本当に驚いた。
その友人とは、最後の最後まで一緒に遊んだ。
コールドスリープして、別々の時間軸を歩むことになることになるまで———
谷本修也。
それが、オレの親友の名だ——
▼△
「う〜ん……」
両腕を高く突き上げながら、陽太は上半身をゆっくりと起こす。久しぶりに熟睡できたからか、眠る前まで感じていた疲労感はすっかり取れていた。リアムとアトゥムに挨拶しようと、陽太は布団から抜け出し、テントの外に出る。
「なっ……!?」
違和感には即座に気づいた。リアムとアトゥムの気配が全くしない。呆然とする陽太の視界に、あるものが映り込む。そして、陽太は『あるもの』を手にするためにしゃがみ込む。
「これは……アトゥムの翅」
羽毛のように柔らかい感触を持つ、白い一枚の翅。陽太はその翅から、魔力の残滓を感じ取る。陽太はその残滓から、魔力の流れを読み取る。
———こっちか。
陽太はその翅を手にしたまま、歩き始める。魔力の流れ……その残滓は目には見えない『足跡』ともいえる。『足跡』はどこかに続いている。陽太は、その先へと視線を移す。
「あれは———」
そこには、先ほど素通りした都市があった。
皎々と輝き、威容を示し続ける生存圏。
かつてノルマンディ生存圏と呼ばれた魔境が———
▼△
ちょうどその頃。ノルマンディ生存圏の中心に位置する巨大な塔の頂上、『星の玉座』にて会合が行われていた。
「……57番、この仕事の不始末はどうするつもりだ?」
妖艶な衣装で身を包む長身の女性が、跪く『蟻』に問う。
「すみません……処分するというなら……なんでもお受けします……」
『蟻』はピクピクと震えながら、恐怖に怯えた様子で言葉を紡ぐ。その言葉に、玉座に足を組んで座る女性は納得がいっていない表情を浮かべる。
「貴様……妾に手を汚せというのか?」
端正な顔立ちを歪めながら、玉座に座す人物は怒気をこめて言葉を放つ。女性の眼には、筆舌に尽くしがたい『怒』が渦巻いている。
「クソアリ……妾の『地球奪還計画』は完璧である必要がある。それを貴様、『見逃してしまいました』、だと?」
女性の語気が強まる。
「貴様、確か妾に『必ず成功させる』とか抜かしてたな。有言実行できない奴は、妾は嫌いでな。『蟻兵隊』所属であれば、そのようなクソアリがどういった末路を辿ったかは——知らないとは言わせないぞ?」
その言葉に、『57番』と呼ばれた蟻は己の心が打ち震えているのを感じる。妖しく笑う玉座の女に、本能的な恐怖を覚えている。今窮地に立たされている蟻は、女の言葉が理解できている。——失敗した者には、罰が与えられる。いつかの日に耳にした言葉が脳裏で渦巻き続ける。
「……やはり、死刑……なのでしょうか」
「そうよ! 死刑! 処断! 失敗者には断罪を!」
妖艶な女は椅子から飛び上がり、天井に仰ぐように手を広げて言葉を紡ぐ。吊り下げられたシャンデリアが妖しく紫に灯り、女の髪の艶やかさを際立たている。
「リゼ!!」
その呼びかけに呼応するように、玉座の奥の扉から白衣を着た女性が現れる。何ヶ月整えられていないのだろうか。床まで届く癖のついた紫色の長髪。目元のクマは印象の悪さは助長しており、細く、青い双眸で跪く蟻兵を捉えている。
「お呼びですか、アリサ様」
リゼ、と呼ばれた白衣の女は丁寧な口調で要件を問う。
「57番の処刑を頼む。両親親族も道連れだ。残さず殺せ」
「了解。やり方はなんでもいい?」
「もちろん。殲滅兵器の運用も認める」
「……有難い。刑務所での執行でいい?」
「ああ。もう57番も連れて行け。見るに堪えないし。もう疲れた。さっさと殺しちゃって」
アリサと呼ばれた女は、『出て行け』と言わんばかりに手を前後に動かす。
「待ってください! 失敗したのは私です! 家族も巻き込むことはないでしょう!?」
蟻兵の反抗の声が、玉座の間に響く。蟻兵もここまでの処断は想定していなかった。第一、ただの一回失敗しただけじゃないか。それなのになぜここまでの処遇を受けなければならないのか。従順に話を聴いていたが、蟻兵の心には、着実に怒りが積もっていた。
「リゼ」
その激昂に、アリサが言葉を返すことはない。蟻兵の姿を直視するのを避けるように、女は振り返り、白衣の女の名前を呼ぶ。その言葉に、『待っていました』と言わんばかりにリゼは口元を醜悪に歪める。
リゼは白衣のポケットからテレビのリモコンに似た『ナニカ』を取り出し、右手の親指でボタンを押す。それと同時に、玉座の前に轟音が響く。この場において、動揺を示しているのは蟻兵だけだ。アリサもリゼも、それが環境音であるかのように———それがあるのが当たり前かのように、何の反応も示さない。
「……そんな、やめてください! 私が間違っていました!もう口答えしません! だから、やめて……くださいっ!」
懇願が響く。蟻兵の脳裏によぎっていたのは、温かい家族の日常。父親である彼にとって、守るべきものは家族の未来と平和であり、死に瀕した彼がそれを思い出すのは自明の道理だ。
「……死ね」
アリサは、蟻兵の懇願を切り捨てるように、力強く言い放った。その言葉が耳に入ると同時に、蟻兵の顔が絶望に染まる。
蟻兵の気力……生きる希望は完全に消失した。己だけでなく、家族の虐殺さえも悟った兵士の前に、天井のガラスを突き破って『執行者』は現れた。
「あ……ああ」
黒い鋼を有する人型の『執行者』は右手を日本刀に変化させて、勢いよく蟻兵の首を目掛けて薙ぎ払う。ザシュ、という生々しい音が小さく響く。
『執行完了。主の指名通り、すでに家族親族は処断しました。次の命令があるならば、どうぞ。受け付けます』
『執行者』は少年のような、高い声で“マスター”であるリゼに問う。
「いや結構。今は、不手際の処断より大事な案件がある。そうですよね、アリサ」
リゼはもはや、後方で転がる死体に興味を示すことなく、執行者の要件確認に応える。
リゼの呼びかけに、アリサは口を歪める。
「そろそろ妾の因縁の敵が、絢爛都市に到着する頃合いだ。タニモトも目標物の捕縛を終えているだろうしな」
▼△
「———来たね、陽太」
「返して欲しかったら、この都市を壊してみろ」